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神々の奇想四重奏

偽りの贈り物〜dark side story〜【番外編】

作者: 七宮叶歌

 私は、目の前にいる己を滅ぼそうとする男と、一度だけ邂逅を果たしたことがある。この男は、それを覚えているのだろうか。


 * * *

 

 妻であるオリビアは、カノンという百年前の地の魔導師にそっくりだ。奇しくも地の魔導師は、私が憎む相手である。髪の色から瞳の輝きまで、見た目は何から何まで同じ――ただの偶然ではあるが、何の因果でこんな女と結婚しなければならないのか。妻の笑顔を見る度に、憎しみが宿る。

 そのやり切れない思いを、カノンの元恋人である水の魔導師にぶつけることにした。生まれ変わってもなお、カノンを探し回っている哀れな男――。私の暇つぶしには丁度良い。

 今日はあの男の誕生日である筈だ。その証拠に、魔導師の誕生日を祝う鐘の音が王都に鳴り響いた。

 私の罠にはまった時、彼はどんな顔を見せてくれるのだろう。

 それよりも、彼は今日もカノンを探し回るのだろうか。そうでなくては困る。今一度、確認しておこう。魔法陣を展開し、サファイア王国の彼がいる一室へと急いだ。

 ドアの隙間から部屋の中を窺うと、私たちの住まうエメラルド王国の装束を身にまとった彼の姿があった。

 良かった、私のぬか喜びで終わらずに済みそうだ。なおも様子を見て、彼の出方を窺う。


「今日はどこに行こう。エメラルドの……下町にしよう」


 彼は一人呟くと、儚く微笑む。

 下町では困る。貴族街でなくては。


「カノン……見つかると良いな」


 そんなことは絶対に起きない。断言出来る。理由は、カノンに千年間の転生を許さない呪いをかけたからなのだ。それを魔導師たちは知らない。

 早速、彼は魔法陣を展開する。その縁に示される文字を私の力で捻じ曲げ、転移先を変化させる。


「えっ?」


 異変に気づいたのだろうが、もう遅い。魔法は発動してしまっている。彼が光に包まれて消えたのを見届けると、私も転移先へと移動した。

 木陰に身をひそめ、彼の動向を見守る。


「なんで、貴族街に?」


 立ち並ぶ屋敷を一通り見回すと、彼は小さな溜め息を吐いた。


「貴族街は嫌だったんだけど……しょうがないか」


 冬に差しかかる冷たい風が彼を撫で、日光が金の髪を照らす。貴族街には似つかわしくない服装で、彼はすたすたと歩き始めた。

 良し、これで準備は整った。次は彼女の番だ。自分の屋敷へと転移し、リビングに躍り出た。


「オリビア、今日にでも、ドレスを新調しに行かないか?」


「嬉しい……! 良いのですか?」


「良いから言っている」


 オリビアはきゃっきゃとはしゃぎ、私の頬にキスをした。


「ルイス、大好き」


 溢れんばかりの笑顔を向け、踊るように去っていった。

 煩わしい。頬を手の甲で拭い、舌打ちをする。

 今に見ていろ。この手でその笑顔を握りつぶしてやる。カノンと同じように。

 一人にたりと笑い、拳を握り締めた。

 女というものは、出かける準備にやたらと時間がかかる。オリビアも例外ではなく、一時間が経過しようとしていた。

 あの男は、カノン探しをまだ続けているだろうか。心配になっているところへ、ようやくオリビアがエントランスへとやって来た。


「ルイス、行きましょう?」


「ああ」


 嫌々、オリビアと腕を組み、微笑んでみせる。偽りの仮面夫婦を続けるためには仕方のないことだ。自身に言い聞かせる。

 私は彼にオリビアを堂々と見せつけて、優越に浸るという嫌な趣味はしていない。恋愛ごとにはほとんど興味がないのだから。

 人混みに紛れ、はぐれたふりをしてオリビアだけを彼に見せつけるのだ。その反応が見たい。

 彼の髪は一際目立つ。どこにいるのかなんて、ひと目で判断出来る。こちらにはいないらしい。

 では、どこだ。一番行きそうであるのは、商店街か。この道をまっすぐ進めば、商店街へ繋がっている。

 お願いだ、まだいてくれ。それでなくては面白くない。


「ルイス、なんだか気が気ではないようだけど……」


「そうか? いつも通りだがな」


「目が泳いでるというか……」


 ええい、邪魔くさい。通行人たちに紛れ、オリビアから手を離した。彼女は人にぶつかりながら、どんどん私から遠ざかっていく。


「きゃっ! ルイス!」


 それで良い。これであの男と鉢合わせ出来るのなら。オリビアの足を操り、あの男が行きそうな場所へと誘う。

 彼は――いた。噴水の前で人定めをし、焦茶の髪の女を見つけては、ひたすら声をかけているようだ。なんて無様なのだろう。これだけでも笑えてしまう。いや、面白いのはこれからだ。


