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ケモミミ少女が救われる話  作者: 霜降り
ケモミミ少女は救われる
9/27

九話


 いつもより静かなあの部屋で俺と小柳さんは向かい合う。

 ゆっくりと小柳さんがこちらにお茶を手渡してきた。

 それは、これからの話が長くなるということを端的に表していた。


「……いつから、気がついてました?」


 小柳さんはお茶を手に持つだけ持ち、それを眺めながら問いかけてくる。


『陽菜の家族について、教えてください』


 俺のその質問に対してその答えが帰ってきたということは、やはり陽菜の家族に何かあったということ。

 そのことに眉を下げながらも俺は語り始めた。


「違和感を明確に覚え始めたのは一ヶ月前くらいから……確信したのは昨日」


 陽菜に対しての違和感。

 それを疑い始めたのは一ヶ月前あたりからだ。

 違和感と呼べるものは当初からあった、しかしその違和感はちょっとしたもので、そういうものか程度に思っていた。

 けれど、それが一ヶ月も続いたら?

 疑いを抱くには十分な材料となる。

 その違和感を俺は上げていく。


「陽菜は小柳さんにゲームを買うのを手伝ってもらったって言ってたけど、それはおかしい」


 だって、自分の担当の医者にそんなことは頼まないだろう?

 ゲームを買うなんて個人的なことを医者に頼む奴なんていない。

 頼りにするにしても親類、もしくは友人に頼むだろう。

 それでも頼むとしたら、医者以外頼れるものがない場合になるんじゃないだろうか。


「陽菜はよく小柳さんの話をする。小柳さんと日常的に話すみたいな言い方で」


 陽菜は小柳さんについて話すとき、やけに身近に喋る、そして小柳さんについての話題はやけに多い。

 例えば、一ヶ月ほど前の外食の時だ。

 あのとき、陽菜は小柳さんが心配してると言っていた。

 別にそれ単体なら大しておかしくもないだろう。しかし、似たような形で陽菜が小柳さんの話題を出すことは医者と患者という関係にしては異常なほど多い。

 そう、日常的に小柳さんと会ってないとおかしいくらいに。

 なにより、彼女は小柳さんのことを話す割に家族のことはほとんど話さない。


「待ち合わせ場所も、普通病院にはしない」


 検診の日はともかく、週二回会ううちの一回は病院に予定なんてない。

 なら、わざわざ病院で待ち合わせなんてするはずがないし、小柳さんがそのたびに出てくるのもおかしい。

 そして、確信に至ったのがお泊まり会だ。


「お泊まり会の許可を取ったって言ったとき、陽菜は小柳さんの方を見てた。でもそれは、おかしい」


 お泊まり、人の家に泊まるという行為。

 それはそれなりに信頼関係ないとできない行為で、家を一日留守にする以上、親に許可は絶対必要なのだ。

 けど、陽菜はおそらく親には許可を取っていない。

 代わりに、小柳さんに取っていた。

 それは、おかしいだろう。

 普通お泊まり会の許可は親に取るのだから。

 これじゃあまるで、小柳さんが陽菜の保護者みたいだ。


「それで二つの可能性を考えた。一つが、小柳さんが陽菜の親の可能性……けど、これも違和感がある」

「…………」


 この違和感達を矛盾させずに成立させる条件を俺は考え、二つの可能性にたどり着いた。

 一つが、小柳さんが陽菜の親である可能性。

 だが、小柳さんは陽菜の親ではないと思う。

 単純に、陽菜と小柳さんでは、苗字が違う。

 陽菜の苗字は小夜、それに対して小柳さんは、当然小柳だ。一文字目は同じだが、そんなのはよくあることだ。

 もちろん、親戚関係でも苗字が違うことは全然あり得ることではある。

 しかし、小柳さんが医者であることを考えると、もう一つの可能性のほうが俺はしっくりくると思えた。


「他にあり得るとしたら、()()()()()()()()()()可能性」

「…………」


 病院に住む。

 これならば、医者である小柳さんが事実上の保護者になっているのも頷ける。

 苗字が違うのもおかしくない、だって血縁関係はないのだから。

 俺の推理を小柳さんは肯定も否定せず静かに続きを促した。

 だって陽菜が病院に住んでいるのはまだ過程の話、もっと大事な話があるのだから。


「じゃあ、なんで陽菜は病院に住んでいる?」


 問題なのは何故、陽菜が病院に住んでいるかだ。

 病院に住む。

 それは、入院と考えればおかしいことじゃない。

 俺だって、異世界症候群直後は一ヶ月ほど精密検査のために病院で過ごすことになった。

 けど、陽菜はもう病院に来てから最低でも二ヶ月が経過している。

 それは、おかしいのだ。

 異世界症候群は健康的な面でいえば特に問題はない病気。

 故に入院する必要なんてない。

 陽菜が何かしら持病を持ってる可能性も考えたが、それにしては陽菜は元気すぎるし、それならば小柳さんの性格からして俺達二人での外出は許可しないか、するにしても俺にそのことを話すはずだ。

