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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

勇者になんかならない!

作者: 100SHIKI
掲載日:2026/01/23

初投稿です。楽しんでいただけますと幸いです。

『勇者になんかならない!』


 私、祥子。この夏16歳になったばかりの、どこにでもいる普通のJK。今日は同じクラスで、最近付き合い始めたばかりのイケメン男子・健吾君とのはじめてのデート。

 街路樹の葉も色を変え始めたこの季節、ちょっと涼しくなってきた商店街を、並んでアイスを食べたり、ウィンドウショッピングしたり。健吾君と一緒なら、顔しか取り柄のない棒読み丸出し女優が主演のダメ映画だって、超名作に思えてくるわ。

「ねぇ、次はどこいこうか?」

 健吾君がニコッと笑う。ああ、なんて幸せなひと時。こんな時間が永遠に続けばいいのに…、なんて思ってたその矢先。


 ガツンッ。


 一台のシルバーのプリウスが、結構なスピードで私の目の前を横切る。同時に、跳ね飛ばされた健吾君がグルングルン回転しながら宙を舞い、そのまま脳天からぐしゃっと地面に落ちた。

「い、いやぁぁぁぁ!!健吾くぅぅーん!!?」

 たまらず叫ぶ私。たちまち、周囲は野次馬で溢れかえる。と、プリウスの運転席からリクルートスーツを着た女性が、何やらバインダーのようなものを片手に降りてくる。

「よーし、これで今月のノルマ達成っと。今季のボーナス査定はバッチリね」

 スーツの女は、ピクリとも動かなくなった健吾君を確認すると、何やら嬉しそうに、帳簿に記入する。

「ちょっと、ちょっとちょっとアンタ!人轢き殺しといて、何を他人事みたいに帳簿つけてんのよ。この人殺し!警察!誰か警察呼んでくださーい!あ、その前に救急車を!!」

 一気に捲し立てる私にも、女はその営業くさいスマイルを崩さない。

「ああ、お連れの方でしたか。申し遅れました、実はわたくし、こういうものでして」

そう言って差し出された女の名刺には、『異世界転生代行 田中』と記されている。

「いせかいてんせい…だいこう?」

「はい。この度、あなたの彼氏さんは、勇者適正が非常に高いという事で、わたくしどもの世界に勇者として転生していただく事になりました」

「転生?勇者?アンタ何言ってんの?そんなクソ設定、とっくの昔に飽和してんだよ!アンタ、深夜アニメ観てないのか!?」

 私のツッコミも意に介さず、田中はトークを続ける。

「現在、わたくしたちの世界は魔王軍が急激に勢力を拡大してまして、慢性的な勇者不足となっております」

「なんだよ、勇者不足って。下町の零細企業みたいに言うな」

「そこで、現世で見込みのある若者を独自にリサーチしまして、こうしてスカウトして回っているというわけです。もちろん、転生後は勇者補正のチートスキルで無双し放題。さらに、なんと今ならレアアイテムがゲットできる100連ガチャも無料。このように、福利厚生も充実しておりますので、安心して転生していただけますよ」

「安心できるか!ソシャゲじゃあるまいし、転生だかなんだか知らないけど、スカウトじゃねぇし、死んでるし、これ!健吾君、首ボキッてなって死んでるし!そもそも福利厚生かそれ」

 ダメだわ、まったく会話がかみ合わない。テンプレどおりにしゃべってるだけの、典型的な自分は仕事できてると勘違いしてるタイプだ、こいつは。

「その点、ご心配なく。勇者は魔王を討伐するか、異世界で死ねば、記憶を消されて現世にリスポーンされますから。…あら?言ってるそばから」

 突然、死んだはずの健吾君が、上半身をグインッと起き上がらせる。よかった、生き返って本当によかっ…って、アレ?首、180度後ろ前になってね?

