episode34 「見てて何だか可哀想なんだよね」
さて。
ああは言ったものの、何から始めるべきかまるで見当がつかない。
――超能力の方は、ただ黙っていれば済む事だよね。それならあたしに出来ることは、誰にもこの事を知らせない事。それに尽きる。それと強いて言うなら、超能力が勝手に発動するのを防ぐことかな。そのためには、超能力が発動する条件を調べなきゃならないな。
伊勢原の方は、周りの人間にそれとなく聞いてみるのがいいか。でもまさか本人にダイレクトに聞く訳にもいかないし。
……と言うわけで、
ヴーン……ヴーン……ヴーン……。
「何だろ……」
勉強机の上で、例に倣ってバイブレータで主人を呼ぶケータイを、唯亜は手に取った。サブディスプレイには、[絢南]の文字が。
「アヤ?」
珍しいな、と呟きながらメールを開く。
[佳奈、やっぱり伊勢原の事が好きだったみたい。けど、ちょっと色々あって「伊勢原は恋とか興味ない」って思い込んでるらしくて、今すごい悄気てるみたいなんだ。励ましてやりたいんだけど、唯亜は伊勢原についてなんか知らない?]
一瞬驚嘆の声を上げそうになった唯亜だったが、思い直す。──ま、そうだよね。そんな感じ私もしてたし。
……しかし、色々あったというのは一体何なんだろう。
どうも気になるが、唯亜に頼ってきたということは唯亜の情報網をあてにしているということ。
――期待に答えなきゃね。カナが元気ないなんて私もなんか嫌だし。
雄介の事を、一番知ってそうな人間。そりゃもう、本人以外じゃアレしか思い当たらない。
ピロリーン。
着信を報せる電子音に、参考書を睨み付けていた一樹は目をスマホへ向けた。何だろうと手に取ると、メールを開く。
唯亜からだった。
[あんた伊勢原と仲いいでしょ?]
いきなりこんな問いかけである。目が点になる一樹。
──俺とユースケ?そりゃ仲がいいか悪いかって聞かれりゃ……。
[いいけど]
それだけ返す。すると二十秒と経たずに、
[伊勢原、最近変わったことってあった?]
そう返ってきた。
──変わったこと?
なんだそれ。そんなのがあったらこっちが聞きたいよ。一瞬そう返そうかと思ったが、
──いや待て。こうして俺にメールして来るということは、俺を頼ってきたということ。言い換えれば俺以外に頼る相手が無いということ。それを無下に突き放すってのもなんか悪いしなぁ……。
要は唯亜も一樹も自信過剰なのである。だが、この場に限ってはその方が良かったとも言えた。気をよくした一樹、電話帳を漁って何人かの名前を選び早速聞き取り調査を始める。
十五分後。
唯亜のケータイが、着信を示すお馴染みの音を響かせた。待ってましたとばかりに画面を開くと、
[変わったことっていうのとはちょっと違うような気がしないでもないけど、ウチのクラスの友達が以前雄介の恋愛相談に乗ってたらしいわ。俺も初めて知ったけど、誰か好きな女がいるのは間違いないな]
──ってことは、やっぱり伊勢原は恋愛に興味ありありなんじゃない!
ほっとしたあまり取り落としかけたケータイを手にすると、そっくりそのまま絢南に転送する。と同時に、一樹に返信。
[いやーありがとね。あ、ついでなんだけど、伊勢原の好きなのって誰か分かんない?]
佳奈の恋のライバルは、いったい誰なのか。一樹なら調べあげられるかもしれない。今試験勉強で忙しいかもしれないが、なにせ友人のネタだ。きっと喜んで食いついてくるはず──
ヴーン、ヴーン、ヴーン、ヴーン、ヴーン、ヴーン………
あれ。長くない?
