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 両腕をきっちりと縛り上げられ、身体を拘束具で固められ、王を襲った逆賊達が窓のない部屋に集められた。壁際には、精鋭中の精鋭が集められた近衛兵団。近衛兵達は戦場へ赴くような武装をしている。

 物々しい雰囲気の中、別の入口からワルターが姿を現した。

 背後に、ヘレーナを伴って。

 敷物一つない場所に素足で並べられた逆賊達は、現れた人物に目を見張った。

「分かっていると思いますが、おとなしくしていて下さい。今から、重要なお話がいただけます」

 最後に入室してきたルーカスが、逆賊達に宣言した。

 おとなしくも何も、武装した近衛兵相手に丸腰の自分達が何を出来るというのか。いや、十分な武装をしていても、ただの兵であった者が近衛兵にかなうはずなどないのに。

 身柄を拘束されたまま逆賊として裁かれる者たちは、ついに自分達の裁きの時が来たのだと、十分に感じ取った。

 用意された席に、ワルターとヘレーナが座る。


 ワルターは誰が見てもよく分かるほど機嫌が悪かった。この場にヘレーナを連れてくるのを最後まで反対したのだ。危険がゼロではないし、そもそも反逆者の目にヘレーナを触れさせるのがとても嫌だった。

 しかし、ヘレーナは自分の口から説明したいと譲らない。

 まったくもって不本意だが、ワルターが折れる形となって、今ここにヘレーナも同席させていた。

 早く済ませたほうがいいだろう。

 ワルターは前置きもなしに話し始めた。

「お前達の処分が決まった。心して聞け。ヘレーナ……」

「はい」

 事情を知らぬ者はそのやり取りだけで、驚きに目を見開く。

 そもそも、反逆者を処罰するのは王だ。だが、それを執行する者は他にいる。反逆者達は王の目に触れぬまま処分されることのほうが多い。だから、今回のように王自ら反逆者に向かい合うことがまず珍しい。

 しかし、ワルター王はそれを自分ではなく王妃に促した。

 王妃が、何故……?

 皆疑問を抱きながら、静かにヘレーナを見ていた。

 呼ばれ、ヘレーナが立ち上がる。そのまま歩き出し、今度はワルターが慌てた。

「ま、待てっ。何を考えている。止まれ!!」

「え?」

 ヘレーナが二歩ほど歩いたところで、ワルターがヘレーナの腕を掴み強引に引き止めた。

「お前はっ。ここをどこだと思っているのか!!」

 ビリビリと、ワルターの怒鳴り声で壁が震撼したと感じる。

 あまりの怒りに、近衛兵さえもピタリと呼吸を止めその場で固まってしまった。

「あの……。ですから、説明を」

 弱々しい声で、再び時間が進み始める。

 ヘレーナはちょっと変だな、と言う感じで、小首をかしげてワルターを見ていた。

「何故、近づく必要がある? 座って話をしろ」

 ますます不機嫌になったワルターは、あまりの怒りに肩を震わせながらヘレーナを引きずった。

「けれども、きちんと向きあって話をしたいのです。それに、私の声では、あちらまで届きません」

 半分ワルターに抱きかかえられるような形になっても、ヘレーナの決意は変わらなかった。

「お願いします。私はあの者たちと話がしたい」

 ワルターにヘレーナの指先の震えが伝わってきた。それが、自分に怒鳴られたからだと思い、少しだけ罪悪感が湧いてくる。

「何かあったらどうする」

 ワルターは必死に怒りを抑え、ヘレーナに問いかける。

 無茶をしたヘレーナをここで抑えこんでしまいたい。けれど、何故か力任せにそうすることができなかった。

「その時は、私を守って下さい」

 ぎゅっと、ヘレーナがワルターの袖を掴んだ。

 ヘレーナは、まだ震えている。

「ああ。守ってやる」

 ……仕方がなかった。

 何故だか、ワルターはヘレーナに頼まれると、願いを叶えてやりたいと思ってしまうのだ。

 しかし反逆者達にヘレーナを一人で近づける訳にはいかない。

 ワルターはヘレーナを伴って、反逆者達の前に立った。

「では、はじめに。お名前をお聞かせ下さい」

 ヘレーナが最初に言った言葉に、反逆者達は戸惑いながらお互いの顔を見合わせた。

 あれほど憎んでいたはずの王妃が目の前に立っているのに、もはや憎しみの感情が湧いてこない。ワルターに怒鳴られても自分を曲げない姿を見てしまったからなのか。襲った相手に平然と笑いかける事ができるのは、並大抵のことではないと気がついたからなのか。

 どちらにしても、何日も何日も厳しい尋問をうけ、王妃を憎む力が無くなっていたのも事実だ。

 反逆者達は、黙ってヘレーナを見上げる。

 その横から、とんでもない殺気が広がっていた。

『貴様ら、ヘレーナを泣かしてみろ。滅ぼすぞ……!』

 誰に確認せずとも見て取れる、明らかなワルターの殺気。

 触れるだけで、自身が消滅してしまいそうだ。反逆者達は真っ青な顔をして黙りこんでしまった。

「あなたは? お名前を教えて下さい」

 ついにヘレーナが、一番右に膝をついていた者に直接尋ねた。

「……ヨハンにございます」

 反逆者の一人、ヨハンは言葉を選び震える声で返事をした。真っ直ぐ王妃を見たかったが、そうすると隣でとてつもない殺気を発しているワルターに射殺されそうなので、目を伏せる。

