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DistancE-KANA  作者: 蒼原悠
第三章 distrust――告白――
16/57

episode16 「もはや、終わったも同然なんだよ」

……任意調査と聞いて、てっきり警察署にでも連れて行かれるとばかり思っていた佳奈。ところが、彼はいきなりその場で手帳とペンを取り出して、メモを取る準備をしはじめた。

──え、ここでやるの!?

人に見られたらまずいんじゃないんだろうか。不安になって辺りを見回した佳奈だったが、杞憂に終わった。

そう言えばここは校門前。中学の校門から駅前までは一本の遊歩道で繋がっていて、道はそれしかないのである。しかも両側はいつ着工するのかも分からない再開発の予定地。下校時刻もとうに過ぎたこの時間帯、このあたりを人が歩いてること自体が珍しいのだ。

もっとも、そうでなければこんな無防備な場所で事情聴取などするはずが──

「……まあぶっちゃけ場所はどこでもいいんだけどな」

磯子の声が佳奈の意識を校門前へ引っ張り戻した。今、場所はどこでもいいとか聞こえたのは気のせいか?

「寒かったら駅前のマ〇ドナルドとかでもいいんだけど。どっちがいい?」

聞き間違いではなかった。

「……そんな機密性のあやしい場所で警察のお仕事して、大丈夫なんですか?」

言ってから、寒かったらって今六月なんですけど、と佳奈は小さく付け加える。

ポリポリと頭をかく磯子。

「ん、大丈夫。すぐそばに校門があるだけに、傍目には教員と生徒の立ち話にしか見えないよ。だから目立つ事はない」

そう言うと、磯子は目を逸らして苦笑いした。「そもそもこの調査は県警の方針とは関係なくやってることだからね、今こうして君と話している事を知っている人間がまずほとんどいないよ」

はあ、と佳奈は納得したようなしないような声を出した。

──警察も内部事情は複雑なんだろうな、きっと。ま、私が首突っ込んでいい話じゃないだろうし。


「じゃあ、質問を始めよう。確認だけど、君は中学三年G組十九番、二宮佳奈さんだよね」

磯子はペンを右手に持つと、表情をちょっと険しくした。そう、あの事件の日もこんな顔だった。「はい」と答えた佳奈も、緊張からか自然と表情が引き締まる。

「二宮さん──いや、カナちゃんはあの事件が起きたとき、廊下にいたと言ったよね。具体的に、どこにいたかとか覚えてる?」

「覚えてます」答えると、佳奈は見取り図に印を書き込む。「確か、爆心地の」

「……ハートマーク?」

「え?」

笑い混じりの磯子の声に、佳奈は書き込んだマークを見た。赤信号、点灯。

「いやっ見ないで下さい今すぐ修正しますから!」

大慌てで消しにかかる佳奈を、磯子は微笑ましい半分の表情で見下ろす。天然ってやつだな、これは。

「たぶん、ここ……だと」

佳奈が地図を返してきた。

C組教室の西側の入り口のすぐ脇に、ハートが上からぐちゃぐちゃに塗り潰されてダイヤのマークが書き込まれていた。

鑑識によれば、倒れていた二人の生徒はこのドアの前に立っていたとか。ほぼ同じような位置だ。ならば……。

「C組ドア脇ね」磯子は確認を取る。「カナちゃん、この二人の名前を知っているかい?」

目の前に差し出されたB5サイズの紙を、佳奈は眺めた。だが、首を振る。

[麻生(あさお)(りく)]さん、[真鶴(まなづる)(ひとし)]さん……いえ、この名前に覚えは無いです」

「そうか……」

ちょっと肩を落とす。心配そうに佳奈が、「……あの、その二人はどうしたんですか」と訊ねてくる。

「本当に知らないか?」

磯子はその問いには答えず、再三確認を取った。ここ、重要だ。

「知りません」キッパリ言い切られた。

そうか。そう呟くと、磯子は地図を掲げた。

「彼らはあの事件で爆発に巻き込まれて大ケガを負った、君の学校の高校二年生だ。鑑識の調べじゃ事件発生直前にカナちゃんの前あたりにいたはずなんだけど」


前あたり。

佳奈の頭の中で、あの日の光景が逆再生される。確か、爆発が起こる前───

「あ」

佳奈は呟くように言った。──そうだ、あの先輩たちだ。学年名簿を取り上げて、私をからかおうとした……。

「覚えてます。いえ、今思い出しました。その……名前は、知らなかったんですけど」

小さく頷くと、

「実は……あんまり詳しくは言えないんだが」そう言って磯子は声のトーンを下げる。そんなことしなくても誰も聞いてないはずではあるが。事情を何となく察した佳奈は、顔を寄せた。

