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話は本筋に戻ります。ワルター寄りの視点になります。

 議会が終わり、ワルターはその日もヘレーナを寝室に呼んだ。

 行為が終わった後もヘレーナを離さず、彼女のやわらかい髪を一房、手のひらですくってみた。最近こんな風にヘレーナに触れる時間が長くなっている。まだ離したくないと言うモヤモヤした気持ちが胸に渦巻くのだ。

 その気持が、ワルターには分からない。

 執着ではないとは思う。

 自分の下で息を弾ませるヘレーナを征服したという満足感か。

 それとも、か細い腕を掴んだ時に感じる庇護欲を満たし足りないのか。

 自分でも戸惑うけれど、やはりヘレーナを離すことができずにこっそりため息を付いた。自分のことが分からないなど、なんとも不甲斐ない。情けない自分にため息が漏れるのだ。

 ヘレーナは黙ってされるがままになっている。

 何か話しかけたほうがいいのだろうか?

 たったそれだけのことも、わからなくなる。

 ヘレーナは今までワルターが相手をしてきた黒の一族の女とはなにもかも違う。身体の大きさも、がっしりとした黒の一族の女とは程遠く小さく細い。胸だって、正直豊満な黒の一族の女とは違い、非常に小ぶりだ。勿論、顔の造形は整っているとは思うが……。だから、戸惑ってしまう。何度抱いても、今まで培ってきたことがまったく役に立たないのだ。それに、こうして行為が終わった後も、黒の一族の女ならもっと大胆に大声でワルターに話を振るだろう。

 それが、ヘレーナは、黙ったままで……。

 しばらくヘレーナの髪で遊んでいたワルターだったが、そろそろ寝かせたほうがいいだろうと思う。

 ヘレーナは、ワルターが寝ろと言うまで寝ないのだ。

 そもそもヘレーナに命令することしかないワルターだったが、ここまで従順にされると逆に居心地が悪い時もある。少しだけでも、したいことを言ってくれれば良いのに。眠りたいのなら眠いと。腹が減ったのなら食べたいと。主張してくれれば……。

 ワルターはそこまで考えて、はたと気がつく。

 ヘレーナがそう主張したところで、自分はどうするのだろうか。最初に、何も期待するなと通達したのは他ならぬワルター自身なのだ。それが、今になってヘレーナが眠りたいと主張したら、”わかった、ゆっくり休むといい”などと言えるのだろうか?

 いいや、自分にはそんな優しい言葉を口にできそうもない。

 せいぜい悪態をついてヘレーナを困らせる姿が目に浮かぶ。

 ワルターは自分の考えを振り払うように咳払いをしてヘレーナを見た。

「もう寝ろ」

「……はい」

「いや、待て」

 微かに頷くヘレーナを見て、ワルターは思い出す。

「何故、俺を助けるような事を言った? カタリーナは黒の直系だ。政に特化したと本人は言ったが、戦いになればお前など一捻りだぞ」

 怖くはなかったのだろうか。おそらく力ではかなわない。カタリーナは勢いもあるし、弁も立つ。あんな風に責め立てられ、恐怖を感じなかったのか。

 凛として怯まず真っ向からカタリーナに意見をぶつけた姿は、本当に勇ましかった。

 あのカタリーナにあれほど言える人間を、ワルターは今まで亡き父王以外に見たことがない。

 ヘレーナは、少しだけ考えるように首を傾げ、口を開いた。

「ワルター様は、私を黒の瘴気から遠ざけてくれていますか?」

「そ……」

 質問に質問が返ってきて、ワルターは言葉に詰まる。

 それは……、そうなのだが。

 一度首飾りを壊してしまい、それ以来弱っていくヘレーナを見て、ワルターはひっそりと術をかけた。黒の力を自分へ向ける術は、誰にも知られること無く使っていたはずなのに。

 何故バレたのだろう?

