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「申し訳ございません。すべては、私の油断が招いたこと。この責任は、全てをなげうってでも償わせていただきたく存じます」

 悔しさと後悔と、何より王へ顔向けできないと、ルーカスは項垂れ震えていた。

「いや、お主だけの責ではない。私こそ、王をお守りできなかった……!」

 将軍も、同じく震える拳を握りしめ、まだ自分が生きていることを恥じる。

 ヘレーナは二人の様子と目を閉じているワルターを見比べ、静かに頷いた。

「見たところ、何かの呪いのようですが……。術師に王を見せましたか?」

 ワルターが目を覚まさないと、知らせをうけて駆けつけた。

 そこには、まるでゆっくりと身体を休めながら眠っているようなワルターが居た。

 だが、ワルターは反逆者と対峙していた。

 その場で術か呪いをかけられたのだ。

「王家直属の術師は、反逆者の一族の出です。私どもの一存では、王に引き合わせることができませんでした。そして……、王に術をかけた反逆者は、その術を最後に息絶えました」

 術者が生きてさえいれば、どんな手段をもってしても口を割らせることができたのに。

 元記録係の男は、自分の死と同時に王を狙ったのだ。

 元々、黒の一族は戦いの一族だ。それも、近接の打撃戦や剣技による戦いが得意であり、術師や呪い師はあまりいない。

 あの元記録係が貴重な呪い師の家系だったことに後から思いついたのだ、とルーカスは言う。

 首謀者を捕まえ、油断した。あの場に居た誰もが、油断してしまったのだ。

 ヘレーナは少し逡巡して、口を開けた。

「それでは、私の知る術師にワルター様の状態を確認させます。これに、議会の承認が必要ですか?」

 ルーカスと将軍はお互い顔を見合わせ、首を横に振った。

「確認するだけならば、王妃様の権限で可能かと思います。ただ、もし何らかの解呪を行うのであれば、やはり議会の承認が必要です。……、王の状態を、他の者に知られてしまいますが……」

 ワルターは戦いの王だ。

 だからこそルーカスは、戦いで負けてしまったワルターに議会が冷たくなるのではと危惧する。いや、もしかしたら、一つになりかけた心が離れていくかもしれない。

 黙っていればどんどん嫌な思いにとらわれそうだ。

 ルーカスの表情が随分曇った所で、ヘレーナが口を開いた。

「今はまず、ワルター様の状態をきちんと把握しましょう。ルーカス、将軍、私では力不足だと思いますが、力を貸してください」

「とんでもございません、王妃様。して術者、とは?」

 将軍がヘレーナをまっすぐに見つめ返した。年齢を重ねている分、将軍はすぐ冷静に思考を切り替えた。

「はい。フランツおじ様、お願いできますか?」

 呼ばれて、フランツが頭を下げた。白の国からヘレーナの護衛に付いてきた騎士の一人だ。

 ルーカスと将軍の視線に、ヘレーナが答える。

「フランツおじ様は今こそ騎士の称号をお持ちですが、本来は魔術師を束ねる魔術塔のトップに立たれていたお方です。黒の国のそれとは勝手が違うかもしれませんが、きっと役に立ってくれます。ね? おじ様」

