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ケモミミ少女が救われる話  作者: 霜降り
ケモミミ少女は救われる
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五話


「わぁ〜〜なつきちゃんのお家でっかぁい!」


 陽菜が俺の家を見あげて感嘆の声を上げる。

 その目はキラキラしていて、スカートの上から尻尾が暴れているのがわかるほど興奮しているようだ。


 彼女はでっかいなんていうが俺の家は普通の一軒家だ。

  一人で住む分にはデカいが、そんな驚かれるほどデカいものではない。

 この家は週一の検診するにあたって病院の近くという理由で引っ越した家だ。

 実を言えば元々こんな一軒家に住むつもりはなかった。


 単純に一人暮らしで一軒家というのは大学生の身では思いつきすらしなかったし、一応俺の異世界症候群の補助金は税金から出てるわけで豪遊じみたことをするのに抵抗があったというのもある。

 だからアパートに最初はするつもりだった。

 しかし、家について病院の関係者である小柳さんに相談したときアパートは止められて、それどころか彼女はわざわざ俺のためにこの家を見つけてくれた。

 まあ、考えてみれば当然で今の俺の体は見た目は幼女なわけだ。

 幼女のアパート一人暮らし。

 それを聞いたらどう思うだろうか?

 俺は犯罪か虐待の匂いを感じ取る。

 それと防犯の面でもよくないと小柳さんは言っていた。

 そこに関しては格闘技素人の俺でも、鍛えた成人男性を真正面から打ち倒せるこの体で気にしても仕方ない気はするけど。

 そんなわけで俺は一人暮らしにしては豪華な家に住んでいた。


「とっとと入れ」


 とりあえずこのまま誰かに見られたら陽菜のスカートの中で蠢くものに驚かれそうなのでとっとと彼女を家の中に入れる。


「お邪魔しまーす!」


 陽菜はいつもよりテンション高めだ。

 ただでさえデカ目な声が三倍増し、全くそんなに俺の家に来れるのが嬉しいのか。

 彼女に続いて俺も玄関に入る。

 これでようやく尻尾を出せる。スカートの中に隠しているとこう……違和感があるのだ。

 普段から着ている服は尻尾用の穴が付いている。

 もちろん、こんな服一般には売ってないので改造した服だ。

 外にいるときは穴もちゃんと隠せるようになっている。 

 尻尾をしまうと違和感があるのは陽菜も同じらしく、その暴れてるもふもふの尻尾が姿を現していた。


「ちゃんと手洗えよ」

「わかってるって!」


 いつもの洗面所に陽菜を案内し、陽菜が手を洗う。

 めちゃくちゃしっかり手を洗うあたり、本当に純粋なやつだ。俺はもう手洗いは若干手を抜いている。


「わあ、何もない!」

「悪かったな無趣味で」


 リビングについて陽菜の第一声がそれだった。

 否定はできないが失礼な物言いである。

 特に趣味らしい趣味もなく、家具にこだわるわけでもない俺の家は良く言えばシンプルで悪く言えば虚無である。

 なにせ殆どの場所になにも置かれていないのだから。

 別にミニマリストってわけじゃない。これには一応事情はある。


 ……その、恥ずかしい話だが落とすのだ。

 本能というかなんというか、机とか棚に物があると無性に落としたくなる。

 獣人は元の動物の特性をある程度引き継いでいる、それはメリットでもあるし、デメリットでもあるのだ。

 これは、デメリットのパターン。

 はたしてこれを本能と言っていいのかはわからないが……実は数回やらかしてて、仕方ないから物を乗せないことにしてるのだ。

 そんなわけで俺の家にある物は殆ど棚の中などにしまわれてるのである。

 ま、それでも物の数はかなり少ないのだが。

 無趣味な人間なので物自体が少ないのだ。

 読書は好きだが本は別の場所に置いているし、最近は買いに行けないから電子が基本だ。


