30
ワルターは暗い場所に居た。
一人きりだ。
何故か?
それは、自分が裁きの間で攻撃を受けたからだ。
何故この場所に留まるのか?
それは、非常に不本意だが、出ることができないからだ。
「っくそ」
何度悪態をついただろうか。
手の先から黒の波動を生み出し、周囲に放出してみる。これも、何度も試した手段だ。
しかし、ワルターの力は闇の中に吸収されてしまうばかりだった。
放出する力の波動が少しずつ弱まっているのは、きっと気のせいではない。
では、おとなしくここにいればいいのだろうか?
しかし、この状況が変化する保証はどこにもない。誰かが助けに来てくれるか、それとも……、自分の命が尽きるのか。
「……、くそ」
思わず、弱々しい声が出る。
はっとして、ワルターは上を向いた。
見上げた上も、勿論闇だけれど……。
嫌なことばかりを考えてはいけない。
弱気になってはいけない。
ワルターは首を横に振り、別のことを考える。
(ヘレーナ……)
ヘレーナは、今どうしているのだろうか?
少しは自分のことを心配してくれているのか。
それとも、これ幸いと白の国に帰ってしまったか。
(いや、それはない)
ヘレーナは黒の国の王妃として、しっかりと自分に寄り添ってくれたと思う。
「……ヘレーナ」
名前を呼ぶ時には、いつも威圧的になってしまったけれど、本当は親しみを込めて、呼びたかった。
「はい……」
ありえない声が聞こえる。
ワルターは、思考を中断し身構えた。
突然目の前が白く光る。
眩しいわけではなくただ白い光が、闇の中に生まれた。
やがて小さな白い光が膨れ上がり、人の形を作る。
「は、……、ワルター、様」
静かな、美しい声。
ワルターの目の前に、ヘレーナが現れたのだ。
「馬鹿な……。惑わす幻覚か?」
二人の距離は近い。
だが、ワルターは警戒したまま相手を睨みつけた。
「……ワルター様、……お手を」
ヘレーナはワルターの様子に構うことなく、片手を差し出してきた。
その仕草が、見知っているヘレーナのものと確信が持てない。ワルターの目の前に現れたヘレーナは、いつになく強引で表情が険しい。
警戒しつつ、ワルターは手を伸ばした。
例え罠だとしても、ヘレーナをはねのけることなど、もう自分には出来ないのだと思う。
手と手が触れ、何らかのイメージが伝わってきた。
「探すのに、時間が……かかってしまって……。どうか、この、術を……」
苦しそうなヘレーナの声を聞き、はっと顔を上げる。
「どうした?! お前、透けて……っ」
思わず、ヘレーナの腕をきつく掴んだ。しかし、ヘレーナの身体は頼りなげに揺らぎ、どんどん透けていってしまう。
「ワルター様、どうか、戻ってきて……」
ヘレーナの言葉が、頭に入ってこない。
ワルターは、混乱しながら必死にヘレーナを呼んだ。
「ま、待て! ヘレーナ、ヘレーナっ」
しかし、どんなに名前を叫んでも、ヘレーナの身体は透けるのを止めない。それどころか、ついにはヘレーナの表情を見ることも困難になってきた。
「ヘレーナっ」
ワルターの叫び声が、暗い場所にこだまする。
「行くな、ヘレーナ」
何とかして、この状況を打破しなければ。
こんな所で、こんな暗い場所で、留まっている場合ではない。不意にヘレーナから受け渡されたイメージが頭の中で弾けた。
「お、おぉぉぉ、あ、あああ」
内側から、ありったけの力を開放する。
状況確認、術式確認、現状打破、攻撃。
「消え去れ、下賎な呪いがっ。俺を誰だと思っているのか」
確信を持って、術を消し去る。
「ヘレーナっ」
辺りから、自分を束縛する術が消えていくのを感じた。
急いで振り返り、ヘレーナの姿を探す。
だが、真っ先に抱きしめたい、妻の姿はすでにここにはなく。
「行くな、ヘレーナ。お前のことを愛しているんだっ」
ワルターの絶叫は、崩壊する術式に飲み込まれていった。
更新が大変遅れてしまい申し訳ありません。
物語が終わるまで、少しずつでも更新していくよう頑張ります。