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DistancE-KANA  作者: 蒼原悠
第三章 distrust――告白――
21/57

episode21 「あの子もあの子なりに、青春してるのよ」


その夜。二宮家。

「はぁ…やっぱり上手く描けないよぉ」

ぐてっと机に頭を乗せて鉛筆を転がしながら、佳奈は深いため息を吐いていた。下に敷かれた破れかけのトレーシングペーパーが、息に飛ばされてガサガサと音を立てる。隅に置かれた電波時計は、午後十一時半を伝えている。

そもそも、あのJRロゴ入りの絢南の顔を描き損なったあたりから失敗続きなのだ。あの顔写真、印刷してみたらピンぼけが酷くてとても使えず、仕方ないから想像で補って描いてみたら、なんかもう別人みたいになってしまって、今はゴミ箱の中だ。で、急遽両親の顔写真を撮影。写し始めたまではよかったのだけれど、トレーシングペーパーがそこで破けてしまって使い物にならなくなり、結局夜中までかかって普通に模写しているところであった。

「カナ、絵描けたの?」

扉の向こうから、少しくぐもった母の声がする。「まだー」と佳奈が返すと、その答えが予想出来てたかのように、

「もうお風呂入ったんでしょ?湯冷めするから早く寝なさいよー」

と、お叱りが。

「わかってるよ……」

母に聞こえないくらいの声を漏らすと、佳奈は枕にしていた画用紙を頭の下から引き出して頭上にかざした。父の絵のつもりなのだが、もはや人間というよりロバかなにかのような馬面になってしまっている。つまり、似ていない。

見てると何だか気恥ずかしくなってきて、佳奈はせっかく風呂で整えた髪をガリガリと掻き毟った。

と、

「カナ、あとどのくらいで終わりそうなの?」

扉のノック音とともに、母の声が聞こえてきた。慌てて佳奈は両親の顔(ではなくなってしまった何か)の描かれた画用紙を適当に折ってマンガの隙間に隠す。

「んーまだかかりそう」

案の定、扉を開けて母は入ってきた。あんな絵、見られた日には何を言われる事か。

「どんな感じなのよ」

そう言われましても、お見せ出来ません。

「なんか全然上手く描けなくて、もう何回も描き直してるとこー……」ぐったりとした声でぼやきながら、佳奈は足元のゴミ箱を指差した。ぐしゃぐしゃに丸められた画用紙が大量に収まっている。アヤちゃんの顔のヤツだけど。すると母は、

「ふーん、どんな感じ?」

言いながら、あろうことかゴミ箱に手を伸ばす──!

「キャーやめて見ないでそれは!!」叫んで伸びた腕にしがみつく佳奈。「失敗作だから!下手すぎて見せられないから見ないで!」

「何よ、変ねぇ」怪訝そうな顔をした母だったが、ふと机の上に転がる2Hの鉛筆を手に取った。

「こういうのはね、ササッと一瞬で仕上げるのがコツなのよ。迷ってちゃ、いつまで経っても仕上がらない」

言いながら、ポカンとする佳奈をよそに画用紙を一枚広げると鉛筆を走らせ始めた。シャッシャッと心地のいい音が、狭い佳奈の部屋に響き渡る。

見る見るうちに、母の腕の先で自画像が出来上がっていく。

「すっ…すっご……」

思わずつぶやくと、母はもう鉛筆を置いてしまった。

「はい完成。どう、上手いもんでしょ?」

……見事な出来映えだった。多少メガネの形が違ったりと違和感を感じる箇所はあるものの、バランスは完璧、パーツもちゃんと揃っていて、しかもそれが本人にとてもよく似ているのだ。しかも所要時間、僅かに一分半。

「……なんでこんなに上手く描けるの?」目をパチクリさせて絵を眺めながら佳奈が尋ねると、母はちょっと照れ臭そうに項を掻いた。

「中学の時、イラスト研究会って所に入って色々描いてたから、それで上手くなっただけ。元から才能なんてあった訳じゃないけど、練習すればこのくらいは楽勝なのよ」

「その才能がそのまま私にも備わっててくれればよかったのに……」佳奈がため息をつくと、母は笑う。「きっと、お父さんに似たのねカナは。お父さんも絵とか苦手だから」

一理ある。父の美的センスの無さは、もう目を疑うレベルだ。足して二で割れば、佳奈になる。

「ま、練習あるのみね。超能力と違って、こういうのは練習すれば上達するんだから」

優しく頭の上に置かれた手の感触がやっぱり少しこそばゆくて、佳奈は首をすくめた。

──なんでこう、私の知り合いはみんなすぐに私の頭を撫でたがるんだろう。


「超能力、かぁ……」

──勝手にペンが絵を描いてくれる超能力、なんてあればいいのに。そうすれば、今のこの私の無駄な努力に費やした時間が、もっと有意義な他のことに回せたのに。

母の出ていったドアをぼんやり見つめる、佳奈。

──なんてね。いくらなんでもそれは、超能力に対して過剰な期待を抱きすぎだよ。

超能力といっても、万能じゃない。あの磯子っていう刑事さんの言うように、時には予想もしてなかったような被害さえ起こしてしまうもの。完璧に使いこなせる人なんて、そんなにたくさんはいないんだ。

でもあったらあったで、色々使う手段はあったんだろうけどな……。

今夜三度目のため息が、眠気からくる欠伸に混じって正面の壁にぶつかる。頭をぶんぶんと振り「よし」と頬を叩くと、佳奈は鉛筆を握った。

──眠い。倒れちゃいそうなくらい眠い。すぐにでもこんな面倒な宿題片づけて、寝よう。

問題は誰を描くか、だ。アヤちゃんの写真はまるで役に立たないし、お母さんとお父さんのも何となく使いにくい。となると私がいま咄嗟に思い浮かべることの出来る人たちから選ぶしかないけど、絵に描きやすそうな顔をしてる人って誰がいたかな。

