episode26 「案外これ、面白いかもしれない」
その頃。
──くそ、面倒なモンに捕まっちまったよ……。
校門の門柱に凭れかかった一樹は心の中で、悪態をついていた。
「つまり、君は事件発生の瞬間は目撃していない、ということだね」
黙って頷くと、磯子と名乗った刑事は何やら手帳にペンを走らせる。
「なるほど。つまり爆発音を聞いたのは教室の中というわけか」
校門を通ろうとした矢先、突然出てきた磯子にいきなり腕を掴まれ「任意調査に応じてほしい」と頼まれた一樹。佳奈の時にも使われた待ち伏せ戦法を、一樹も食らったのである。
──ったく、試験も近いから今日は早く帰るつもりだったのに。こんな事に付き合ってる暇なんかないんだっての。けど、それをそのまま言うのは何だか後が怖いし。
「そーです」投げ遣り口調で一樹は答える。「で、あとはもう言ったでしょう。あまりに爆風がすごくて外には出られなかったので何が起きたのかは見てませんけど、音がしてほんの少し経ってから二人の先輩が扉を突き破って倒れ込んできたのは見たって。でもって、扉もそのあと吹っ飛んで」
「状況通りか……」手帳を睨みながら、磯子は尋ねた。
「事件発生直前、君はトイレに行ってたと言ったね。その時、現場の方を見た?」
「見ました」
「その時、そこには三人の人間がいたはずだ。君と同学年の二宮さん、それと高校二年の麻生くんと真鶴くんの三人がね。彼らはその時、何をしていたか覚えてる?」
言われて一樹は記憶を辿る。ああ、そういえば三人いたっけな。教室の前に。確か、あの時二宮はユースケの事を探して教室の前に来ていたんだったはずだ。
──待てよ。
あの時、二宮と他の高二は何か言い合ってるようにも見えた。
その後、高二は吹っ飛ばされた……。
頭を振ってその考えを追い出す。──まさか、そんなのあり得ないだろ。
「口論、っぽい声が聞こえました。それだけです」
これなら答えても二宮たちの不利益にはならないだろう、と踏んで一樹は答えた。言ってから、付け足す。「内容までは俺も知りませんよ。誰対誰だったのかも」
「口論、ね……………」
「ね」の音を口の中で引き延ばしながら、手帳を眺める磯子。一樹は何だか急に、その場から逃げ出したくなった。
と。
「何してんだよ、大和」
聞き慣れたその声が、沈黙を破る。振り返った一樹の視界には、カバンを手に歩いてくる男子生徒の姿が。
雄介だ。
「見ての通りだよ。路上で事情聴取だ」
わざと嫌味っぽく、言ってみる。が、後ろの刑事はまるで意に介する様子もない。
「……こんなものかな。協力、ありがとう。時間を取ってすまなかった」
そう言って、微笑む磯子刑事。
──ええ、本当に時間を取られましたよ。
なんて言うわけにもいくまい。愛想笑いで返そうとして振り向いた一樹は、
磯子が微笑を浮かべたまま固まっているのに気がついた。
その視線の先には、雄介が立っていた。
「…………。」
嫌なものに出会ってしまった。そうとでも言いたげな表情が、磯子の顔を支配していた。それは、雄介も同じだった。
──何これ、どういう状況なの?
訳が分からないまま、雄介と磯子を交互に見比べるしかない一樹。
「………………し、失礼」
我に返ったように、それだけ言い残すと磯子は足早に立ち去っていった。 少し竦んだその背中に、かける言葉も見当たらない。
「あの人……」
背後で、雄介のつぶやく声が聞こえた。
◆ ◆ ◆
「……いたいた」
校門前に立ち尽くす誰かと、その背後で同じく棒のように立ったままの雄介。昇降口からその姿を見つけた明音は、素早くロッカーの後ろから二人の見える木の陰に隠れた。隠れたまま、ため息をつく。
──ったく、なんで好きでもない人の事、観察しなきゃならないのよ。
自分のせいなのだが。
──そりゃ確かに、ユースケのジャグリングは上手いし憧れた事もあったけどさ。でもそれと恋愛感情は別物でしょ。憧れにも色々あるんだっての。
今更ぶつくさ言っても仕方ない。明音はもう、雄介にコクるという約束をしてしまったのだ。好きだろうが好きじゃなかろうが、だ。だったら、とりあえずはタイミングを図る事から始めなければならない。間の悪い告白はロクな結果を招かないから、これは意外と重要事項なのだ。少なくともその手の経験が豊富な明音には、それくらい容易い事だった。どうせやるなら、ちょっと本気だしてやる。