 最低限生活感が残る程度の清掃がされたこの家を見て家主の性格どころか性別すら予想するのは難しいだろう。

 見てても楽しくない部屋だろうに、それでも陽菜のやつは楽しそうだ。

 キョロキョロと家を見ている。


「……そんなに楽しいか?」

「え?わかる?」

「そんだけ尻尾が動いてれば」


 さっきからずっと尻尾が揺れてるのだ。

 犬が楽しい時に尻尾を振るのは有名な話。

 そして、先ほど言ったように獣人である俺たちもその本能と言えるものは備わっている。

 だから尻尾が感情に合わせて勝手に動くのだ。

 俺は、恥ずかしいから抑えるようにしてるけど。

 こいつは恥を何処かに捨ててる節があるので普段から馬鹿みたい動いている。

 それこそ、尻尾が疲れないのか心配になるほどだ。


「だって、なつきちゃんの家だもん。いつもよりなつきちゃんのこと近くに感じれて嬉しいの!」

「……あっそ」


 ほんと、直接的な表現しかできないないやつである。

 ちょっとは、慎みを持ってほしいものだ。


「なつきちゃんも楽しいでしょ?」

「は?急に何?」

「尻尾、くねくねってなってるよ?葵さんが猫は嬉しいと尻尾をくねくねさせるって言ってたよ!」


 ばっ、と後ろを振り向き、尻尾を確認する。

 確かに、くねくねと楽しそうにその存在を主張していた。

 ……止まれ、と命令してみる。


 止まらない


 ……止まれ、もう一回


 止まらない


 ……くそが


「なつきちゃんの尻尾って感情豊かで可愛いよね」

「う、うるさい!」


 何故か陽菜の言葉に抑えている尻尾が暴れ出す。

 ええい!暴れるな!

 自分の体の一部なのに制御が効かない部位に怒りが湧いてくる。

 てっきり自分で制御できてるって思ってたのに!

 いや、前は制御できてたはずなんだ。

 スカートの中に隠すために制御は出来てたはずなんだ。

 ……こいつのせいか、こいつのせいで感情が昔より動くようになったからか。


 あと感情豊かはお前のほうがよっぽどだ!


「お前の尻尾のほうが可愛いだろ、バカみたいに動かして」

「えー、なつきちゃんのほうが可愛いよ、凄い感情でてるもん」

「いや、お前のほうが可愛い」

「なつきちゃんのほうが可愛いもん!」


 むぅ、とする陽菜に俺も睨み返す。


 …………


 俺達は無言で見つめ合った。

 最初は真剣な表情だったけど、少しずつ崩れていって


「あははっ!!」

「ふっ」


 二人で笑い合う。

 全く、二人で褒めあって、馬鹿すぎる言い争いだ。

 こんなの、ムキになる価値もない。


「どっちも可愛いってことにする?」


 彼女の提案。だけど、それよりも俺は気になることがあった。


「……そ、そんなに可愛いのか?俺の尻尾」

「え、うん」


 マジトーンだ。普段から勢いに乗せたような何処か冗談めかしてるこいつのマジトーンは俺でも初めて聞いた。

 そんな、そんなに可愛いのか?こいつからマジトーンを引き出すくらいに可愛いのか俺の尻尾。

 ああもう、また暴れてる!


「な、なあ、もしかして普段からこんな感じだったのか?」

「うん。いつも私がくるとゆらゆらしてるから嬉しかった!」


 それは残酷な真実であった。

 もしかして、小柳さんにも見られてた?想像すると、顔が熱い。

 恥ずかしさに俺が顔を覆っていると、陽菜はさらに言葉を付け足した。


「それにやっぱりなつきちゃんの尻尾だからかな?」

「…………お前のそういうとこ、俺、嫌い」

「ええ!?」


 いつもいつも真正面から率直に好意をぶつけやがって。

 さっきより明らかに熱の上がった頬を感じつつ俺は文句を言う。

 照れくさいし……ずるいんだよ。


「……お前の尻尾だって可愛いくせに」

「え?ありがと!」


 ほんと、ずるい。

 ようやく顔を上げて、彼女をみればきょとん?と本当に何もわかってない顔だ。

 そういうとこもずるい!

