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ケモミミ少女が救われる話  作者: 霜降り
ケモミミ少女は救われる
7/27

七話


「やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ」

「キャ、キャラが壊れてるよなつきちゃん」


 お泊まり会と言えば夜ふかし。

 それに陽菜と長く一緒にいられる、なんて理由で決行された夜ふかし。

 そのために陽菜が買ってきたゲームは、ホラーゲームだった。

 駄目である。


 駄目である。


 俺は首をブンブンと横に振りまくる。


「ホラーゲームだったら俺は寝る!一人でやれ!」

「なつきちゃん、ホラー苦手?」


 こくり、嫌々ながら俺は頷く。

 駄目なのだ。ホラーは駄目なのだ。

 絶対に駄目なのだ。


「そ、そんな苦手?」


 逃げようとする俺に陽菜のやつは困惑した顔だ。

 そう、俺はホラーが駄目である。

 どのくらい駄目かと言えば、意地を張らず素直にやめてくれと懇願するくらいには駄目である。

 いや、正確に言えばお化けとかが苦手なわけじゃない。

 その、びっくり系と追いかけられる系これだけだ。

 これだけは、この二つだけは、本当に無理なのだ。

 ……まあ、あともう一つトラウマがあるからなんだが。

 だから、お化けは平気だ……平気だし、本当だし。


「えー、折角買ったのに」

「やらないから!ぜぇぇったいやらないから!」


 ホラーゲームをするくらいなら俺は死んだほうがマシである。

 そのくらい俺はホラーゲームが嫌だ。


「別に夜ふかしなら他のゲームでいいだろ?な?」

「まあ、そうだけど、夜ふかしするならやっぱりホラーゲームじゃない?」

「じゃない!」


 むしろ夜ふかしとホラーゲームなんて相性最悪だろ。

 だって夜だぞ?暗いんだぞ?それだけでもちょっと怖いのに、そこにホラー要素なんて付け足しちゃ駄目だろ。

 ああ、確かに?世間的にホラーゲームするなら夜はそうなのかもしれないよ?