しかし、なんで二人は動かないのだろう。それに、さっきまでいたあのやたら図体のでかい人は、誰だったんだろうか。ちょっと気になるが、今出ていったら明らかに不自然だ。
──偽物の、告白。偽物の恋心。偽物の関係か。
悪くはないな。案外これ、面白いかもしれない。
ニヤッと笑った、明音。
──偽物。
この心は、偽物。
ユースケが好きだというこの気持ちは、偽物。
そう。所詮偽物。そうだよ、告白が成功したって別にいい。好きじゃないんだから、いつものように即キャンセル──もとい振ってしまえばいい。あなたに飽きた。そこにそれ以上のめんどくさい理由付けは要らないのだから。なら、気楽じゃん。
──じゃあ、
これまであたしのしてきた恋も、
同じように偽物だったのかな。
──そりゃそうか。飽きて振ってしまえば、結果は全て同じだもん。
いいでしょ、一つくらいそういう恋のカタチがあったって。
強引に納得すると、明音は二人に見つからないように裏門へと回る道へと足を踏み出した。
その顔に、さっきまでの笑みは浮かんでいなかった。
◆ ◆ ◆
翌朝。
期末試験初日である。数多の学校行事の中で最も生徒に忌み嫌われるあのイベントが、やってきた。
雄介が自分の席に座ると、その前にやって来た男子生徒がいた。
「なー伊勢原。ちょっと教えてほしい所があるんだけどいいか?」
「珍しいな、お前が俺に勉強聞いてくるなんて」
雄介に言われ、男子生徒──三浦暖人は頭を掻く。「いやーそれがさ、試験範囲間違えて勉強してたのに昨日気がついて、それであんまり覚えられなくてさ。国連機関の章なんだけど」
国連機関、か。昨日カナに教えた所だな。ぼんやりと、昨日の場面を思い返す雄介。
「えっと、そうこのUNHCRの設立の項と、あとUNICEFの……」
言いながらページを捲っていく三浦に、雄介は呆れた顔を向けた。「……殆ど全部じゃねーか」
「まあな……」
「仕方ないな、一回しか説明しないからちゃんと聞けよ。まず国連設立の理念だけど────」
──ホントに何もかも、昨日と同じだな。
参考書のページを指差し説明を加えながら、雄介は思った。説明の中身も使うフレーズも、全く同じだ。変える必要なんかないけれど。
昨日の事、覚えていてくれているかな。
俺が教えた事。頭を撫でた事とかは覚えてなくていい。むしろ忘れてほしいくらいだ。
と言うか、今思うと俺あの時かなりヤバいことしてたんだな。一歩間違えばセクハラ扱いされて一生軽蔑、なんて事になってたかもしれない。カナが眠っていてくれて、本当に良かった。
……可愛かったな。
「──なに顔赤くしてんだよ」
はっ!
三浦の声で、雄介は唐突に我に返った。火照った顔を僅かに引き攣らせ、照れ笑いする。
「……あ、あはは……ごめん何でもない。どこまで説明したっけ?」
「――あ、そうだ。お前に言おうと思ってた事があったんだけどな」
そう言うなり、三浦は雄介に顔を寄せてきた。眉をひそめる雄介。何だ、言おうと思ってた事って。
「昨日の夕方、俺けっこう遅く教室を出たんだよね。んで、昇降口に来たら、
アイツがいた」
アイツ?
「誰だよアイツって」
三浦は真顔だった。「小悪魔女」
「は?」
「ほら、俺が前に付き合ってた奴」
「ああ、お前振られたんだってな。確かマツなんとかっていう……」
「松田明音、だ」そう言うと三浦は人差し指を雄介に向けた。「昇降口の靴箱の陰で、お前が校門の脇に立ってるのを覗き見してた。もしかしたらお前に気があるのかもよ」
──ええええええ!?
「マジか……。で、わざわざ俺に教えてくれたわけか?」
「勘違いすんなよ」三浦は低い声で雄介を遮った。「俺はむしろ、警告してるんだ。お前がそういう事に興味持ってるとは思わないけど、アイツを彼女にするのだけは、やめておけ」
「警告?」どういう意味だろうか。
雄介を睨むように見る三浦の目は、暗かった。「アイツの所業、お前は知らないだろ。松田はこれまでに、四人の男子と付き合ってんだぜ。俺もその一人だった。で、全員振られた」
「…………。」
「アイツの飽きっぽさは尋常じゃない。断っておけ、でないとお前も泣きを見る事になるぜ」
言うだけ言うと、彼はまたノートを手にする。
――参ったな。
ここにきて、俺の事を好く女子かよ。いくら二宮が本命とは言っても、好意を無碍にすることもできないし……。だけどもしも、どっちか選ばなきゃいけない時がきたとしたら……。
説明を続けながら、雄介の思考はどんどん迷宮へと進んでゆく。