 ならば俺が一ヶ月ほどで退院できたのだから、陽菜だってそうなるはずだ。


 考えられる可能性は

 彼女に、()()()()()()()可能性だ。


「……陽菜の両親は、亡くなっている。違う?」

「……ええ」


 俺の推理を聞いて、小柳さんは観念したかのようにそれを認めた。

 やはり、そうだったのか。

 どうか、当たらないでくれと思っていた。

 脳内で察していながらも今までそこに突っ込んでこなかったのは、踏み込んでいいのか迷っていたのもあるが、なによりも明るい陽菜にそんな過去があるということが信じられなかったからだ。

 だが、俺の推理は当たってしまった。

 陽菜の家族は亡くなっている、その事実は俺に重くのしかかった。

 陽菜は言っていた。


『家族はずっと一緒なんだよ』


 あの言葉に陽菜はどんな思いを込めていたのだろうか?

 分からない。ただ、俺の胸の奥がきゅっと苦しくなった。


「よく、わかりましたね」


 小柳さんは俺の推理を褒める。

 だが、俺はそれは違うと思った。


「気づくように仕向けてた」

「……そんなことはありませんよ」


 小柳さんが否定するが、その目が明らかにそれを認めていた。

 いつから、といえば多分一カ月以上前から、陽菜と出会ってかなり早い段階から、小柳さんは俺が陽菜の家族に気づくように仕向けていたのだと思う。

 彼女ほどの人間ならもっと上手く隠せるはずだから。

 自然にこちらから陽菜の家族について聞いてくるように誘導していた。


 つまり、俺は彼女の手のひらの上で踊らされていたというわけである。

 これだけ聞けば彼女が悪人のように聞こえるが、小柳さんはそんな人じゃない。

 だから、別に気にしていない。

 陽菜とさらに距離を詰めるなら、このことに関してはいずれ向き合わなければいけなかっただろうし。

 この人がやることなら、それが陽菜のことを思ってのことなのは理解しているから。


「……話を聞かせて」

「本当は、駄目なんですよ。かなり個人的な話になりますから」


 小柳さんは話す前にそう前置きした。

 まあ、その通りだろう。人の親のこと、それも……人死にのことについてなんて当人以外が話していいことではない。

 なんだったら医者という立場を持つ彼女は話すにはかなりリスクのある話だ。

 だからこれは大人としての最低限の前置きということだろう。

 小柳さんはゆっくりと話し始めた。


「……陽菜さんの両親は成月さんの言う通り三ヶ月前に亡くなっています」

「っ」


 わかっていた。

 けれど、信頼のある彼女の口からその事実を発せられるとその事実がどうしようもないものであることがよく理解できてしまい、またくるものがあった。


「……理由は聞いても平気?」

「はい、ですが、かなりショッキングな話です。大丈夫ですか?」


 陽菜の年齢から逆算して、両親の年齢は三十から四十程度だろうか。

 三十から四十あたりの人間が死ぬことはそうない。

 あるとすれば、病気か事故か事件の三択だろう。

 どれにせよ、不幸な話には変わらない。

 小柳さんはショッキングな話だという。

 正直に言えば少し、怖い。それはショッキングな話がと言うよりも陽菜の身に起きたことを知ることが怖かった。

 けれど、知らなきゃならない、陽菜のために。

 踏み込むって決めたんだから。


「お願いします」

「わかりました。……三ヶ月前に起きた大規模な玉突き事故について知ってますか?」

「っ!……あれが」


 その事故は聞き覚えがあった。

 確か、高速道路で起きた何台もの車が関わったかなり大規模な玉突き事故。

 死者数は六名、重軽傷者は十数人を超える。

 その規模の大きさから結構なニュースになったのを覚えている。

 とはいえその事故のことは他人事だからとそのニュースを見た時俺は全く気にしていなかった

 言われてそんな事故あったなとなる程度。

 しかし、陽菜はその事故の関係者だった。


「陽菜は、巻き込まれたんですか?」

「いいえ、陽菜さんは家にいたそうです」

「…………」


 それを素直に喜ぶことはできなかった。

 不幸中の幸いではあるが、それを不幸中の幸いというにはあまりにも不幸が大きすぎるのだから。


