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灰色の日常

 病室の窓から見える空は、いつも同じ灰色の四角だった。

 17年間、この体は病に蝕まれてきた。

 特に、左腕を侵食し続ける黒化病は、日に日にその領域を広げ、肌を醜く変色させていった。

 原因不明ゆえに治療法もなく、僕はただ、この場所で終わりを待つだけだった。



 母から「(つなぐ)、今日はお見舞い来られなくてごめんね。でも、新しい課金アイテム、送っておいたからね!」というメッセージが届いた。

 多忙な父も、顔を見せに来てくれるか、ゲームの課金に使えるコードを贈ってくれた。

 一人っ子の僕が、病室という閉鎖された世界で孤独に沈まないようにと。

 そう願う両親は僕の唯一の拠り所である『ローダクト』に、惜しみなく潤沢な資金を与え続けてくれたのだ。

 僕の左腕が黒化病に侵食され、醜く変色していくたび、彼らの表情は痛みと悲しみに歪んだ。

 それでも、彼らは決して僕を諦めず、このゲームを通して、途切れることのない愛情を注ぎ続けてくれた。



 このゲームを始めた当時、14歳だった僕は、元気に自由に動ける自分自身の分身として、少年キャラクター『ネクト』を作り上げた。

 病に囚われた僕とは違い、何事にもひたむきに、真っ直ぐに冒険する彼に、僕はいつしか理想の自分を重ねていた。

 病室の窓から見える灰色の空とは違う、広大なフィールドを自由に駆け巡り、見たこともないモンスターと戦い、個性豊かなNPCたちとの会話に没頭するうちに、この世界は僕にとって、すぐに唯一の『生きる場所』になった。



『ローダクト』はMMORPG。

 当然、他のプレイヤーと共に冒険するためのギルドという機能もあったが、僕はそれに入らなかった。

 病気で他人に時間を合わせられない自分が、足手まといになるのが嫌だったからだ。


 代わりに、僕はひたすらにソロで、NPCたちと共に冒険した。

 時には、彼らの背景にある物語を深掘りし、ゲームの攻略サイトにも載っていないような隠しイベントを全て見つけ出すことに夢中になった。



 画面の向こうで、ネクトが剣を振るう。

「――これで、クエスト完了だ!」

 いつもの達成感に、小さく息を吐いた。

 左腕の鈍い痛みと、肺を締め付けるような苦しみに、慣れてしまった自分がいた。

 もう、何度目だろう。医者の顔色や、両親の消え入りそうな声で、自分の残り時間が少ないことは薄々感づいていた。


 ――それでも、この世界でなら。

 この体じゃ動かせなかったはずの体が、ネクトになれば思う存分に動かせる。そんな妄想が、唯一の希望だった。


 ふと、画面が歪んだ気がした。

 ネクトの姿が揺らめき、まるで水の中にいるようだった。


 全身を激痛が襲う。


 点滴の管が震え、モニターの数値が不穏なアラームを鳴らし始める。

 意識が遠のく中、僕の視線はただ一点、ネクトの姿に釘付けになっていた。


「……もう、一度……」


 意識は闇へと沈んでいった。


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