表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
DistancE-KANA  作者: 蒼原悠
第四章 distortion――撓擾――
27/57

episode27 「何だったんだよ、いったい……」


 そんなこんなで、試験が始まった。中学三年の科目は、公民と代数だ。


 ところが。


 ──ヤバイ。


 一時限目の試験開始から、十分。後ろの唯が解答用紙を三分の一近くも埋めているなか、佳奈の答案は未だにほとんど白紙のままだった。

 あれだけ詰め込んだはずの知識が、上手く出てこないのだ。

 ──なんで!?なんでなんで!?あんなに勉強したのに、言われた通り工夫したのに、なんで出てこないの!?

 [(7)下線部⑤に述べられている、一九七二年の三法改訂の主要な理由を簡潔に書け]

 ──何だっけ。私これ、大分前に授業で当てられた記憶がある!なのに、中身は思い出せない……。

 半ばパニック状態の佳奈。怪しまれない程度に辺りを見渡すと、どうやらみんなかなり先を解いているみたいだった。焦燥感が、時間だけを進めていく。淡々とした表情で黒板に残り時間を書き記す茅ヶ崎が、今は悪の権化に見える。

 ──ああもう、ぜんぜん思い出せないよぉ……!

 泣きそうな顔で佳奈は問題用紙を見下ろした。実際泣けるんなら泣きたい。私の努力はどこへ行ったの!?化学変化でも起こして別のものに──

 待って。化学?


 ──超能力法!

 そうだ思い出した!私、化学のノートにそれ書いてたんだ!で、当てられた時に答えられなくて……!

 思い出せた感慨に浸っている暇はない。解答欄にその四文字を書くと、目尻の汗を拭った佳奈はその下の問題に目を移す。

 [(8)下線部⑥とあるが、この裁判で問われた事は何と考えられるか]

 ──あぁ、やっぱり分からない。しかもここ、確かこの間ユースケくんに教えてもらったトコロなのに。

 せっかく、教えてもらったのに……。

 ゴツン、と額を机に打ち付けて、佳奈は小さな声でぼやいた。


 「こんなのぜんぶ覚えられるような超能力が、あったらな……」



 その瞬間だった。


 バリビリバリッ!と何か布類の裂けるような嫌な音が、教室中に響き渡ったのだ。佳奈の足元からも。

 「何……?」

 机の下を覗いた佳奈の顔に、

 ガンッ!

 何かが命中!

 「痛ったい!」叫びながら咄嗟に左手が掴んだそれは、あの分厚い公民の参考書だった。足下に置かれたカバンのチャックが真っ二つに裂け、僅かに煙が漂っている。

 「カナ避けてぇっ!!」

 鋭い絢南の声が、耳元で反響した。見えないアンテナが、強い危機感を受信する。だが、遅かった。

 ガンッ!と重い衝突音が響いたかと思ったら、佳奈の机の上に一冊の参考書がめり込んだのだ。

 「!?」

 ──まさか!

 上を見上げた佳奈の目に、

 自分目掛けて飛んで来る重量感溢れる大量の参考書が映る。その数、二十八冊……!

 「きゃあああああああ!」

 立ち上がり、逃げようとする佳奈。が、追尾ミサイルの如く佳奈の身体に追いついた参考書の嵐は、情け容赦を知らぬ勢いで細い体躯を直撃!

 何冊かは軌道を外れ他の数人を直撃したが、二十冊分の重さがあれば人一人を吹き飛ばすなど簡単だ。佳奈はプロボクサーのパンチを食らったように吹っ飛ばされ、真後ろで立ち上がっていた唯にぶつかる!ひっくり返る唯!机に引っ掛かった足のせいで宙ぶらりんになる佳奈!今が夏服でほんとによかった……とか思える余裕などあるはずがないか。

 鳴り響く警報に、教室は一瞬で大混乱に陥った。もはやテストどころではない。

 「大丈夫か、二宮!?」絢南や理苑、数人の男子と茅ヶ崎が、机に布団のように被さって動かない佳奈の元へ駆け寄ってくる。が、目を回しているのか返事もしない。

 「痛……何だったんだよ、いったい……」

 言いながら頭を振りつつ起き上がった唯亜の耳に、あのサイレン音が聞こえてきた。ψ線センサーの警報だ。

 ──まさか、またテロ?だとしたら、またしてもカナが狙い!?

