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18

 今朝の出来事である。

 一緒に朝食をとっていると、珍しくヘレーナがワルターに話しかけてきた。

「園庭の近くにある芝生で休憩をしたいのです」

 ヘレーナから、はっきりとした希望が伝えられる。

 芝生で休憩? すれば良いのにと思う。そこまで自分に断る必要があるのだろうか。

 ワルターは、思いつめて思いつめてついに口にしました、と言うような必死な表情のヘレーナを不思議な思いで眺めた。

「……、駄目でしょうか?」

 ワルターが返事を渋っていると思ったのか、ヘレーナが悲しげに俯く。

「ああ、いや。別に構わない」

「ありがとうございます。それで、あの……。野生の小さな花を少し摘んでも良いですか?」

 芝生で休憩しながら花を毟ることに何の意味があるのか。

 よく分からなかったが、特に危険があるわけでも無さそうだ。芝生の立地、毒草の有無、警備の配置など、問題がないか確認して許可を出した。

 ルーカスと将軍を自室に招いて会議をする間、ヘレーナは園庭の散策に出かけた。


 そして今、ワルターは芝生に座り何やら楽しげに話し込んでいるヘレーナとユリアを遠くから見ていた。

 園庭までヘレーナを迎えに来たのだ。

 何故かヘレーナの迎えをルーカスに勧められてしまった。近衛兵が行くよりもワルターが直接行ったほうがいいと言う。あれほど必死のルーカスも珍しい。首をひねりながらも、ワルターはいそいそとヘレーナを迎えに来たのだ。

 近づくにつれ、二人の笑い声がはっきりと耳に届く。

「ヘレーナ様、本当にお上手です! こんな風に繋げると、本当に花の冠ができるなんて! 女の子が花を繋げるなんて、物語の中だけだと思っていました」

「懐かしいわ。天気の良い日には妹と一緒に沢山作りました。しばらく作っていなかったけれど、手が覚えているんですね」

 迎えに来たは良いが、何と声をかければいいのか?

 楽しげに会話する二人に、ワルターは無言で近づいた。

 足音が聞こえたのだろう。二人がワルターに気づき、立ち上がった。

 ヘレーナの手には、小さな花が輪っかになって繋がっているものが握られている。そもそも花を摘んで遊ぶという発想のないワルターに、それは奇妙なものに映った。装飾品にしては頼りないし、価値のある花でもないと思う。

「それは何だ?」

 思わず、ヘレーナの手にある花の輪を指さしていた。

「……。ワルター様、少しかがんでいただけますか?」

「は?」

 まったく意味がわからなかったが、とりあえず言われた通りに身をかがめる。

 ヘレーナは両手で花の輪を持ち上げ、そっとワルターの頭に乗せた。

「花冠です」

 ふわりと、花の香りがした。

 草の匂いも。

 見ると、ヘレーナのドレスのあちこちに花びらや草っぱが付いている。どうやら、ずっとここで作業していたようだ。

 恐る恐る、頭上に乗せられた物を触ってみる。

 なるほど……花で王冠を作ったのかと、一応理解したようなつもりになった。

 しかし、何と言って良いのか分からずヘレーナへ視線を戻す。ばちりと視線が交差し、瞬間、ヘレーナがにこやかに微笑んだ。

 花冠を乗せられた時よりも、更に大きく鼓動が跳ねる。

 動揺を悟られないよう、厳しい表情を作り咳払いをした。

「随分楽しそうだな?」

 殊更厳しい声が出てしまう。

 ワルターの言葉を聞いたヘレーナは、さっと表情を変えた。今までの柔らかい表情が、一瞬で緊張した無表情になる。

「はしゃぎすぎてしまいました。申し訳ありません」

 ……違うのに。責めるつもりはなかった。ただ、照れを隠したかっただけだったのに。失敗したと思ったが、つらつらと言い訳できなかった。また、そこまで自分は怖いのかと若干ショックでもあった。

