16
幽閉の塔は、王宮から少し離れた場所に建てられている。
表向きの存在理由はすぐに処分の出来ない位の高い者を幽閉する場所ということになっているが、つまりは王族の反逆者を捉えておくための檻だ。
各部屋には念入りに黒の力を抑え込む呪術が施されており、ここに幽閉されてしまえば戦う力をほぼ失ってしまう。
例に漏れず、カタリーナも戦う力を失い、ベッドに小さくなって腰をかけていた。
その姿が痛々しくて、ワルターは目を背けてしまいそうになる。
「……、カタリーナ」
それでも、カタリーナには色々聞かねばならないことがある。
声をかけると、カタリーナははっと顔を上げ扉の近くまで駆け寄ってきた。
「兄様っ! どういう事なのです? 何故私がこんなところに閉じ込められなければなりませんの? ここは、反逆者を捉えておく……檻ですのよ!!」
戦う力を抑えられているだけで、勢いは変わらないらしい。
怒りの形相で、ワルターを問い詰めてくる。
「それは、お前が反逆者だからではないのか?」
「なっ……!」
信じられないとでも言いたげな表情で、カタリーナはワルターを凝視した。
「お前は俺を襲った賊を手引きした。いや、むしろけしかけたという情報もある。お前は間接的に王襲撃を教唆したのではなかったか?」
「はあ? 私が兄様を襲うですって? 冗談じゃありません! 何故、私が黒の国の王を襲わなければならないの? 私が王妃になるには絶対に兄様がいなければいけないのよ? いいえ、それよりも、これまでこの国のため身を粉にして働いてきた私が、反逆者? ありえません」
はっきりと言い切るカタリーナに、ワルターは内心ため息をつきたくなった。
だが、ここでお互いじっくりと話しあわなければ、今まで国のために力の限り尽くしてきたカタリーナを切り捨てなければならなくなる。
いや、議会ではもはやカタリーナを永久に王宮から追放したほうがいいとの意見も出始めているのだ。
話し合うのが遅すぎたと、ワルターは感じていた。
けれど、やはり一度はきちんと話を付けたほうが良いとも思っている。
「俺は、園庭で襲われた。その事実は、認めるか?」
「だから、それは兄様ではなくて、あの女が狙われたのでしょう?」
「俺のすぐとなりに居た、な。襲撃があったことは認めるのだな」
普段ならば、カタリーナの威勢のいい言葉に鼻息を荒げて反論するか聞く耳を持たずに遮断するかのワルターだったが、今日ばかりは粘り強く話そうと思っていた。
ワルターの様子が違うことに気づいたのか、カタリーナはしばらく考え頷いた。
「そうですわね。園庭で、襲撃がありました」
「お前は俺の目の前で賊を手引きしたと言ったな」
「ええ、言いましたが」
これだけの話を引き出すのにも、ワルターは疲れを感じている。
会話の内容だけ拾うならば、王を襲った賊と手引きしたカタリーナが反逆者だ。
だが、なんとなくしっくり来ない。
あまりにもカタリーナが堂々としすぎるのだ。しかし、ワルターは自分の中のモヤモヤを言葉にできず、沈黙するしかなかった。
「よろしいでしょうか?」
そんなワルターを見かねたのか、ルーカスがワルターの後ろから手を挙げた。
「よろしい。許可します」
何故か閉じ込められているカタリーナが発言を許可し、ルーカスが話し始めた。
「失礼ながら、カタリーナ様。賊を手引きしたと知れれば、反逆者の烙印を押されることになる。それに気付かないわけがない。何故、王にあっさりと手引きの件を伝えたのでしょうか?」
ゆっくりと確認するように話したルーカス。
なるほど、確かにカタリーナは馬鹿ではない。手引きしたことを責められても、何故これほど余裕のある態度なのだろう。
そうだ、カタリーナは怯えも戸惑いもない、まったくの普段通りなのだ。
これが感じていた違和感だと、ワルターは得心がいった。
皆の注目を集めるカタリーナは、ふんと鼻を鳴らした。
「あら、だって。あの女を襲ったって、罪にはならないでしょう? 兄様があんな連中にやられるわけ無いのは周知の事実。だから、例え兄様があの場に居たとしても、兄様が目的ではないことくらい誰でもわかります」
当たり前のように言い放たれた言葉に、ルーカスは眉をひそめた。
「待て。何故ヘレーナを襲っても罪にはならないと?」
「だってそうでしょう? 憎い白の国の王族ですのよ? 遅かれ早かれ排除しなくてはいけない女です。けれど、あの女はずっと王宮にこもりっぱなしで、大胆にも正妃の部屋に居座って、それでは事故も起こせない。だから、あの日庭園にあの女が出ることを知って、襲わせてやったのです。黒の国の王族として、当然のことをしたまでですわ。それを、賞賛を得られるならまだしも、責められるなんてありえないわ」