サブディスプレイを見遣ると、そこには
[℡大和一樹]
「電話かよ!」
叫んで唯亜はケータイを抉じ開けた。
「もしもし?電話かけてくるなら先に言ってよまったく」
「いや悪ぃ、けどメールいちいち返すの面倒だったからさぁ」電話の向こうで笑う、一樹。「で、件のユースケの事なんだけど、まずその前に補足な。こないだユースケの恋愛相談に乗ってたのって、ウチのクラスの秦野と」
「秦野!?」
思いがけず大声が出た。ちょっと顔を赤くして、小声で唯亜は二の句を次ぐ。「……あ、ごめんいいよ続けて」
「あ、あぁ。んで、その時誰が好きなのかって話に踏み込みかけたみたいなんだけど、タイミング悪く闖入者が現れてその話は打ち切られちゃったらしいんだわ。ただその時、ユースケが「イ」の段の言葉を口にしてたって、もう一人いた奴──寒川ってんだけど──そいつが言ってたんだよ。知ってると思うけど、この学年あんまり「イ」の音で始まる名前多くないじゃん。それこそユースケとか、さ」
「確かにそうかもね……」
そう呟きながら、唯亜の頭にはある一つの名字が浮かんでいた。が……いや、そんなまさかねぇ。
「そんで、こっからは俺の勝手な推測の話になるんだけど。大分前に美術で鉛筆画の課題が出たの覚えてるか?」
「覚えてるよ」唯亜は苦々しい声を出した。「私あれめちゃくちゃ苦労したからはっきり覚えてる。あの美術のババア教師マジ最悪」
「そこまで言うかよ……」
ケータイの向こうで苦笑する一樹の顔が目に浮かぶようだ。
「あの課題が出た次の授業の日だったと思うんだけど、ほら前に言ったろ?雄介と某女子が廊下で鉢合わせした事。俺が廊下の影でやり取りをICレコーダーに録音させて貰った時さ」
――あの時か。
「ほんと、あんたって最低だよね……」今度は唯亜が苦笑いする番だった。が、その声は心なしか、強張り気味だ。
意に介する様子もなく一樹は続ける。
「二人とも相当緊張してたし、会話もまるで噛み合ってなかったけど、俺的にはかなり上手くいきそうに思えたね。長続きするカップルが最初から意気投合してたなんて話はまず無いしな。しかもお前も知っての通り、その女子の名前は「イ」の段から始まってる」
「確かに」呟きながら、唯亜は微かな快感のようなモノが沸き上がってくるのを感じていた。
そうだよ。美術の鉛筆画課題が出された次の授業の日、確か一時限目は休講だったはず。あの時、変に元気のなかった女子が一人いたじゃない。しかも名字が「イ」の段から始まるのが。
「ま、ここまで言えばさすがに海老名にも見当はついてくると思うけどな」一樹の声が追い討ちをかける。
もう間違いない。伊勢原雄介が好きなのは、
「……カナ、って事か」
ゆっくりと、噛み締めるように唯亜は答えを口にした。
しかし、その答えを認めると言うことは……。
「……そう、二宮だ。他のいろんな事を考え合わせても、二宮なら辻褄が合 うんだよな」
「ちょっちょっと待ってよ」
思わず唯亜は受話マイクに向かって怒鳴っていた。「それじゃまさか、」
「まさか?」
「……その……カナも、伊勢原の事が好きらしい。友達が、そう言ってた」
「え!?マジで!?」一樹も怒鳴ってきた。「そっ、それじゃつまり二人は……」
「……お互いに、片想いしてるって事になるよね」
そう。そういうことなのだ。言い換えれば、
「……本当は相思相愛なのに、二人が二人とも相手の気持ちに気づいていないって事か……!」
繰り返す一樹の声は、妙に生き生きしているように聞こえた。
「へえ……!なんか厄介な関係だけど、面白そうだな!」
「面白そう?」
すると、一樹はこんな事を提案してきたのだ。
「滅多にないぜ、こんな拗れた恋人関係。だけど基本的な構造はそんなに複雑じゃない。だったら簡単だ、俺たち周囲の人間が後押ししてやればいいんだろ。その仲人、俺たちがやってみるのも面白いと思うぜ?」
──なるほど。要はカナも伊勢原もお互いの気持ちに気づいていないだけ。なら、周囲が僅かに働きかけただけでも関係は一気に進む可能性があるって事か!
