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「……。しかるに、我が国からもそちらの望む人材を派遣いたしたく、か」

 ワルターは届けられた親書を手に持ち、その内容を読み上げた。

 力仕事をする手助けに黒の国から人材を派遣したいと申し入れた。その返事である。

「まあ、当然といえば当然でしょうな。あちらがただ受け入れるだけになってしまえば、力関係を疑う者が現れる。噂も飛び交うでしょう。それが、互いの国から人材を交換すると言うのであれば、国交を正常にする第一歩と考えられます」

 腕を組み、頷く将軍。

 隣でルーカスも将軍の意見に同意した。

「白の国への反発が和らいできている今こそ、あちらの人材を受け入れるチャンスかも知れません」

 毒の件以来、ワルターは度々将軍とルーカスを自室に招き、相談をするようになっていた。

「……。しかし、こちらが望む人材とは……?」

 ワルターは、戸惑いながら呟く。

 白の国からの提案を無下にするわけにはいかない。けれども、今、白の国の人材を必要としているかどうかは疑わしかった。

「白の国となると……治療……でしょうか?」

 将軍は頼りなげに首を傾げる。

「いや。平常時の医療体制ならば、むしろこちらの国のほうが発達している。何より、こちらは医療が発達していなければ皆死んでしまうからな」

 治癒の力に頼る白の国と比べ、黒の国では医療機器や体制が驚くほど整っている。そうしなければ、生きていけないのだから。

 その中へ、一人二人治癒能力を持つ医師が入ってきたからといって、どうなることでもないと思う。むしろ、力を発揮できぬまま、嫌な思いをさせることになるかもしれない。

 ワルターは、考え唸って首を横に振った。

 数ヶ月前まで白の国に憎しみしか抱いていなかったワルターは、今では冷静に両国の益を考えるようになっていた。

「あっ……!」

 と、突然ルーカスが奇妙な声を上げる。冷静な彼には珍しい。

 ワルターと将軍は自然とルーカスを見た。

「王。王妃様の護衛をする、騎士などはいかがでしょうか」

 やや興奮しているのか、声が大きい。

「ヘレーナの、護衛だと?」

 しかし、ワルターは、いい顔をしなかった。

 少しずつ安定してきている関係を、また乱すことが嫌だったのだ。

 そうだ。最近は、自分とヘレーナは少しずつ良い関係になってきているのではないかと思う。出会った時のような、憎悪の感情はない。ヘレーナも、最近では緊張しながらも自分に話しかけてきてくれる。随分辛そうな表情も減ったと思う。

 だから、そっとしておいて欲しいというのが本音だった。

「今は近衛に全てを任せているぞ。俺はお前達近衛兵を心から信頼している」

 と、もっともらしい理由をつけて断ろうとした。

「しかしながら!」

 けれども、何故かルーカスは身を乗り出して懇懇とワルターを説得し始める。

「近衛兵はあくまで王の護衛。役を回して順に王妃様を守るとなると、兵たちも浮き足立ちます。自然、近衛本来の任務に支障が出る恐れが。いえ、勿論、近衛兵にその様な精神の弱い者などおりません。しかし、ふらふらと役が定まらないままではこの先に不安があります」

「そうだろうか」

 若干ルーカスの勢いに押されながら、ワルターは首を傾げた。

「それに、そう。ご自身と同じような力を使う近衛兵が王妃様を守るというのは、王にとっても歯がゆいものでは?」

「うっ」

 確かに、そうだ。

 もし自分の身がいつでも自由になるのなら、ずっとヘレーナに付いているのにと思ったことは沢山ある。近衛兵はワルターと同じように黒の力を使って戦う者がほとんどであり、それゆえ、どうせ黒の力で守るなら自分が、と。思わざるを得ないのだ。

「それが、もし、王妃様に近い……、例えば親族のような方が家族のように親しみを持って守ってくださるのなら、王も安心では?」

「……。ヘレーナの親族……」

 いつもより格段に饒舌なルーカスの説得に、ぐらりと心が揺れる。

 ヘレーナとて、自分に近い親族の者がいれば、安心できるのでは?

