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幕間。ルーカス

「隊長。俺はもう嫌です」

 王を守るため強靭な肉体と精神を持ち、騎士の中の騎士、聖騎士から選ばれた近衛兵。

 その、近衛兵であるはずの部下が、表情を失くして訴えている。

 ルーカスは書類を仕分ける手を止め、部下に向きあった。

「しっかりしなさい。あなたは選ばれた近衛兵なのですよ?」

 一応、形ばかりの激励をするが、部下の表情はまったく晴れなかった。

「しっかりなど、もう無理です。この上は、近衛の任務を他のものに譲り、引退を考えます」

 きっぱりと言い切る部下を見て、ルーカスはため息を必死にこらえる。

 この訴えを直訴に来たのは、すでに四人目。

 どうせ同じようなことだろうと思いながらも、ルーカスは優しい口調で切り出した。

「あなたはまだ引退など早い。私も黒の国もまだあなたを必要としています。何がありましたか? ここでの会話は通常の任務には影響しませんし、他の規則違反に抵触する内容でも不問にします。話してみて下さい」

 とにかく、どんな内容であろうとも部下を罰することなどしないと言って聞かせ、話を促した。

「俺はただ、風で飛ばされた王妃様のカーディガンを木の上からお取りして渡しただけです。それなのに、手が触れたと王が大変ご立腹されて……。それ以来、王妃様の護衛につくたびに王のイライラした殺気が背中に突き刺さるのを感じています。まあ、飽きもせず、ねちっこい殺気です。通常の任務についているときには、まったく不満はありません。ですが、王妃様の護衛は二度としたくありません。王の視線で俺が殺されそうです。なんですか、まったく。王は神経質になり過ぎでは? と言うか、たった数秒、カーディガン越しに手が触れたことが何の罪になると? 近衛に任命されてはや数年。王との関係を良好に築いてきたつもりでしたが、王があれほど嫉妬深いとは思いもしませんでした」

 よほど鬱憤が溜まっていたのだろう。

 部下は、王妃の護衛の不満を、一気にぶちまけた。

 一人目の時は、王妃の髪が風に吹かれ近衛兵の服に絡み付いて、その場を王に目撃されたということだった。

 二人目は、護衛の礼を直接王妃が近衛兵に伝えて、そのまま談笑しているところに王が通りかかったとか。

 三人目は、王妃が階段を降りる時に、手すりの状態が良くなく手を貸したのが原因だったか。

 記録に残すのも馬鹿らしい、失笑レベルの嫉妬だ。

 しかし、相手があのワルター王だから、笑ってばかりもいられない。王の凄まじい殺気を常に浴びながら任務を行うのはあまりにも酷だ。

 だが近衛兵以外の者に王妃の護衛など任せられない。

 結局、ルーカスは四人目の不満を爆発させた部下にも、それまでの部下と同じような言葉をかけるしかなかった。

「わかりました。あなたをその様なことで失いたくありません。王妃様の護衛は別の者にお願いすることにします。しばらく休んで通常の任務に復帰して下さい」

「ありがとうございます隊長。思い切って隊長に打ち明けて良かったです。それでは、しばらくの休息後、通常任務に戻ります」

 言いたいことを言ってすっきりしたのか、部下はルーカスに礼をして部屋を出た。

 由々しき事態だ。

 このまま王妃の護衛を近衛が行なっていくことが、難しくなってきた。

 何とかしなければならない。

 ルーカスはまた一つ懸案事項が増えたことにうんざりとしながら、書類の仕分けを再開した。


 懸案事項といえば、王や王妃に盛られた毒の件もある。

 調査をはじめた頃は、犯人を捕まえそれこそ打首にでもしてしまえばと軽く考えていた。だが、それも、簡単には行きそうにない。

 書類をまとめて腕に抱え、暗い廊下を進む。

 やがて目的の部屋までたどり着き、気持ちを引き締めるため小さく一つ息を吐いた。

 扉の向こうから、穏やかな声がルーカスを誘う。

「お待ちしておりました、ルーカス。さあ、お話しましょう?」

 どのような状況でも、自分よりも位の高い者に非礼があってはいけない。

 ルーカスは姿勢を正し最敬礼をして扉を開けた。

「お話とは何でしょうか」

「そんな。近衛兵隊長殿は、時候の挨拶も知らないと? まあ、ゆっくりしていきなさい。ここには沢山の時間がある。忙しいお前を呼び出したのは悪いと思っている。けれど、どうしてもじっくり話が」

