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 この日、ワルターは久しぶりに城下町へ視察に出た。

 市場の再開、家屋の復旧状況、国民の生活状況や商人たちの声などを直に聞きたかった。特に、アルブスとの通商を願い出ている商人連合とは一度きっちり話をしたいと思っていた。商人たちが行き来することになれば、必然的に国交が盛んになる。今までまったく触れ合うことがなかった国民たちは、アルブス国民をどのように感じることになるのか。不安だった。

 商人連合の事務局で、商人たちはワルターを快く迎え入れてくれた。

「王よ、とにかく、とにかく早く通商の許可を下さい」

「この世界、一秒が死活問題になるのです」

「我々が押さえていなければ、闇取引が横行しますよ? そうすれば、国は正当な利益を受けることができない」

「まず、アルブスに行く。情報を集めたいのです。勿論、こちらの商品を売り込みますよ? 新しい市場が開けるかもしれない。こんなチャンスは、二度とないやもしれません」

 ワルターが席に着くなり、それぞれの店の代表が一斉に喋り出した。

 あまりに力が入りすぎて、ワルターまでツバが飛んできている。皆、身を乗り出して、目を爛々と輝かせていた。

「いや、お前たち、相手はついこないだまで戦争をしていた相手だぞ? 息せき切って出向いて、何をされるか分からな……」

「「「「そんな事は、どうでもいいのです」」」」

 ワルターの言葉は、見事に揃った商人たちの返事にかき消された。

「危険が怖くて商売はやっていられません」

「こないだまで戦争をしていたってことは、今はもうしていないって事でしょう?」

「だいたい、我々の安全を守るのが、そちらの役目では?」

「「「「そうだ、そうだ」」」」

 狭い事務局が、揺れた気がした。

 元々血気盛んな黒の一族だ。彼らが血眼になって主張をしているということは、何を言っても聞かないと同じ事だった。

 ……たくましい。

 ワルターは、商人たちの姿に圧倒され心強さを感じた。

 さすが、我が国の商人だ。

「分かった。明後日の会談で必ず、両国間の商人達の行き来の約束を取り付けてこよう」

 ワルターの言葉に、商人たちは一斉にニヤリと笑った。


 事務局を出たところで、カタリーナが率いる建築士の一行と出会った。

「お待ちしておりましたわ。早速、家屋の復興について、ご案内します」

 カタリーナは、言うが早いかワルターの横に立ち、当然のように手をワルターの腕に回した。

 彼女は、視察に出るには不釣り合いな、裾の長い膨らんだドレスを着ていた。

 腕にわざと胸を押し当てられたのを感じ、ワルターは顔をしかめる。

 何故カタリーナの行動が、そこまで自分を不快にするのか。ワルターは、不思議だった。これまでも、様々な女性がこうして自分に媚びを売るのを感じたことがある。その時は、むしろ楽しかったように思う。

