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彼女が唯一覚えていたのは「まひる」という単語であった。
自己紹介で使っていたように名前に違いない。苗字は忘れていた。いや、「まひる」が苗字の可能性があるのか。
どちらにせよフルネームではない。欠けている。
自分を構成するものとして足りないことだらけで不安だろうに、彼女はこれからを考える。こちらも動揺しているばかりではいられない。
「救急車とパトカーでも呼べばいい、のか?」
俺達だけで何かできるとは到底思えない。もちろん教職員の方々がいても、だ。ならば外部へ助けを求めるしかない。しかし通報先としてあっているのだろうか。警官が対処する姿は想像できない。これ以外の選択肢が思い浮かばないのも事実だが。
霊媒師や霊能力者といった知り合いなどいないのだから。
「スマで通報はできない? ボクは持っていないから無理だけど、カイト君なら」
「悪いがこちらも無理そうだ。圏外だし、繋がりそうにない」
ゴミ捨て場が安全だとは露に思っていないが、移動時には移動時なりのリスクがあるだろう。できるならこの場で完結してほしかった。
「そっかぁ。なら職員室とかに行ってコード付きの電話で、というのもダメそうかな」
「そもそも校舎には変なのが出入りしているから危険だろう。もしかしたら校外ならばマシかもしれない。俺はこれから門の外へ向かう」
電話が繋がるかもしれないし、それでなくとも直接助けを求めに足を運べばいい。高校から交番までそれほどの距離はないはずだ。
「僕も一緒に行くよ。その門ってどこにあるの?」
「わかった。門はすぐそこだ」
ゴミ捨て場から正門は近い。木々から顔を出せば目的地は見える。
正門前で倒れていた人達はいない。水浸しであることを除けば普段の高校のままだった。美術の授業で書いた気も変わらずそこにある。
できるだけ静かに、という努力虚しくジャブジャブと音を立てながら門の前に着いた。道中、首振り人形のように周りを警戒していたが、謎の存在Xを含め何も現れなかった。拍子抜けするほどあっさりと学校の出入り口に着いたのだ。
金属の塊を思い切り引っ張る。が、微動だにしない。
二人がかりであっても全く、一ミリも動かない。もちろん鍵が掛けられていないか確認した。施錠されていない。
ならば、と門を乗り越えようとすると、頂上で見えない壁にぶつかった。
「一体、どういうことか」
スマホは繋がりそうにない上、物理的にも校外へ出ることができない。世界から、高校が隔離されているようである。
「わぁ。不思議なことってあるんだね。見てみて、あのワンちゃん空中を浮かんでいるよ」
門にばかり目が奪われていたが、その一言で門の先へと注意が向く。
まひるの言う通り、歩道を散歩する犬がジャンプをし宙に浮かんでいる。しかし着地はおろか、縦にも横にも移動しないさまはまるで
「時が止まっている…のか?」




