表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

第五話 「青春な休日と、無遠慮な現実」

土曜日。晴天。予定? 皆無。


つまるところ、俺は今日も暇である。


昼までベッドでゴロゴロして、青春ってなんだったっけなと考えてみたが、特に何も出てこなかった。

それはそう。ベッドから出てないのに答えが出るわけがない。


よし、外に出よう。学苑の外に。


ロマンスは外にある。青春は風の中だ。

そうだろう? 俺は知ってるんだ。漫画で読んだ。


というわけで、暇そうなやつでも誘って、街へ繰り出すことにする。

狙うは我らが菩薩系男子・准君。


寮のロビーに行ってみると──


いた。いたけど。いたけども。


准君と、美鈴が。


ソファに座って、談笑してる。


笑顔が、ね? キラッキラなのよ。


え、なに? デートの待ち合わせ? 今から手を繋いで街を歩く予定とかある感じ?


……これ、声かけていいやつ? 大丈夫? 俺、空気読めてる?


「ねえ、君たちさ、暇? 街とか行かない? ロマンス探しに」


言った。言いましたよ、俺は。青春に負けたくなくて。


「え、行きたいっ!」


一番に反応したのは、美鈴だった。


え、そんなノリノリ?


「……じゃ、決まりだな」


准君も笑って頷く。

結局、俺たちは3人で出かけることになった。


まさかの成立。青春、ここに来たる。

俺の勝利である(何に)。


──などと勝ち誇っていたのも束の間、


「じゃあ、着替えてくるね!」


と、嬉しそうに飛び跳ねながら部屋に戻っていく美鈴の背中を見送り、


「俺も準備するか。ロビーに集合な」


と当然のように微笑む准君の言葉に、

俺は静かに──自室のベッドに沈んだ。


やばい、

本当に行く流れだ。

しかもガチめにテンション高い。

そして俺だけノープラン。


……っていうか、あれ?

これ、俺、ただの“くっつけ役”じゃね?


青春の到来を高らかに宣言した舌の根も乾かぬうちに、

ロマンスの主役にはなれない現実を突きつけられた。

神様、話が違うんですが。


まあ、でもいいか。

天気はいいし、ちょっとした街歩きくらい。


——気にしないようにしてた、頭に霞がかかったような今の状況も、何か変わるかもしれないし。


例えば、通い慣れてるはずなのに、どこか“空っぽ”に見える、この街の風景とか。

人の気配はするのに、誰の顔も思い出せないこととか。


「ま、見届け人ってやつも、悪くないか」


俺は軽く伸びをして、着替え始めた。

まだ少しだけ、部屋の中に朝の光が残っていた。


――


寮の玄関を出た瞬間、目に飛び込んできたのは、快晴すぎる空。

これでもかってくらい青い。なんだこの清々しさ。

気圧配置、俺に味方しすぎ。そしてこの2人にも。


「なんかさ、今日の君ら、気合い入ってない?」


俺がそう言うと、美鈴はくるりとその場で一回転してみせた。


「そう? 別にふつーだよ」


言いながらも、美鈴はいつもより少しヒールのあるサンダルを履いていて、ワンピースの裾が風に揺れる。

准君もまた、きちんとアイロンのかかったシャツに、落ち着いた色のスラックス。


俺は少しよれたTシャツに、ジーンズの組み合わせ。


「俺だけ近所のコンビニ感すごいんだけど……」


ふたりの並びに挟まれて、自分の空気の読めなさが炙り出される。が、気にしない。気にしないったら、気にしない。


「ねぇねぇ、早く行こうよ〜」


美鈴が少し跳ねるように先を急ぐ。なんだその足取り。青春か。


しかしこの空気、ちょっとキラキラしすぎてないか?

