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幕間。将軍家に帰る

幕間小話。一人称が変わります。

 父が久しぶりに家に帰ってくる。母の誕生会に間に合うように休暇をとったらしい。

 父と母と私。

 いつ以来だろうか、家族三人が揃って母の誕生日を祝う事になる。

 突然のサプライズに母はとってもとっても喜んだ。文字通り飛び上がって喜び、天井のヘリに頭をぶつけていた。そして、今か今かと父の帰りを待っている。屋敷の使用人達も、主の帰還に緊張した面持ちで、しかしどこか浮き足立っていた。

 私だって、久しぶりに父に会えるのは嬉しい。けれど、二十歳を超えた娘が大袈裟に父の帰りを喜ぶわけにもいかず、控えめに喜んでいる。まぁ、母が喜んでいるのは見ていて安心する。

 だって、父はずっと戦場で戦う仕事だったし危ないことも随分したはずだ。戦闘が始まると、きっと父が戦っているのだと母も暗い顔をしていた。終戦が訪れるまで、毎日毎日父の無事を祈っていた。暗くて、終わりのないトンネルを這っている気分だった。

 でも、それも終わり。

 父がまとまった休暇をとれるのも、戦争が終わったからだ。

 なんて晴れやかな気持ちなんだろう。

「もう到着してもいいはずなんだけど、どうかしらユリア?」

 母は、今日何度目かの同じセリフを口にしながら玄関を行ったり来たりしている。

「お昼前にはって、連絡だもんね。本当に、もうすぐだわ」

 母の様子が可愛らしくて、思わず笑みがこぼれた。母ほど父を思っている人物はいないと思う。まだ恋する乙女って感じだし。

 こんな両親を見ていると、結婚って良いのかもしれない、とも思う。

 けれど、私は未だ独身だ。

 そもそも、戦争が悪い。若い男はみんな徴兵されてしまった。許嫁がいたならば、それでもわずかばかりの結婚生活を味わえたはずだけれど……。残念ながら、私にはそういう相手もいなかった。だから、私が未婚なのは戦争のせいであって、たぶん、私のせいじゃないから。と言う言い訳が随分苦しくなってきた今日この頃……。

 いや、ダメダメ。

 父が帰ってくる大切な日に、暗い気分になるといけない。急いで思考を切り替え、頭を軽くふった。

 その時、玄関の外から馬車を繰る音が聞こえてきた。

 父が帰ってきたのだ。

 母と顔を見合わせる。お互い、父の帰宅を確信して、玄関の前に並んで立った。

 馬車が停車する音、革靴の足音、そして、ガチャリとドアが開かれた。

「……、お帰りなさい、あなたっ」

 その身軽さはどこから来るのか。

 玄関のドアが開かれた瞬間、母は父に飛んでいった。そのまま、父の首に抱きつき、離れない。

 いや、いいんですけどね。

「ああ、今帰った。留守を預けて済まなかった」

 父はそんな母の行いにまったく動じること無く、母を受け止め抱きしめる。

 いや、本当、いいんですけどね。

 呆れている娘に父がようやく視線を向けた。

「ただいま、ユリア」

「おかえりなさいませ、お父……さ……ま」

 そして、私は、ようやく父の背後に控えている人物に気がついた。挨拶もまともに返せなかった。だって、父の背後から、華奢で可憐な少女が顔を出したのだ。

 息が止まるかと思った。

 どう見ても、父の部下じゃない。

 この子は、あれか。見たこともないし、間違いない。

「お父様、よくもまあ、こんな日に隠し子を連れ帰りましたね?」

 瞬間、頭のてっぺんに何か衝撃が走った。それが母のかかと落としだと理解するのに、随分時間がかかった。


「では、お部屋までは執事が案内します。他に何かあれば、遠慮なくお申し付け下さい」

「ありがとうございます。お手数をお掛けします」

 ペコリと頭を下げた王妃様を見て、思わずため息が漏れる。

 何と可憐な女性なのだろう。

 父が王妃様を連れ帰っただけでもかなりの衝撃だったのに、その王妃様があんなに可愛らしくて素敵な方だったなんて……!

 王様が結婚なさって、でも王妃様をお披露目しない理由が分かった気がする。

 きっと、あまりに猫可愛がりしすぎて、閉じ込めておきたかったに違いない。私なら、確実にそうする。

 そもそも、アーテルの王族は大きくて力強く威圧的だ。それは王様に限ったことでなく、全ての王族、姫様たちにも当てはまる。それに、アーテルの王族は決して頭を下げない。それが、戦闘の中心にいる王族の誇りなのだと、聞いたことがある。

 だから、あんな小さくて可憐な姫さまは見たことがなかった。しかも、王妃様は私にまで丁寧に礼をして下さった。その洗練された仕草は、美しかった。

 アルブスの人は、みんな華奢で美しいのだろうか?