ここだ、と、ワルターは思う。
執務室にカタリーナが踏み込んできた時からずっと感じていたズレ。
「ヘレーナを傷つけることは許さない。この国の王妃は、俺の妻はヘレーナだ。お前の前提は分かったが、それは違う。ヘレーナを襲うことも、俺を襲うことと同じ……、いや、俺の怒りが上乗せされる分、それ以上の罪になる」
「……は」
迷いないワルターの言葉に、カタリーナは言葉をつまらせた。
だが、すぐに気の毒そうな表情を浮かべ、諭すようにワルターに語りかける。
「兄様。ここには信頼出来る者しかいないのでしょう? だったら、お芝居はいいの。兄様の本当の気持を聞かせてくれたら、それでいい」
「芝居、だと?」
「ええ。ここなら誰も見ていない。少しの情報ももれないわ。なるほど、幽閉の塔であることが有利になったわね。兄様、白の国を重んじる芝居はここでは不要です。それよりも今後の、再び開戦された場合の対処を話しあうべきでは?」
思ってもみない言葉を、カタリーナから聞かされる。
ワルターは慎重に、言葉を選びながらカタリーナに言葉を返した。
「俺は、お前の言う芝居など、してはいない。今も昔も、俺は本心から話す。俺がそんな駆け引きを苦手としているのは、お前がよく知っているだろう?」
「けれど、兄様はあの女を尊重するような芝居を演じて……」
「だから、それは別に芝居では」
芝居ではなくて、本心からヘレーナを大切に扱っているのだと。何故かはっきりと言えなかった。妙に照れくさい。先ほどの将軍との会話のせいだと、ワルターは密かに将軍に罪をなすりつけた。
「それに、なんだって? 再び開戦とは?」
聞き捨てならない言葉は、これだ。
「だって、この停戦状態がいつまで続くのかしら? 何かお互い気に入らないことがあれば、すぐにでもまた戦争が始まります」
「停戦ではなく、終戦だ」
ワルターの訂正を、カタリーナはせせら笑った。
「言葉遊びは必要ないわ。白の国との争いが止んだことなどありまして? ずっと続いてきたの。生まれた時から、黒の国の王族として、白の国を憎むよう教育されてきたはずです。それを、先代の教えを国のトップである兄様が破ることなど、あってはならないわ」
「だがもう先王はいない」
「けれど、父の思いを受け継ぐのが子供の役目です」
その言葉は、ワルターを諭したものか。
いやむしろ、と。ワルターはじっとカタリーナを見据えた。
「お前の父ももういない」
「いいえっ。いいえ、父は、父の思いは生きていますっ」
カタリーナが、声を荒げる。
ワルターと同じように、白の国を憎めと教えこまれたカタリーナ。王妃になると、強く願っているのも、それが父の命令だからだと、改めて思い知らされる。
「俺は、もう父の人形はやめた。お前も、そろそろおしまいにしたらどうか」
父と子の関係は、操り操られる人形遊戯ではない。それを教えてくれたのは、ヘレーナと白の王だった。
ワルターの言葉に、カタリーナは怯えた表情を見せる。
肩が震えているのもわかった。
「……。やめるって、どういう事、ですの?」
「言葉の意味そのままだ」
「では、ではこれからどうやって生きていくと?! もう白の国とは戦争をしないの? あの女はどうするの? わからないことを言わないで!!」
半狂乱になりながら、カタリーナが叫んだ。
だが、ワルターは意見を変える気はない。
「普通に。王として国を治め、白の国と国交を深め、ヘレーナはずっと俺のそばに居てもらう」
「はっ。あの女と、子供でも作るとでも?」
「それも良いな。まあ、世継ぎの問題もあるが、俺は側室はいらない」
今度こそ、カタリーナは壊れたように呆然と立ち尽くした。
「あはは。はは」
乾いたカタリーナの笑い声が響く。
「なにそれ、オカシイわよ? だって、白の国との子供を、世継ぎに? そんな事をしたら、今度こそ黒の血筋を重んじる臣下から見放されるわ! はは。兄様、それはオカシイ冗談だわね」
「冗談を言ったつもりはない」
「だったら!! だったら、何故その様な? あはは。なにそれ、兄様、あの女を愛しているとでも言うおつもり?」
「……」
あはは。
はは。
は。
カタリーナの笑い声がしぼんでいく。
ワルターは、カタリーナの言葉に答えず、静かにカタリーナが収まるのを待った。
「オカシイわ」
ポツリと、一言。
カタリーナはそれ以上言葉にはしなかった。
やがて幽閉の塔に沈黙が訪れる。
ワルターは頃合いを見計らい、再びカタリーナに問いかけた。
「では、本題だ。ヘレーナを襲っても罪にはならないと、お前に吹き込んだのは誰だ?」
重要な誤字がありましたので、訂正しました(09.16)