19
両腕をきっちりと縛り上げられ、身体を拘束具で固められ、王を襲った逆賊達が窓のない部屋に集められた。壁際には、精鋭中の精鋭が集められた近衛兵団。近衛兵達は戦場へ赴くような武装をしている。
物々しい雰囲気の中、別の入口からワルターが姿を現した。
背後に、ヘレーナを伴って。
敷物一つない場所に素足で並べられた逆賊達は、現れた人物に目を見張った。
「分かっていると思いますが、おとなしくしていて下さい。今から、重要なお話がいただけます」
最後に入室してきたルーカスが、逆賊達に宣言した。
おとなしくも何も、武装した近衛兵相手に丸腰の自分達が何を出来るというのか。いや、十分な武装をしていても、ただの兵であった者が近衛兵にかなうはずなどないのに。
身柄を拘束されたまま逆賊として裁かれる者たちは、ついに自分達の裁きの時が来たのだと、十分に感じ取った。
用意された席に、ワルターとヘレーナが座る。
ワルターは誰が見てもよく分かるほど機嫌が悪かった。この場にヘレーナを連れてくるのを最後まで反対したのだ。危険がゼロではないし、そもそも反逆者の目にヘレーナを触れさせるのがとても嫌だった。
しかし、ヘレーナは自分の口から説明したいと譲らない。
まったくもって不本意だが、ワルターが折れる形となって、今ここにヘレーナも同席させていた。
早く済ませたほうがいいだろう。
ワルターは前置きもなしに話し始めた。
「お前達の処分が決まった。心して聞け。ヘレーナ……」
「はい」
事情を知らぬ者はそのやり取りだけで、驚きに目を見開く。
そもそも、反逆者を処罰するのは王だ。だが、それを執行する者は他にいる。反逆者達は王の目に触れぬまま処分されることのほうが多い。だから、今回のように王自ら反逆者に向かい合うことがまず珍しい。
しかし、ワルター王はそれを自分ではなく王妃に促した。
王妃が、何故……?
皆疑問を抱きながら、静かにヘレーナを見ていた。
呼ばれ、ヘレーナが立ち上がる。そのまま歩き出し、今度はワルターが慌てた。
「ま、待てっ。何を考えている。止まれ!!」
「え?」
ヘレーナが二歩ほど歩いたところで、ワルターがヘレーナの腕を掴み強引に引き止めた。
「お前はっ。ここをどこだと思っているのか!!」
ビリビリと、ワルターの怒鳴り声で壁が震撼したと感じる。
あまりの怒りに、近衛兵さえもピタリと呼吸を止めその場で固まってしまった。
「あの……。ですから、説明を」
弱々しい声で、再び時間が進み始める。
ヘレーナはちょっと変だな、と言う感じで、小首をかしげてワルターを見ていた。
「何故、近づく必要がある? 座って話をしろ」
ますます不機嫌になったワルターは、あまりの怒りに肩を震わせながらヘレーナを引きずった。
「けれども、きちんと向きあって話をしたいのです。それに、私の声では、あちらまで届きません」
半分ワルターに抱きかかえられるような形になっても、ヘレーナの決意は変わらなかった。
「お願いします。私はあの者たちと話がしたい」
ワルターにヘレーナの指先の震えが伝わってきた。それが、自分に怒鳴られたからだと思い、少しだけ罪悪感が湧いてくる。
「何かあったらどうする」
ワルターは必死に怒りを抑え、ヘレーナに問いかける。
無茶をしたヘレーナをここで抑えこんでしまいたい。けれど、何故か力任せにそうすることができなかった。
「その時は、私を守って下さい」
ぎゅっと、ヘレーナがワルターの袖を掴んだ。
ヘレーナは、まだ震えている。
「ああ。守ってやる」
……仕方がなかった。
何故だか、ワルターはヘレーナに頼まれると、願いを叶えてやりたいと思ってしまうのだ。
しかし反逆者達にヘレーナを一人で近づける訳にはいかない。
ワルターはヘレーナを伴って、反逆者達の前に立った。
「では、はじめに。お名前をお聞かせ下さい」
ヘレーナが最初に言った言葉に、反逆者達は戸惑いながらお互いの顔を見合わせた。
あれほど憎んでいたはずの王妃が目の前に立っているのに、もはや憎しみの感情が湧いてこない。ワルターに怒鳴られても自分を曲げない姿を見てしまったからなのか。襲った相手に平然と笑いかける事ができるのは、並大抵のことではないと気がついたからなのか。
どちらにしても、何日も何日も厳しい尋問をうけ、王妃を憎む力が無くなっていたのも事実だ。
反逆者達は、黙ってヘレーナを見上げる。
その横から、とんでもない殺気が広がっていた。
『貴様ら、ヘレーナを泣かしてみろ。滅ぼすぞ……!』
誰に確認せずとも見て取れる、明らかなワルターの殺気。
触れるだけで、自身が消滅してしまいそうだ。反逆者達は真っ青な顔をして黙りこんでしまった。
「あなたは? お名前を教えて下さい」