 俺だけ恥ずかしがり損だ。


「ああ、もう!それでお泊まり会って何をするんだ?」

「ふっふっふ〜、良くぞ聞いてくれました!」


 話をそらすような俺の質問に陽菜は謎のテンションで答える。

 そして、彼女が小柳さんに協力して作ったらしいお泊まりセットからあるものを取り出した。


「ゲーム、持ってきた!」

「……いつもと同じじゃん」


 思わず呆れた声が出てきた。

 そんな気はしてたけど、やっぱりゲームなのか。

 しかし、そんな俺を彼女はちっちっちっと否定する。

 なんか、今日はテンションが高いせいかいつもよりうざいなこいつ。


「今日はなつきちゃんの家だよ!」

「それがなんだよ」


 場が違うだけだ。それが一体どうしたというのか。

 それを問えば、陽菜は当たり前のように答えた。


「なつきちゃんと、もっと近づけた!」


 にぱっといつもの二倍増しの笑顔を浮かべる陽菜。

 ……全く

 つられて、俺の口角もあがる。

 本当に、子供っぽいやつだこと。


「なつきちゃん?」

「……ばーか」

「ええ!?」

「セットしろよ。早くやるぞ」


 もう十分すぎるくらい近いだろうに。





「ぐぅ〜」


 二人でゲームをしてそれなりに時間が経った頃。

 ふと、二人の合間にそんな音が鳴り響いた。


「あ、なつきちゃんのおなかなってる〜」

「いや、お前だろ」


 陽菜が笑いながら弄ろうとしてくるが今のは俺じゃない、だから消去法的に陽菜の方だ。


「えー、違うよ。なつきちゃんだって」

「俺は鳴ってない」


 しかし、陽菜はそれを認めない。

 確かにもう結構いい時間で、お腹は空いてるといえば空いている。

 けど、あの音は俺じゃない。

 と、ならばお前しかいないからあのお腹の音はお前しかいないのだ。


「とっとと罪を認めろ」

「むぅ、それはこっちのセリフ!」


 二人で睨み合う、どちらも一歩も下がるつもりはない姿勢だ。

 その時である。


「「ぐぅ〜」」


 …………


 今度は言い訳のしようがなかった。

 二つの音が完全に同時に鳴って先ほどよりも大きな音になる。

 自分のお腹にくだらない言い争いなんかしてないで早く飯を食えと言われた気分だった。


「……晩飯にするか」

「……そうだね!」


 二人して赤面する。地味に珍しい陽菜の赤面だった。

 二人でキッチンに向かいながら冷蔵庫の在庫を思い出す。

 何を作ろうか。

 と、その前にだ。


「お前、料理できるか?」

「任せて!家庭科の成績は良かったよ!」

「不安だ……」


 自信満々に何故か力こぶを作る陽菜には不安感を抱かずにはいられなかった。

 家庭科の成績がよくても料理できるとは限らないだろ。

 そんなことを思いつつキッチンへ向かい、冷蔵庫を確認する。

 後ろから陽菜も覗いてきた。


「……プリン多くない?」

「糖分補給用だ」

「糖分補給用……?」


 陽菜が何故か不思議そうな顔をする。

 カップのプリンは食べようと思ったとき簡単に食べれるし、保存も効くから気に入っているのだ。

 ケーキだとこうはいかないからな。

 なので、切らさないように冷蔵庫の中には沢山保管している。

 一日一個は食べないと糖分が足りなくなるからな、とっても大事だ。


「毎日食べてるんだ……」

「お前も食べるか?」

「う、うん。夜ご飯のあとに食べようかな」


 そうかそうか。

 夕飯のあとに陽菜と一緒に食べることにしよう。


「食べれないものあるか?」

「ピーマン」

「子供め」

「うるさぁい!」


 あまりにも陽菜らしい苦手なものに思わず笑う。

 陽菜はピーマン苦いじゃんとぶーたれていた。その苦みが美味しさでもあるのだがなあ。


「逆になつきちゃんにはないの?食べれないもの」

「ふっ、大人になるとそういうのはなくなるんだよ」


 そりゃあ子供の頃は俺だってピーマンとかは苦手だったさ。

 けど、年を取るにつれてそういうのは段々平気なっていくもので。

 今ではピーマンはそこそこ好きな部類に入るくらいである。

 ……というのは昔の体で今の体だとあまり好きじゃないというのは隠しておく


 ともかく、それを聞いて陽菜は驚いた顔をした。

 ふふん、たまには大人らしいところを見せないとな。


「そう言えばなつきちゃんって大人だったね」

「おい!」


 こんなんでも今年で二十一だぞ!