「…やあ、祥子ちゃん。今ね、豚だか猪だかみたいなモンスターと戦って、殺される夢見てたんだ。…ん?なんか俺、後頭部に目ぇついてない?」

 違う違う、そうじゃない、そうじゃないよ健吾君。全てはこのイカレ女が悪いのよ。

「あらあら、もうやられたのですか?仕方がないですね。あ、首が曲がってるのは一種のバグみたいなものですから、気にしないでくださいね」

 いや、気にするわ!どんな仕様だよ、それ。デバッグどうなってんだ。

「それじゃあもう一度、転生してもらいましょうか。今からもう一度轢きますから、そこ動かないでくださいね」

「ちょっと待った!どうして健吾君が勇者なのよ。だいたい勇者適正って何?」

「まあ、簡単に言うと顔ですね」

「即答!?」

「はい。彼の場合、体力、知力、その他ほとんどのステータスが小学校低学年の平均以下なのですが、顔面偏差値だけはズバ抜けて高いんです。イケメンは全てに勝る。これ、全世界共通認識です」

「…うん、そこは同意するわ」

「祥子ちゃん、俺ひょっとしてディスられてる?」

 いいのよ、健吾君。そこがあなたの、守ってあげなくなるアホ可愛いチャームポイントなんだから。

「そんなわけで、レッツ・再転生!」

 そう言うや否や、田中はプリウスに素早く乗り込み、キュィィィィィンとエンジンをかける。

「なーにがレッツ再転生よ、冗談じゃないわ。これ以上こんなやつに、健吾君とのデートを邪魔されてたまるもんですか。行こう、健吾君!」

「あ、うん。そうだね祥子ちゃん」

 私は首が180度曲がったままの健吾君の手を引いて、全速力で逃げ出した。

「待ってくださーい!ちゃんと転生させないと、私のボーナスの査定に響くんですよ~」

「そんなもん知るかよ!ボーナスのために健吾君を殺すな!」

「殺すんじゃなくて転生させるだけですって。お願いします、どうしても欲しい、新作のブランドバッグがあるんですよ~」

 懇願するような目で、野次馬たちをボウリングのピンよろしく跳ね飛ばしながら迫ってくるプリウス。おかしいおかしい、何もかも全部おかしい。話の通じる相手ではないと判断した私は、前と後ろどっちを向いて走っているか分からなくなってる健吾君を、ファイヤーマンズキャリーで担ぎ上げ、歩道橋を駆け上がる。

「逃がしませんよ~!」

 しかし、プリウスは片輪走行しながら、私たちのすぐ後ろをピッタリとついてきている。周辺の道路は、この女が轢き殺した人々の血で、まだらに赤黒く染まっている。

「あ、あの人たちももれなく転生されますので、ご安心を。まあ、勇者とまではいきませんが、適正があれば魔法使いや僧侶、あるいはパラディンなんて上級職にもなれますよ。そうだ、あなたもご一緒にどうですか?」

「うっせえ、このナチュラルボーンシリアルキラー!あんたなんかに、健吾君は絶――――っ対渡さない!!」

 健吾君を抱えたまま、歩道橋から一気にジャンプする私。たまたますぐ近くにいた珍走団に「とりゃっ!」と飛び蹴りを喰らわし、無理やり250ccバイクを奪い取ると、そのままフルスロットルで走り出す。

「祥子ちゃん、君って本当に”どこにでもいる普通の”JK?」

 ごめんね、健吾君。今はそんな細かい事、気にしてる場合じゃないの。

「もう、いい加減諦めてくださいよー。異世界も案外いいところですよー。ちょっと凶悪な魔物が出るだけで、ご飯は美味しいですし、老後のスローライフなんかにもぴったりな、のどかな場所ですから〜」

「ふざけんな。アンタが一番凶悪なモンスターだ。それに、スローライフなんて都会暮らしに慣れきった連中の幻想なんだよ。うちの爺ちゃん婆ちゃん、兵庫の山奥で玉ねぎ農家やってるから知ってんだ。田舎なめんな」

 やたらパパラパやかましいバイクを、クラクションを連打してくる車の間と間を縫うようにして走らせる。その後ろを、あのシルバーのプリウスも執拗に、どこかの豆腐屋顔負けのドライビングテクニックを駆使して追いかけてくる。

 十字路に差し掛かる。私は覚悟を決めて、あえて反対車線を逆走する形で逃げる選択をする。

「祥子ちゃん?しょしょしょしょ祥子ちゃんッッ!?」

「大丈夫よ健吾君、私にまかせて。これなら、さすがにあの女も追ってこれないでしょう」

 さっきの倍以上のクラクションを浴びながら、迫り来る車を紙一重で交わしてビュンビュン走る。背中にしがみついた健吾君は、その度に「わー!」「きゃー!」「ぴゃー!!」と喚いている。耐えて、これもあなたのためなのよ。