「あなたは?」

 ヨハンの隣で同じように戸惑っていた青年は、かすれた声で答える。

「フランツです」

 ヘレーナは一人一人に、同じように名前を促した。

「マルクです」

「パウルです」

 最後に、ヘレーナと直接話をしたことがある青年が答えた。

「私はゲオルグです」

「わかりました。ヨハン、フランツ、マルク、パウル、ゲオルグ。あなた達にはぜひ白の国へと行っていただきたいのです」

 その言葉を聞いて、ヨハン、フランツ、マルク、パウル、ゲオルグの五人は、一斉に青ざめた。

 うち首になるのなら、それでも仕方がないと。

 処刑されるのなら、それだけのことをしたのだと。

 この日が来るまでに、幾度も思い返し達観したと思っていた。

 自分達が白の国に行くなど思ってもみない事だった。

「アルブスでは、重い資材を運ぶ者が不足しています。まだまだ復興に力が必要ですので、どうか白の国の力になって下さい」

 ヘレーナは胸の前で手を組み、祈るように求めた。

 しかし、力仕事のためにわざわざ逆賊となった自分達を送るとは思えない。痛み分けとはいえ、つい最近まで戦争をしていた相手の国へ行くのだ。どんな扱いを受けることか。想像に難くない。

 ヘレーナの扱いがそうで在ったように、自分達もまた手酷い扱いを受けるだろう。いや、ヘレーナは王妃という重要な立場で黒の国にやってきた。しかし、自分達は何の後ろ盾もない。嬲り殺されるか、死なない程度の拷問を繰り返されるのか……?

 いっそ、処刑にしてくれたほうが良かったと、思うようになる……?

 ゲオルグは、それでもヘレーナへ向けて顔を上げた。

「それが、王妃様の決定とおっしゃいますか?」

「はい。しばらくは習慣の違いに戸惑うかもしれませんけれど……。ぜひ、白の国をその目で見て下さい。そして、沢山の人と話してみて」

 決断するには、弱い言葉だった。

「話す、のですか?」

「はい。どうしても許せない相手が、一体どういう人達なのか。戦いではなく、日常で、感じてみてください。そして、あなたが本当に戦争を終わらせるにはどうしたら良いのか、考えてください。答えが出るまで」

 戦いではなく、どうしても許せない相手の日常を。

 ヘレーナが庭園で交わした約束を忘れていないことに、ゲオルグは驚く。その場凌ぎの言葉ではなかったのかと。

 まだゲオルグは自分の中で戦争に区切りがついていないのだ。それを、ヘレーナは分かってくれたのだろうか。

「……。わかりました。私は、白の国へ行きたいと思います」

 真っ先に、ゲオルグが決断した。

 まだ白の国を憎む気持ちが無いわけではない。しかし、もう戦うのは嫌だと思っている。それに、ヘレーナに完全に毒気を抜かれてしまったとも思う。

 最終的に、他の四人も白の国へ行く事を決めた。


 その日の業務を終え、ワルターはヘレーナとともに自室に戻ってきた。

「ワルター様。私のわがままを聞き入れてくださって、ありがとうございました」

 目の前で頭を下げるヘレーナを見て、ワルターは首を傾げた。

「わがまま?」

「はい……。あの、ゲオルグ達の処遇のことです」

 ああ、と。曖昧に頷く。

 それがわがままなどと、思ってもみなかった。

 確かに、ヘレーナの希望をかなり盛り込んだ采配になったと思う。けれど結果として、部下だった者たちを殺すことなく、その他の臣下達の反感を買うこともなく、終わったのだから。

 戦争が終わって間もない今、何も後ろ盾のない状態で白の国へと彼らを放り込むことは、厳しい罰にも見える。どんな扱いを受けるのか、悪い方へ想像すればするだけ恐ろしい。

 だから、きっと、これでよかったのだと思う。

 少なくとも、ワルターだけでは思いつかなかったことだ。

「もう良い」

「……。それに、沢山の警備兵やワルター様にも、警備の面でご迷惑をかけてしまいました」

 確かに、ヘレーナが反逆者達と直接顔を合わせる事になってから、入念に警備計画を練った。

 だが、それが迷惑などとは。

 ワルターはぐっと拳を握りしめ、腹に力を込めた。

「別に、兵を動かすことなど、構わない。兵の心配よりも、お前に何かあったほうが困る」

 ワルターはヘレーナのことが心配だった。

「私?」

 ヘレーナは不思議そうに首を傾げる。

「……、だからっ」

 何故、伝わらないのだろう?

 思わず声を荒げたワルターは、ビクリと肩を震わしたヘレーナを見下ろした。

 こんな風に、少しだけ言葉をかわすだけで恐れられる。それがとても辛い。

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