「陽菜さんのご両親は、その日車で知り合いの元へ向かっていたらしいです。そして、その日の帰り道に……」


 事故が、起きてしまった。

 小柳さんは最後まで言わなかったが、何があったのかを理解するには十分だった。


「不幸だったのが、ご両親の車はトラックの合間に挟まれてしまったことです」


 小柳さんが教えてくれたその事実に俺は息を呑んだ。

 トラックとトラックの合間に挟まれたというその車。

 その車には覚えがあった。


 事故のことはよく覚えてなくても、その車のことはよく覚えている。

 なにせ、その見た目はあまりにも衝撃的だったのだから。


「挟まれた車はグシャグシャだったそうです」

「……知ってる」


 まるで紙をボールのように無理やり丸めたときのような姿だった。

 ぐにゃりぐにゃりと鉄の塊が折れ曲がっていて、あれを見たとき車がこんなことになってしまうのか、そう思った。

 あの中に、陽菜の両親がいたというのか?


「陽菜さんのご両親は身元も分からないような状態だったと聞いています」


 医者だからだろうか、そういう話に慣れてるのか淡々と語る小柳さんに俺は顔を青くする。

 人よりも硬い鉄がああなるのだ。

 中にいた人間がどうなったかは想像に容易く、そして、想像すらしたくなかった。

 陽菜の家族に起きた不幸に、俺は胸を締め付けれる。

 だが、まだだった。


「……これで、終わりじゃないんです」

「え……」


 陽菜に起きたことはこれだけではなかった。


「陽菜さんのご両親は、状態が状態でしたから身元の特定に時間がかかりました……結果的に陽菜さんの保護が出来たのは事故から()()()()()()()()()()()()()

「一、週間?」


 陽菜は一人っ子だと言っていた。

 つまり、彼女はたった一人で親の帰りを待ち続けたということになる。

 一週間も

 たった一人で

 あの()()()()()を、である。


「保護されたとき陽菜さんは栄養失調で玄関に倒れていたそうです……おそらく」

「ずっと、待っていた……」


 両親が帰ってくるのを。

 玄関の前で、ずっと。

 ……陽菜は馬鹿じゃない。彼女の頭なら親が帰ってこない時点で何かがあったことは察すはずだ。

 それに、陽菜は一人で生活できないような人間じゃない。

 料理も多少できるし、一週間程度なら一人でも問題なく生き残れる。

 そんな彼女が、玄関の前に倒れていた、ということは……

 彼女は信じれなかったのだろう。

 自身の親が死んでいるということに。


「さらに、不幸なことに異世界症候群もその一週間の合間に発症したと思われます」

「…………っ」


 泣きっ面に蜂。

 なんて、最悪なタイミングで。

 その一週間、陽菜は果たして何を思ったのだろうか。

 分からなかった。俺の知ってる陽菜では想像できなかった。

 『異世界症候群についてどう思う?』

 昨日、陽菜がお風呂場で聞いてきたことだ。

 彼女は俺と同じと言っていた。

 俺と同じ、彼女はそう言っていた。

 それは嘘ではないのだろう、だが同時に何か含みがあるように俺は感じていた。

 それがなんなのかは、俺にはわからない。

 けれど、なにかしら、複雑な気持ちを抱いてるのは間違いなかった。


「これが、陽菜さんの身に起きたことです」

「陽菜に、そんなことが」

「……はい」


 あの明るい陽菜にまさかそこまでのことが起きていたなんて想像していなかった。

 これを知るとあの明るい笑みですら辛いことを誤魔化すためにしてるんじゃないか、そう思ってしまうほどだった。


「陽菜は……そのことについては?」

「……なにも、一度も家族についても、その一週間についてもなにも喋っていません」

「っ」


 それは、間違いなく陽菜の身にとって家族のことも傷になっている証明だった。

 陽菜は、『家族』に対してどう思っているのだろうか。


『家族になろう!』


 昨日、陽菜は太陽のような笑みを浮かべそう言った。

 その言葉が、今、あまりに重くのしかかってきていた。


「それどころか、成月さんと会う前は、ずっと静かで口を開くこともなかったんです」

「陽菜が……」


 あの暇があれば口が動く陽菜が喋らない。

 それは、あの陽菜の姿を知っている俺からすればあまりに想像できない姿だった。

 

