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 ワルターが部屋に戻ると、すでにヘレーナが起きておりきちんと衣装を身に着けていた。

「おかえりなさいませワルター様」

「ああ」

 だが、ワルターは何となくヘレーナの顔が見れなかった。シュテフォンの言葉やベルンハルトのニヤけた顔を思い出し、気恥ずかしさから顔を背ける。

 すぐに視線を逸らしてしまったので、ヘレーナの顔が曇ったことに気付かなかった。

 自分の恥ずかしい気持ちを誤魔化すようにわざと大袈裟なふりでマントを脱ぎ捨て、ワルターは椅子に腰掛ける。

「妹姫に会ってきた」

「マリアに……ですか」

 ここで、ヘレーナの口調が普段と少し違うことに気がつく。どことなく、歯切れが悪い。

 何か、気に触るようなことがあったのだろうか?

 もしかして、自分の振る舞いがいけなかったのだろうか?

 ワルターは伺うようにヘレーナを見た。

 ヘレーナはワルターの目の前で俯き、立ち尽くしているようにも見えた。表情は分からない。

 やがて、ヘレーナが重い口を開いた。

「妹は……、マリアはとても優秀です。癒しの力も、とても強くて……。私と違い……父に似ているでしょう?」

 どこか投げやりな言葉は、ヘレーナには珍しい。

 ワルターは興味深くヘレーナを眺め、首を傾げた。

「むしろ妹君は母親似だと思ったが」

「え?」

 王妃エーファの印象は控えめでおとなしい。決して王の邪魔にならないし、自分を押し出すこともない。一見その行いはヘレーナと似ている気もするが、絶対に自分の意見を表に出さないエーファと、自分の意思が固まっている時には意見を曲げないヘレーナとでは随分違うと思う。実際、今回の人材派遣の提案をしたのはヘレーナだし、その際どれほどワルターが反対しても、罪人と直接面会までしてしまった。

 マリアの印象は、可愛いけれど自分で前に出ることはないというものだから……、マリアは母親に似ていると思った。

「同じ姉妹でも妹姫はエーファ王妃に、お前はベルンハルト王にそっくりだ」

 ワルターを驚かせる意見ばかり言うところ。

 ワルターを苛つかせるところ。

 何より、ワルターがどうしても好きになってしまうところも。

 そっくりだと思う。

「私が、父に……?」

 戸惑うヘレーナに、ワルターは理由をうまく説明できない。説明しようとすると、自分の思いも言わなければならなくて、それは考えるだけで悶えてしまいそうだった。

「で。セレモニーは昼前だったな? 朝食に打ち合わせをしよう」

 ともあれ、今日はだらだらとしている時間はない。ワルターは一旦思考を止め、今日しなければならない事に思いを向けた。立ち上がり、着替えの準備をする。戦場での生活が長かったワルターは、着替えなどに従者の手は必要ない。

 ヘレーナも異存は無いようで、朝食の手配に侍女を呼んだ。


 すべての支度を整え、闘技場の控え室でベルンハルト王の演説を聞いていた。両国の未来や友好の印に若い二人の力を示すとか何とか。話の内容は事前に打ち合わせて知っているが、ベルンハルトの声に呼応するように観客の熱が上がっていくのがわかる。

 場内から、ベルンハルトの言葉に同意するような歓声が沸き上がっていた。

 観客の熱を耳で感じながら、ワルターは静かにヘレーナを見ている。

 沸いてはいけない。情熱や勢い任せの熱気は、冷静な判断を鈍らせる。

 歓声に同調してはいけない。沸き上がるのは観客だけで、戦いの中心である自分は歓声を上げさせる側の人間だ。冷静であれば良い。普段通りであれば良い。つまり、戦場で戦うのと同じ事。ワルターは戦えば戦うだけ、普段通りに戻ってくる。普段と同じように力を抜き、普段通りの力を出す。

 だから、控え室はとても静かだった。

 ヘレーナもまた、普段通り、ワルターの正面に静かに座っている。それがワルターには驚きだった。初めて戦場に出る若者は、大抵が興奮して緊張する。普段通りの力を出すために、普段通りでいることは難しい。

 しかし、ヘレーナは目の前の大舞台にも物怖じしていない。

 よほど度胸があるのだろう。ワルターはヘレーナの強い部分にますます好感を持った。

「……言ったとおりだ。ルーカスを探して、その近くに居る者を一網打尽にする」

「近衛兵達も、すべて識別するのですね」

 ヘレーナの言葉に、ワルターは軽く頷く。

「ああ。近衛達を攻撃してしまってはシャレにならない。俺はあくまで遠距離射撃で捕縛するだけだからな。あちらは反逆者達の方が数が多いし、一旦捕縛してしまっても安心できる状態ではない。実際に反逆者を城に連れ帰るには、近衛達に頑張ってもらう他無いから」

 勿論、近衛兵は反逆者達を抑え込むくらいの力を持っている。しかし、この作戦は失敗できない。もし失敗したなら、反逆者達は国境付近で戦闘を行い、白の国に攻撃されたと声高に叫ぶだろう。両国で和平を約束したとはいえ、すべての憎悪がなくなったわけではない。戦闘が大きくなれば、なし崩し的に戦争に発展するかもしれない。

 国境付近に住む白の国の国民は、既に反逆者達の姿を見ているだろう。

 今ならば、国境付近に現れた黒の国の集団が、今日のパフォーマンス用に控えている兵士だったと言い訳ができる。

 実際に、パフォーマンスとして捕縛してしまえばいいのだ。

 ワルターとヘレーナの婚姻を良く思わない一派が今回の反逆者達だ。反逆者達の存在が浮き彫りになったのは、夫妻に盛られた毒を調査した時だ。今は幽閉されているカタリーナにも確認したから間違いない。

 念の為に、ルーカスを側につけておいて良かった。

 ルーカスならば、反逆者達が国境を超えないよう、何とかするだろう。とは言え、本当はワルター達一行を追いかけてきている時点で何とかして欲しかったのだが。反逆者達の数が多く、少数の近衛兵だけではどうにもならなかったのだろう。


 より一層大きな歓声が聞こえてきた。

 ベルンハルトの演説が終了したようだ。

 ワルターは立ち上がりヘレーナに片手を差し出した。

 ヘレーナが、驚いたように目を見開く。しばらく逡巡を見せたが、ヘレーナはワルターの手を取り立ち上がった。

 控え室の扉が開かれ、将軍が姿を見せる。

「準備はよろしいですかな。出番です」

 ワルターはヘレーナを伴い、歓声の渦の中、闘技場へと足を進めた。

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