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空を見上げることができない。
それは何かしらのトラウマ等の重々しいものでなく、また太陽が眩しいからという理由でもない。天変地異のような出来事が起こる前から、つまり人体から液体が溢れだす事件が発生する以前から、あいにくの曇り空である。
上を見れない原因は空より下、校舎にある。
第一校舎で怪物でも暴れているのか、コンクリートやガラスといった破片が降ってくるのだ。
破片が頭部等にぶつかる危険性はもちろんのこと、小さなものだとしても目に入ることがあれば大惨事である。
見上げることをしないのは、少しでもリスクを下げるために己に課したルールだ。
本当に安全を取るならばこの高校から脱出しなければいけないことは、とうに分かっている。
「ここも前の門と同じだ」
正門では見えない壁に阻まれ、校外に出ることは叶わなかった。
ならば他の出入り口はどうなのか。新入生としてのあやふやな記憶を頼りにこの場所へたどり着き、外へ出られないか試していた。
やはり、という感想が真っ先に浮かぶ。
この戸も正門と同じく、鍵がかかっていないにも関わらず、固く閉ざされ動かない。
「ちょっと待ってね。えいやっ……。あ――ダメみたい」
掛け声と共にまひるは紐を投擲した。
まひるの唯一の所持品と呼べるビニール紐。
本人の記憶が戻っていない現状ではなぜこのような物を持ち歩いて大事に扱っていたのか、経緯は不明である。そして記憶を取り戻すための重要な手掛かりとなるだろう。
そんな紐の片端に石を括り付けて投擲したのである。
雑誌等を纏めるための物であり、傷むだろうと忠告したのだが実行した。所有権は彼女にあると考えられるので、俺は強く出ることができなかった。
このような過程を経て生まれた球は弧を描いて宙を舞い、フェンスの頂上にある空白で弾かれた。見えない壁が続いているのだ。
予想をし、受け身を取ることができたとしても痛いものは痛い。
「自分の知らないルールに行動を阻まれる。異世界に来た気分だ」
質量保存の法則から外れた液体も。
目に映らない壁とその先にある時の流れのゆがみも。
正体不明の怪物も。
どれも想像の世界のものだと思っていた。
「ボクも同じ気持ち。でもボク達と違ってルールを知っていそうな人もいたよね。こう、バンバン追い払ってた」
真似をするように腕を振るう。
「だな。残念なことに協力を得られなかったが」
諦めきれず、正門前で試行錯誤をしている最中に黒い怪物に襲われた。絶体絶命の危機を、着物の女性と小学生のコンビに救われたのだ。
状況を理解してすぐに感謝を述べ友好的に話しかけたのだが、まるきり無視された。注目せざる得なくなるようなユーモアが俺には足りていないらしい。突風に目をつむり、再び開くと姿は消えていた。
協力を頼み込む余地のない邂逅であった。
「運が悪かっただけだよ。また会う時にはお話しできるに決まってる」
「まぁ、同じような力を持つ人がこの場にいる可能性も無くはないからな」
「そうそう。きっと次に会うのはいい人だ」
まひるは笑顔で言い切る。