 子供っぽい自覚は……さすがにある、というか最近し始めてきたというか。

 小柳さんが言っていたときは本当か?と疑ったけども、最近自分の言動を見直して俺も体に引っ張られていることを自覚し始めた。

 ……素が子供っぽいわけじゃないと思う。多分。

 あと子供っぽい陽菜にかなり影響を受けている気がする。つまり、こいつが悪い。


「俺が大人なことちゃんと覚えとけよ」

「大人って毎日プリン食べるの?」

「大人だからできる贅沢だ」


 子供の頃はこんなこと許されなかったからな。

 一人暮らしだからこそ、自分の金を自由に使える大人だからこその利点というやつだ。


「……やっぱなつきちゃんって子供っぽいと思うなぁ」

「俺は大人だ」

「その発言が大人じゃないと思う」


 ……ふん

 俺は怒らないよ。だって大人だから。

 大人は子供の言葉に怒ったりしないからね。

 大人ってのは常に冷静沈着なのである。


「それで夜ご飯何にするの?」

「はあ、二人分だしな……カレーとかどうだ?」

「カレー!?」


 俺の提案にピンッと陽菜の尻尾が持ち上がる。

 ピーマン嫌いといい、味覚が子供すぎるなこいつ。

 まあ、カレーは俺も好きだけど。というかカレー嫌いなやつってこの世にいるの?

 ともかく、こいつがいいなら夜ご飯はカレーで決定である。

 冷蔵庫から材料を取り出して、早速調理開始だ。

 しかし俺達では身長の都合でまともにキッチンを使えないので、普段使ってる台にプラスして洗面所からも台を持ってきた。

 さて、やる気満々な陽菜をどうするか……


「別に、ゲームしててもいいぞ?」

「やだ!なつきちゃんのこと手伝う!」


 キッチンから出ていこうとさせてみるが失敗。

 そんな気はしていた。

 その提案は嬉しいのだけど、同時に少し怖い。

 なんかまな板ごと包丁で切りかねない気がするのだ。


「お前は客人だろ?」

「なつきちゃんと一緒にお料理したいの!」


 ……仕方ないなぁ

 そこまで言うならまあ手伝いくらいはやらせてやろう。

 まあ、流石に俺が見てれば変なことにはならないはず。


「……包丁、使えるか?」

「使える!」


 少し不安ながらも火を使うよりはマシだと、陽菜に包丁を渡す。

 彼女は自信満々にその包丁を受け取った。

 目を外すのは怖いので、まずは洗った野菜を手渡して彼女の包丁さばきを見極めることにする。


「猫の手だぞ」

「なつきちゃんの手だね!」

「あってるけど、違う」


 トン、トン、トン、包丁がまな板と触れる音が鳴る。

 別段上手いというわけでもないが、その手際は俺の不安に反して手慣れた感じの案外安定したものだった。


「料理、したことあるのか?」

「……うん、たまにお母さんのお手伝いしてたから」

「……ふぅん」


 ……お母さん、ね。

 まあ、不安視していたより全然できるようで安心した

 これなら見守らなくてもよさそうだ。こっちはこっちで作業ができる。

 そう思って鍋を取り出そうとした時に手を動かしながら陽菜が聞いてきた。


「そう言えばなつきちゃん。カレーて何辛?」

「……甘口。お前辛いの苦手そうだから」


 ピーマンが食べれないくらい舌が子供なこいつのことだ。

 カレーの中辛でもきっと厳しいだろう。だからこれは俺の気遣いである。

 しかし、彼女はこの気遣いに不満気な声を上げた。


「えー、私ちょっと辛いほうが好きー。中辛はないの?」

「……俺の気遣いを無駄にするつもりか?」


 俺がお前に気を使ってやってるんだ。

 まさか、受け取らないつもりか?

