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DistancE-KANA  作者: 蒼原悠
第五章 distaste――煩想――
40/57

episode40 「いいよ、どこにでも行くから」


あらためて、試験初日。

朝早くに集合した四人は、唯亜の机の周りに集まっていた。

「……作戦を説明するよ」

小声で唯亜が言う。絢南、理苑、魅夕の三人が小さく頷くと、唯亜は続けた。

「そういうわけで、今回の舞台は図書館にした。館内は無駄に広いから、試験中でも人気のない場所はかなりあちこちあるもんね。明日の教科は物理と古文だけど、確かカナは物理は得意だったはず。で、リオは物理苦手でしょ?」

「……なんで知ってんの?」

怪訝そうな顔をした理苑に、唯亜は何でもないことのように言った。「だって中間の点数見たもん。百点満点で三十二点でしょ?」

「ちょっと─────!」

絶叫の理苑。「ホント、あんたってそういうの抜け目ないよね……」と感心半分呆れ半分で呟いた絢南に、唯亜はまたさらっと剣を突き刺す。

「うん、アヤは確か家庭科が壊滅的だったんだよねぇ」

「な、ん、で、知ってんのよっ!」

今度は絢南が唯亜に飛びかかる番だった。が、唯亜のバスケで鍛えられた腕に容易く阻まれる。

「ってか、それはどうでもよくって。つまり、リオがカナに物理を教えてほしいって言い出す事が、今回の作戦のポイントなわけよ。それがなきゃ、図書館に誘導出来ないから。そっからは後で伝えるけど、要はカナと伊勢原を図書館で二人きりにしたいの」

まさか過去すでにこんなシチュエーションがあったとは知らず、唯亜の説明は続く。「カナは理系教科は強いけど、文系は全然ダメなんだよね。で、伊勢原はアヤをも遥かに上回る天才(ちょっと絢南が頬を膨らませた)だから、きっと勉強教えて的な流れになると思う。そしたら、ちょっとハプニングを仕掛けようかなって」

「何、ハプニングって」

ふっふっふっ、と唯亜はドラマの悪役のように笑った。「大和の発案なんだけどね、伊勢原って基本他人に何かを教えるときは後ろに立ってるらしいんだよ。んでカナは座って勉強する派じゃん?つまり、伊勢原の背中をちょっと押してやれば……」

…………。

頭の中でその光景を思い浮かべていたらしい。顔をほんのり赤らめながら、理苑がぼそっと

「カナいいなぁ……」

溢した。少し複雑な表情で、うんうんと頷く魅夕。

「あはは、じゃリオが彼氏候補見つけてきたら仕掛けてあげるよ」

……屈託ない唯亜の笑い声が、絢南をほんの少し安心させる。やっぱり自分の利益(楽しみ)のためだけじゃない、唯亜は心の底ではちゃんと佳奈の事を考えているのかもしれないな。なぜだか、そう思えた。


「仕掛けるって、何を?」


「!!!」

四人は表情を顔に貼り付けたまま、固まった。

「ねーなんで黙ってるの?」

不満げにそう訊ねながら、声の主は椅子を引き出して腰掛ける。言うまでもないが、佳奈である。

慌ててはぐらかす唯亜。

「なっ何でもない何でもない!ちょっとアヤがカンニングさせてとか言ってきたから───」

「あたしが言うかっ!」聞き捨てならない言い訳に絢南は怒鳴った。「言うとしてもユアでしょ!あんた嘘下手すぎ!」

……バレた。

「あ…………」しまったという顔をした唯亜と絢南だったが、もう遅い。

「……つまり、私は蚊帳の外なんだね」

「………………はい」

佳奈はちょっとがっかりしたような顔をした。が、黙って机から椅子を引き出す。

座り込んで、そのまま話しかけてこようとしなかった。

「……変だね。カナいつもならもっと食いついてくるのに、なんか反応悪い」

ひそひそ声で、唯亜が訊ねてきた。「なんかあったのかな。アヤ、知らない?」

「さぁ……」

そう答えるしかなかった。佳奈の挙動に違和感を感じたのは、絢南も同じだ。

「伊勢原の事でも、考えてるんじゃない?」


当てずっぽうで言ったその答えが、まさか真実だとは絢南も思わなかっただろう。



「青葉さん、人員配置完了したとの報告が入りました」

電話を切ると、磯子は先輩の背中を振り返る。時計を一睨みした青葉は、「……よし、概ね予定時間内に完了したな。何かあったらすぐ駆けつけられるように、準備しておいてくれよ」

「無論です。もう拳銃も防弾チョッキも準備出来ています」

「……それは早すぎだ。置いてこい」手際の良さに感心しつつ、青葉はそう命じる。防弾チョッキの倉庫へと向かう磯子の背中を眺め、ため息を一つ。

──張り切りすぎだな。あんなんだと犯人検挙の気持ちだけが先走りして誤認逮捕でも遣らかしそうだ。よくよく、言っておかないと。

缶コーヒーを片手に、青葉はもう片方の手で窓のブラインドを開けた。高層階に位置するここ特殊能力犯罪対策本部からは、隣町の辻堂がよく見えた。今回の警備対象は、尚更だ。

既に一度、警察はあの場所での事件発生を防げなかった。もうこれ以上、起きてはいけない。いや、起こさせてはいけない。そのための警備だ。あくまでもこれは、犯人を牽制するための措置なのだ。