 秘密にしていたことを言い当てられ、ワルターはしどろもどろに言い訳をした。

「それは……、お前は白の国との……橋渡しの役がある。死んでもらっては……困る」

 何故だか自分の言葉にしっくり来ないが、ワルターはそっぽを向いて言葉を切り上げる。

「もし、ワルター様が私を王妃として受け入れてくださるのでしたら、私はあなたをお助けします」

「ほお……?」

「王妃として、それが私の役目だと、思っています」

 以前のワルターならば、ヘレーナに助けられることなどなにもないと怒鳴っていたかもしれない。

 けれど、ワルターはそうしなかった。

 それよりも、王妃として、と、念を押されたことに苛立った。

「もう寝ろ」

「……はい」

 話を強引に切り上げ、ワルターは目を閉じる。

 やがて隣から規則正しい寝息が聞こえてきた。

 ワルターはしばらく黙って様子をうかがい、ヘレーナが完全に眠りについてから目を開けた。

 そっと、ヘレーナの頭を撫でる。

 時々、ヘレーナが眠ってから、こうして頭を撫でてしまう。何故自分はこんな意味のないことをしてしまうのだろうか。

 不思議だった。


 翌日から少しだけ変わったことがある。

「おはようございます、王。それに王妃様」

「おはようございます」

 ヘレーナは朝からもう何度目かの朝の挨拶を口にした。

 執務室に訪れる議員や大臣が、ヘレーナに朝の挨拶を行うのだ。今までは、ワルターにだけ挨拶をして、ヘレーナはまるでいないかのように扱われていた。

 それが、今朝は皆が皆、ヘレーナにも恭しく頭を下げる。

 あのカタリーナとやりあったからだろうか?

 ワルターの疑問には、ルーカスが耳打ちしてくれた。

「皆、王妃様が王を適格者だと後押ししたことに感銘をうけたのです」

 王に復讐は似合わない。王は政もこなせるようになる。そう言い切ったヘレーナに、皆、改めてヘレーナこそが王妃であると感じたというのだ。

 もしそれが本当ならば、嬉しいことだ。

 ワルターは素直に喜んだ。


 午後からは、騒がしくなった。

 手荷物一つでユリアが城に到着したのだ。

「ヘレーナ様ー!!」

 遠くまだ豆粒程度にしか姿を確認できない女が、大声を張り上げてヘレーナを呼んだ。廊下を歩いていた皆が、一斉にその女に注目する。

 ユリアはヘレーナがなにか言う前に、弾丸のような速さで距離を詰めヘレーナを抱きしめた。

「お会いしたかったです!! 私をお側に呼んでくださってありがとうございます!! 精一杯っ。精一杯、お勤めさせて頂きますねっ。ああ、ヘレーナ様、可愛いっ」

 ユリアは周りの者が唖然とする中で、ヘレーナに心いくまで頬ずりする。

 皆と同様、唖然とその光景を見ていたワルターだったが、いち早く立ち直り大きく咳払いをした。

 今初めてワルターの存在に気づいたと言うような表情をして、ようやくユリアがヘレーナから離れる。

「アーテル国将軍が娘ユリア、お召に応え参上いたしました」

 教則本に載せたいほどの美しい姿勢でユリアが頭を下げた。

「うむ。急な用命にもかかわらず、よく来てくれた」

「ヘレーナ様。これからはずっっっと一緒ですっ。私、嬉しくて嬉しくて」

 ワルターの言葉を半分ほど聞いたところで、ユリアはヘレーナに詰め寄りうるうると瞳をうるませる。

「ユリア様……、まさか」

 されるがままに抱きしめられていたヘレーナは、ワルターを見た。

 まさか、あなたがユリアを側に呼んだのかと、問われている気がした。

 お前のために、俺が呼んだと。それだけの言葉が口から出ない。

 ワルターはそっぽを向いてごまかした。


 しかし、ユリアの態度にはワルターも驚いていた。

 城の誰の目も気にせず、ヘレーナを抱きしめる。再開した後も、さっさとヘレーナの後ろについて歩いた。多くの使用人を抱える将軍の屋敷で暮らしていたせいか、ユリアは侍女の仕事も概ね分かっているようだった。

 そして、今はワルターの寝室の隣の部屋、ヘレーナの部屋から大きな声が聞こえてくる。

「衣装が少なすぎるっ。何これ、王様は甲斐性なしなの?!」

 ユリアの声に答えるヘレーナの声は聞こえない。

「いやいやいや。だって、おかしいでしょ? 侍女の仕事で、一番のお楽しみはヘレーナ様のお着替えだよ? え、何これ。意味分からない。もっとヘレーナ様にいろんなドレスを着せ替えたいですっ」

 ユリアの声はよく通る。

 寝室で着替えをするワルターの耳まで丸聞こえだった。

 ワルターが隣にいることは当然分かっているはずなのに、こちらのことなどお構いなし。

 怖くはないのだろうか?

 戦いの王と呼ばれたワルターが、怖くない?

 ああ、そうかとワルターは納得する。

 怖くないのだろう。

 ユリアはそれだけの実力がある。本気で戦えばワルターが勝つだろうけれど、一撃で吹き飛ばされないだけの力は持っているはずだ。一撃で死なないのなら、手段はいくらでもある。

 甲斐性なしなどと罵倒されながら、ワルターはため息をついた。

 ヘレーナを色々なドレスに着せ替えたい。

 それは、きっととても楽しいに違いない。

 そんな風に考えてしまった自分に、ため息をついた。

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