 ふと、ヘレーナの隣を見る。

 ヘレーナの王冠に比べ随分と不恰好な……おそらく、ユリアが作ったのであろう花の輪を弄びながら、ユリアが呆れた表情でため息をついていた。

 視線が痛い。

 このままではいけないと思う。

 ワルターは、必死に言葉を探した。

「……。昼食後は、件の捉えた兵に会うのだぞ? 危険だとは思っていないのか? 心配はないのか?」

 本当は、もっと別のことを言いたかったのだが、どうしても事務的な事しか話にできなかった。

 今日は、昼食後ヘレーナと捉えた青年兵を面会させる。

 そこで白の国へ派遣されることなどを説明するのだ。捉えた兵を白の国へ派遣することについて、議会からは特に反対の声は上がらなかった。むしろ、まだ敵対心のあるかもしれない国へほとんど味方のいない状態で送り込まれることが、それだけで刑罰になると受け止められた。

 白の国へは、すでに親書を送ってある。

 派遣の内容などを、次の会談で決めることになるだろう。もし万が一派遣を断られたのなら、兵たちはそのまま国外追放だ。体の数カ所を破壊して、戦う力を根こそぎ奪って、自分を守ることさえもままならない状態で放り出される。すなわち、生きていくことは難しいだろう。それを思うと、白の国に派遣が出来れば、とは思うが……。

 はたして、白の国はこの提案を受け入れてくれるだろうか。

 こんな曖昧な状態で、しかし兵たちには決断を迫らなければならない。

 白の国へ行くと言えば、派遣のため研修が始まる。当然、白の国で問題を起こさぬよう、しっかりと教育しなければならない。断れば……、無残な状態で国外追放だ。兵たちには厳しい選択だが、王を襲ったと言う事実がある限りこれ以上の待遇はない。

 それを伝える場に、ヘレーナも同席したいと言う。

 危険を感じないのだろうか?

 怖くはないのか?

 こんなところで、花冠を作って優雅に笑っていられるものなのか?

 ワルターの疑問に答えるように、ヘレーナは顔を上げた。

「ワルター様が守ってくださると、仰ってくれたこと信じております」

 その言葉を聞いて、ワルターはまた一つ大きく心臓が鳴る。

 確かに、ワルターはヘレーナを守ると言った。その言葉をしっかりと聞いていてくれたのだと思うと、嬉しくなった。ワルターのことをヘレーナは信じると言った。それがどうしようもなく、強い絆のように感じられた。

「そうか、なら良い」

 そもそも、昼食のために迎えに来たのだった。

 ワルターはくるりと踵を返し、二人を屋敷へと促した。

 歩き始めると、頭の上の花冠が落ちそうになる。ズレた花冠を手で直しながら、食堂に入った。

 背後で、慌てたようなヘレーナの声がする。

「わ、ワルター様。花冠を……!」

「は?」

 振り向くと、ヘレーナが必死に手を伸ばしていた。

 だが、ワルターが屈まなければ、ヘレーナの手はワルターの頭には届かない。

 そもそも、花冠が何だというのか。ワルターは首を傾げ、花冠を触る。

「花冠は外されたほうがよろしいのでは?」

 ヘレーナを助けるように、ユリアが言った。

 ああなるほど、食事に花びらが入るとまずいのか、と。ワルターは考え、花冠を小脇に抱えた。


 食事の間中、使用人達がチラチラと花冠を見ていた。

 意味ありげにワルターとヘレーナを見比べる者も居る。

 そんなに花冠が珍しいのか。それとも、ヘレーナに花冠を貰った事が羨ましいのだろうかと、ワルターは不思議に思っていた。不思議と、苛ついて使用人達を怒鳴りつける気持ちはなかった。ヘレーナから花冠を貰ったのが自分だということが誇らしかったのかもしれない。

 花の香がするヘレーナと花冠を大切に扱うワルターが、傍から見ればまるで二人で園庭で戯れていたように見えるなど。ワルターには考えもつかないことだった。

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