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DistancE-KANA  作者: 蒼原悠
第五章 distaste――煩想――
38/57

episode38 「もうちょっと真剣になれないの?」

翌日の、昼間の事だった。

二宮家の玄関口に、黒服の男が二人やってきたのは。


「県警藤沢署の者です」

チャイムで呼び出され、玄関のドアを開けた母は、図体のでかいほうの男にいきなりそう宣言された。あまりの唐突さに反応できないでいると、もう一方の痩せた男が尋ねてくる。「今、娘さんはご在宅ですか?」

「い、いえ」そこでやっと、喉から声が出る。

「カナは今、出掛けていて家にはおりませんが」

「ちょうど良かった」

警察手帳を背広の内ポケットにしまいながら、でかい方の男──刑事は言った。

「娘さんの事で、幾つかお伺いしたい事があるのですが。お時間宜しければ、ご協力頂きたい」

警戒心丸出しの口調で、母は尋ね返す。「あの……うちのカナが何か疑われるような事をしたんですか」

「まだ、分かりません」デカ刑事(デカ)の目は、揺るがない。

「ご存じとは思いますが、娘さんは既に二度に渡り超能力事件に関わっています。そして、両事件とも未だに解決を見ていません。事件解決の為にも、ご協力頂けませんか」

強い視線に晒され、母はもうそれ以上何も言い返せなかった。そのくらい、デカ刑事(デカ)の纏う空気には異常なものがあったのだ。

「……どうぞ」



「いやー、伊勢原・二宮ランデブー作戦第一回、大成功だったね!」

上機嫌でコーラを飲み干す唯亜に、絢南は苦虫を噛み潰したような顔を向けた。不満たらたらだ。「……あたし、かなり悲惨な役ばっかりやらされてたような気がするんだけど……」

「そうでもないでしょ、大体水着売り場に歓声を上げて走っていくくらいの演技が出来なきゃ」

「あたしを女優か何かと勘違いしてない?そーいうのはあんたかアカネ辺りがやりなさいよ!あたしあれすごい恥ずかしかったんだよ!」

言い合う二人に、理苑が眩しいものでも見てるような視線を向ける。「……いいなぁ、すっごく楽しそう……」

「楽しくない」

ソッコー否定の絢南。

ここは、学校の近くに最近出来たファミレスの中だ。唯亜、絢南、それに理苑と魅夕の四人で昨日の戦勝報告会をしている所だった。無論、佳奈は呼んでいない。呼んだら作戦がバレる。

「まー、次回はもうちょっと俳優増やすからさ」不服げにふくれ面をする絢南の背中を叩いて、唯亜は笑った。「んで第二回なんだけど、どこがいいと思う?」

「いつ決行するの?」魅夕が尋ねると、唯亜はケータイの画面にカレンダーを表示した。「それなんだよね。あんまり第一回と間を空けすぎるのは良くないと思う。けど、いくらなんでも二日連続は現実問題あり得ない。とすれば、明日か明後日がいいと思うんだけど。一応、伊勢原サイドともそういう話で一致してるし」

伊勢原サイドとは言わずもがな一樹の事である。

「カナ、試験までは猛勉強しなきゃって言ってたなぁ」思い出した絢南は、そう付け加える。

「じゃあ図書館ならいいんじゃない?」

理苑の提案に、絢南は首を振った。「ムリだと思う。ほら、明日もあさっても学校の図書館は捜査のせいで入れないし、カナと伊勢原が同じ市の図書館の利用登録してる保証はないからさ」

「安定のデートスポットは?江ノ島とか湘南平とか大船観音とかMM(みなとみらい)21とか」

「アウト。試験中にそんなとこに呼び出す理由を説明出来ない。ってか大船観音ってミユ……」

「二回連続ショッピングセンターはダメなの?」

「仕掛人が一緒だし、確実に怪しまれるよ」

「いや待って!」突然、唯亜が叫んで立ち上がった。「何もわざわざ場所選ばなくても、明明後日には学校開くじゃん!もうそれでいいか!」

「あたしは最初からそのつもりでいたんだけど」

淡々と言う絢南。「じゃあ言わんかい!」とかなんとか唯亜が怒鳴ってきたが、無視する。

「そうだよね。学校なら何かと自由が利くし、偶然出会うような演出も簡単だもんね」と理苑。

「私はそんな大変な役じゃなければ何でも構わないよ」と魅夕。

──この二人、劇か何かと勘違いしてないか?

