第五話 「青春な休日と、無遠慮な現実」
土曜日。晴天。予定? 皆無。
つまるところ、俺は今日も暇である。
昼までベッドでゴロゴロして、青春ってなんだったっけなと考えてみたが、特に何も出てこなかった。
それはそう。ベッドから出てないのに答えが出るわけがない。
よし、外に出よう。学苑の外に。
ロマンスは外にある。青春は風の中だ。
そうだろう? 俺は知ってるんだ。漫画で読んだ。
というわけで、暇そうなやつでも誘って、街へ繰り出すことにする。
狙うは我らが菩薩系男子・准君。
寮のロビーに行ってみると──
いた。いたけど。いたけども。
准君と、美鈴が。
ソファに座って、談笑してる。
笑顔が、ね? キラッキラなのよ。
え、なに? デートの待ち合わせ? 今から手を繋いで街を歩く予定とかある感じ?
……これ、声かけていいやつ? 大丈夫? 俺、空気読めてる?
「ねえ、君たちさ、暇? 街とか行かない? ロマンス探しに」
言った。言いましたよ、俺は。青春に負けたくなくて。
「え、行きたいっ!」
一番に反応したのは、美鈴だった。
え、そんなノリノリ?
「……じゃ、決まりだな」
准君も笑って頷く。
結局、俺たちは3人で出かけることになった。
まさかの成立。青春、ここに来たる。
俺の勝利である(何に)。
──などと勝ち誇っていたのも束の間、
「じゃあ、着替えてくるね!」
と、嬉しそうに飛び跳ねながら部屋に戻っていく美鈴の背中を見送り、
「俺も準備するか。ロビーに集合な」
と当然のように微笑む准君の言葉に、
俺は静かに──自室のベッドに沈んだ。
やばい、
本当に行く流れだ。
しかもガチめにテンション高い。
そして俺だけノープラン。
……っていうか、あれ?
これ、俺、ただの“くっつけ役”じゃね?
青春の到来を高らかに宣言した舌の根も乾かぬうちに、
ロマンスの主役にはなれない現実を突きつけられた。
神様、話が違うんですが。
まあ、でもいいか。
天気はいいし、ちょっとした街歩きくらい。
——気にしないようにしてた、頭に霞がかかったような今の状況も、何か変わるかもしれないし。
例えば、通い慣れてるはずなのに、どこか“空っぽ”に見える、この街の風景とか。
人の気配はするのに、誰の顔も思い出せないこととか。
「ま、見届け人ってやつも、悪くないか」
俺は軽く伸びをして、着替え始めた。
まだ少しだけ、部屋の中に朝の光が残っていた。
――
寮の玄関を出た瞬間、目に飛び込んできたのは、快晴すぎる空。
これでもかってくらい青い。なんだこの清々しさ。
気圧配置、俺に味方しすぎ。そしてこの2人にも。
「なんかさ、今日の君ら、気合い入ってない?」
俺がそう言うと、美鈴はくるりとその場で一回転してみせた。
「そう? 別にふつーだよ」
言いながらも、美鈴はいつもより少しヒールのあるサンダルを履いていて、ワンピースの裾が風に揺れる。
准君もまた、きちんとアイロンのかかったシャツに、落ち着いた色のスラックス。
俺は少しよれたTシャツに、ジーンズの組み合わせ。
「俺だけ近所のコンビニ感すごいんだけど……」
ふたりの並びに挟まれて、自分の空気の読めなさが炙り出される。が、気にしない。気にしないったら、気にしない。
「ねぇねぇ、早く行こうよ〜」
美鈴が少し跳ねるように先を急ぐ。なんだその足取り。青春か。
しかしこの空気、ちょっとキラキラしすぎてないか?
