犬の散歩
「じゃあ、行ってくるね」
私は、ペットの黒ラブの首輪につながっているリードをもって、靴を履いてからお母さんに言った。
「行ってらっしゃい。鍵は持った?」
「大丈夫。他のも全部持ってるよ」
私は、笑ってお母さんに答える。
「早めに帰ってくるのよ」
「分かってるって」
私が家から出ると、ちょうど同じタイミングで、道路の向こう側を犬を連れて歩いていく人を見つけた。
「先輩」
私が声をかけると、村見先輩は私に気付いたようで、立ち止まってくれる。
「先輩も、散歩ですか」
「ああ、そうなんだよ。普段は妹が行くんだけど、この前足を部活中の事故で痛めてしまってな」
「そうなんですか。大丈夫なんですか?」
私はゆっくりと公園に向かって歩き出す。
ここから公園は、普通に歩けば5分とかからない距離だ。
「ああ、元気にしてるよ」
「そうなんですか」
先輩が連れているのは、白い、大きな犬だ。
「なんて犬ですか」
私は先輩に聞いてみた。
「ああ、クバーズっていうんだ。あまり人になつかないんだけどな、俺にはなぜかなついてくれているんだ。まあ、番犬として飼っているんだけど、弟みたいな感じだな」
「そうなんですか」
そう言ってその子は、先輩のそばをぴったりと歩き続けていた。
公園につくと、知り合いの犬たちがいた。
ドッグランがあるので、そこで犬たちのリードを離す。
「ほら、行って来い!」
フリスビーを飛ばして、先輩の犬と私の犬がそれを元気よく追いかけていく。
他の子たちも、別の方向で固まっていた。
「元気ですね」
「ああ、あいつはいつも元気いっぱいさ。こっちが困るぐらいにな」
笑っている先輩に、もしも話すチャンスがあるとすれば、今しかないだろう。
「そう言えば先輩、恋人っているんですか」
フリスビーをもってきたクバーズの頭をなでている先輩に、私は聞いた。
「…まあ、ね」
そう短く言った。
そしてフリスビーを投げながら言った。
「でも、片想いなのさ。どうしようもないぐらいにね」
「そうなんですか」
恋の話はこれだけしかできなかった。
「そろそろ帰らないとな」
それからまるまる1時間は、ドッグランにいた。
先輩の言葉が合図になって、私も帰ることにした。
家のところまで、同じようにゆっくりと帰り、それから先輩と別れた。
「では、また明日」
「ああ、また明日」
ドアをくぐって、私は一瞬だけ振り返ると、先輩はメールを打っていた。