 「お前ら、無事か!?」怒鳴る茅ヶ崎。すると、あちこちから負傷報告が上がりはじめる。怪我人は、佳奈と唯を入れて八人のようだった。

 そして。案の定、全員のカバンは口が派手に裂け、参考書が無くなっていた。その参考書は今、ぐったりとしている佳奈のあたりにばらばらと散らばっている。それはあまりにも凄まじく、違和感に溢れた光景だった。

 「カナ!しっかりして!」

 何度もそう叫びながら唯亜が肩を叩くと、佳奈は微かにうめき声を上げた。

 「……ぅ……アヤ、ちゃん……?」

 「よかった、気がついた!」歓声を上げた唯亜を押し退け、絢南がその首に抱きついてくる。「心配かけないでよっ!ホントに意識失ったかと思ったじゃん!」

 佳奈は、弱々しく笑うとつぶやいた。「……お腹、痛い……背中も、痛い……」

 「何があったんですか!?」

 その声とともにG組の扉が開き、近くの試験監督の先生が数人飛び込んできた。他の生徒を介抱していた茅ヶ崎は、「分かりません!」と怒鳴り返す。

 「ただ、負傷者が出てます!保健室の先生を連れてきてください!それと、警察へ──」

 「その必要はありません!」

 やや高いその声に、全員が声のした方向を見遣る。そこには、重武装した黒服の警官隊がずらりと並んでいた。ついこの間まで、C組の前の廊下を占拠していた、彼らだ。

 「現場検証を行います。動かないで下さい!」先頭ののっぽな刑事が怒鳴るなり、奥からやってきた鑑識らしい軍団に指示を飛ばす。今更のように、パトカーと救急車のサイレン音が校庭の方から響いてきた。

 「ホント、ケーサツ、早ぇ……」

 つぶやく唯亜の横でようやく起き上がった佳奈の元へ、担架を持った救急隊の面々が駆けつける。

 「大丈夫ですか?痛いところはありますか?」

 「……背中です……」そう言いたいのに、腹筋に力が入らない。掠れた声が喉から漏れるばかりだ。

 「全身打撲、意識混濁の可能性あり!搬送先に連絡は!?」

凄まじい病名にされた。

 「泉さん、西湘医大病院と連絡取れました。現在急行中、八人受け入れ可能との事です!」

 「あの……そんな、病院なんて行かなくても大丈夫です……」

 やっとの思いで佳奈が声を搾り出すと、泉と呼ばれた救急隊員は「いえ、病院じゃありませんよ」と笑った。「移動病院車輌(スーパーアンビュランス)です。グラウンドに回してもらうよう要請したので、それまでは安静にお願いします」

 ──いや、そういう意味じゃないんだけどな。

 「そうですか……」佳奈はふらふらと椅子に座り込んだ。途端、強い痛みが腕に奔る。

 「痛っ……!」

 「ほら、ケガしてるんだから大人しくしなきゃダメだよ」苦い顔の絢南。目のやり場がなくなって、佳奈は床を睨む。

 床に散らばった参考書が、目に入った。

 ──なんで、こんなものが。前にもこんな事があったけど、なんで狙われるのは私なんだろう。しかも、今回は私も無傷じゃ済まなかったし……。


 ──あれ。

 これが飛びかかってきた時、私何を考えてたんだっけ。

 超能力がどうのこうの、とか考えてたんじゃなかったっけ。


 ……首を捻る佳奈の後ろ姿を、見つめる目があった。誰あろう、唯亜だ。

 「ほんと、よかった……」心底ホッとした表情の絢南が、その肩を叩く。「なにボーッとしてるのよ。ユアらしくもない」

 「ちょっと……ね」

 唯亜は小さな声でそう答えただけだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