「私はカウンセラーでもありますので陽菜さんの心の治療も行いました。ですが、結果は芳しく無く……」


 小柳さんは、悔しそうに話していく。


「両親との別れに、異世界症候群、おそらく陽菜さんは酷い孤独感を味わったと考えられます」

「…………」


 俺だって、異世界症候群の直後は酷い孤独感に襲われた。

 それを陽菜は、家族の喪失とともに味わった。

 十六歳の子供が、である。

 果たしてその傷はどれだけ深いのだろうか。


「私では、彼女に寄り添うことができませんでした」


 罪を懺悔するように小柳さんは言う。

 しかし、それを責めるのは酷というものだろう。

 両親を失っただけならともかく、異世界症候群など症例で言えば二件しかないのだ。

 それも、あまりにも特殊な自身の身体が変異してしまうという病気。

 世界が全て変わってしまう病気。

 俺はよく知っている、その孤独感を。

 それに対して寄り添うなんて、土台無理な話なのだ。

 だって、住む世界が違うのだから。

 宇宙人に寄り添おうとするようなものなのである。


「……でも、だからといって放置するわけにはいかない。だから、彼女に寄り添える可能性のある人と会わせたら、そう考えたんです」


 しかし、小柳さんは医者であることを諦めなかった。

 自分で無理なら、他人の力。

 そして、彼女の知り合いにはあまりにも丁度いい人間……否、獣人がいた。


「それが、俺」

「はい。成月(なつき)さんと会わせてみようって思ったんです」


 そうして白羽の矢が立ったのが、日本で唯一、陽菜と同じ異世界症候群である俺だったというわけか。

 違う世界の人間には、同じ世界の人間をぶつけよう。

 小柳さんはそう考えたのだろう。


「成月さんはこの日本で唯一陽菜さんと同じ異世界症候群です。外見的にも親しみやすいでしょうし、彼女の孤独感を払うのに試してみる価値はあると思ったんです」

「……なるほど」


 一理ある話だ。

 同じ異世界症候群、心を閉ざした少女を会わせてみるには十分すぎる理由だった。

 外見的に親しみやすいと言われるのは、なんか、ちょっと、あれだけど。


「まさか、ここまでうまくいくとは思いませんでしたが……」

「……まあ、うん」


 俺もここまで仲良くなるとは思わなかった。

 そういえば今思い返せば小柳さんは初めて陽菜と俺が出会って陽菜が俺に抱きついたときに凄く驚いていた気がする。

 俺はてっきり抱きついたことに対してだと思っていたが、陽菜がこんなに反応したことに対してだったのかもしれない。


「成月さん」


 小柳さんが俺の名前を呼ぶ。

 俺と小柳さんの視線が交わった。


「医者として本当に不甲斐ない限りですが、私の力では陽菜さんを救うことは出来ませんでした」

「…………」


 彼女は罪の告白するかのように語る。

 いや、医者という職に誇りを持つ彼女からすれば、患者を救えないということは本当に罪なのだろう。

 彼女は真剣な眼差しで、こちらを見る。


「でも、()()()()()()()()()