 けど、俺は違うと思う。

 ホラーゲームをするなら朝だ。朝日が昇る中ならお化けだって襲ってこれないし。

 そもそも、ホラーゲームなんてやりたくないけど。


「駄目?」

「駄目!」


 涙目になりながら断固拒否。

 やはり金を払ったからには諦めきれないのか陽菜が食い下がるが駄目なものは駄目だ。

 本当にこれだけは駄目だ。

 それに陽菜は残念そうだ。けど、引かない俺は引かないからな。


「どうしても、駄目?」

「駄目……あれだろ?怖がる俺を見て笑いたいんだろ?」

「ええ、なんでそうなるの?もしかして、されたことあるの?」

「……ああ、妹のやつに」


 それはもう本当に昔の話。

 ホラーが苦手となった原因の一つであるトラウマ。

 その正体は風呂場で話した妹のやつが大きく関わっている。


 ある昔のことだ、妹のやつに強制的にホラー映画に付きあわされたことがある。

 ちなみに妹のやつは俺に対してホラーは大の得意、B級ホラーであろうが片っ端から食い漁るようなやつだ。

 ホラーのスプラッタシーンを大爆笑しながら見るようなやつである、もはや何も言うまい。

 そんなやつと俺はホラー映画を観たわけだが、当然俺はビビり散らかす。

 それをまあ生意気な妹は弄りに弄るのだ。

 その経験は間違いなく俺のホラー嫌いを加速させるものだった。


「……なつきちゃんの妹さんってもしかして性格悪い?」

「だいぶ、だから妹なんてよくないって言ったんだ」


 それを聞いた陽菜のやつは苦笑いである。

 妹の現実なんてそんなもんだ。あいつに可愛いの要素はない。

 ともかくこれで俺がホラーゲームをやりたくない理由は陽菜にも分かっただろう。

 しかし、それを聞いてなお陽菜のやつは引き下がらなかった。


「う〜ん、なつきちゃんの理由はわかったけど、それでもやらない?せ、折角買ったんだからさ」

「一人でやればいいだろ。なんでそんなやらせたがる」

「……えーとね」


 なんというか、いつもの頑固を発揮したわけじゃなさそうなのに、やけに俺にやらせようとするのが不思議で問いかける。

 すると陽菜のやつが恥ずかしそうに目を逸らした。


「……実は私もホラー苦手で……」

「何で買った!?」


 彼女から告げられたのは衝撃の事実であった。

 まさか、ホラーゲームを誘ってくる側もホラー苦手だとは思わなかった。

 そんな彼女に当然の突っ込みを入れれば言い訳じみた答えが返ってきた。


「だ、だって、ホラーって怖いのを楽しむものじゃん?」

「……それは、そうだけど」


 その言葉は確かに一理あった。

 ホラーゲームの何が楽しいのかと言えば怖いことなのだろう。俺には理解できないが。

 それなら買うのも納得はできた。納得は


「それで、一人じゃ無理だけどなつきちゃんとならできるかなって」


 ……なるほど

 二人でやれば怖くない、そう思って買ったわけか。

 確かに、赤信号みんなで渡れば怖くないじゃないかが、二人でやれば多少は恐怖もマシになるだろう、しかしである。

 怖いもんは怖いだろ。


「……俺がホラーゲームが駄目な可能性を考えなかったのか?」

「いや、なつきちゃんそういうの平気そうだったし、あとほら、猫だし?」

「猫とホラーゲームに何の関係が」


 俺が得意そうに見えるのはまあ、わかる。俺のような冷静沈着と言った感じの人間がホラーゲームが苦手そうには見えないだろう。

 けど、猫とホラーゲームに何の関係がある。


「猫って幽霊見えるらしいじゃん?なつきちゃんは見えないの?」

「見えるわけないだろ!?」


 確かに猫が虚無を見つめてるのは幽霊を見ているからだみたいなのは聞いたことがあるが、俺は見たことない。

 見たことがあったら俺はこの体をどうでもいいと思わず前の体に戻りたがっていることだろう。

 ……え?見えないよね?