「ご存知の通り、多忙ゆえ手短にお願いします」

 長くなりそうな相手の話をバッサリと切り捨てる。

 そんなルーカスの様子に気分を害したのか、向かい合う相手はふんと鼻を鳴らし鋭い視線を向けてきた。

「では言おう。お前が調べているのは、訓練用の毒の使用者と、その一族だな」

「……」

 かなり派手に聞き込んだので、ルーカスが毒を調べていることが知れ渡ったのだろう。その上、毒の使用申請者のみならずその一族背景にまで調べる手を伸ばしている。そうされてまずい者が必ずいるのだから。

 相手の言葉に、沈黙で返す。

 しかし、否定しないということは暗に肯定した事にもなる。

「お前は優秀な探偵ですね。とても、戦闘能力が自慢の近衛兵とは思えない。毒の使用を申請した者だけを調べているうちはまだ良かった。それが、その一族までも調べると。その徹底した調査方法には執念を感じた。だが、やり過ぎだ」

「それを、貴方様に判断していただくいわれはありませんが」

 一応、返事をするが、相手はルーカスの言葉など聞く気は無いようだった。

「お前の守るものは何だ? お前が大切に思う者は?」

「……」

 身を乗り出す相手に、沈黙を通す。

 相手の瞳に狂気が点った気がした。

「言ってみなさい。それは、黒の国アーテルだ!! 違うか? いや、違わない。お前は黒の国の王を守る近衛兵隊長です。それはすなわち、何をおいても黒の国を守る者の頂点に立つということ。だからこそ、お前はその、毒の調査をそれ以上進めてはいけない」

 色々言いたいことはあったが、ルーカスはグッと堪え相手の言葉を漏らさず聞いた。

「調査を進めれば、いずれ私にたどり着く。はっきり言おう、あの女の食事に毒を仕込んだのは私の指示だ。あの女が、この国の王妃など、認める訳にはいかない。黒と白が混ざり合うなど、もってのほかだ。だから、あの女は排除する。混じりない黒の一族が治めてこその黒の国だ。分かるだろう? お前も、黒の国を守るものとして協力して欲しい」

 あろうことか、毒を盛ったことを誇らしげに告げられる。

 ルーカスは目の前の人物の、危うい思想や考えを少しでも顕にしようと考えていた。

「何を言われているのか、私には分かりかねます。王妃様はすでに議会に参加されるまでになりました。議会内でも、王妃様の発言を認められていますが」

「それは、表向き賛成している者も沢山混じっている。私の同士がな。今は油断させておけば良い。子供を成すまでに、一度だけ殺す機会があればそれで良い。皆、そう考えているさ。我々の崇高な思いだけあれば、あの女に一時的に頭を垂れるなど安いものだ」

 ニヤニヤと、向かい合う相手の口元が緩む。

 こんな、狂気に満ちた考えで自分を従わせることができると、思われているのが不愉快だった。相手の仲間や規模を確かめる仕事とはいえ、言われっぱなしになっているのも癪に障る。

 だが、ルーカスは自分の思いを強靭な精神で押さえこみ、ポーカーフェイスを貫き通した。

「やはり、私には分かりかねます。お話が以上なら、これで失礼します」

 くるりと踵を返したルーカスに、背後からはっきりとした声が聞こえる。

「待ちなさい。肝心の話が抜けていたな。今調べている毒の件。王に報告するなら、私へとたどり着く部分は削除しなさい」

「私に命令することができるのは王のみです」

 いっそ、振り向いて思いつく限りの罵声を浴びせかけてやりたい。その上で、生きたまま腸を引きずり出し、手足を引きちぎって磔にしてしまいたい。そろそろ自分の聖剣を持って来なかったことを後悔し始めていたところだ。

 だが、それでも、犯人の特定となる証拠や仲間を確実に抑えるまでは、裁くことができない。個人的に裁く権利も持ち合わせていない。

「そうかな? ルーカスは我々、真の黒の国を願う同士の言葉を、聞いてくれると思っていますよ? 貴方の大切な奥方は、確か戦争で体を壊し毎日薬を飲んでいますね。これは可能性の話ですが、奥方の薬が貴方の手元にまったく届かない事故が数ヶ月にわたって起きる……、ということが無いといいですね?」

「薬の流通は上位貴族や王族の特権で止まるものではありません」

「ええ、そうでしたか? けれども、これからの貴方の行い次第では……、わかりますか? 分かっていただけると、私は嬉しく思います」

 クスクスと、嫌な笑い声が狭い部屋にこだました。

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