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裁きの間と呼ばれる場所にて。
ワルターはルーカスと将軍を伴って反逆者と対峙していた。
「此度の、お前達のしでかしたことは立派な反逆行為であり犯罪だ。ようやく結びついた白の国との国境線上で戦闘を行おうなどと、とんでもない。一つは、勝手に軍を動かした罪。一つは、王に反逆した罪。更に、俺が会議で挙手を求めた際、虚偽の申請を行ったな」
ワルターは、激しい憎悪の目を向けてくる反逆者の視線を真正面から受け止め、相手に問いかけた。
「一応、お前の言い分を聞いてやろう。何故、このような犯罪行為を? 答えろ、記録係。いや、元記録係だな。お前は既に、黒の国におけるすべての権利を剥奪されている」
元記録係と呼ばれた男は、ぎりと奥歯を噛み締め、ワルターを睨み上げた。
「白の国と結びついた、か。王よ、貴方はまるで白の国に仕える奴隷のようだ。白の国のあの女を盲信し、心奪われ、堕ちていく。それほど、あの女の具合が良いのですかな?」
男は、ワルターに辛辣な言葉を返した。
だが、そのような言葉で揺らぐワルターではなかった。
「言い分がないのなら、終わりだ。反逆部隊を先導したお前は処刑の上さらし首。以下、反逆組織の中枢人物は処刑か幽閉。当然、遺恨を残さぬよう親戚縁者家系を二代にわたって拘束する。以上だ」
淡々と、事実が告げられる。
ヘレーナの温情により白の国へ派遣されたゲオルグ達とは違う。反逆組織の中枢に関わるということはこういうことだ。
だが、男はおかしそうに笑い始めた。
「ははははは。それが何だというのか! 我らの同士は、まだまだ潜んでいる!! 私を殺したところで、我が縁者を排除したところで! 崇高な純粋の黒の国を望む声は止むまい」
誰に促されるわけでもなく、男は叫ぶ。
「その証拠が、王よ、貴方の隣に控えているルーカスだ!! 涼しい顔をして、貴方の隣に居座り、貴方の大事なあの女を狙っているのだよ? ずっと我々に賛同してくれていた。その心の炎は、簡単には消えませんぞっ」
はははははは。
はははははは。
男の笑い声が、裁きの間に響く。
狂ったような男の表情に、ワルターはため息を漏らし隣のルーカスを見た。
ルーカスは男の言葉を聞きながら、ただ無表情でそこに居るだけだった。
「さあ、ルーカス!! 私の拘束を解くのです!! 私を押さえつけている近衛にも命令を。同士よ! 今こそ、黒の国を望め!!」
男は叫んだ。
ワルターは何も言わない。
将軍も、あらかじめ命令されており、口を挟まない。
裁きの間を守る兵や男を押さえつけている近衛兵の視線が、ルーカスに集まった。
「……ぷ」
最初の言葉は、笑いだった。
くすくすくす。
事情を知らない者は、それがルーカスの笑い声だと、ようやく気がつく。
「ああ、おかしい。何故、私がお前の拘束を解くと思ったのか。お前をまっさきに縛り上げたのが私だというのに」
ルーカスの声は、とても穏やかだった。
しかも、優雅に微笑んでいる。
ただ、どう説明して良いのか分からないが、ルーカスから怒りが漏れている気がする。
「だから、それは、今この時に私を助ける演技だろうて!!」
「あっはっは。そんな馬鹿な」
ついに、我慢がしきれないというように、ルーカスが大声で笑い始める。
男は唖然とした。
「しかし、お前は同士の会合に……」
「情報収集のために決まっているじゃありませんか」
男たちが反逆の会合を重ねていることは、早い段階からワルターに報告済みだった。それを踏まえて、あえてルーカスは脅されたふりをして会合に参加していたのだ。
「妻の薬の件で、私が仲間になったとでも? いやいやいや、無いですよ。一度でも私が仲間になると口にしましたか?」
妻の薬の件と口にした時、ルーカスの表情が冷たい物へと変化した。
「だが、お前は……会合の参加にも何も言わなかったじゃないか」
男は必死にルーカスに語りかける。
が、すべて逆効果だった。
「ええ、ですから、否定も肯定もしませんでした。だって、否定したら情報が取れないでしょう? なぜ、否定をしないことが肯定だと思ったのか。理解できませんね」
ルーカスはお粗末な男の説得を鼻で笑う。
自分が不利と悟ったのか、男は焦ったように言葉を重ねた。
「そんな事を言っていいのか? お前の妻の薬が届かなくなるぞ?」
ソレを聞いて、ルーカスはワルターを見た。
ワルターは、呆れたように肩をすくめる。
「……。処刑された貴方が、どうして薬の流通に関われると? 残された遺族は、貴方の所業によって身分を剥奪され拘束が決まっていますので、無理だと思いますよ」
ルーカスは気の毒なものを見る目で、男に丁寧に説明した。
「無理だな」
ルーカスの言葉に、ワルターが同意する。
「無理ですな」
それに合わせて、将軍も頷いた。
「加えて言うなら、薬は暫くの間、俺が直接ルーカスの自宅まで手配することになっている。今回の報奨でな」
男は呆然とルーカスを見た。
ルーカスは、もう言葉を発することはなかった。
(私が王を裏切るはずがないじゃないか。それが分からないなんて、馬鹿じゃないのか)
心の中で悪態をつきながら、男の罪を思い返す。
以前議会で、ワルターがヘレーナに関する噂について聞いたことがあった。ヘレーナがカタリーナとやりあった時だ。あの時、二人いた記録係のうち、一人が身内に話したと申告した。反逆組織の中枢に居たのは、その男ではない。ワルターの言葉を他言したと申告しなかった記録係こそ、目の前の男であり反逆組織の中枢にいる人物だ。
あの議会のときには、すでにこの男は嘘をついていた。
ワルターの言動を記録係として得、まことしやかに噂として流していたのだ。
白の国との協議に同行すると言う、特別な記録係。彼らは、王族に連なる身分の者から排出された。男の場合は、男の妻が先の王妃の従兄弟に当たる。
そんな男が語るワルターの言葉は、信憑性があったに違いない。
カタリーナでさえ、信じていたのだ。
「まあ、そういう事だ。ソレを連れて行け」
ワルターが締めくくるように、近衛兵に命令した。
男には、すでに名前がない。役職、身分、人権、すべての権利が剥奪されているのだから。当然、名前もなくなってしまっている。
近衛兵に脇を抱えられ、男はふらふらと立ち上がった。
終わったと、ルーカスは思う。
反逆者達は、超遠距離から王の攻撃を受けた。その時、王に逆らってはいけなかったのだと、理解したのだ。王の力に捉えられ、それがどれだけ強大かということを思い知ったと語った者も居る。
「ははは。私の負けですな」
男は力なくつぶやき続ける。
「ああ。終わりだ。……何もかも」
それが、独白ではないと、気が付いた。
ワルターは気配が変わったことにいち早く気が付き、席を立つ。
将軍の驚く顔が見えた。
ルーカスも慌てる表情になる。
「さようなら王よ。『私は、不純な黒の国などいらない』」
それが呪文だと、理解した。
瞬間、ワルターの意識が途切れた。




