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DistancE-KANA  作者: 蒼原悠
第二章 distress――春怨――
11/57

episode11 「これ、もしかして、アカネの本音?」

(え…?何、これ…?)


佳奈は、ぼんやりと浮かび上がった文字列を見つめる。


四十八文字の、明朝体の列を。


〔でもさぁ、ぶっちゃけサッカーとか手品とかメジャーなモノが得意でも、あたしぜーんぜん惹き付けられないんだよねぇ〕


さっきの明音の台詞が、再び脳内で再生される。確か、「スポーツとか芸術とか出来る人が大好きだなぁ」って……。

(これ、もしかして、アカネの本音?)

佳奈は、時おり赤く輝くその文字たちをさらに凝視する。形が少し崩れてはもとに戻り、出来の悪いネオンサインのように輝いたり、消えたりを繰り返す、文字たち。不規則なようで、何か規則性があるように佳奈には思えた。というより、生きているみたいだった。根拠はまったく何もないけど。

変な感じと言うより、もはや幻想的とか神秘的とでも言うような、不思議な感覚だった。

……けれど、終わりは呆気なかった。しばらくそれを見ていると、四十八文字の文章は、突然目映い光を放ったかと思うと、弾けて消えてしまったのだ。

(あ、あれ?なんで?)

佳奈は辺りを見回す。

でもそこはいつもの辻堂の風景で、何も変わり映えしない世界が広がっているばかりだ。前を歩く四人も、後ろで遊んでいる幼稚園児たちも、横をすれ違う会社員も、何もかもいつもと同じ。誰も、今の光に気づいている様子はない。

(もしかして、これが見えるのって私だけなの?)

そう思った瞬間、目の前に再び明朝体の文章が浮かび上がった。

何だか気味が悪い。目を背けるべきか一瞬迷ったが、

結局佳奈は見ることにした。

(だって!あのアカネの本音を知れるせっかくの機会なんだよ!もったいないよ!)

そう、明音はああ見えて自分の感情をあまり口に出さない。告白のシーンだけは正直に口にするのかもしれないけれど、絶対に佳奈たちの前では本音を晒してくれないのだ。


さて。浮かび上がったのは、

〔つーか、秦野なんてマジ有り得ないよねー。ウワサじゃあいつ既に彼女いるらしいのに、まだ他の女子誑かそうなんてふざけてるにも程があるでしょ〕

(そうだったんだ!?)

これには佳奈も驚いた。単純に驚かされた。いったいどこからそんな情報を仕入れたのか。

さて現実世界の明音と言えば、

「秦野くんがサッカーしてるとこ見ると、すごい憧れるよねー。あれで告白しようと思ったって女子、びっくりするくらいたくさんいるって聞いたし」

などと理苑に力説中である。

──欺瞞率、五十パーセントってとこか。佳奈は心の中であきれ笑いを浮かべる。この文字がみんなに見えていたら、大変なことになってるはずだ。


……ふと、罪悪感が佳奈の頭を過った。

──そうだよね。隠しておきたいのかもしれない人の本心、覗いてるわけだもん。私だってそんなことされたら嫌だもん。


それでも、佳奈は見続けた。好奇心に白旗を上げて、またも爆ぜて消えてゆく文字を眺めた。



「そういやカナ、さっきから黙ったまんまだね」理苑がぽつりと呟いた。

「完全に忘れてた」唯亜も思い出したように言う(その口調に「カナに悪いことしたな」とかいう要素は含まれていない)。

「……どうする?黙りこくったままだよ。きっと怒ってるよ?」

チラ、と明音は後ろを見た。途端に、ビクッと肩を震わせて慌てて目を背ける佳奈。

──このリアクション。もしかしたら……。

「ねぇ、ユア」明音は小声で尋ねる。「ニノの……って、誰なの」



「ねえカナー、聞いてる?」

上の空気味に〔秦野もそうだけど、イケメンって理由だけで好きになるなんて人を見る目なさすぎ。まああいつは性格もまあまあいけるからまだマシなんだけど〕などと浮かび上がった「明音の本音」を読んでいた佳奈は、

「えっ!?なになに!?」

咄嗟に声のボリューム調節が出来なかった。

「──カナ、もうちょっと控えめな声でお願いします……」

耳をおさえながら絢南が続ける。「で、さっきの話聞いてた?」

「ごめん、ぼんやりしてて聞いてなかった」

「なんだぁ、カナならきっと食いついてくるかと思ったのにぃ」

とても残念そうには見えない満面の笑み。「……なに、私が話から逸れてる間になんか企んでた?」と疑心暗鬼の佳奈は質問するが、答える気はないようだ。

代わりに唯亜が口を開いた。

「あのね、アカネの新しい彼氏候補って、

伊勢原(・・・)ユースケ(・・・・)くんって人なんだってよー」


──!?!?!?

