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DistancE-KANA  作者: 蒼原悠
第四章 distortion――撓擾――
24/57

episode24 「こんな辛くて、面倒なのが恋なのなら、もう、嫌だ」

「マジで!?」

気づいたら叫んでいた。

クラス中の視線に追われ、鬼の形相で睨んでくる雄介。

「──もうお前には相談しない」

「ごめんごめんついうっかり、さ!相談させられさせて下さい(・・・・・・・・・・・・)お願いします!」

必死に謝罪する泰雅。そこまでしてでも聞きたいと思うほど、雄介の恋愛相談というのはインパクトの強い事なのだ。

「でもお前にしては珍しいよな。突然どうしたんだよ」

宏太が訊ねる。あの必殺兵器:爽やかな笑みは崩さぬまま。一瞬、雄介は逡巡するような素振りを見せたが、

やがてぽつりぽつりと語り始めた。


「最近、なんか時々変な感覚に陥るんだよ。特に、特定の人を見てると。最初は後ろめたさでも感じてたのかと思ったんだけど、思い当たる節もない。で、この間その事を先生に相談したら、恋心じゃないかって言われたんだ。

俺はこれまで、恋愛なんてものとは無縁の世界を生きてきたつもりだ。だから、恋心ってのがどんなものかも分からないし、それがいいのか悪いのかも分からない。だいたい、俺は恋愛に対して何の興味も持ってないつもりだった。なのになんでこんな気持ちに駈られるのか、俺にはさっぱり分からないんだ。お前らはそういう経験、したことないか?」

「ないね」間髪入れずに宏太は答えた。「俺は基本、受け入れ型。だって放っといても向こうから来るし。今付き合ってる江ノ島中学の彼女だって、俺の事を毎日電車で見てて惚れたって言ってたけど、俺は駅のホームでコクられるまで気づきもしなかった」

「ホームで告白とか勇者すぎるだろ……」

つぶやく泰雅に、雄介は訊ねた。「お前こそ、なんかないのかよ。ギャルゲーとかやってればそういうシーンの一つや二つ出てくるんじゃないのか?」

言われてみれば、まぁ確かにある。

だけど、所詮はただのプログラミング。そこに関しては、泰雅はちゃんと割り切っているつもりだった。そう、所詮ゲーム。現実にはけして起こらないからこそ、ゲームなのだから。

「ないではないけど、俺は三次元には興味ないからあんまし参考になるとは思えないなぁ」

そう、答えた。黙っていた宏太が徐に口を開くのと、同時だった。

「……まぁ本当にそうだとしても、まだお前はだいぶ低い段階にいると見るべきだな。何となく心のなかではそいつが好きでも、結局それはまだ憧れの域を出てないのと同じだし」

「???」首を傾げる雄介。

「ごめん、俺も意味分かんないわ……」

泰雅が恐る恐る言うと、「……つっ、つまり」慌てて彼は説明を加える。

「相手に恋をするのには幾つかの段階があると俺なんかは思うわけよ。相手に一目惚れをする、これ一段目。で、性格とか容姿で『こいつとなら付き合ってもいいかもしれない』って思う、これが二段目。実際に付き合ってみて…ってのが三段目。お前はまだ、一段目に足を掛けてる段階なんじゃん?って事」

はぁ、と気の抜けたように生返事する雄介。多分、半分も理解できていないのだろう。

「……やたら詳しいな。お前受け入れ型じゃなかったのかよ」泰雅が半ば呆れ口調で言うと、宏太はニヤッと笑う。「そんなの、告白する側だろうがされる側だろうがプロセスは同じなんだよ。お互い相思相愛でなきゃ、カップルなんてもんは成り立たないんだ。俺だって今の彼女が好きじゃなきゃ、とっくに関係は破綻してると思うしな」