 戦って、無事帰還して、女を抱く。すると、すっと胸が晴れた気分になるのだ。

 ところが、最近はヘレーナ以外の女を見ても、まったくその気になれない。

 何故だろうか。

 くすくすくす。

 カタリーナの笑い声に、ワルターの思考は中断した。

「戦争が終わってから、ワルター兄様がこうして国民のもとに顔を見せるのは久しぶりですわね」

「ああ、ずっと部屋にこもりっぱなしだったからな」

「さぞ、暴れ回りたいでしょうね? 訓練室では満足に運動できないでしょうし」

 先日言い合ったことなどおくびにも出さず、カタリーナは愉快に笑う。

「お前は、今日は楽しそうだな」

 少々の皮肉を込めて言葉をかけると、カタリーナは上機嫌な笑みを返してきた。

「だって、周りを見てくださいませ。皆、これからの私達、アーテルを背負っていく国王夫妻に、羨望の眼差しを向けているのですから!」

 カタリーナの言葉に、ワルターは思わず足を止めた。

「お前は、まだそんな事を言っているのか。だいたい、今日だって、視察は俺一人で良かったものを、お前が勝手に……」

「あら、だって今日は私達二人のお披露目も兼ねておりますもの」

 ワルターの怒りをさらりと受け流し、カタリーナは空いている手でドレスの裾をちらりと持ち上げた。

「ワルター兄様だって、先日は突然のことに混乱されたのでしょう? 私、そこまで考えつかず、申し訳ない事をしてしまったと思っておりましたの。でも、時間をおいて、兄様も冷静になりまして? 国民の期待に答えるためにも、早く正妃を迎え入れ、あの女を幽閉するなりなんなりしてくださいね」

 これが戦場であったなら、ワルターは戦う力を開放しカタリーナを殴り飛ばしたかもしれない。

 けれど、ここは城下町で、自分達の動向を国民が見ている。

 ワルターは震える拳をグッと抑え、カタリーナから距離をとった。

「カタリーナ。はっきりと言うが、俺はお前を娶らない。王妃はヘレーナだ」

 随分冷たい目を向けたはずだが、カタリーナはワルターの言葉に小首を傾げただけだった。

 まるで、小さい子供のいたずらを、見なかったことにするような仕草。

 そこはかとない不安が、ワルターの胸をよぎる。

 しかし、ここで言い合うわけにはいかず、ワルターは渋々視察を再開した。


 その後、視察の間絡んでくるカタリーナにイライラとしながら、視察を終えた。

 ワルターは城に戻ると、すぐさまヘレーナの部屋へ向かった。

「……、おかえりさないま……せ、んっ」

 いつもの様に許可を取ること無く、強引に唇を貪る。

 すぐにでもヘレーナの服を脱がしたい衝動にかられながら、ふとそのことに気づいた。

「お前、何故まだ侍女の恰好をしている?」

「……」

 ワルターの問いに、ヘレーナは沈黙を守る。

 カタリーナに指摘されてから、ヘレーナには既製のものだがドレスを幾つか用意した。公式の場に着用するドレスは、確か今朝から採寸させていたはずだ。

 ワルターはそれ以上問いかけることをせず、ワードローブを勝手に開けた。

 なるほど、そこにワルターの用意したドレスはなかった。

「今度のドレスも、また”洗濯”か?」

 さすがに、鈍いワルターでも、ヘレーナの衣装が本当に洗濯されているなどとは思っていない。誰かが嫌がらせに、破いたか捨てたか、とにかくどこかへやってしまったのだろう。

 ワルターはどっしりとベッドに腰を掛け、ヘレーナを見上げた。

「……、誰がやった?」

「……」

 ヘレーナは、何も言わない。

 最初に、ヘレーナがどのような扱いを受けようとも助けないと、宣言したのはワルターだ。

 だが、ワルターは、何故自分に何も相談してくれないのか。まったく頼ってくれないのかと、理不尽に怒りがわく。心の中で、悪いのは自分だと自分を罵りながら、ふつふつと怒りが湧いてくるのが分かった。

「では、お前の周辺にいる侍女は全てクビだ」

「えっ」

「王妃のドレスは税金で賄われる。当然、国の財産だぞ。それをどこかへやってしまったのだ。犯人が分からないのであれば、連帯で責任をとってもらおう」

 ワルターの辛辣な言葉に、ヘレーナが慌てて駆け寄ってきた。

「その様なこと、どうかおやめ下さい。失くしてしまった私が悪いのです。罰なら、私が……」

 その場で床に両手をつけ頭を下げようとするヘレーナを、ワルターは引きずり上げた。

「お前は、馬鹿か?! 何故、かばう? お前に辛く当たっている者を何故!!」

 ヘレーナは真っ青な顔で、真っ直ぐワルターを見る。

「それは……」

 いつもの様に、静かな口調で、ヘレーナは言葉少なく語った。

「私が、この国の王妃だからです」

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