しかし。磯子は、そうは思っていないのではないだろうか。

今回の警備プランが発表されたとき、磯子が手緩いだの人が少ないだの色々と口出しをして戸塚本部長たちの顰蹙を買っていたのを青葉は憶えている。磯子のサイキック逮捕に掛ける情熱には、どこか尋常ならざるものがある。彼の経歴を考えれば、当然なのだろうが。


──何も、起こらないといいんだがな……。本当に。

祈るような思いで、青葉は眼下の景色を眺めていた。今は、それしか出来ないから。



が。

そんな青葉や磯子たちの思いを他所に、無事試験初日は終了したのである。



「──あーっ疲れたー!」

伸びと共に思いきり大きな声で肩の力を抜くと、帰宅の準備を終えた唯亜は理苑の方を仰ぎ見る。ドア脇の理苑なら、きっと捕まえられたはずだ。

さぁ、無事佳奈を確保出来たのかな?


……独りだった。

「あれ?ちょっとリオ、カナは?」

理苑は申し訳なさそうな顔で答えた。「……ごめん、逃げられた」

「逃げられた?」

「呼び止めたんだけど聞こえなかったみたいで、そのまま出ていっちゃって……」

珍しい。いつも最後まで教室でダラダラしてる佳奈が。いや、どう考えても不自然だ。

「それに、試験中やけに荒い息してたし。なんか顔は赤かったし。風邪か何か引いてるみたいだった」

「…………やっぱ、変だな……」

唯亜は呟いた。自分にしか聞こえないくらいの声で。



ここで、時間は少し戻る。

試験終了の鐘が鳴り響いた瞬間。解答用紙を机の隅に置くと、佳奈はペンや消しゴムをかき集めてペンケースに放り込んだ。普段の佳奈なら決してしない、荒っぽいやり方で。問題用紙やペンケースをカバンに突っ込むと、解答用紙が回収されたのを確認して席を立つ。

そのまま、G組の教室を出て右折した。誰かが呼んでた気がするが、聞かなかったことにして佳奈は歩き出す。もうちらほら生徒が出てきてはいるが、比較的空いている廊下の向こうには、C組の教室がある。

──待ってて、ユースケくん……。

逸る気持ちが、足を動かす。気づかないうちに、佳奈は駆け足になっていた。


ドンッ!


「あ痛っ!」

誰かとぶつかった。

同じくらいの体格だったのだろうか、佳奈も相手も揃って廊下に尻餅をつく。

謝らなきゃ。

「っごめんなさい!その、ちょっと急い」


雄介だった。


目の前で同じように床に座り込んでいたのは、探していた雄介その人だった。

そう。佳奈は知るよしもないが、雄介も佳奈と同じようなことを考えていたのだ。


「……あっ……」

完璧に想定外の展開に、脳がフリーズする。

──なんで!?なんでここにユースケくんが!?

混乱する頭よりも先に、身体が動く。立ち上がって埃を払うと、佳奈と雄介はお互いの顔をまじまじと見つめあった。

言うはずだった言葉が、出てこない。代わりに出てきたのは、

「……ごっ、ごめんなさい……!」

だった。

「えっ……なんで……?」

「ユっ……伊勢原くんにこないだ教えてもらった所、全然解けなくて……せっかく教えてもらったのに……」

言っているうちに申し訳なさが溢れてきて、佳奈は頭をたれる。が、

「いっいやそんなの別に気にしてないから、……そ……それより、」

顔を上げた佳奈の前に、はにかむように顔を背ける雄介の姿があった。

「……他の所は、大丈夫なのか」

「……ううん全然」

「……そっか。俺、明日の勉強もう終わってるし、

付き合おうか?」

ドクン。

心臓が、一拍跳ねた。

──いや、待ってよ。ユースケくんは決してそんな意味で言ってるはずがない。

「……お願い、していい?」

少し低姿勢気味で、佳奈は雄介を見上げる。雄介はちょっと頷くと、

「……ここじゃ色んな意味でマズイから」辺りを少し見回して、指を一本立てた。「……と、取りあえず、駅前の方に行かないか?市の図書館もあるし、カフェもあるし」

「……そう、だね。そうしよう」


嬉しかった。雄介が、自分から誘ってくれるなんて。

──いいよ、どこにでも行くから。


唯亜たちが廊下に出た時、既に佳奈と雄介の姿はそこにはなかった。

一樹たちが駆けてくる。「あれ?そっちにもいないのかよ?」

「そっちこそ、伊勢原はどうしたのよ」

標的消失(ロスト)した」

泰雅が悔しそうに答える。「すげえスピードで帰る準備をされて、引き留める間もなかった。いつもの事だけど……」

「こっちも同じだよ」

階段の方に目をやった。防犯カメラでも見れれば行方が分かるのだけど、さすがにそれは出来なかろう。


「……もしかして、もう二人でどっかに行っちゃったとか?」


一樹の溢したその言葉を、唯亜の耳は逃さなかった。

確かにあり得る。知らないとはいえ想いあう関係なのだ。どっちかが切り出した瞬間、互いの気持ちに気づく事だろう。それならそれで、いいのだけれど。


だけど。

今朝、それに昨日の夜、微かに感じた違和感。最近、ぜったい佳奈はどこか変だ。

そして、今日のこの行動の一致。

「……何も、起こらないといいんだけど……」

佳奈の消えていったであろう階段を、唯亜の呟きは転がり落ちて行く。




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