「この二人、事件当時の記憶が完全に吹っ飛んでるそうなんだ。いや、事件の日の記憶だけが丸ごと全部消えてなくなってしまっていてね、だからこちらも聞き取りも何もしようがなくて困ってる所なんだよ」

「記憶喪失、ってことですか」

「それに近いね。きっかり丸一日分キレイに吹っ飛んでるらしい。自分の名前も友達の名前も全部覚えてるし事件前日の出来事も覚えてるそうだ。恐らく、超能力――記憶操作(アムネシア)だと思われる。こう言う言い方が良いとは思わないが、我々警察からすればそういうのは捜査の役に立ちそうで立たないから余計にタチが悪い訳だ。だが、カナちゃんが二人の事を知らないのなら仕方ないな」

何だか悪いことしたみたいな気分だった。

カバンを開けてB5をしまうと、磯子は手帳にちょこっとペンを走らせる。で、それをパタンと閉じると、

「カナちゃん、事件発生の瞬間、思い出せる?」

と聞いてきた。

「発生って、壁が吹き飛んだ瞬間って意味ですか?」

「そう」ペンを指先でクルクルと回しながら、磯子は少し申し訳なさそうな顔で言った。「もし思い出すのがつらかったら、無理しないでも構わない。けっこう衝撃的だっただろうし、強要はしないよ」

別に、話すのを躊躇う理由は佳奈にはない。──というか、一つくらい新しい発見がないと磯子さんも可哀想だよね。

「いいですよ」

あっさり肯定すると、佳奈は経緯を話し始めた。おおむね、第二章の事件の描写の通りに。磯子はそれに合わせてまた手帳にペンを走らせる。


話すうち、佳奈の頭にもあの日の風景がよみがえってくる。壁にド派手に開いた大穴。木っ端微塵になって廊下中に散ったガラス片。あちこちで煙を吐き続けるコンクリートの破片。燻る焦げ付いた臭い。同じ学校の中とは思えない光景が、あの時佳奈の目の前には広がっていた。そしてそんな地獄絵図のような中にあって、自分の身体だけがあまりに無事だったのが、自分で言うのもなんだけど何だか逆に不気味だった。


「──それでブザーが鳴って、すごい武装した警察の人達が来て……。そんなところでしょうか」

そこまで話し終わると、佳奈は一息ついた。

「……あの、磯子さん」

「何?」

「その、あの事件が起きたとき私はなぜか無事だったんですけど。あれは、なんでだったんでしょうか」

佳奈の思わせ振りな物言いに、磯子は首を傾げる。「……そうだったっけ?」

──え!?

「そうだったっけって……無傷の私の事が怪しい、隠れサイキックかもしれないって言って超能力電磁──PWDでしたっけ?──に引っ張ってったの磯子さんだったじゃないですか!」

事件より隠れサイキックって疑われる方が怖かったんですよと憤慨する佳奈。思い出したように磯子はポンと手を打ち、

「悪い悪い忘れてたよ。確かに俺そう言ってた」

「もう……」唇を尖らせる佳奈。なぜか磯子がため息を吐き出した。

「で、何か言いかけてたよね。何だっけ?」

「いえ、いいです」

佳奈はそう言って、磯子の背後に視線を移した。──だいたいよく考えたら、警察官の磯子さんに聞いたってしょうがないじゃん。本当に聞くなら、もっと専門家の人の方がいいのかもしれない。


街並みの彼方に消えてゆく夕陽が見えた。はっとして腕時計を見ると、アナログの針は午後七時を示している。時間の感覚が無くなっていたけれど、そうかけっこう長く話し込んでたんだ。


──長く話し込む相手がユースケくんだったら、どうしただろう。

ふと、思った。



「よし、こんなもんかな」

そう言って磯子はボールペンの後ろをノックして芯をしまうと、佳奈の頭にポンと手を置いた。やっぱりちょっとくすぐったくて、佳奈は首をすくめた。

「協力、ありがとう。これで捜査が少しは進むかもしれない」

そう言われると、人間悪い気がしないものである。佳奈は軽くお辞儀して、

「……いえ、こちらこそどうも」

何だかおばさんみたい。苦笑を漏らす磯子に伏せた顔が上げられない佳奈。日本語というのはこういう時でも相手に少しは花を持たせられるように出来てるのかな。ぼんやりと、そんなどうでもいい考えが頭を過る。

「……私の話、お役に立ちそうですか?」

「もちろん」磯子は胸を叩いた。ドンといい音が響いた。「カナちゃんに聞いた話は、けして無駄にはしないよ。必ず、君の学校を破壊した犯人を暴いて真実を突き止めてみせる」