 それを手配したのがワルターだと分かると、自分に心をひらいてくれるのではと。ワルターは打算的に考えた。

 そこへ、突然ドアがノックされる。

「誰か?」

 話を中断し、ワルターが少し大きめの声でドアへ問いかけた。

「失礼します。王、王妃様が到着されました」

 ドアの外を守る兵から、緊張した声で返事が来た。

 ワルターはドアへ向かうルーカスを制し、自ら立ち上がってドアを開けた。

「お話し中失礼します。ワルター様、お茶の用意ができましたけれど、どういたしましょう?」

 ヘレーナはドアの外側で、丁寧に頭を下げる。

 最近、昼過ぎのお茶を、ヘレーナが直接呼びに来る。話す機会が増え、さらに茶の席へ並んで歩ける。ワルターは密かにこの時間を楽しみにしていた。

 が、ふと思いつき、ヘレーナの片手を取った。

「話がある。ちょっと来い」

 ヘレーナの後ろに控えていたユリアが厳しい視線をワルターに叩きつけてきたが、気付かぬふりをしてヘレーナを部屋の中へと招き入れた。

 驚きながらも、ヘレーナはワルターに従う。

 突然部屋に入ってきたヘレーナに、ルーカスと将軍は慌てて起立した。

「実は、白の国から人材を派遣してもらうことになるかもしれん。お前の護衛などはどうかと話が出たのだが、親族で黒の国でも戦える強者はいるのか?」

 簡潔に、今話し合っていたことを伝える。

 どうせなら、守られるヘレーナの意見を取り入れれば良いと考えたのだ。

「白の国から……!」

 ワルターの言葉を聞いた途端、ヘレーナの瞳がキラキラと輝いたのがわかる。

 ヘレーナは、しばらく考えてワルターを見上げた。

「白の国にも騎士団があります。そこには、私の親族も数名所属しておりますので……」

 期待に胸を膨らませた、祈るような視線。

 そんな風に見つめられて、もはや断ることなどできない。

「わかった。前向きに検討しよう」

 ワルターがそう言うと、ヘレーナは嬉しそうに微笑んだ。

 その様子を見て気分をよくしたワルターは、ヘレーナをドアの外へ下がらせる。茶会に行くのなら支度を整えねばならないし、もう少しだけ白の国への返事をルーカス達と詰めたかった。

 ところが、ドアを閉じた瞬間、ひときわ色めき立った声が聞こえてくる。

「ひゃっほう! 美麗の騎士様ひゃっほーうっ」

 ユリアの歓喜の叫びだった。

  すーっと。体の芯から冷えていくのがわかる。隣で将軍が申し訳なさそうに頭を下げたのにも気付かなかった。

 確かに、白の国の騎士ともなれば、美しいのだろう。ヘレーナがそうであるように、華奢で見目麗しい若者がやってくるかもしれない。

 ユリアなら良いのだ。それはもう、とてもすごい勢いで仲良くなれば良い。業務以外でヘレーナに構っていられなくなるほどでも全然構わない。

 けれど、もし万が一、そんな者がヘレーナと親しくなったら?

 いや、親族ならば最初から親しいはずだ。

 ゴクリと、喉を鳴らした。

 そんな事、許さない。

「聞いた通りだ。白の国からヘレーナの護衛を頼もう」

「それでよろしいのですか?」

 将軍が伺うようにワルターを見た。

「勿論だ。しかし、こちらから幾つか条件を提示したい」

 ヘレーナは誰にも渡さない。

 ルーカスも将軍も苦笑いをしながらワルターの条件を聞いた。


 終戦から半年。

 ワルターはヘレーナを伴って二回目の両国会議へと旅立った。

 白の国へ引き渡すゲオルグ達も引き連れている。

 ヘレーナのそばにはユリアも控えており、かなりの大所帯だ。

「まさか、俺がお前を隣に置いて馬車に乗る日が来るなんてな」

 自嘲気味につぶやき、ヘレーナの手を握る。

 ヘレーナは驚いたように目を見開きワルターを見つめた。

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