 言われると少し不安になってくる。

 この体、元の猫の要素的なものを結構持ってるけど何個か眉唾物なものまであるのだ。


「あ、あとね、なつきちゃんとは色んな気持ちを共有したかったから」

「……怖いもか?」

「つり橋効果……てきな?もっと仲良くなれるかなって……」


 ……それは何か違う気もするけど。

 まあ、彼女が俺を怖がらせようとする悪意ではなく、俺と楽しもうという善意のために買ってきたのは分かった。

 陽菜はばっ、と頭を下げた。


「ごめん!なつきちゃんがここまで苦手なのは予想外だったの!」

「…………」

「何か別のゲームしよっか!」


 陽菜はいつもよりちょっと暗い笑みを浮かべそう言う。

 ……その笑い方は、好きじゃない。


「…………………………………………やる」

「え?」

「やるって言ったの!」


 彼女が悪意ではなく、善意の気持ちでやってくれて。

 俺を思ってやってくれたこと。

 それを俺の意思だけで踏みにじるのはホラーゲームよりも、嫌だった。


「む、無理しなくてもいいよ?」

「そういうこと言われるとやめたくなっちゃうからやめろ!」


 無理してるかしてないかで言えば、結構してる。

 なんやかんや言っても怖いもんは怖い、やりたいかやりたくないかで言えば当然やりたくないのだ。

 涙目になりながらも強行だ。早く始めないとこの決意が鈍ってしまう。


 陽菜を急かし、二人で急いでソファに座り、ゲーム画面へと向かい合う。

 陽菜がソフトを用意し、起動する……直前呟いた。


「……やっぱやめない?」

「お前がチキるな」


 買ってきた張本人だろお前。

 陽菜もそれは分かってるのか抵抗せず、そのホラーゲームを起動した。


「……なつきちゃん、隣にいてね」

「……お前もな」


 無意識に俺達は体を寄せ合う。

 恐怖で冷える体を二人の体で温めあって少しだけ安心する。

 気分は、処刑台に向かう囚人の気分であった。

 ……うう、なんでこんなことに








 真っ暗な部屋の中を懐中電灯の灯りだけを頼りに進んでいく。

 壁には何かもわからない汚れが付着し、どこからか不気味な風の音が鳴っていた。


「何もない……よね?」


 俺の横でコントローラーを握った陽菜が不安そうに呟く。

 ゲームの内容は廃墟に肝試しに来た主人公達一行が謎の存在に襲われるというありきたりなものだった。

 とはいえ、ありきたりであることがイコールで怖くないに繋がる訳ではないが。

 全くホラーの主人公どもは何故意味もなく廃墟なんかに肝試しに行くのか。

 下手したら犯罪である、迷惑をかけるな迷惑を。

 なんて、ゲームの中の奴らに言っても仕方なかった。


「雰囲気凄いな……」

「……うん」


 今はゲーム開始直後、チュートリアルの時間。

 主人公一行は個々に分かれて探索するという設定である。

 チュートリアルだ、多分まだ何もでてこない。

 それなのにすでに俺達は恐怖を感じていた。

 別に、何かがいるわけでもない、しかし"何かがいそう"そんな可能性だけで怖がるには十分すぎるのだ。

 それでも、進まなければならない。それがホラーゲームである。


「えっと、懐中電灯は電池があるんだって」

「そのタイプか……」


 ホラーゲームの懐中電灯にも色々種類があると思うが、このゲームの懐中電灯は電池が必要なタイプらしい。

 ……厄介なことこの上なかった。


「これ、節約しないと不味いのかな」

「多分……うわ、暗い」


 試しに陽菜が懐中電灯を切るとほとんど何も見えなくなる。

 ……これは、やばい。

 嫌な予感を感じながらもチュートリアルの指示に従っていく。

 今更だが、ゲームのプレイは陽菜が担当することになった。

 彼女も罪悪感があるのか覚悟を決めた目つきで自分がやると言ったのだ。

 俺はそれを横で見ながらサポートする役目である。

 サポートできるかは……別。


「チュートリアル結構長いね」

「そう、だな」


 どうやらシステムが結構あるらしくチュートリアルはかなり長い。

 早く終われという気持ちとチュートリアルが終わったら本格的に襲われるから終わらないでくれという二つの気持ちがある。

 その時である。


『きゃああああああああああ!!!!』

「ひにゃっ!?」

「わふっ!?」


 チュートリアルを妨害するように女の悲鳴が鳴り響く。

 チュートリアルだからと油断していた俺は見事にそれに驚いて、飛び上がる。

 それに続いて陽菜も驚きの声を上げた。


「……び、びびった」

「なつきちゃんの声に驚いた……」

「あ、ごめん……」


 どうやら陽菜は悲鳴ではなく俺の声に驚いたらしい。

 我ながらかたじけない。

 ここからは、油断しないようにしよう。

 どうやらあの悲鳴がチュートリアルが終わった合図らしく、ストーリーが進む。

 悲鳴の聞こえた方へ向かえば、部屋の中で主人公一行の一人の女が倒れていた。

 血が流れているし、ピクリとも動かないあたり間違いなく死んでいるだろう。

 その時、そのもふもふの耳を立てた陽菜が小さく呟いた。


「……なんか、音しない?」

「……確かに」


 俺も耳を立てれば、ドンッ、ドンッ、ドンッという音がどこかから聞こえる。

 その足音のような音は明らかにこの場に近づいてきていた。


「やばいやばい来てるよこれ!」

「お、おい早く逃げろ!」


 なにせ、二人共ホラーが苦手。

 二人してその足音にパニックになりながらも急いでその場から逃げ出そうとする。

 しかし……


「開かない……」

「へ?」

「ドアが開かない!?」


 陽菜がドアに視線を合わせ、開けようとするが、ガチャッ、ガチャッと鳴るだけでそのドアは開かない。

 ゲームの方では建て付けが悪いようだと主人公が呑気に言っている。

 入るときは問題なく開いたのに!

 明らかにヤバい状況に冷や汗が垂れる。


 ドンッ……ドンッ……ドンッ


 足音は近づいてくる、

 近い、その音は間違いなくこちらへと向かっていた。


「どうしよどうしよどうしよっ!?」

「なにかっ、何かないのか!?」


 二人してパニックになりながらも、解決策を模索する。

 陽菜が俺の言葉に反応して部屋を見渡した。


 ドンッドンッドンッ!


 部屋はまさに廃墟と言った感じで物が散らかり、汚い。

 あるのは古びた机に本棚、女の死体、止まった時計……


「…………!」


 あれは!

 部屋の中の一つのものに俺は目をつけた。

 俺はそれを指差す。


「ロッカー!ロッカーに隠れろ!」

「あ!そう、そうだ!」


 ドンッドンッドンッ!!