 部屋の隅に控えていたフランツは、ゆっくりと歩みを進めヘレーナに近づいた。

 そして、再度深々と頭を下げる。

「ヘレーナ様がお望みとあらば、私はそれに従うだけです。この爺めの力が必要であれば、いつでもおっしゃってください」

 ただ、と。

 フランツはルーカスと将軍に目を向けた。

「私は長い間白の国の術者でした。前線に、何度も立ちました。そんな私が、黒の王を見てもよろしいのか?」

 白の国の術は黒の国の者を狂わせる。

 戦場では、白の術にかかった黒の国の兵士が同士討ちをはじめ、幾度も殺された。

 ルーカスは目をそらすように将軍を見た。

 将軍は困惑の瞳をヘレーナに向ける。

 ヘレーナは一旦目を閉じ、宣言した。

「私がそうせよと言いました。個人の感情を捨てても、ワルター様をお助けしなければなりません」

 結局は、ソレしか無い。

 信用出来ない王家直属の術師に比べ、ヘレーナにとってフランツは十分に信頼に値する。

 ルーカスや将軍は複雑な表情だが、今は立ち止まっている時ではないと思う。

 冷静にならなくてはいけない。

 ワルター王を助けたい。

 ワルターが目を覚まさないことがこれほど自分にショックを与えるとは、と。ヘレーナは心の中で震えた。

 震えを誤魔化すように、腕を組む。

「では、さっそくはじめましょう」

 ヘレーナの震えに気が付いたのか、フランツが殊更大きな声を出して皆の注目を集めた。

『その姿、我に見せよ』

 短い呪文がワルターに降り注ぐ。

 ワルターの周りから、黒い瘴気のようなものがゆらりと立ち上がった。

 だが、すぐに薄れ消えていく。

 心配そうに見つめるヘレーナに、フランツは優しく笑いかけた。

 こんな事、想定内だと安心させるように、肩をすくめる。

『自己開示から第二節まで略式詠唱。その姿、我に見せよ。見せよ。見せよ。ただの呪いが、主張など認めない。ただ我に姿を見せれば良いのだ』

 長い呪文の末、今度は黒の瘴気がはっきりと姿を現した。

 瘴気はワルターの回りをたゆたい、ゆらゆらと揺れている。よく見ると、瘴気の中に文字が羅列されており、これが呪いの鎖だと気付かされる。

 フランツはブツブツと独り言を呟きながら、瘴気の中の文字を一つ一つ確認していった。

 ヘレーナ達は、固唾を飲んでフランツの後ろ姿を見つめている。

 何か言葉を発して妨げになってはいけないと、誰も口を開かない。

 結果、ワルターの寝室は異常な静寂に包まれた。

 やがて、フランツが片手をかざすと瘴気が消えた。

「ふむ。まあ、いくつか確認しなければなりませんが、大体の状態は分かりました」

 あっさりとしたフランツの言葉に、ヘレーナはほっと胸をなでおろした。

 ルーカスと将軍は、まだ渋い顔のままだ。

 自分達ではまったくお手上げだったのに、いとも簡単にそれを打破する。

 術の発達の遅れを、叩きつけられたようだった。

「それで、王の状態を今ここでお話しますか?」

 フランツの問いかけに、ルーカスがはっと顔を上げた。

「はい。ここにいる者達は、皆信用できると思います。教えてください。王の状態は?」

 ヘレーナは、ルーカス、将軍、侍女として控えているユリアを順番に眺め、フランツに先を促した。

「では、お話します。まず、この呪いは王のお命を狙ったものと見て間違いないでしょう。しかし、王はそれ以上にお強かったかと存じます。生来お持ちの黒の力により、本人の意思を司る場所とは別の……、そうですな、野生の勘と呼ばれるような場所で抵抗されております」

 術をかけられ、頭で考えるよりもはやく身体が抵抗をしたのだと、フランツは言う。

「しかし、それ故身体に黒の力を巡らせる力が機能されておりません。ご本人が意識して黒の力を操れるようになれば、すぐにでも術を払いのけることができるはずです……、ただ」

「ただ?」

 しばし言い淀むフランツに、ヘレーナが次の言葉を促す。

「意識が完全に術に覆われておいでです。これを、内側から一人で打ち破ることは……、できないかもしれません。ご本人に術の本質を理解してもらわない限り、お目覚めにはならないかと」

 つまり、自分がこういう術にかかっていることを、ワルターに理解してもらわなければならないというのだ。

 そこまで聞いて、将軍が後を振り返った。

「ユリア、聞いたか? これに相違ないか?」

 指名され、ユリアが顔をしかめる。

 あくまで侍女としてヘレーナに使えているユリアは、しかし強い。それに、将軍にはまったく扱えない、黒の術を使うのだ。

 将軍は、あえてユリアのことを伏せていた。

 フランツのことを、手放しで信用できなかったのだ。

「まあ。フランツ様の言う通りだと思いますよ」

 自分がフランツを信用するため利用されたと知り、ユリアは不愉快そうな表情を隠しもしない。

「では、お前はこの術を外せるか? 王にお言葉を届けるだけでも良い」

 ユリアの機嫌を無視し、将軍は問いかける。

 父の態度を咎めることは忘れて、ユリアは力なく首を横に振った。

「無理ですね。多分、私の術では逆に飲み込まれてしまう。悔しいけど、うまい術だわ。黒の力を取り込んで自分の原動力にするようなイメージね」

「では、もしやワルター様の力も……?」

 はっと、ヘレーナが震える。

「……。取り込まれ続けていますね。王の力は大きく強い。でも、確実に術の原動力に消費され続けています」

 ワルターは、自分の力で自分を蝕む術を維持しているのだと、ユリアは言う。

「そんな……。いつまでもこの状態にしておけません! ……、おじ様、何か対処法はありませんか?」

 ヘレーナの言葉に、はじめてフランツが言葉をつまらせた。

「それは……。申し訳ございません。今夜一晩、考えさせていただけませんか?」

「はい。わかりました。よろしくお願いします」

 フランツに返事をしながら、ヘレーナがワルターに歩み寄る。

「絶対に、お助けします、ワルター様」

 何を置いても。

 ヘレーナは決意を表すように、ワルターの手を握りしめた。

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