「ふーん……」

──分かったような分からないような。でもさすが、モテる奴ってのは考える事も違うんだな。

ただ漠然とそんな事を考える泰雅の横で、ぽつりと雄介がつぶやいた。

「確かにあいつ、俺の事をどう思ってるんだろう」

「そこ重要だぞ」念を押す宏太。「ちゃんと確かめないと、もし万が一コクる場面とかになったとして、相手にその気がなかった暁にゃ目も当てられない事になるからな」

雄介は俯いたまましばらく記憶を探っていたようだった。

が、首を振る。

「ダメだ。あいつにその気があるようには思えない」

「要素は何でもいいんだよ。顔を赤らめるとか吃るとかさ」

「…………いや……ないな……」

雄介の声から、力がどんどん抜けていくのが分かった。

「あいつはただ、内気なんだと思う。知らない人とかに会うと、きっといつもあんな感じなんだ。俺だけが特別あんな感じなのでは、絶対にない」


床板を睨み付けながら、唇を噛む雄介。その横顔は、やっぱりいつもの秀才雄介ではない。

それは、淡い恋の尻尾に惑わされ振り回される、ごくありふれた男子中学生の顔だった。


──そのまま、二十秒が経過した。さすがに気まずくなったのか、宏太が執り成しに乗り出す。

「……まぁそんな落ち込むなって。これから先関係なんていくらでも変わるし、変えられるさ。俺だってこう見えてモテるように色々工夫してんだ、お前だって出来るだろ」

「お前はいいよな……顔はいいし……」呟く雄介。

「言ってくれるな。これでも成績だって中の上なんだぞ」拗ねたように不満げな声を上げた宏太の横から、「まあまあ」と今度は泰雅が口を挟む。

「要はさ、相手の心を掴んでから告白でも何でもすりゃいいってことじゃん。何なら会話の切り口とかゲームで鍛えるか?その手のも持ってるし、貸してやるよ」

「……ギャルゲー厨……」

「うるせぇ!俺は二次元の世界に生きるんだ!」

力説してから、急に恥ずかしくなってきた。思わず顔を両手に埋めると、

「ぷっ……」

雄介が吹き出したのだ。

顔を見合わせ、宏太と泰雅はほっとしてため息を吐いた。──よかった、笑顔が戻って。

笑いを収めると、雄介は言った。「……ありがとな、参考になった」

「いや俺は何もしてねーよ」

ちょっと恥ずかしそうに宏太は笑う。それは、あの必殺兵器:爽やかな笑みとは別物だった。


笑顔のまま、二の句を繰り出す宏太。

「……で、お前の気になってるのはどこの誰なんだよ。言ってみな、相手次第では戦略だって変わるしさ」

ただ知りたいだけなのが見え見えである。「そこ、俺も気になる」泰雅も露骨に身を乗り出した。

さすがに困惑の表情を浮かべた雄介だったが、

「…………まぁ、お前らは俺の相談に乗ってくれたしな」

長い沈黙の後、渋々首を縦に振った。

ごくり、と唾を飲む音が、静寂に響……


「───なーんの話してんだお前らー」

軽いノリの声が、「に」と言いかけた雄介の言葉を遮った。驚きで椅子から飛び上がりそうになった三人が後ろを振り返ると、そこにはコンビニ袋をぶら下げた一樹の姿が。

袋を掲げて一樹は笑った。「あ、俺話の腰折っちゃった?ごめんごめん続き話していいよ」

雄介が、ボソッと言った。

「……こいつの前じゃぜったい話さない」

刹那。一樹を見上げる残りの二人の目に、殺意が宿る。ゆっくりと立ち上がる宏太と泰雅を前に、一樹は激しい戦慄を覚えた。

「え……何……?」

「てめぇ……」

「余計なところでのこのこと出てきやがって……」

「え!?悪いの俺!?俺マジでなんもしてないんですけどってぎゃあああああああああああああ!!」

一樹の断末魔の叫びが、昼下がりの教室を呑み込む。


◆ ◆  ◆


「はぁ」

思いっきり、ため息をついてみる。肩から下げたカバンは、今日も無性に重たかった。いつから、そう感じるようになったんだろう。

広漠とした校庭の遥か向こうの方から聞こえてくる、陸上部の威勢のいい体操のかけ声を耳に感じながら、雄介は図書館のドアをくぐった。間近に迫った試験の勉強がしたかったのだ。