芯の通った声に、佳奈は少し安心した。この人なら、きっと信念を曲げずに頑張ってくれる。そんな、確信めいた思いがした。


だが、そこで磯子の声は落ち込んでしまう。

「……ただ、さっきも言ったけどこれは県警の方針から外れた調査でね。本当に正しく捜査に反映されるかと問われると実は確証が持てない」

──ああ、確かにそんなことをさっき言ってたな。佳奈は磯子に捕まった時を思い出しながら、……ふと、ずっと頭の中で燻っていた疑問を口にした。

「あの、じゃあもしかして捜査ってもうほとんどされてないんですか?以前は毎日何人もいた警察の人、今はもう校舎内にも一人も残ってないんですけど……」

「ああ」磯子はあっさりと頷いた。「あまりに証拠が少ないから、実のところ捜査本部ももう無いんだ。超能力犯罪捜査っていうのは証拠がほとんど集まらないし、なにぶん不可解だから、捜査の進展が見られなければすぐにでも打ち切られてしまう。当事者の君たちには申し訳ないんだけれど、あれだけ世間を騒がせた湘南中高テロ事件も表向きはもはや終わったも同然なんだよ」

沈みゆく陽に顔を向けて、淡々と言い切る磯子。もはや終わったも同然、の部分に少し力がこもっていたように聞こえたのは、なぜなのだろう。

──もう、諦められたんだ……。

何だか悲しくって、佳奈は唇をぎゅっと結んだ。沈黙が、辛い。


待てよ。

「じゃあ、なんで磯子さんは未だに捜査を続けてるんですか?」

ふと、尋ねた。するとまるでその言葉を待っていたように、磯子は久々に佳奈に向き直る。相変わらずクマか何かを連想させるような強面兼おっとり系の顔は、まだ目に宿した強い光を失っていなかった。また少し、安心する。

「……俺たちは、警察だ。草の根を掻き分けてでも犯罪者を見つけ出して、法を守らせるのが役目だ。そんな俺たちが捜査を打ちきるなんて、それはもちろん被害者の人達にも顔向け出来ないし、何よりそれは法が犯罪者に対して負けを認めるのと同じことだ。だから、始めた捜査を打ちきるなんてことは本来ならあってはいけない事なんだ。

だけど、超能力犯罪にはそうも言えない事情がある。それはさっき言った通りだ。事件は大した事なくても、捜査はすごく難航する。その上、戦果と呼べるものはほとんどない。相手が超能力だけに、事件は解決しても防犯対策のしようがない。だから、さっさと打ちきる。

だけど俺はそれを認めたくなかった。自分が頑張って捜査を進めてた矢先に打ちきられるなんて、悔しいからな。俺だけでも最後までやり遂げて、犯人を捕まえてやりたかった」


ふう、と息を吐く磯子。けれど佳奈はその目に、まだ何か言い足りないような思いを感じ取った。

「それだけ、ですか?」

ちょっと驚いたように磯子は目を見開いたが、はは、と笑った。

「バレたか。そう、本当はそれだけじゃない」

好奇心を擽られる答えに、面白そう!聞きたい!という意思を目に込め、佳奈は磯子の顔を見上げた。

伝わったようだ。「……長くなるよ?」

「大丈夫です」

「ちょっと、座ろうか」と言いながら、磯子は道路脇のベンチに座る。街灯が灯り、そこはまるでステージのようになった。佳奈が寄っていって横に座ると、

磯子は苦笑する。「……君は抵抗が無いんだね……」

「?」

首を傾げる佳奈。まあいいか、と呟くと、膝に乗せた鞄をトントン叩きながら、磯子は佳奈にこんな質問をしてきた。

「カナちゃん。君は、超能力についてどんな考えを持ってる?」


「わ、私ですか?」

他に誰もいないよ、と目で笑うと、磯子は軽く頷く。

「えっと、やっぱりあったら便利っていうか、でもあると実生活大変だろうなーって思います。ぼーっとしてて勝手に瞬間移動しちゃったりとか……」

ははは、と磯子は笑い声を上げた。実に中学生らしい、目の付け所が可愛らしい答えだ。恥ずかしそうに佳奈が俯く。

一頻り笑い終わると、「そうか。カナちゃんはそう思うんだな」と磯子は切り出した。

「だけど俺は、そうは思わない」

途端、佳奈が顔を上げた。「違う違う、君の意見を否定するわけじゃないよ」と弁解すると、安心したのかそのまま顔を遠くへ向ける。

風に棚引く髪を押さえる佳奈の横顔はなぜか、寂しそうに見えた。

伸びをすると、磯子は口を開く。


「──カナちゃんは、三年前の"藤沢事件"ってのを覚えてる?」


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