表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
DistancE-KANA  作者: 蒼原悠
第六章 distance
46/57

episode46 「…………私の、せいだ…………」



ドンッ!

突如、凄まじい縦揺れが教室を襲った。参考書を捲っていた唯亜は椅子から跳ね飛ばされ、床に座り込む。

「地震だっ!」

誰かが、叫んだ。

──そんな、まさか。地震予報じゃこの時期に大地震が起こるなんて話は……

耳を劈く破壊音が、唯亜の判断能力を呼び戻した。立ち上がった唯亜は怒鳴る。「机の下に潜って!まだ揺れが来るよ!」

直後。強烈な横揺れに唯亜はまたも吹っ飛ばされ、後ろの机にぶつかる。

「ユア大丈夫!?」

机の主が下から叫んだ。「……何とか」と弱々しく返した唯亜の視界の端に、

未だに机に座ったままの、一人の女子の姿が映った。

佳奈だ。

「カナ!」叫んだ唯亜は揺れが収まった一瞬の隙を狙って床を蹴り、机に駆け寄る。顔を上げた佳奈の顔は恐怖からか、少し歪んでいる。

久々に見た佳奈の表情。だが、今はそれを喜ぶべき時ではない。

「早く机の中に入って!危ないよ!」

唯亜は椅子から佳奈を引き摺り下ろし、机の下に押し込もうとした。途端、また強震が横からかかり、唯亜の額が机に叩き付けられる。

痛い。血が出てるような気もする。唯亜を見上げる佳奈の目が、僅かに見開かれる。

どこか遠くの方で、凄まじい爆発音が轟いた。チラリと見えた窓の向こうに、黒煙が上がっている。

これは、本当に地震なのか。緊迫した様子の校内放送がかかったのは、その時だ。

「只今、箱根山付近で大規模な爆発が確認されたとの情報が入りました。繰り返します、箱根山付近で大規模な爆発が確認されています。生徒及び教職員は、身の安全の確保を最優先してください」


「箱根山!?」

教室のあちこちから、悲鳴が上がる。そうこう言っているうちに揺れが収まってきて、唯亜はやっと立ち上がる事が出来た。

──さっきの話が本当なら、この揺れは単なる地震なんかじゃない。これは…………。

窓辺に駆け寄る。そこで唯亜が目にしたのは、

遥か彼方に霞む箱根山の横腹辺りから、巨大な黒煙が上がっている風景だった。



開明三年七月一日。午前九時三十六分。

伊豆半島の付け根にある名峰・箱根山は、突然のマグマの圧力上昇に耐えられず、噴火した。事前予測の失敗が、被害の拡大を招く要因となった。爆発の凄まじいエネルギーは地面に伝わるなり揺れに変換され、火山性地震となって周辺の県を襲う。それを追いかけるように流れ出る溶岩や土石流が、都市を飲み込んでゆく。恐怖のシナリオの、始まりだった。



遠い爆発音が余計に床を揺らす。炎の壁が遠くに広がっていくのが、見えた。窓からの景色は正しく、世紀末の様相を呈していた。

「揺れが収まりました。生徒及び教職員は全員大至急、校庭に集まって下さい」

矢継ぎ早にかかる放送。完全にパニックに陥ったクラスに、茅ヶ崎が飛び込んでくる。

「お前ら無事か!?怪我をした者がいたら、今手を上げろ!」

三人の手が上がったのを確認すると、恐怖で泣き出した生徒の肩を掴みながら茅ヶ崎は再び怒鳴った。「ここは危険だ、校庭に出ろ!落ち着いて、避難訓練の時みたいにやれば大丈夫だから!」

「いっ、移動するぞ!」都筑の震え混じりの声で、机の下から這い出したG組の生徒たちは次々と廊下に駆け出す(・・・・)。もはや、「おかしも」など無視だ。

その瞬間。

「ビィ───────ッ」

けたたましい警報が、一瞬喧騒を掻き消した。聞き慣れないあの音は、確か火災報知器だったはず──

「只今、一階奥の家庭科準備室より出火したとの情報が入りました。大規模な火災に発展する危険があります。足元の避難誘導灯の矢印に従って、速やかに校庭へ避難してください」

パニックに追い討ちをかける校内放送。廊下の床に赤い矢印が点灯したはずだが、この人混みの中では見えそうもなかった。

今廊下に出るのは、却って危険だろう。そう思った唯亜は窓の外にまた目を向けた。言っていた通りだ、一階の隅から煙が上がっている。

街のあちこちから立ち上る炎。瓦礫や残骸が、風景を埋めていく。そこには、もうあの見知った湘南の街並みは残っていなかった。

──こんなに、こんなに日常って脆かったんだ……。


「ユア!」

誰かがそう叫んだかと思うと、唯亜は突き飛ばされていた。背後で凄まじい音が響く。

振り返ると、ついさっきまで唯亜が立っていた場所に、無惨に砕けた蛍光灯が散らばっていた。はぁはぁ、と息を荒げながら唯亜に近づいてきたのは、絢南だ。

絢南は身を呈して、落下する蛍光灯から唯亜を救ってくれたのだ。

「何ボーッとしてんのよ!ここはリアルな災害現場なんだから!急いで避難しなきゃでしょ!」

「……あ……、ごめん……」

しゅんとする唯亜。忘れていた。そうだ、これは夢でも映画でもないんだ。

「ほら廊下も空いてるよ!」

絢南はドアの向こうを指差した。さすがにピークを過ぎたのか、人数も確かに少ない。いや、もうみんな避難してしまったのだろう。G組の教室には、今や三人しか残って……

三人?

「カナ!いつまでそこにいるつもりなのよ!」

唯亜よりワンテンポ先に気づいたらしい。机の下に踞る佳奈のもとへ走り寄った絢南が、肩を抱いて立ち上がらせた。

「ほらしっかり────」


「………………私のせいだ…………私の、せいだ…………」


絢南も唯亜も、轟音の合間に漂う佳奈のか細い声を、確かに聞き取った。

「え、どーいう意味──」

湿った声が唯亜の質問を遮る。「……私が、私が滅びを願ったから……こんな世界、壊れちゃえばっ……いいって、思ったから……」

「マジで!?」絶叫する絢南。けれど唯亜には何が何だか、さっぱり分からない。

「ちょっと、滅びとか破壊とかどういう事?」廊下に出ながら唯亜は声を張った。「なに意味不明な事言ってんのよ!別にカナが何を思おうが関係ないでしょ?それとも何、まさかほんとに超──」

いや待て、それじゃ……。

「……そっか、ユアにはまだ言ってなかったんだっけ……」

唯亜に向き直った絢南が、ゆっくりと口を開いた。「実は──――」


「やめて」


今にも消えてしまいそうなその声は、一言で絢南を黙らせた。

「……?」

戸惑う唯亜の腕を肩から剥がすと、佳奈は自力で歩き出す。振り向いて、言った。

「……何でもないよ。早く、校庭に行こう」


「う……うん……」

それ以上、何も言えなかった。



午前九時五十五分。

校舎内での火災の拡大に伴い、校庭への避難が危険となったため、全生徒・教師は指定の避難場所へと移動することが決まった。

人数確認すら行えぬ混乱の中、生への避難が始まった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