 ミラーで後方を確認する。ヤツの姿は見えない。よし、このまま逃げ切るぞ、と思ったのも束の間、ドゴォォンッ!!と中央分離帯を突破して、すぐ真横にあの忌々しいプリウスが現れる。

「いつまで逃げるおつもりですか?あなた、ジェイソン・ステイサムにでもなったおつもりですか?」

 田中が窓を開けて、私たちに話しかけてくる。黙ってろ、同じ状況なら、メリル・ストリープだってこうするわ。

「あんな人の真似してると、あなたもハゲますよー」

 はっ?今、ステイサム様をあんな人呼ばわりしたか?私が最も敬愛する、ハゲ界の貴公子たるステイサム様を愚弄したのか、貴様。

「えっ?祥子ちゃんってハゲてる人が好きなの?」

 ううん、違うよ健吾君。私はハゲが好きなんじゃなくて、カッコいい人が好きなの。

 なんてやってると、後方からポゥゥゥーーンというサイレンが聞こえてくる。

「祥子ちゃん、前からパトカーが来てるよ!」

 健吾君、それは私から見て後ろだよ。

「そこの逆走してるバイク、今すぐ止まりなさい」

 やった、これでこの殺人プリウスを捕まえてもらえる。お巡りさーん、こいつ殺人鬼ですよー!

「そうそう。言い忘れてましたけど、この世界の警察と私たちは、いわゆるズブズブの関係なんです。なので、いくら訴えても、私が捕まることはありませーん」

 なん……、だ…と…?

「それよりもあなた、今とってもまずい状況ですよ。危険運転に加えてスピード違反、バイク窃盗にノーヘル、無免許と、数え役満で鑑別所まっしぐら。もし彼氏さんを引き渡してくれれば、こちらからうまい具合に取り繕ってあげられますけど、どうします?」

 どの口が言いやがる、このアマ。この歳で前科が付くのは嫌だけど、こんなヤツの言いなりになるのはもっと嫌。健吾君を渡すのはもっと、もーーっと嫌!

 こうなりゃヤケだ。このまま地の果てまで逃げ切ってやる。そう決意した私は、エンジンを焼き切る勢いでアクセルをぶん回す。心配しないで、健吾君。あなたの事は、私が必ず守ってみせる!


 そこから、パトカーの追跡を全力で振り切り、裏道から民家の屋根まで、通り抜けられるありとあらゆる場所を突っ切り、気を失ってX-JAPANのライブよろしく首をブルンブルン振り回す健吾君とともに、数時間に及ぶ田中プリウスとのカーチェイス。

 気づけば、どっぷりと陽は暮れて、いかにも発破しそうなどこかの採石場の崖っぷちへと追い込まれる。

「さあさあ、もう逃げられませんよ。大人しく転生なさい。悪いようにはしませんから」

 既に悪いようになってるっつーの、というツッコミをグッと堪え、プリウスのハイビームに照らされながら、窓から身を乗り出す田中を睨む。

「ま、待て!」

 すると突然、気を失っていた健吾君が、田中をビシッと指差しながら叫んだ。

「はい?」

 でも、首が後ろ前になってるせいか、田中を指差したつもりの指は、思いっきり真後ろに向いている。

「健吾君、逆、逆」

「えっ?あ、そうか。ま、待てい!」

 改めて、田中を指差す健吾君。しかし今度は、顔が後ろを向いている。どっちを向いて、どっちを指差していいのか分からず、あたふたあたふた。

「ねえ祥子ちゃん、俺、どうしたらいい?」

 嗚呼、やめて健吾君。そんなティーカッププードルみたいな、うるうるキラッキラの瞳で私を見つめるのは。祥子、ますますあなたに夢中になっちゃう!

「あのー、それでご用件は?」

 田中が、きょとーんとした顔で尋ねてくる。少しは空気読めよ。こっちは健吾君のアホ可愛さを堪能してんだよ。

「こ、これ以上、祥子ちゃんを追いかけるのはやめろ!どうしてもって言うなら、この俺が相手だ!」

 身体を変な方向に捻じ曲げて、無理やり田中の方を向いて指差す健吾君。やだ、私を守ってくれるその勇姿、体勢はともかくカッコいい!まさに勇者って感じ!

