第一話 「その日常、非日常」
ようこそ、観月学苑へ。
ここでは、君も2年生だ。反論は受け付けない。記憶を確認しても無駄だよ。改竄済みだから。
改めて俺の名前はスズメ。出席番号は君の隣で、人生経験はちょっとだけ君より多いかも?まぁ深くは聞かないで。これからよろしくね。
さて、物語を始めよっか。
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チャイムが鳴った。
いや、正確には“鳴った気がした”が正しいのかもしれない。
この学苑のチャイムは、耳じゃなくて脳に響くタイプらしい。なんていうか、便利というか、ちょっと不気味というか。
机に肘をついたまま、窓の外をぼんやり眺めていた。
天気は晴れ。湿度はちょっと高め。気圧は、まあ……知らん。
季節は春っぽい。制服がまだ夏服になってないから。たぶん。
「……誰か、来ないかなー」
俺はそうつぶやいて、神様でも悪魔でも異星人でもなく、“厨二病”を呼び寄せてしまった。
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「——汝、この地に在りて、己の真名を持たず彷徨える者よ」
突然、教室のドアが開いた。風は吹いていないのに、何故かカーテンがふわりと揺れた。
いや、それ誰が演出してんの?っていうくらい自然に。いや不自然に。
そこに立っていたのは、小柄な少女だった。
漆黒のフリルつきのセーラー服。
腕には包帯。脚にも包帯。頭にも包帯。どこの戦場から帰ってきたの?
そして、彼女は俺をまっすぐ指差しながら、こう言った。
「貴様に告げる。我が名は“きの子”。異界より来たりし黒翼の使徒にして、夜を統べる魔眼の契約者」
……
……
「カセットテープどこだっけ……」
俺は、机の引き出しをゴソゴソ漁った。
違う、ボケじゃない。これは礼儀なんだよ。
このクオリティ、この魂の叫びを録音せずして、後世に何を伝えるっていうんだ。
「え、えーと……ちょっと待って。録音ボタン押すからもう一回言ってもらっていい?
毎晩これを聴きながら寝たいから。これは俺だけの宝——」
「黙れ。契約はすでに始まっている」
「えっ契約?なんの?てか俺まだ内容聞いてな——」
「拒否権はない。我が魔眼に映りし者は、皆等しく運命の歯車に組み込まれるのみ」
「あー、これあれだ。勝手に契約してくる中二病ヒロインポジだ……って、え、俺もう巻き込まれてる?」
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その後、彼女は俺の机の前に勝手に座って、勝手に昼食を取り出し、勝手に「呪符入りおにぎり」を食べていた。
(ちなみに中身はツナマヨ)
彼女は終始真顔だった。俺がどれだけ茶々を入れても、一切ブレない。
逆に、俺の方が「俺って何だっけ?」みたいな気分になってくる。
そして、その“ズレ”が妙に、心地よく思えてしまう自分がいた。
観月学苑2年2組は、今日も何かがズレている。