「ねぇ。一応言っとくけど、これは遊びじゃないんだからね」絢南は釘を刺した。「ふざけてて失敗でもしたら、可哀想な目に遭うのはあたし達じゃなくてカナなんだよ。分かってる?」

「はーい!」まぁ、なんと威勢のいい返事ですこと。

「さっすがアヤ、言うことが違うねー」

ひゅう、と口笛を吹く唯亜を絢南は軽く睨む。「あんたももうちょっと真剣になれないの?」


……絢南だけだ。

あの日、通学路のベンチの上で、佳奈の抱え込んでいた全てを聞いたのは。

雄介の事が好きで堪らないのに、告白するのが怖いという事。そして、自身がサイキックであった事を。知ってしまった以上、自分には友達として全力で佳奈を支える義務がある。いや、支えるんだ。あの日、あの場所で、絢南はそう固く誓ったのだ。

……だからこそ、唯亜の態度はどうしても軽いものにしか見えなかった。

唯亜は、理苑や魅夕は、本気で佳奈を心配しているのだろうか。

楽しげに歓談する三人を尻目に絢南は一人、窓を覆う灰色の雲を見上げていた。



「最近、娘さんに何か変わったことなどありませんでしたか?」

ソファに腰掛けると、まず青葉と名乗ったノッポ刑事が尋ねてきた。

「何でもです。例えば急にオカルトに目覚めたとか、変にお洒落に気を使うようになったとか」

「そうですね……」

思い当たる事が、無いではない。

近頃、佳奈は何だか元気がないように見える。前は好きだったテレビもめっきり観なくなったし、食欲もないし、部屋ではいつもベッドでぐったりしているみたいなのだ。

確かに気になる変化ではある。だけど、そういうのって思春期にはよくあることじゃないのだろうか。どうでもいいことに悩んだり、苦しんだりするのは、決して異常な事じゃないはず。それを逐一細かく警察に話すなんて。

「……最近、何だかすごく疲れてるように見える事はありますけど、そのくらいです」

「そうですか……」

頻りに頷く青葉の横で、磯子と名乗った巨漢の刑事がメモ帳のようなものを広げてきた。「お宅の娘さんの学校でここ一ヶ月の間に二度も超能力事件が発生しているのはご承知頂いていると思いますが、実は二度とも娘さんが大きく関わっている可能性があるんです。我々としても早期解決を目指したい。ですから、何か娘さんと超能力の関連についてご存じの事がありましたらお聞きしたいと思いまして」

「大きく関わっている、とは?」

眉を潜めた母に、磯子は低い声で言った。「事件の根幹に関わる何かを、娘さんはご存知なのではと我々は考えています。ですから今回、娘さんは本件の重要参考人として、」

「ちょっと待ってください」

聞き捨てならぬ単語に、思わず母は重ねて訊ねた。

「つまり、あなた方はカナが犯人だと仰りたいんですか?」


途端。磯子の眼差しが、豹変した。瞬時に威圧感が二割り増しになった。

「そうは言っていないでしょう!」がなるクマ顔刑事の迫力に、母はソファに押し付けられる。「奥様は大きな誤解をなさっている!我々警察は決して──」

「おい、磯子!」

黙って聞いていた青葉が間に割って入った。「そういう言い方をしないでもいいだろうが!」

そのまま、母に向き直った。頭を下げる。「申し訳ありません。この者、まだ新米でしてご無礼も多いかと思いますが、ご容赦頂けませんか」

机に頭を擦り付ける青葉。喉につっかえていた憤りが、部屋の空気に散っていく。

「……いえ、そこまでして頂かなくても」

戸惑いの気持ちを隠せぬまま、母は続けた。「ただ、さっきの説明だとまるでカナが犯人だと決めつけているようにしか聞こえなくて……」

「説明の仕方が悪かった事は、お詫びします。確かに我々の方では娘さんを重要参考人として扱わせて頂いていますが、これはイコール犯人という事ではありません」


説明しながら、ひたすら平身低頭を貫く青葉。黙って青葉の言葉を聞きながら、母の目はずっと磯子の顔を追っていた。机に頭をこすり付ける上司の横で、磯子は自分の膝を睨み付けるように見つめていた。

──「そうは言っていないでしょう!」

さっきの磯子の言葉が、何度も思い出された。

事情説明をしている時は佳奈を疑っているようにしか聞こえなかったのに、あの時の磯子は人が変わったようだった。まるで、佳奈を庇うような口調だった。

何を考えているのだろう、この人は……。


「……奥様?」

青葉の声で、現実に戻ってきた。「は、はい?」と訊ね返すと、青葉は真剣な眼差しを向ける。

「率直にお伺いします。奥様は娘さん──いえ、二宮カナさんは、あのような凶悪犯罪行為に及ぶようなお子さんだと思われますか?」

磯子を一瞥する。大柄なあの刑事は母の目を見て、小さく頷いた。

「全く思いません」

即答した。

本心だった。当たり前だ。

佳奈は、学校を破壊するような精神の持ち主では、決してない。そう、母は信じている。間違いなく、父もそう信じているだろう。

佳奈はもっと繊細で、他人想いで、優しいのだ。それを誰より知っているのは、家族なのだ。

そしていざという時、一番信じてあげられるのも、家族なのだから。


「分かりました」

そう言って、青葉は立ち上がる。「本日はどうも、貴重なお時間を頂いてしまって申し訳ありませんでした。奥様のお考えは、大いに捜査に反映させて頂きます」

磯子も、立ち上がって一礼した。

「いえ……」母はただ、そう答えた。


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