「いえ。私の目的は、最初からあなたですけど?そちらの彼女さんは、たまたまその場に居合わせた部外者です」

「…え、そうでしたっけ?」

「はい、そうです」

「……あ、そうですか。はい、すみません」

 そう言って、大人しく引っ込む健吾君。うんうん、それでいいのよ。何の役にも立ってないけど、正直なんの時間だったかもよく分からないけど、あなたはそばにいてくれるだけでいいの。

「要件はお済みですか?それじゃあ、行きましょうか。レッツ・再転生!」

 勝利を確信したかのように、ブンブンとアクセルをふかす田中。ええい、やはり逃げてばかりじゃダメだ。先に殺らないと、こちらが殺られる!

 そう決意した私は、念のため健吾君に確認する。

「健吾君、私の事、信じてくれる?」

 しばし、うーん?という顔した後、満面の笑みで応えてくれる健吾君。

「もちろん!」

 ありがとう、健吾君。守りたい、その笑顔。そして私は、バイクのアクセルをブルルルンと回すと、田中に背を向け、崖の方へと走り出した。

「あ、ちょっと!そっちは危ないですよ!落ちたら普通に死んじゃいますよ!」

 虚を突かれ、驚いた様子で追いかけてくる田中。私はおもむろに、後輪で土埃を巻き上げ、プリウスの視界を遮る。

「きゃっ!?」

 一瞬にして、私たちを見失うも、バイクのライトを頼りに追跡してくる田中。かかった!そうして私は、バイクが崖から飛び出すタイミングで、健吾君を大空に放り投げた。

「とりゃーー!」

「え?あ?祥子ちゃん!?」

 続いて、私もバイクのシートを蹴って大ジャンプ。見事に、迫り来るプリウスを飛び越える。

「ちょ、ちょっと待って!これ、リース車なんですけどー!」

 そのまま崖から転落していくプリウスから、田中の断末魔?が聞こえてくる。地面に激突して、瞬く間に爆発、大炎上するプリウスをバックに、私は空中で健吾君をお姫様抱っこでキャッチし、ビシッとヒーロー着地を決めた。その衝撃で、健吾君の首もうまい具合に元に戻った。

「大丈夫?健吾君」

 そう尋ねる私に、健吾君は少し驚いた顔をするも、またすぐにいつものニコニコフェースに戻る。

「うん!ちょっと怖かったけど、楽しかった。ありがとう、祥子ちゃん!」

 ああ、なんて可愛いの健吾君。煌々と燃えるプリウスの炎が、まるで二人を祝福するファイヤーキャンドルのように輝いているわ。

 この日のために下ろした新品のお洋服は泥だらけだけど、顔も手足も埃まみれだけど、お互い見つめ合って笑い合う、終わってみれば、なんてスリリングで素敵なデート。


 スマホの電話も届かないような山奥の道。月と星の明かりを頼りに、手を繋いでどこまでも歩いていく。ちょっと怖いけど、愛おしい時間。ああ、いっそこの時が永遠に続いてくれたらいいのに…なんて思っていた矢先。


ヴォゥゥゥーーン。


 まるでSLみたいな大音量の排気音と、焼けるほど強いヘッドライトの光に、私たちは思わず振り向く。そこには、タンクローリーより一回り大きな、全身赤錆色の不気味な超巨大トラックが、真っ黒い排気ガスを撒き散らしながら、猛スピードで迫ってきていた。

「いいですね、あなた!その行動力、胆力、知力、そして何より圧倒的なフィジカル!ルックスはさておき、まさしく勇者になるべき逸材です!!」

 窓から顔を覗かせるのは、ゲッ!さっき殺したはずの田中。…つーか今、ルックスはさておきっつったかコラ。

「そうそう。転生者が死んだらこちらの世界に帰ってくるように、私たちがこちらで死んでも、元の世界に帰るだけなんですよ。つまり、私からは永遠に逃げられない、そういう宿命(さだめ)なのです!」

 な、な、なんじゃそりゃぁぁぁ!!

「さあさあ、あなたもレッツ・異世界転生!今からチートスキルも3つまで選び放題!レアガチャはなんと300回転まで無料!これを逃す手はありませんよー!!」

「…逃げよう、健吾君」

「うん!祥子ちゃんとなら、どこまでも!」

 スピルバーグさながらの、怪物の目玉のようなハイビームに照らされながら、手を取り合って走り出す私たち。二人の逃亡劇は、まだ始まったばかりだ。

「待ってくださいよー!私のボーナスー!!」

 この期に及んで、まだそれか!異世界転生なんて死んでも嫌だ。私は、ぜーーーったいに、二度と勇者になんかならないっ!!



 …ん?二度と?


(了)

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