 部屋の中にあるロッカー、それはチュートリアルで出てきたものだ。

 その中に入って隠れることができる。

 そのことを陽菜も思い出し、急いでロッカーへ駆ける。

 足音はもう耳を澄まさなくても聞こえるほど大きくなっていた。


「間に合え!」


 主人公がロッカーに体を入れ込みバタンッと閉める。

 画面が真っ暗になり、音だけの情報しか入ってこない。

 そして……


 ドンッドンッ!……ガチャッ


「!」


 その音は間違いなくドアノブをひねり、ドアを開けた音だった。

 つまり部屋に、何かがいる。


 ガサゴソ……ガサゴソ……


 近い、距離にして数メートルもない近さにこの世のものではない、なにかがいた。


「…………」

「…………」


 二人して、何も言えなかった。

 ゲームの話なのに、まるで近くに化け物がいるかのように、二人共息を止め、口を開かず、その何かに気取られないようにしていた。

 ソファの上なのにまるで狭いロッカーの中にいるように二人で身を寄せ合った。

 陽菜の熱をすぐ近くで感じる。


 ガサゴソ……ガサゴソ……


 何かは、入念に部屋を歩き回る。

 数回、明らかにロッカーの前を通りかかった、しかしロッカーの中までは見てこない。

 早くいなくなれ早くいなくなれ早くいなくなれ早くいなくなれ早くいなくなれ早くいなくなれ早くいなくなれ早くいなくなれ

 脳内でともかく祈り続ける。

 そして……


 ドンッドンッ……ガチャッガチャッ……バァンッ!


「「!?」」


 ドアノブを回す音のあとに、爆発音。

 突然の音に二人して悲鳴をあげそうになって口を押さえあう。


 ドンッドンッ…ドンッ……ドンッ


 足音が離れていく。

 そして、数秒後には聞こえなくなった。


「……いなくなった」


 なんとか、生き残った?