 それは、もしかして、男の人も?

 私は筋肉質な男は苦手なのだ。もっと、美しいとか細くても強いとか、そんな男のほうがいい。

 王妃様が客間に消えてから悶々と考え込んでいたら、玄関から怒鳴り声が聞こえてきた。

 思わず、聞き耳をたててしまう。

「いいか? お前だから任せるのだぞ?! けれど、もし万が一ヘレーナに何かあってみろ。将軍といえど容赦はしない。末の親族まで遡って極刑に処す。これは脅しではないぞ!!」

「肝に銘じます、国王様」

 ……うわぁ。

 戦争中は神の如き威光を放っていた国王様とは思えない。

 どれほど王妃様が心配なのか。

 我が家はびっくりするくらい警備が厳しい。使用人だって、本当は近衛兵に勝るとも劣らない戦闘力を持っている。あの穏やかな執事でさえ、数年前までは現役で戦闘に参加していた猛者だ。さらに、屋敷の作りが他とは違う。籠城しても数週間は何事も無く暮らせてしまうような、もはや城と言っても過言ではない建物だし。

 それに、王様が王宮を離れるのは、たった三日らしい。

 それを全て承知のうえで、あんなに父に脅しをかけるのか。

 愛されちゃってるんだな、王妃様。

 何故かあまり羨ましくはないけれど……。

 これ以上聞いていると王族のイメージが壊れる可能性があるので、私は母の手伝いにダイニングへ向かうことにした。


 昼食の準備も整い、それぞれが席についた。

 父と母が隣りに座ったので、私の隣に王妃様がいる!!

 もともと堅苦しい席順など決めない家だが、それでは王妃様に失礼じゃないのかなとも思ったけれど、王妃様は何ら不快な表情を見せること無く静かに椅子に座っていらっしゃる。体調を崩していらしたそうだけれど、今は普段の生活くらいはできるということだ。王妃様に合わせて、昼食は軽いメニューが揃えられていた。

「それでは、いただきましょうか」

 母が声をかけると、父が無言で頷いた。

「いただきます」

「いただきます」

 私と王妃様の声が重なる。

 ドキリとして、王妃様を見た。

 私の熱い視線に気づいたのか、王妃様とバッチリ目があってしまった。

 か、かわいい……!

 濡れたような大きな瞳も、柔らかそうな頬も、細い首も。昔お伽話で聞いたお姫様がそのまま飛び出してきたようだった。

「あ、わ、私は!! ユリアと申す者です。以後、お見知りおきください。よろしくお願いします」

 やや緊張して、自分でも何を言っているのか分からなかったが、右手を差し出した。

 その、私の手を、小さな手が包み込んだ。

「私はヘレーナです。よろしくお願いします」

 鈴を転がした声、と言うモノをはじめて理解した。

 これが、王族。これが、王妃様なんだ。

 感動に酔いしれていると、母の笑い声が聞こえた。

「いやだ、ユリアったら。旅芸人の前座みたいよ?」

「はっはっは。旅芸人の前座か。確かに、言っていることが不自然なセリフみたいだぞ、ユリア」

 言ってろ、この夫婦漫才師め……!

 恨み言を言ってやろうと思ったが、父の笑い声に王妃様が目を見開いていることに気がついた。

 そっと、王妃様の耳に口を寄せる。

「王妃様、これが恐ろしいと噂される将軍の実態ですよ? 寡黙で厳しいなんて、ウソウソ。本当は、実の娘を笑いものにして楽しむ、ただのやっすい親父なのです」

「まあ……」

 あまりの言われように父が顔をしかめると、王妃様が少しだけ笑った。

 あ、と、思わず声が漏れる。

 静かな表情は威厳ある王族だったけれど、王妃様は笑うと本当に少女みたいだった。


 それから、国王様が帰ってくるまで、私は王妃様をたくさんお話をした。王宮に帰ってしまえば、きっと気安くお話できるはずもない。この際だからと、懲罰覚悟で客室に入り浸っていたのだ。

 王妃様をお見送りした後、父に聞かれた。

「お前は、王妃が憎くないのか?」

「何言ってるのお父様、馬鹿なの?」

「……。王妃は、アルブスの姫だったのだぞ? 数ヶ月前まで、戦争をしていた相手だぞ?」

 父の言いように、私は大きくため息を付いた。

「お父様、あのねぇ、もう戦争は終わったの。それはお父様が一番良く知っているでしょう? じゃあ、アルブスの姫だったって言っても、関係ないわ。まだ戦争から頭を切り替えられないの? そんなんじゃ、時代に乗り遅れるわよ?」

「辛辣だな」

 私の言葉に短く返事をした父は、それでも何故か嬉しそうだった。

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