魔法のハンガー
大学の更衣室に2人の女性がいた。
1人は金田あかねといい、黒のリュックを持っている。
もう1人は花山麗といい、バッグをさげていた。
「お腹、空いたー!! 先に麗の魔法のパン、ちょうだい」
「しょうがないな。あたしも食べようかな」
2人は更衣室の床に座り込むと、冷たかった。
まるで氷のようで、ひんやりとする。
ー女は身体を冷やしちゃいけないんだけど。
あかねは尻を気にしていると、麗がバッグからクロワッサンを出してくる。
「はい、1個」
「ありがとう。ーあむ」
大きくかぶりつくと、バターの甘味とサクッとした食感に、止まらなくなる。
あっという間に食べてしまうと、お腹がいっぱいだった。
「速いよ、食べるのが」
「だってお腹が空いていたから」
あかねは恥ずかしそうに、頬を染める。
あかねの家は6人家族で、急がないとなくなるという環境のせいもあった。
麗はゆっくり食べるタイプで、小さな花びらを思わせる唇を開ける。
「うん、美味しい」
「何点ですか?」
「100点満点」
ふふと2人は笑うと、麗が食事を終えるのを待つ。
彼女とは大学で知り合ったのだが、初めは魔法のパンとは知らず、もらったのだった。
1個、食べれば満腹。
そんなものがあるのかと、驚いたのを覚えている。
あかねは冷えた脚を擦ると、パンを食べている麗に聞く。
「明人とはどうなっているの?」
「え? 明人とは順調だよ」
「そうなの? それならいいけれど」
あかねは麗を凝視する。
今日は水色とピンクのワンピースで、可愛い娘だった。
髪も綺麗にまとめており、もてるのだが、中村明人という恋人がいるのだった。
「どこがいいの?」
興味津々で聞くと、麗はパンの残りを口に全部を入れ、恥ずかしそうに答える。
「明るいところ。あと、あたしがいないと駄目なところ」
「えー。それって、親みたいじゃん!! 他にもあるでしょ?」
あかねは麗を肘でつつくと、彼女は真っ赤な顔となる。
「手を繋いだり、スキンシップが多いのが嬉しい」
「そうなんだ。羨ましい」
麗はあかねの本音を引き出せて満足すると、リュックを前に出す。
「次はあたしの番。えっと…」
リュックをあさると、折りたたみ式のハンガーを取り出す。
あかねはそれを広げ、形を整えると、軽く1回振る。
すると「わあ」と麗が驚きの声を上げる。
ハンガーに可愛い黄色のワンピースが現れたのである。
「これ、パンのお礼。あげる」
「い、いいの? 魔法のハンガー、滅多に使わないのに」
「いいの。飽きたら返してくれればいいから。そうすれば、あたしが消すし」
ハンガーをもう1度、振ると、黄色のワンピースが消える。
ハンガーは虹色をしており、あかねだけが使えるのだった。
「どうする? まだ他にも見てみる?」
「うん!! 見たい!!」
床に手をついて身を乗り出した麗に、あかねはくすりと笑う。
ー女子は恋愛とファッションが好きだからな。話し始めたら止まらないもの。
あかねは今のところ恋人がおらず、フリーなのだが、魔法のハンガーのお陰で、いつもオシャレだった。
「どこで服を買っているの?」
とよく聞かれるのだが、絶対に秘密だった。
知っているのは、麗と明人くらいのものである。
「次は青色。…ほら、レースが綺麗でしょ?」
青空を意識した作りに、麗が手を伸ばしてくる。
「触ってもいい?」
「いいよ。麗だから」
麗が恐る恐る触ると、ワンピースを上から下まで、撫でていく。
「すごい。いつ見てもすごいね、魔法のハンガー」
「でしょ? あたしの唯一の自慢だもの」
あかねは自信満々に言い、胸を張る。
学業は麗のほうが上なのだが、オシャレだけは負ける気がしなかった。
ー人間、得意な技を持っていたほうが、いざという時に役に立つ。
大学を卒業したら、アパレル会社に就職しようか、それとも自分で会社をおこそうか迷っているほどだった。
ーだって、他人に盗まれたら嫌だから。
世界に1つしかないワンピースやドレス。
もちろん男性用も作ることができ、明人の服を作ったこともあった。
「もっと見せて、あかね」
「はいはい。もちろんですとも」
麗に頼られるのが嬉しくて、ハンガーを振っていく。
花柄、水玉など、色んなワンピースやスカートが出てくる。
「どれがいい? 気に入ったのを教えて」
自分のためにも、麗の意見を聞いておきたかった。
麗は顔の前で両手を合わせると、
「うーん、今、冬だから暖色系で。オレンジとか、赤色とか」
「オレンジ、いいかもしれない。何、ワンピース? それとも、別のものにする?」
「ワンピースがいい。その、明人に喜んで欲しいから」
顔を赤くして俯く麗は、可愛くてしょうがなかった。
ーもう、あたしじゃないと、この娘、言うことを聞かないんだから。
わがままを言わずに育ったのか、麗は控えめだった。
そこが気に入っており、色々と世話を焼きたくなるのだった。
「じゃあオレンジのワンピースね。ーはい」
あかねがハンガーを振るうと、オレンジの華やかなワンピースが現れる。
それは冬の寒さを吹き飛ばす太陽の光で作られた1点のようで、場が明るくなる。
「ほら、着てみて」
「う、うん。似合うかな?」
「似合うわよ。さあ、早く」
麗を急かすと、あかねはハンガーからワンピースを取り、彼女に渡す。
最初はもじもじ脱いでいた麗だが、あかねがじっと見ているせいか、急に慌ただしく着替え出す。
「ーどう? 似合う?」
「わあ、素敵!! ほら、鏡で見てみて」
手鏡を渡すと、麗が細かく見ていく。
みるみるうちに、顔が綻んでいき、嬉しそうな声を出す。
「ありがとう、あかね!!」
「うん!! じゃあ、早速、明人に見せに行こうか」
「え。あの、その、ちょっと恥ずかしい」
「恥ずかしがらないの。男性を喜ばすのは、女性の役割なんだから」
指を立てて麗の鼻を押すと、彼女が手鏡を返してきて、うなずく。
「うん。何て言うかな、明人?」
「さあ? 褒めてくれるのは間違いないけどね」
リュックにハンガーをしまうと、あかねは麗の手を取る。
「じゃあ、行きましょうか、お嬢様」
「も、もう!! 言い過ぎ!!」
あかねと麗は見合うと、あははと声を立てて笑う。
冷たかった床がいつの間にか、暖かく感じられ、春のような陽気を感じる。
2人は仲良く手を繋ぐと、更衣室から出たのだった。