 もう部屋には何もいないだろうに俺達はそれでも不安が取れず少しの間ロッカーの中で待機する。

 一分ほど経って、陽菜はようやく恐る恐るロッカーから出た。


「も、もう、大丈夫だよね?」

「た、多分」


 部屋は、さっきよりも荒れていた。

 机は割れ、本棚は倒れ、時計は落ち、そしてドアは破壊されている。

 それは、この場にこんなことができる何かがいたという証拠であった。

 それでも、取り敢えず


「い、生き残れた……」

「うう……怖いよぉ」


 二人して生存を抱き合い喜ぶ。

 何かから生き延びた、それだけで俺たちの心臓は酷いほど暴れていた。

 ……これ、まだ最初も最初なんだよな。


「……本当にこれ、やれるのか?」

「……頑張ろう」


 あまりにも、不安なスタートであった。






 それから……


「わあああああ来てる来てる来てるぅ!」

「早く早く早く!右!ロッカーある!」


 俺達は化け物に追われ絶叫したり


『ああああああああああ!!!!!』

「にゃああああああ!!」

「わあああああああ!!」


 逃げ切れず捕まって、二人で仲良く悲鳴を上げたり


「なつきちゃん、その、尻尾が……」

「……うるさい」


 俺が恐怖のあまり陽菜の腕に尻尾を巻きつけたり


「ろくきゅーごーさん?……なにこれ?」

「多分数字を並び替えて……」


 先に進むための謎解きを解いたり


「ぴっ!?」

「なつきちゃん、これただの岩だよ……?」


 なんでもないものにビビったりしたりしつつ


「見つけた!鍵!」

「よ、よし!早く脱出するぞ!」


 何とかストーリーを進めて、ついにこの廃墟から脱出するためのキーアイテムである『廃墟の鍵』を入手したのだった。


「あとは、出口に戻るだけ……!」

「焦るな、慎重にいけ。あと少しだ」


 身を寄せ合って、励まし合いながら廃墟の中を進む。

 遠くからはドンッドンッドンッと何かの足音が聞こえるが、これまでの経験でこの距離ならまだ大丈夫なのはわかっていた。

 ストーリーはもう終盤、多分この鍵を使って脱出すればこの恐怖は終わる。


「……ラストだから何かあるよね?」

「……多分」


 完全にメタ読みだが、それを禁止してるほど俺達に余裕はない。

 おそらくだが、このゲームはもう終わる。

 そんななか何も起きず脱出、なんてことはそうないだろう。

 ほぼ、間違いなくラストに何か起こる。

 俺達は警戒を切らさずに進んでいく。


「……見えた」

「なにも、ない?」


 しかし、予想に反して出口の前に辿り着いても何も起こらない。

 少し、嫌な予感がした。


「こ、これで!」


 陽菜が鍵を刺そうとドアの前へと向かう。


 その時だった。


「え?」

「なっ」


 床が抜けた。


「わあああっ!?」


 地面の下へと落ち、視界に映るのは全く見覚えのない部屋。

 ……ここにきて、新しいマップ!?

 その事実に絶望しているところに、さらに絶望が襲いかかる。


「……来てる!」


 ドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッ!!


 近い、あまりに近い。

 その音は明らかにこちらに気づき、襲いにかかってきている。


「に、逃げろ!」


 陽菜が走り出す。後ろからはドンッドンッドンッドンッと足音が迫ってくる。

 完全に知らないマップ、陽菜はがむしゃらに逃げるしかない。

 右左右右左右左左右……

 陽菜は必死に地下室を走り回る。


「ろ、ロッカー、ロッカーは!?」


 だが、このゲームにおいて何かを唯一撒く方法であるロッカー。

 そんなロッカーが、今までは定期的に置いてあったというのに全く見つからない。

 その事実に陽菜は焦る。


 ドンッドンッドンッドンッドンッ!!


 そんななか聞こえる化け物の足音はさらに陽菜の頭から冷静さを奪っていく。


「あ、あれ!?本当にない?な、なんで!なんで!?」

「陽菜!」


 ドンッドンッドンッドンッドンッ!!


 近づく足音、見つからないロッカー、ついに困惑した陽菜の手が止まる。

 ここまでのプレイでも陽菜は予想外のことが連続で起きるとパニックに陥り、手を止めてしまうことがあった。

 それがまさに今起きてしまったのだ。


 ……でも


「あとは俺がやる!」

「……!なつきちゃん!」


 それをサポートするのが俺の役目だ。

 怖いがなんだ!?陽菜は自身の恐怖と戦いながらやっていた!

 ここまで陽菜が頑張ってきたんだ、ここで終わってたまるか!


 陽菜からコントローラーを受け取り、俺は走り出す。

 横から見てたから俺は比較的冷静に見ることができた。

 おそらくこれは最後の追いかけっこだ。

 ロッカーを使わず、見知らぬマップを出口まで走り抜けという、それが多分ゲームの想定。

 だから、ともかく手を止めちゃ駄目だ!


 ドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッ!!!!


 音が近い、多分もう真後ろにいる。

 このままじゃ追いつかれる、そう判断した俺は後ろを振り向く。

 目の前には、気色の悪い化け物がいた。

 気持ち悪いし、怖い

 冒涜的なその見た目は俺を萎縮させるのには十分すぎた。


 けど、引かない。

 だって、陽菜はこれを耐え抜いたのだから!


「喰らえ!」


 化け物をスタンさせるアイテムをぶん投げる。

 ヒットしたかは確認せず、走る、ともかく走る。


「なつきちゃん!階段!」

「よし!」


 そして、ついに階段を見つけた。

 階段も駆け抜け、あたりを確認する。

 ここは……どこだ!?


「あの部屋だ!左に行って!」


 俺よりも先に陽菜がマップを思い出して指示をくれる。

 それに迷いなく従い左に走る。


 ドンッドンッドンッドンッドンッドンッ


 スタンから復帰した化け物の足音が聞こえる。

 でも、まだ大丈夫!


「次は右!そして左!」

「ついた!」


 そして、視界に入る出口。

 近くにはあの時のであろう穴が空いている。


 ドンッドンッドンッドンッドンッドンッ!!!!


 足音は近い、けど、もう遅い!