「確かに面白そう!」
唯亜も、威勢よくそう答えた。「正直落ち込んでるカナって、見てて何だか可哀想なんだよね。私達で二人を近付けてあげれば……」
「そういう事だよ」
一樹は笑った。「んじゃ、俺はメンバーを募ってみる。海老名には場所選び、頼んでもいいか?」
「おっけ!」
電話を切った唯亜は大興奮覚め遣らぬまま、今度は絢南にメールを送る。
面白い。カナは今までも凄く弄り甲斐がある娘だったけど、それとはまた別の意味で。
――傍観者として、精一杯楽しませてもらうからねカナ!
二人の知らない所で、色々なモノが動き始めていた。
◆ ◆ ◆
さて、翌日。
日曜日である。ベッドの中でぐっすり──否、浅い眠りについていた佳奈は、唐突に鳴り出したケータイの着信音に叩き起こされた。
「……なんでこんな時間に……?」
眩しく光る画面を細目を開けて眺めると、どうやらメールのようだった。展開。
[今日さぁ、平塚に買い物に行かない? by唯亜]
──平塚?なんでまた、試験前に……?
[唯亜、勉強はいいの?]
二十秒と経たずに返事が返ってきた。
[飽きた]
「……。」
まぁ、唯亜らしいといえば唯亜らしい。
──うーん、ホントは私も勉強しなきゃいけないんだけどなぁ。昨日は結局ほとんど何も手につかなかったし、正直ヤバい。時間も量も足りないよ。
──『行っちゃえば?』
懐かしい声が、脳の裏で反響した。「もう一人の自分」だった、あの声だ。
──あなた、まだ、いたの?
──『あったり前だよ。あたしは基本あんたとセットなんだからね、そうそういなくなりゃしないよ』
そういう問題じゃないんだけど。
──『で、どーするのさ平塚』
──うーん……。
確か、また試験が始まるのが四日後。これが最後の日曜日だ。貴重な勉強時間を遊びで潰すってのもなぁ……。
割り込むように、元「もう一人の自分」が話しかけてくる。
──『ま、あたし個人の意見を言わせてもらえば、行ってみるのも悪くないと思うけどね』
──なんで?
──『あんた、昨日は色々ショックを受けたんだろう?そういうのってのはストレスに変換されて体内に蓄積するんだよ。ストレスを溜め込むのは良くないし、いい気分転換になって明日から勉強に身が入るならちょうどいいじゃない』
確かにそれもそうだ。
いいや、なんで勉強に集中出来ないのかくらい、自分でも分かっているつもりだ。あんなものを見てしまって、あんなことを知ってしまって、ショックを受けてない訳がないもの。
「行こうかな……」
佳奈は、ぽつりと言った。
やっぱり元気が出ないと、動けない。気分転換もありかもしれない。そう、思えた。
──『そうしな、そうしな』とやけに嬉しそうな元「もう一人の自分」の声がした。
こうして佳奈は、見事に唯亜の計略に嵌まったのである。
[んじゃ、一時に平塚のホームで集合ねー]と佳奈に確認のメールを送ると、唯亜は今度は電話を掛けた。その相手は、一樹だ。
「もしもーし。伊勢原、何て言った?」
「成功。ユースケも平塚来れるってさ」
珍しくやや興奮気味の一樹が、問うてくる。「そんで、どこにするつもりなんだよ?」
「後で教えるよ」ちょっと焦らしたくなってそれだけ答えると、悪戯っ子のように唯亜は笑う。
「ま、楽しみにしてなって。ぜったいカナも伊勢原も何かしら行動を起こしたくなると思うからさ」