ユアは──描きにくい。だいたい、髪型が煩雑すぎる。

ミユ……描きにくい。目が何となくトロンとしていて、眠そうな顔を描かなきゃならない。面倒臭い。

リオはどうだろう。外見はそんなに変わったトコロはないけど、何となく──何となく、描きにくい。

いや、女子に候補を絞るからいけないのか。

都筑くん。実直そうな顔してるからって理由でクラス長に選ばれたけど、いつも人間観察してるみたいでなんかやだ。描きたくない。

保土ヶ谷くん。うちのクラスじゃ相当イケメンだけど、何事につけて不真面目だから好きじゃない。描きたくない。


──ユースケ、くん……。



ピピッ、ピピッ、ピピッ……

「─────はっ!」

目覚ましの電子音とともに、佳奈は跳ね起きた。と言うよりも勢いよく頭を上げ、

ガンッ!

スタンドライトに後頭部を強打。

「痛った……」涙を目のふちにためた佳奈の視界に、電波時計の液晶画面が重なる。日付が、変わっていた。

──てか、あれ……?ここ机…?

昨日、アイデアを考えながらそのまま眠ってしまったとしか考えられない。ということは……

……絵が、出来てない。

「どうしよう……」

取りあえず、先生への言い訳を考えなきゃ。焦る佳奈、ふと手元の画用紙が目に入った。

──何か、描かれてる。

佳奈はそれを何気なく手に取り、

絶句した。


雄介の、顔だった。


それもまた、怖くなるくらいそっくりな。この困ったような表情、確か数日前に廊下で出会った時に見た顔だ。

だけど、どうしてここに?

どう頑張っても、佳奈にこんな絵が描ける訳がない。一人っ子のこの家で、佳奈以外でこんな絵を描ける人がいるとしたら、一人だけ。母だ。

けれど、そうだとしてなぜ母は雄介の事を知っていたのだろう?

とにかく、聞いてみるしかない。絵を掴んで、脳の覚めるスピードに追い付かず惚けたままの足でよろよろと廊下に出ると、佳奈は「お母さーん」と呼びながら階段を下りていった。階下から「なによ、随分起きるの早いじゃない」と感心したような返事。

母の姿を認めると、佳奈は駆け寄って[勝訴]の紙を掲げるように絵を広げた。

「この絵描いたの、お母さん?」

寝起きで声がよく出ない。問い詰めるような言い方になってしまったが、母は首を傾げた。

「なによそれ。知らないけど」

──やっぱり。

「で、でも他にあり得ないじゃん!こーいう絵描けるのってうちじゃお母さんしか──」

母は目を皿のようにして絵を眺め回していたが、

「……そもそも、これは誰なの?」

直感で思った。きっと、お母さんは描いてない。よく見てみると、絵のタッチも微妙に違う気もするし。

でも、じゃあ一体誰が描いたんだろう。少なくとも私とユースケくんの事を知ってる人だろうけど、このうちは夜は窓も含めてちゃんと施錠されてるし、不審者用センサーもばっちりだったはず。夜、私が眠ってる間は誰も部屋には入ってこれない。だいたい、セ○ムに引っ掛かる危険を冒してまでこの絵を届けに来た意図が分からないよ。


「──で、カナは知ってるの?」

「へっっ!?」突然の問いかけにしどろもどろして、佳奈は一瞬言葉に詰まった。「だっ誰のこと?」

なに慌ててるの、と不思議そうな顔をする母。「この絵の男の人──いや、これ男の子じゃない?それも、カナと同年代くらいの……」

ギクッとした佳奈だったが、思い直す。──まぁ、隠す意味はないし別に言ってもいい、かな。

「……ウチの学校の、私と同学年の男子だと思う」佳奈は言いながら、念のため絵をもう一度見た。見間違えるわけない。

「ユ……伊勢原くんっていう、確かC組の」危ない、口を滑らせるトコロだった。

「ふーん……」

尚も何か気になるのか、母は絵と佳奈を交互に見比べていたが、

「……やっぱりこれ、カナが描いたんじゃない?」

そう、問うてきた。

──まさか!

「ぜったいあり得ないよ。私こんなの描けないもん」

そう答えはしたものの、何だか悲しくなる佳奈。自分で言ってどうするのよ……。

「……私がこんな立派な絵描けたら、今頃こんな苦労してないよ。こんなカッコい────」

……本音が滑り落ちた。

慌てて口を押さえた佳奈だったが、もう遅い。踏んだその地雷は、追尾機能付だ。

「カッコいい!カナの口から久々に男子のプラス評価を聞いたわ!もしかしてカナ、気になってるの?」

「なんでそうなるの!?」

「へーそっかそうよねカナもそういう年なんだから恋の一つや二つするわよねぇ!」

「だから違うの!これはその……ただたまたま知ってるだけでそのっ……」

「でもC組なんてカナなったことないじゃない。それなのに、なんで名前なんか」

「とっ…友達から聞いたの!っていうか、だからその偶然知ってる顔だったってだけでそんな恋してるなんて……」

「ほーら、そんなに戸惑ってるってことはやっぱり……」

ニヤニヤ笑う母。前に誰かにそんなこと言われたような気がする。多分、気のせいじゃない。

「っ着替えてくるっ!!」やっとそれだけ叫ぶと、佳奈は「何だ朝っぱらから……」などとぼやきながら下りてきた父を押しのけ、わざとらしくドタバタと音を立てて階段をかけ上がって行った。

「……どうしたんだ、カナは」

トロンとした目で尋ねる父に、母は笑って言った。

「あの子もあの子なりに、青春してるのよ」



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