episode47 「俺達は、超能力に頼り過ぎたんだ」
……微かに、煙のような焦げた臭いがする。
戸塚の濁声が、あちこち本棚が崩れ落ちた特殊能力犯罪対策課に響き渡る。「お前ら、怪我はないか!?現地の被害情報が入り次第、本部から連絡がくる。出動準備を出来る者はしておけ!」
「青葉さん、大丈夫ですか!?」
先輩のもとに駆け寄る磯子。本の山に半分埋まりながら、「何とか、な……」と彼は弱々しい声を出した。
「……まったく、地震がくると分かっていれば……こ、こんな本片付けていたのに……」
「なんで、こんな事になっちゃったんだろう……」
本を退けながら磯子の漏らした呟きに、青葉は落ち着いた声で返した。「地震予報は、万能じゃないからな。地震と一言に言ったって色々ある、たぶん今度のは火山性地震だろう。前にも、予測不能のタイミングで地震が起きて被害が拡大した事が何度かあっ──」
余震が青葉の言を遮る。「うわわっ!」と慌てて近くの机の足を掴む磯子。
「……俺達は、超能力に頼り過ぎたんだ。確かに超能力は、人の生活を豊かで安心安全なものにする。だけど、そのせいで俺達には危機感が養われなかったんだ……」
青葉が、ぽつりぽつりと溢すのがやけにはっきりと聞こえた。そう。そんなの磯子にだってとっくに分かっていたはずなのだ。超能力を当てにする事の、危険なんて。
受話器を取り上げる音が、磯子の意識を現実世界へ引き戻す。
「──はい、こちら藤沢署特能対!……は?はい、はい。了解しました!すぐ急行します」
ガチャンと乱暴に受話器を置くと、戸塚は怒鳴った。「これより交通課と共に辻堂駅前へ向かい、避難誘導の支援に回る!安全のため防弾服を着用しろ!十分以内に出動するぞ!」
最後の本を自力で投げ飛ばし、青葉は立ち上がった。「……くそ、腰痛めちまったか……」
「歩けますか?」
磯子の問いかけに、青葉は首を振る。「駄目だ。動けそうにない。徒に痛めるだけだ……」
「どうした青葉、怪我か?」
強面のまま近寄ってくる戸塚。「いえ、大丈夫……です……」と無理して青葉が立ち上がろうとすると、戸塚は身振りでそれを押し留めた。
「ちょうどいい。お前はここに残って、本庁との連絡と後方支援をしろ。出来るか?」
「……多分、大丈夫だと思います」
曖昧ながらも、青葉は頷いた。後方支援。地図情報や避難状況などの情報提供、県警本部との通信を任されるという事だろう。
僅かに首を縦に振ると、戸塚は今度は磯子に向き直った。
「磯子。お前は現地で避難誘導だ。人手がある交通課の連中には鵠沼から辻堂海岸にかけてと、江ノ島付近を任せてある。俺達は手分けして北口と南口エリアをやることになる。分かったか?」
戸塚の目が、磯子を覗き込む。普段見るよりもその目はもっと深みがあり、落ち着いていた。
──戸塚本部長は、俺に期待してくれている。怪我をした青葉さんの為にも……、
「やります」
鋭い声で、磯子はそう答えた。「どこにでも、回してください。戦力になってみせます」
熱の隠った顔で、睨み返す。戸塚の目から、また少し緊張が消えた。
「よし。じゃあお前は葉山副本部長の班に入って北口を回れ。ハザードマップに書いてあると思うが、一時避難場所は駅前の市営体育館だ」
その市営体育館では、ちょっとした騒ぎが持ち上がっていた。
「お前ら、ユースケを見てないか!?」
駆けてきた一樹に突然詰め寄られ、宏太は少し狼狽しながらも返した。「俺は今朝から見てねーな。つーか、お前が知らないんなら誰が知ってるんだよ」
チッ、と舌打ちの音を残して走り去ろうとした一樹の肩を、宏太はがっしりと掴む。「どーしたんだよ取り乱しやがって、大和らしくもねーぞ。一旦落ち着いてみろよ」
一樹は、悔しそうに唇を噛んだ。
「……ユースケが、いないんだよ。校庭から避難する時も、その前も。朝早くにタイガが姿を見てから、目撃情報がないらしい。もしかしたら、まだ校舎内にいるのかも知れないんだ。俺としたことが、今の今まで忘れてたなんて……」
……!
「……それを先に言えよ」落ち着き払った声を装って、宏太は言った。
「どのくらい聞いて回った」
「まだA組からD組までしか回れてない。先に警察と教師に言いに行ったんだけど、警察も教師も人手不足で動けないって……」
――肝心な時に役に立たない奴らめ。
「俺も手伝う。おい寒川、お前も手伝うよな?」
ちょうど背後を通りかかった泰雅を呼び止め、宏太はほとんど命令に近い問い掛けをした。「ちょっと待て、突然何の話だよ」と呆れた声の泰雅に事情を話す。
「……そいつは、ヤバいな……。今朝以来、確かに見てないし……」
彼は頷いた。「分かった。聞き込み手伝うぜ、どこ行けばいい?」
「EとF頼む、俺はGとHに行ってくる。大和、お前は伊勢原と普段接点多そうな奴を当たれ」
てきぱきと指示を飛ばす宏太に、一樹は黙って首で肯定を示すと走り去っていった。
……普段の一樹の振舞いからすると考えられないくらい、動揺しているのが分かった。
動揺しない訳がない。雄介は、一樹の親友なのだから。
拳を握った宏太も、他クラスの固まっているエリアに走り出す。
午前九時五十九分。
高く上がった噴煙はやがて偏西風に乗って東へ広がり、神奈川県上空を覆い尽くした。
全ての都市は、薄暗い闇に包まれた。唐突にやってきたカタストロフィーを、象徴する色だった。
「都筑っ!」
息急き切った声がG組のクラスメートの集まる体育館の一角に響き渡った。どこかで最近聞いたようなその声色に、唯亜と絢南が振り返ると、
やっぱりそうだ。都筑に何かを訊ねているのは、宏太ではないか。
「お前らは姿とか見てないか?いつの話でもいい」
「いっ、いや俺は……」
吃る都筑の肩を押し退け、唯亜は宏太の前に立った。「何、どしたの」
宏太とも思えぬ低い声が返ってきた。
「……伊勢原が、行方不明らしい……」
!?
佳奈を取り囲む空気が、一瞬で変化したのが背中に感じられる。
「ちょっ……どういう意味よそれ!?まさかまだ校舎内にいるとかじゃ……」
「そのまさかなんだよ」必殺兵器を浮かべる余裕もないのか、苦虫を噛み潰したような顔で宏太は繰り返した。「避難云々以前に、地震が起こる前から行方が分からなくなってんだ……」
「……ユースケくん……」
蚊のような佳奈の声が、耳の裏で反響した。
――そうか、カナがいた。試験の初日、伊勢原と会ってたなら……。
「カナは何か知らないの?」
絢南はそう尋ねたが、佳奈は首を振って否定する。「……知らない。私は、何も知らない……」
宏太はクラス全員に聞こえるように叫んだ。「他の奴は見掛けたりしてないか?」
全員、真顔で首を振った。
「ダメか……」
肩を落とす彼に、都筑が申し出る。「……ま、まぁきっと大丈夫だって。何か分かったら連絡するからさ」
「……ああ……」
頷いた。
立ち尽くす、唯亜と絢南。
悄然として立ち去ってゆく宏太の背中をただ、見送るしかなかった。
無力という言葉の重さを、全身で感じながら。