 出口に近づき、鍵を使ってドアを開ける。


「…………」

「…………」


 一瞬の静寂。

 期待と不安、暗転する画面に何が表示されるのか、ただ何も言わず見つめ続ける。

 そして、画面に……エンドロールが流れた。


「「やっっったあああああ!!」」


 なんとか、クリアできた。

 その事実に俺達は抱き合い、健闘を称え合う。

 本当に、本当に、よく頑張った。


「あ、あはは、怖かったね」

「……うん」


 本当に、怖かった。

 雰囲気も、化け物も、なにもかもリアルで自分が襲われてるんじゃと錯覚しそうになるほどだった。

 でも、クリアできた。

 今の俺の中には恐怖と達成感の二つが共存していた。


「最後、なつきちゃんかっこよかった」

「お前も、最後指示してくれて助かった」


 最後の化け物との追いかけっこ。

 あれは俺だけでも、陽菜だけでも多分無理だった。

 まさに、二人だからこそ、俺達はこのゲームをクリアできたのだ。


「あはは……疲れたね」

「……ああ」


 ようやく気を抜くことができて二人で脱力する。

 ゲームをしている合間ずっと気を張っていたのだ。マラソンを走ったあとのような疲労感だった。


「ふわぁ……」

「もう、良い時間か」


 そんだけ、疲れてれば眠気もくる。

 時計を見ればもうとっくのとうに寝る時間は過ぎていた。

 それだけ、熱中していたということだろう。


「そろそろ、寝るぞ」

「……うん」


 陽菜も流石にもう夜ふかしするつもりはないようだ。

 じゃあもう、寝よう。


 それは、それとして


「……一緒に寝ないか?」

「……私も、言おうと思ってた」


 あのゲームをやったあとに一人で寝ることは、俺にはできなかった。







 うちのベッドは別にクイーンベッドでもなんでもない、普通のベッドだ。

 なので二人で使えば普通は狭いものなのだが、俺達はどちらも体格的に言えば幼女、距離は近いが普通に寝転ぶことは問題なくできた。

 向かい合って、ベッドに入り込む。

 鼻と鼻が触れ合いそうな距離、陽菜の幼いながらに可愛らしく整った顔立ちがよく見えた。


「なつきちゃん。今日は無理聞いてくれてありがとう」

「……無理を言ってた自覚はあるんだな」

「あはは……」


 陽菜は申し訳なさそうに笑う。

 突発的なお泊まり会、無理を言っていた自覚は彼女とてあったらしい。


「……本当はなつきちゃんの家に遊びに行けるだけで十分だと思ってたんだ。でも、それだけじゃ足りないって思っちゃって」

「……別にいい。俺も、楽しかったし」

「そっか、ならよかった」


 嬉しそうに陽菜は笑う。

 夜だから普段よりも落ち着いた笑みだけど、俺はそれに太陽を幻視した気がした。

 突発的なお泊まり会、予想外すぎる出来事だったけど、感想を言えばとても楽しかったである。

 二人でゲームしたことも、二人でご飯を作って食べたことも、二人でお風呂に入ったことも、二人でホラーゲームしたことも。

 俺一人ならただの日常でしかないことも、俺一人なら嫌なことでしかないことも、全部二人でやったから楽しかった。

 だから、俺はこのお泊まり会に感謝していた。


「今日一日でなつきちゃんとの距離がさらに近づいた!」

「……前から十分近かっただろ」

「もっと近づきたいもん」


 こちらを見ながらそう宣言する陽菜に苦笑いする。

 これ以上、どう距離を縮めればいいのだか。

 でも、俺ももっと陽菜と仲良くなりたいそんな気持ちがあった。

 ……その時だった。


「私、なつきちゃんの()()になりたいの!」


「あ……」


 陽菜のその言葉。

 その単語、悪意でも何でもない一言。

 俺への好意であろう一言、けど、けどけどけど


 親友


 それは、俺にとって受け入れられない言葉だった。


 何かが落ちるような感覚、無重力状態から突如全身に重力がかかったような、そんな気分だった。


「なつきちゃん?」


 陽菜が、陽菜?俺のことを心配そうにのぞき込む。


『お前は親友だ!』


 ……違う。

 記憶が断絶的にフラッシュバックする。

 歪む、目の前の陽菜の顔が誰かの顔に歪んでいく。

 知らない知っている知らない知っている、顔だ。その顔はよく知っている。

 それは、嫌いな、顔だ。


「嫌、だ」

「え?」


 嫌な音、頭が痛い、頭痛がする、鼓動が煩い、何も分からない。


()()()()()()()()()()()()()

「なつき、ちゃん?」


 あれ?俺、今なんて言ってる?


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