思わず、照れ隠しに意味不明なネタを放ってみる。


「こんな日はきの子が空から降ってくるって、昔から言われてるしな……」


「そうなのか?」


隣で歩いてた准君が、素で返してきた。


「え、ちがっ……いや……まぁ、うん……」


真顔で信じるのやめてくれませんか。あとでググるのやめて。


ふと、美鈴が後ろでくすっと笑ったのが聞こえた。

俺のきの子ギャグに誰かが笑ったの、多分、初めてかもしれない。


まぁ、こんなのも、悪くないか。


街路樹の緑が、朝の陽光を浴びて煌めいている。

整然と並んだ店の看板。広く舗装された歩道。

人の気配はあるのに、どこか空疎に感じる街並み。


──気のせいだろうか。


昔から知っているはずの風景なのに、なぜか“何かが抜け落ちている”ような感覚。

通い慣れているのに、記憶にひっかかる映像がひとつも出てこない。


この街って、ほんとに俺……


「ねぇ、見て見てあれ!」


唐突に、指差す美鈴。

スズメの未完の思考は、ひゅるんと頭の奥へと滑り落ちていった。


「あそこ行ってみたい!」


美鈴が、ガラス張りの洒落た店舗を指差した。ブランド名は見覚えがないけど、どうやら服屋らしい。


「ウィンドウショッピングってやつか。賢者の買い物術、見て満足するだけっていう──」


「ちがうよ? 入るの。見てるだけなんてつまんないよ?」


きらきらした目で言われて、俺は思わず後ずさる。


「え、入るの? いや、だって俺──」


見下ろす。

量販店の服屋のポスターで見たことあるような、無地の白Tと紺のジーンズ。

これからクワガタでも取りに行くと言っても、納得しそうなコーディネートだった。


准君はというと、シャツの上に薄手のカーディガンなんて羽織ってて、髪もふわっと丁寧に整っている。

美鈴にいたっては、普段よりもワンポイント多めのアクセと、少しヒールの高いサンダル。


……俺だけ、浮いてない?


ファッション誌の街角スナップみたいな二人と、昆虫採集帰りみたいな俺。

道行く人々の視線が刺さる──なんてことはない。

だってこの街、誰もこっちを見ていない。


「まあ、いっか」


Tシャツの胸の辺りをポンと叩いて、気取った風に歩き出す。

テンションを誤魔化すには、多少の芝居が必要なんだ。


その後、何かお気に入りの商品を見つける度に、ふわぁ〜!とか、ほえ〜!とか、よく分からない歓声を上げながら、楽しそうにショッピングをする美鈴を見て、少しだけ、来て良かったなと思った。


——ふと、店の奥で見慣れた後ろ姿を見つけた。


ポップな雑貨やアクセサリーが並ぶ店内。どう見ても女子向けのこの空間に、ひとりだけ“浮いた”存在がいる。


──きの子だ。


「あれ? きの子ちゃん……?」


ガラス越しに、彼女の後ろ姿が見えた。

ポップな雑貨の山の向こうで、ひとりだけ、異物のように立っていた。


声をかけようと側に寄った直後、彼女は棚の引き出しを一つ、そっと開けた。


そして、その中に詰まった“アレ”を見つけて、無表情のまま、じっと見つめていた。


それは、あり得ない量の──


バッテリーパックだった。


冗談みたいな量。

しかも、どれも無機質で、やけに“ガチ”な見た目をしている。


「えっ、なにしてんの?」


少し遅れてやってきた准君と美鈴が、店内にしゃがみ込んでいる俺たちを見て首をかしげる。


──なんで、こんなポップな雑貨屋の引き出しに?


いや、業務用の備品かもしれない。従業員が機材か何かに使ってるんだろう。


そう思おうとした、その時。


一つだけ、バッテリーパックの側面に目が留まった。


「——生体番号 MZ-0314……」


「きの子ちゃん、やめなさい。そんなとこ開けたらダメでしょ」


俺は咄嗟にそう言って、棚を乱暴に閉じた。


きの子は「あー」とか「うー」とか言って、わざとらしく頬をふくらませてみせる。

でも、そんなのに付き合ってる場合じゃない。


こんなもの、まともに凝視しちゃいけない。


今は——滅多にない、青春のお買い物タイムだったんだ。


あのふたりだって、キラキラ笑ってたんだ。


こんな現実、見せつけられるために来たんじゃない。


……何の現実だってんだよ。チクショウ。


「……さて!そろそろ昼メシでも食うか!」


「えー、まだ見てないー」


「いいから!腹減っただろ!青春ってのは糖分が必要なんだよ!」


俺は強引に話題を切り替えた。ふたりのためじゃない。


──見てはいけないものを、見た。


その感覚から、ただ逃げたかった。それだけだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