ついにヘレーナが、一番右に膝をついていた者に直接尋ねた。
「……ヨハンにございます」
反逆者の一人、ヨハンは言葉を選び震える声で返事をした。真っ直ぐ王妃を見たかったが、そうすると隣でとてつもない殺気を発しているワルターに射殺されそうなので、目を伏せる。
「あなたは?」
ヨハンの隣で同じように戸惑っていた青年は、かすれた声で答える。
「フランツです」
ヘレーナは一人一人に、同じように名前を促した。
「マルクです」
「パウルです」
最後に、ヘレーナと直接話をしたことがある青年が答えた。
「私はゲオルグです」
「わかりました。ヨハン、フランツ、マルク、パウル、ゲオルグ。あなた達にはぜひ白の国へと行っていただきたいのです」
その言葉を聞いて、ヨハン、フランツ、マルク、パウル、ゲオルグの五人は、一斉に青ざめた。
うち首になるのなら、それでも仕方がないと。
処刑されるのなら、それだけのことをしたのだと。
この日が来るまでに、幾度も思い返し達観したと思っていた。
自分達が白の国に行くなど思ってもみない事だった。
「アルブスでは、重い資材を運ぶ者が不足しています。まだまだ復興に力が必要ですので、どうか白の国の力になって下さい」
ヘレーナは胸の前で手を組み、祈るように求めた。
しかし、力仕事のためにわざわざ逆賊となった自分達を送るとは思えない。痛み分けとはいえ、つい最近まで戦争をしていた相手の国へ行くのだ。どんな扱いを受けることか。想像に難くない。
ヘレーナの扱いがそうで在ったように、自分達もまた手酷い扱いを受けるだろう。いや、ヘレーナは王妃という重要な立場で黒の国にやってきた。しかし、自分達は何の後ろ盾もない。嬲り殺されるか、死なない程度の拷問を繰り返されるのか……?
いっそ、処刑にしてくれたほうが良かったと、思うようになる……?
ゲオルグは、それでもヘレーナへ向けて顔を上げた。
「それが、王妃様の決定とおっしゃいますか?」
「はい。しばらくは習慣の違いに戸惑うかもしれませんけれど……。ぜひ、白の国をその目で見て下さい。そして、沢山の人と話してみて」
決断するには、弱い言葉だった。
「話す、のですか?」
「はい。どうしても許せない相手が、一体どういう人達なのか。戦いではなく、日常で、感じてみてください。そして、あなたが本当に戦争を終わらせるにはどうしたら良いのか、考えてください。答えが出るまで」
戦いではなく、どうしても許せない相手の日常を。
ヘレーナが庭園で交わした約束を忘れていないことに、ゲオルグは驚く。その場凌ぎの言葉ではなかったのかと。
まだゲオルグは自分の中で戦争に区切りがついていないのだ。それを、ヘレーナは分かってくれたのだろうか。
「……。わかりました。私は、白の国へ行きたいと思います」
真っ先に、ゲオルグが決断した。
まだ白の国を憎む気持ちが無いわけではない。しかし、もう戦うのは嫌だと思っている。それに、ヘレーナに完全に毒気を抜かれてしまったとも思う。
最終的に、他の四人も白の国へ行く事を決めた。
その日の業務を終え、ワルターはヘレーナとともに自室に戻ってきた。
「ワルター様。私のわがままを聞き入れてくださって、ありがとうございました」
目の前で頭を下げるヘレーナを見て、ワルターは首を傾げた。
「わがまま?」
「はい……。あの、ゲオルグ達の処遇のことです」
ああ、と。曖昧に頷く。
それがわがままなどと、思ってもみなかった。
確かに、ヘレーナの希望をかなり盛り込んだ采配になったと思う。けれど結果として、部下だった者たちを殺すことなく、その他の臣下達の反感を買うこともなく、終わったのだから。
戦争が終わって間もない今、何も後ろ盾のない状態で白の国へと彼らを放り込むことは、厳しい罰にも見える。どんな扱いを受けるのか、悪い方へ想像すればするだけ恐ろしい。
だから、きっと、これでよかったのだと思う。
少なくとも、ワルターだけでは思いつかなかったことだ。
「もう良い」
「……。それに、沢山の警備兵やワルター様にも、警備の面でご迷惑をかけてしまいました」
確かに、ヘレーナが反逆者達と直接顔を合わせる事になってから、入念に警備計画を練った。
だが、それが迷惑などとは。
ワルターはぐっと拳を握りしめ、腹に力を込めた。
「別に、兵を動かすことなど、構わない。兵の心配よりも、お前に何かあったほうが困る」
ワルターはヘレーナのことが心配だった。
「私?」
ヘレーナは不思議そうに首を傾げる。
「……、だからっ」
何故、伝わらないのだろう?
思わず声を荒げたワルターは、ビクリと肩を震わしたヘレーナを見下ろした。
こんな風に、少しだけ言葉をかわすだけで恐れられる。それがとても辛い。