「えっ!?えちょっ……ま……」

見るからに混乱している佳奈。ニヤリと笑うと、唯亜がその継ぎ接ぎだらけのココロに剣を刺す。

「残念だったね。アカネに先んじられちゃって」

途端、佳奈の反撃が始まった。

「──べっ…別に私はそのユー……伊勢原くんが誰かも知らないし、だからそのだからって別に何も感じないしっ。てか、なんであたしにその話するわけ?」

ところどころ言語バランスが崩壊してる。一人称も「あたし」になってるし。吹き出したいのを抑えて、明音は佳奈のココロに突き立った剣をさらに深くねじ込んだ。真顔で。

「いやーそれがさぁ、ユアたちがニノも伊勢原くんの事が好きになったって聞いて、奇遇(・・)だよねぇ好きな人が一緒なんて」

佳奈の顔に涙が浮かぶ。いや、それが悲しそうな顔ならまだしも、笑いと呆れとその他よくわからない表情がごっちゃになってるところに。表情のコントロールまで狂い始めたらしい。

「ま、そゆわけでカナも頑張りなよ、コ・ク・ハ・ク♪」

最後に唯亜が剣を引き抜いた。



──落ち着け、私。

崩壊する精神の奥で、佳奈は必死にそう念じた。落ち着け。この口調、アカネちゃんは違うとしてもぜったいユアたちは私のリアクションで遊んでる。そうに決まってる。涙を拭い、佳奈は前を向いた。

そこで、異変に気づいた。

(あれ。また文字が……)

ドヤ顔を決める明音の胸の前に、またあの明朝体が浮かび上がっていたのだ。

曰く、

〔しかし、ニノがあの伊勢原くんにお姫さま抱っこされたとはね…どういう経緯か知らないけど、正直羨ましいなぁ。だけど、ニノってホントおもしろい。イジればいくらでも出てくるんだもの〕

(そう言うことか!)

佳奈は、深呼吸して表情を整えた。見てなさいよ、と挑戦的な光を宿した目でターゲットをロックオン、口を開く。


「アカネちゃん。伊勢原くんがどうとかこうとか言ってたの、ぜんぶ嘘でしょ」

瞬間、ギクリとした明音の表情が何だか快い。

「おおかた、私のことからかう気で名前聞いて、即興で好きになったふりして私の反応見て楽しんでたとかでしょ。違う?」



(なっ、なんでバレた!?)

唯亜は即座に絢南を見やる。汚らわしいものでも見るような目付きで絢南は睨みかえした。

(分かんないけど…あんだけあからさまにバカにするような口調と表情ならバレても仕方ないと思うよ。あんなの多分あたしでも看破出来るもん)

(そんなに出来悪くなかったと思うけどな。実際最初のうちはカナあわてふためいてたし。でも演技力不足は否めないね)

(参加してもいないくせにリオに偉そうなこと言う権利無いでしょ)

(えーひどーい。でもさ、カナ私たちのことなんて一度も見てないよ。ずっとアカネの事だけしか見てなかった。だから、バレたのは私たちのせいじゃないよ)

(マジ?でも一番演技に熱入ってたのアカネだったし……)

……そう。佳奈の推察どおり、あれは明音に「伊勢原くんが好き」と大ウソをついてもらい佳奈を混乱させる計略。あと一歩だったのだが、ここまではっきり言われるともはや崩れ去ったも同然────



「……マジだよ」

明音の低い声に、思わず唯亜(・・)たち(・・)は「え!?」と振り向いた。

「あたし、前から気になってた。伊勢原くんのこと。中一の時となりの机になってから、ずっと」

佳奈も予想外の展開に目を丸くしているみたいだ。いや、それは唯亜達も同じだけれど。

「伊勢原くんがジャグリング部に入ってるの、知ってる?あいつのジャグリング、超カッコいいんだよ。だから、私はずっとすごいなぁって思ってた。憧れだった。それこそニノよりもずーっと、ね」

明音の目は、本気だ。頬も気のせいか、少し紅潮しているように見える。

(まさか、アカネこのままゴリ押しで通す気なのか!?それとも……)と唯亜。

(意外と本心だったりするのかもよ?……いやでも、その線は微妙かなぁ)と絢南。

逃げ出したくなるような沈黙が、夕暮れの通学路を包み込む。



さて。この時明音が何を思っていたかというと。

(ふふふ言ってやった言ってやった!あたしが中一の時あいつと隣の席だったのは事実だし、あいつがジャグリング部に入ってるのもあたしが憧れの目であいつを見てたのも事実!さっきはなんでバレたのか知らないけど、事実なら問題なし!これで今度こそカナを騙し通してやる!)

……やっぱり、騙す気満々であった。


一方の佳奈。こっちはもう、可哀想になるくらい動揺してた。というのも、明音の面前に浮かび上がった文章というのが、

〔やっぱジャグリングって超カッコいい!あんな風にボールとかステッキを扱えるなんて、ほんと神業だよ。憧れるなぁ……〕

(うそうそうそ!?事実だったの!?私を騙そうとしてたんじゃなくて!?てか心なしかあのアカネがちょっと頬を赤らめてるしっ……!)

頭の中が、どんどんマーブルと化してゆく。悔しさと切なさと悲しさと、もうぜんぶぜんぶ巻き込んで。


結果。

「……ごめんみんな」

顔を伏せたまま、佳奈は消え入りそうな声で、

「先、帰るね」

そう続けるなり、立ち尽くす唯亜と明音の間を駆け抜けて、駅の方へ走っていった。


去り際、左腕で目頭を拭ったのを、少なくとも明音をのぞく三人は見逃さなかった。

ぽつりと、絢南が呟く。

「……なんか、カナには悪いことしたな……」




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