「!」


 彼女は断言した。


「陽菜さんは、成月さんと会ってから変わりました。私とも話してくれるようになって間違いなく彼女の心は回復に向かっています」

「………」

「あなたは、私ではできなかったことをやってみせたんです」

「それは……」


 俺が何かをやったわけじゃない。

 ただ、陽菜と仲良くしていただけで、俺は何もしていない。

 むしろ、俺が陽菜に救われたというのに。


「ですが、彼女の心の奥深くにはまだ傷が残っています」

「傷……」


 小柳さんは言う。

 やはり、そうなのだろう。俺も確信まではできていなかったが陽菜が苦しんでいるのは勘づいていた


「家族か、異世界症候群か……その傷が何かまでは、私には特定できませんでした。ですが」


 そこまで喋ると、小柳さんは息を吸う。

 そして、力強く言った。


「陽菜さんと同じ、唯一の異世界症候群である成月さん、あなたなら陽菜さんを救える。私はそう思っています」


 彼女は椅子から立ち上がる。

 そして、頭を下げた。


「どうか、お願いします。陽菜さんを救ってください」


 まるで自分の人生がかかっているんじゃないか、そう思わせるほどの迫力で彼女は俺へと頼む。

 頭を九十度を超えるほど下げて、心の底から、誠心誠意全力の頼みだった。

 ……ああ、ほんと

 この人はかっこいいな。


「頭、あげて」

「……はい」


 彼女はこちらを見て俺の返答を待つ。

 その顔は断られるとでも思っているのか不安そうだ。

 そんな彼女を見てほんの少し怒りの根性が湧いてきた。

 ……何ていうか。


「別に、言われなくても最初からそのつもりだった」

「……!ということは」

「俺は陽菜に救われたから、だから今度は俺の番」


 ぱあっと小柳さんの顔に笑みが浮かぶ。

 いい笑顔だった、まるで陽菜のような笑顔。

 俺は陽菜に救われたんだ。

 それを返さないほど、恩知らずなつもりはないのだ。

 頼まれなくたってやるよ、別に。

 全く信頼してほしいものである。


 さて、陽菜を救うためにまず小柳さんに頼みたいことがある。


「お願いがある」

「はい、できる限りは手伝わせていただきます」


 お願いを、小柳さんに伝える。

 とっても大事なお願いだ。

 彼女は頼もしいことに驚きこそしたものの、二つ返事でそのお願いを聞いてくれた。


 それじゃあ、早速……の前に

 小柳さんに言っておきたいことがあるんだ。


「お礼」

「はい?」


 俺の突然の言葉に小柳さんが頭にはてなマークを浮かべる。

 この人、こんな顔もできたのかと思いつつ説明する。


「陽菜を救おうとしてくれていた、そのことのお礼」

「……私は何もできませんでした。受け取れません」

「違う」


 自嘲気味に彼女は言う。

 だが、そんなことない。

 あなたがやった努力は無駄じゃないのだ。


「俺と陽菜を会わせてくれた。それは小柳さんがやったこと」

「…………」

「それは、誇って欲しい」

「そう、でしょうか」


 前も言った気がするけれど、陽菜と俺を会わせてくれたのは間違いなくこの人だ。

 そのことを、俺は彼女に誇って欲しい。そう思っている。

 それは、きっと次にも繋がることだから。


「そう、だからお礼」


 俺は椅子から立ち上がると目の前の彼女に()()()()()()()


「……撫でていいよ」


 なんだかんだずっと撫でたがってたし。

 お礼としては丁度いいだろう。


「い、いいんですか?」

「うん」


 俺が頷くと、小柳さんは恐る恐る俺の頭に手を乗せる。

 んっ、小柳さんの柔らかくも大きな手が頭に触れて耳がピクピクと動いた。

 彼女が手を動かす。

 ……あ、これいい。例えるなら眠い時のお風呂のような、気を抜けば落ちてしまいそうな、そんな心地よさ。

 小柳さんの手……すごい、気に入った。

 そのまま、俺は小柳さんの手を受け入れて、心地よさを味わっていた。

 そして、彼女が手を離す。


「……ありがとうございました。とても、良かったです」

「…………」


 俺は無言で彼女の手を見つめる。


「……成月さん?」


 無言の俺に小柳さんが困惑したように俺の名前を呼んだ。

 それを無視して、俺は小柳さんの手を取る。

 そして、それを頭の上に運んだ。


「もっと」

「え」

「もっと撫でて」

「!?」


 ああ、これ……いい






 陽菜の病室はとても懐かしいものだった。

 なにせ、俺も昔その部屋で過ごしていた時期があったのだから。

 ドンドン、ドアをノックする。

 返事が返ってこないのを確認して、ドアを開けた。

 静かな部屋だった。

 物らしい物は全く置いておらず、何にもない。

 生活感の薄い、白い部屋だった。

 その部屋の窓際、白いベッド、そこに陽菜はいた。

 こちらを向かずただ窓を眺めている。

 静かに、何を考えてるかもわからない月のような無表情で。

 そんな初めて見る陽菜の姿はどこか儚げで瞬きをすれば消えてしまいそうで、俺は息を呑む。

 彼女が、こちらへ振り向いた。


「……な、つき、ちゃん?」

「よ」


 俺は、なんでもないかのように彼女に話しかける。

 彼女は少し固まったあと、その月のような無表情からどんどんと驚きの表情に変わっていった。

 その顔の動きが面白くて俺は少し笑ってしまう。


「なななななななな、なんでここに!?」

「ん?ああ」


 驚く彼女に俺は持ってきた荷物を見せつける。

 その中身はパジャマやら、歯ブラシやら。

 ()()()に必要なものである。

 実は今日、最初からそのつもりだったのだ。


「お泊まり会、延長戦だ」



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