──昼休みに、あの二人に教わった事。そりゃ確かに、あいつらの言う通りだよ。だけどコータは男子全員が認めるイケメン。タイガの彼女はいるとしても画面の中。なんの比較にもならないだろ。もっとこう、一般的な意見を聞きたかったのに。

どうしても、分からない。このもやもやした、何とも言えない感じ。嫌じゃない。けど、変な気分だ。何だか、あの女子──二宮と出会うまでの俺が、全て否定されてしまったような。あの前と後では、価値観も感覚も何もかもが変化してしまったみたいで、なんかすごく不安定な感じがする。

それに、不安だってまだ消えてはいない。コータの言うように、もし俺の勝手な片想いだったら。だいたい、付き合うようになったところで、経験値ゼロの俺にいったい何が出来るんだ。距離の取り方すら分からないのに、カッコ悪い所を見せまくって嫌われるのがオチじゃないのか。それならいっそ、永久に封印してしまいたい。いや、そんなこと出来ない。


考えれば考えるほど暗い感情が頭をもたげてきて、そのたびにため息をつきたくなる。

──こんな辛くて、面倒なのが恋なのなら、もう、嫌だ。

そう、思った時だった。




同じころ、佳奈もまた社会の教科書と穴埋めプリントを前に、嘆息していた。違う理由で。

──さっぱり分かんないよ……。

苦手なのは自覚してたけど、ここまで分かんないなんて思わなかった。こんなんじゃ、期末試験が乗り切れないかもしれない……。

眼前に広げられた茅ヶ崎手製の穴埋めプリントは、空欄が半分も埋まっていなかった。

「疲れた……」

机にあごを乗せて、佳奈は限りなく吐息に近い声をもらした。プリントがぐしゃり、と音をたてる。

──勉強、飽きた。いい感じに館内冷房が効いてるし、居眠りでもしようかな。

肘を机に立てて、それで顔を支えてみる。これなら寝やすい。

親指でシャーペンをカチカチ言わせながら、佳奈は妄想の世界へと身を沈めてゆく。


──そっか。期末試験が終われば、夏休みなんだったなぁ。

夏。

色んなものが、活発になる季節。

昆虫とか。まるで示し合わせたみたいに夏が来ると成虫になる。今のうちにとでも言わんばかりに相手を探してぶんぶん飛び回り、見つけられたのはめでたく子孫を残──あ、このネタは危ないから触れないでおこう。


──相手を見つける事のできなかった虫って、どうなるんだろう。

頑張って成虫になった甲斐もなく、孤独と失意のうちに死んでいかなきゃいけないのかな。

そんなの、最悪だ。


私は、相手を見つけられた虫の仲間に、入れるのかな……。


……まぁ、それはいいとして。

夏。

暑い。

つまり、海。プール。かき氷。扇風機。クーラー。扇子。以下略。

海かぁ。去年も一昨年も小田原の近所の公園のプールだったし、今年くらいは海水浴場にでも行ってみたいな。けど、それだとなんか目新しさに欠けるんだよね……。

花火なんてどうだろう。

辻堂海岸の納涼花火大会って、確か再来月の初めだったはず。ここ何年も花火大会には行ってないし、そっちの方がスペシャル感があっていいなぁ。

誰と行こうかな。いや、フツーにユアとかアヤちゃんとかを誘えばいいんだけど、それじゃ何だか変わり映えがしないし。

ユースケくん、とか?

まさか、ねぇ。そんな突然誘ったって来てくれる訳ないよ。それに下手に誘うとユア達にからかわれるだろうし。


花火。

一瞬の輝きを余韻に残して消えていく姿って、何だか恋に似てる気がする。長く輝き続ける事なんてない。恋愛って、すごく不安定なモノだから。

私の初恋も、そうやって夕方の空に弾けていったから。

だから、独りでなんて絶対見られない。花火が闇に散って暗くなると、怖くなる。まるで自分しかいなくなったみたいで。自分以外の誰かの存在を、感じていたい。


あの日、握った手。

あの温もりを感じながら、二人で並んで花火を見る事が出来たなら。

きっと、もっとあの人の事を好きになれる。もっとあの人の存在を、意識出来るようになる気がするんだ。


それはどんなに、幸せなんだろうな……。


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