「オリビア、楽しませてくれ」


 小さく呟き、あの男目がけて体当たりをさせた。


「きゃっ!」


「……った!」


 二人はもつれ合い、その場に倒れ込む。オリビアの顔を見た瞬間、彼の青の瞳は見開かれた。

 さあ、舞台の幕は上がった。私を楽しませてみろ。

 戸惑いながらも、彼は冷静さを装う。先に立ち上がると、オリビアに手を差し伸べた。


「レディ、大丈夫ですか?」


「はい、申し訳ございません」


 オリビアもその手を取り、たおやかに膝を折って挨拶をする。彼は興味津々といった様子で、彼女の顔を見つめた。


「貴女のお名前は?」


「私ですか?」


「はい」


「オリビアです。オリビア・カーター。エスクリント伯爵夫人です」


 『夫人』と聞いた途端、彼の瞳に陰が渦巻いていく。


「ご結婚……されてるんですね」


「はい。とても素敵な旦那様ですよ。ところで、貴方のお名前は?」


「俺、ですか?」


「ええ。レディに名前を聞いて、自分は名乗らないなんて、紳士に有るまじきことではありませんか?」


 彼は名乗れないだろう。何より、魔導師として本来の名を奪われているのだ。『祝福』という意味で塗り固められて。その愛称は世界全土に知れ渡っている。名乗れば魔導師だとバレるだろう。

 しかし、彼は予想外の反応をする。


「俺は……」


 俯く彼に、オリビアは瞼を瞬かせる。


「クローディオ・ヴァルター。ルーゼンベルク公爵家の長男です」


「えっ!? サファイアの、あのルーゼンベルク公爵の!?」


「はい……」


 彼がクローディオという本名だということには納得がいく。彼の魔導師名はクラウだからだ。それにしても、ルーゼンベルク出身とは。名が知れすぎている。

 神も思い切ったことをしたものだ。と感心している場合ではない。オリビアの瞳が輝き出したのだから。


「お忍びで、こんな所まで?」


「まあ、そんなところです」


「だから質素な服装をされているのですね」


「あはは……」


 この調子では、オリビアはカノンではないと勘づいたのだろう。彼の薄ら笑いがそう物語っている。

 もうやめだ。こんなにも面白くない劇はない。木陰から雑踏に飛び出し、なに食わぬ顔でオリビアへと近付いた。


「オリビア、はぐれてしまって済まない」


「あっ、ルイス! 丁度、この殿方にルイスの自慢をしていたんですよ」


「そうか」


「貴方がオリビアさんの旦那さんですか?」


 彼は哀愁の漂う瞳を私に向ける。その表情が見たかったのではない。もっと絶望に歪む表情が見たかったのに。


「そうだが」


 私が苦し紛れに返事をすると、彼はにこっと微笑む。


「お初にお目にかかります」


 胸に手を当て、いかにも貴族らしく腰を折る。ここまで社交辞令をしに来たのではないのに。


「この方、あのルーゼンベルク公爵家のご長男――」


「しっ! このことは内密に」


 彼は人差し指を口に当て、周囲を気にする。


「知られたくないご事情があるのですね?」


「ま、まあ……」


 当たり前だ、この男は魔導師なのだ。普段は外出など許されない。今頃、使い魔は混乱の真っ只中にいるのだろう。


「オリビア、ドレスを選ぼう」


「ええ! 嬉しい」


「では、私たちは失礼します」


 自ら終幕をおろし、足早にその場を去ろうとした。その時。


「お幸せに」


 彼が囁いたのだ。


「クローディオ卿もお幸せに」


「そのことはご内密に!」


 彼にはまだ他人の幸せを祈る余裕があるのか。――自分が幸せではないくせに。面白くない。

 彼の顔を見もせずに、オリビアの手を引いて服飾店へと向かう。その中で。


「カノン、どこにいるのさ? いつになったら……逢えるんだろう」


 彼のうわ言を聞いた気がした。

 適当にオリビアのドレスを見繕い、屋敷へと帰ってきた。彼女と別れるなり、サファイアのあの部屋へと向かう。

 彼がどんな顔で今を過ごしているのか、気になったのだ。

 思った通り、彼はさめざめと泣いていた。椅子にも座らず、地べたにへたり込んで。

 私の気配にも気づかずに、使い魔は彼の前にしゃがみ込んでいる。


「クラウ様、何があったんですか?」


「今日、カノンにそっくりな人と出会ってさ。でも、その人は結婚してたんだ。雰囲気で、カノンじゃないってすぐに分かった」


「それでへこんでるんですか」


 使い魔は深い溜め息を吐き出す。


「あと、カイルに謝らなきゃいけないことがある」


「なんですか?」


 小首を傾げる使い魔に、彼は躊躇いがちに口を開いた。


「俺の本名、その人にバラしちゃった」


「……何してくれてるんですか! それでまずいことになったらどうするんです!」


「だから貴族街は避けてたんだけど、なんでかな」


「そんなの私に聞かれても知りませんよ。まったく……」


 使い魔は膨れながら肩をすくめる。

 その怒りもすぐに冷めたようだ。テーブルに置いてあったホールケーキを手に持つと、彼に捧げる。


「クラウ様、今日お誕生日ですよね」


「あっ……そっか。忘れてた」


「ハッピーバースデーです」


 このまま和やかな雰囲気に突入するのだろう。私はそんなものは見たくない。

 嫌気がさし、屋敷の書斎へと転移する。そのままの勢いで、火、水、風の魔導師に見立てたチェスボードに佇む白の三つの駒を薙ぎ倒す。


「ああ、つまらない!」


 地の魔導師は現れる筈がないのに。何故、希望を持っていられるのか。元々転がっていた、地の魔導師を合わせた四つの白の駒がチェスボードの周りに散らばった。残った一つの黒の駒は、その崩れる様を何事もなく静観しているようだった。


 * * *


 一年後、あの抹消してやりたかった地の魔導師は現れた。あの時の男が、ここまで生きる希望を見いだし、私に刃向かってくるとは。カノン――いや、ミユはやはり侮れない。

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