思わず、照れ隠しに意味不明なネタを放ってみる。
「こんな日はきの子が空から降ってくるって、昔から言われてるしな……」
「そうなのか?」
隣で歩いてた准君が、素で返してきた。
「え、ちがっ……いや……まぁ、うん……」
真顔で信じるのやめてくれませんか。あとでググるのやめて。
ふと、美鈴が後ろでくすっと笑ったのが聞こえた。
俺のきの子ギャグに誰かが笑ったの、多分、初めてかもしれない。
まぁ、こんなのも、悪くないか。
街路樹の緑が、朝の陽光を浴びて煌めいている。
整然と並んだ店の看板。広く舗装された歩道。
人の気配はあるのに、どこか空疎に感じる街並み。
──気のせいだろうか。
昔から知っているはずの風景なのに、なぜか“何かが抜け落ちている”ような感覚。
通い慣れているのに、記憶にひっかかる映像がひとつも出てこない。
この街って、ほんとに俺……
「ねぇ、見て見てあれ!」
唐突に、指差す美鈴。
スズメの未完の思考は、ひゅるんと頭の奥へと滑り落ちていった。
「あそこ行ってみたい!」
美鈴が、ガラス張りの洒落た店舗を指差した。ブランド名は見覚えがないけど、どうやら服屋らしい。
「ウィンドウショッピングってやつか。賢者の買い物術、見て満足するだけっていう──」
「ちがうよ? 入るの。見てるだけなんてつまんないよ?」
きらきらした目で言われて、俺は思わず後ずさる。
「え、入るの? いや、だって俺──」
見下ろす。
量販店の服屋のポスターで見たことあるような、無地の白Tと紺のジーンズ。
これからクワガタでも取りに行くと言っても、納得しそうなコーディネートだった。
准君はというと、シャツの上に薄手のカーディガンなんて羽織ってて、髪もふわっと丁寧に整っている。
美鈴にいたっては、普段よりもワンポイント多めのアクセと、少しヒールの高いサンダル。
……俺だけ、浮いてない?
ファッション誌の街角スナップみたいな二人と、昆虫採集帰りみたいな俺。
道行く人々の視線が刺さる──なんてことはない。
だってこの街、誰もこっちを見ていない。
「まあ、いっか」
Tシャツの胸の辺りをポンと叩いて、気取った風に歩き出す。
テンションを誤魔化すには、多少の芝居が必要なんだ。
その後、何かお気に入りの商品を見つける度に、ふわぁ〜!とか、ほえ〜!とか、よく分からない歓声を上げながら、楽しそうにショッピングをする美鈴を見て、少しだけ、来て良かったなと思った。
——ふと、店の奥で見慣れた後ろ姿を見つけた。
ポップな雑貨やアクセサリーが並ぶ店内。どう見ても女子向けのこの空間に、ひとりだけ“浮いた”存在がいる。
──きの子だ。
「あれ? きの子ちゃん……?」
ガラス越しに、彼女の後ろ姿が見えた。
ポップな雑貨の山の向こうで、ひとりだけ、異物のように立っていた。
声をかけようと側に寄った直後、彼女は棚の引き出しを一つ、そっと開けた。
そして、その中に詰まった“アレ”を見つけて、無表情のまま、じっと見つめていた。
それは、あり得ない量の──
バッテリーパックだった。
冗談みたいな量。
しかも、どれも無機質で、やけに“ガチ”な見た目をしている。
「えっ、なにしてんの?」
少し遅れてやってきた准君と美鈴が、店内にしゃがみ込んでいる俺たちを見て首をかしげる。
──なんで、こんなポップな雑貨屋の引き出しに?
いや、業務用の備品かもしれない。従業員が機材か何かに使ってるんだろう。
そう思おうとした、その時。
一つだけ、バッテリーパックの側面に目が留まった。
「——生体番号 MZ-0314……」
「きの子ちゃん、やめなさい。そんなとこ開けたらダメでしょ」
俺は咄嗟にそう言って、棚を乱暴に閉じた。
きの子は「あー」とか「うー」とか言って、わざとらしく頬をふくらませてみせる。
でも、そんなのに付き合ってる場合じゃない。
こんなもの、まともに凝視しちゃいけない。
今は——滅多にない、青春のお買い物タイムだったんだ。
あのふたりだって、キラキラ笑ってたんだ。
こんな現実、見せつけられるために来たんじゃない。
……何の現実だってんだよ。チクショウ。
「……さて!そろそろ昼メシでも食うか!」
「えー、まだ見てないー」
「いいから!腹減っただろ!青春ってのは糖分が必要なんだよ!」
俺は強引に話題を切り替えた。ふたりのためじゃない。
──見てはいけないものを、見た。
その感覚から、ただ逃げたかった。それだけだ。