 そうやって圧をかけたら陽菜は全く見当違いなことを言ってきた。


「……なつきちゃんって、もしかして辛いの駄目?」

「そんなことない!」


 全く見当外れもいいとこである。

 まさか、大人の俺が辛いものを苦手なんてそんな子供っぽいことがあるわけないだろう。

 カレーを甘口にするのは俺の気遣いであり、断じて俺が辛いものがロクに食べられないからではない。


「なつきちゃん、認めたほうがいいと思うよ」

「違う、ちがうもん……!」


 優しい目で陽菜が諭してくるが俺は辛いのだって平気なんだ。

 大人だもん、大人だからな。

 大人で辛いのが苦手なんてことあるわけないからな。


「そこで認められるのが大人だと思う」

「う、うるさい!猫舌なんだよこの体!」


 この体になってから熱いものが苦手になったのだ。だから辛いものがちょっと、本当にちょっとだけ苦手なだけだ。


「それ関係あるのかな〜、でもなつきちゃんが苦手なら甘口でもいいよ」

「そもそも甘口しかない」


 我が家には辛いものは一切ない。代わりにあるのは甘いものだけである。

 そのことを告げたら陽菜はなんともいえない顔をした。







「なんかさ〜」


 二人で料理を進めていると珍しく静かだった陽菜が突然口を開いた。


「こうやって料理してると、初めて一緒にゲームしたときを思い出すね」

「ん?あ、あー、確かにな」


 何のことを言っているのか一瞬わからなかったが、思い出した。

 初めてこいつと一緒にしたゲームは急いで料理を作るものだった。


「今日は急ぐ必要はない」

「お腹が急かしてくるかも」

「焦って怪我するなよ」


 お腹をなでる陽菜の冗談にふっ、と笑う。

 ……あのときはまだ、こんなふうに笑いあうほど仲良くなるとは思ってなかったな。


「あのとき何やるかすっごく悩んだんだよ」

「わざわざそのためだけにゲーム買ってたな。今考えても勿体ない」

「だってなつきちゃん何好きなのか想像できなかったし」


 あの頃の俺は色々と達観かもしくは斜に構えてるというべしか、そんな状態だったからな。

 そんなやつが何が好きだなんてわかりにくいにも程があるだろう。


「なあ……なんでこんなに俺を気に入った?」


 ふと、気になって陽菜に聞いてみる。

 俺と彼女の共通点なんて異世界症候群であることしかなかったのだ。

 そして、今はともかく昔の俺は本当に無愛想でつまらないやつで、気に入る理由なんてなかっただろうに。


「……んー」


 そんな俺の質問に陽菜は包丁を動かす手を止めた。

 そして、少し考え込む。


「それは、なつきちゃんが…………うーん、なんていうのかな?……ビビってきたんだよね。なつきちゃんとなら仲良くできるって、なんかそう思えたの」

「……不思議なやつ」


 最初の方ははっきりとした口調だったが、陽菜自身良くわかっていないのか、途中から手持ち無沙汰のように包丁を動かし、言葉を選ぶように彼女は話す。

 …………なるほどねぇ

 結局、理由らしい理由はないわけか。それはそれで陽菜らしいけど。


「なあ、陽菜」

「?どうしたの?」

「俺、お前に感謝してる」


 また、陽菜の包丁の手が止まる。

 それを気にせず俺は話続けた。


「陽菜がいなかったら、多分今も一人で寂しくゲームする、それがつまらないとすら気づかないような毎日を過ごしてたと思う」


 小柳さんにも言ったことだ。

 そして、小柳さんにお礼を言ったのならちゃんと陽菜にも言わないといけないと俺は思っていた。


「今、楽しいの陽菜のおかげだ。だから……まあ……」


 うう、小っ恥ずかしい。

 いつもいつも直球表現ばかりな陽菜が羨ましくなってくる。なんで俺だけこんな恥ずかしがらなきゃいけないんだ。


「……ありがと」


 陽菜の方を向かず一方的に告げる。

 陽菜は驚いているのか、すぐには何も言わなかった。

 それから一拍間を置いて口を開く。


「ねぇ、なつきちゃん」

「……なんだ」

「抱きついて良い?」

「料理中だ馬鹿……後にしろ」


 ……抱きつくのはまあ、許可してやる。






 煮込んだ鍋の蓋を持ち上げる。

 瞬間、湯気と皆大好きなあのカレーの匂いが部屋に立ち上る。

 その匂いに反応したのかお腹がさらに空いたような気がした。


「おおっ!いい匂い!」


 鍋の中をのぞき込み陽菜が目を輝かせる。

 その口からはよだれが垂れてきそうで、彼女の胃はもう限界そうだ。

 普通に汚いので一旦離れさせる。


「どのくらいだ?」

「いっぱい!」


 普段よりも多めに炊いておいたご飯をお皿の上に乗せていく。こちらも炊きたての食欲を誘う匂いだ。

 量にして成人男性一人分より二回り多いくらいだろうか?少女が食べるのにはかなり多い量だが、多分こんなものだろう。

 獣人はその身体能力の代償なのか、かなり燃費が悪い。

 つまり、めちゃくちゃ飯を食べる。

 それ故に俺はその体の大きさに反して男だった時と同じ、いやそれ以上に食べるようになっていた。

 そして、それは陽菜のやつも同じ。

 こいつは俺よりも食べるのでかなり多めによそった。

 左半分が白米で埋まった皿の右半分をカレーで埋めていく。

 カレーの中からは折角だからと奮発して使った牛肉に、あいつが切ったジャガイモやニンジンが自己主張している。


「福神漬大丈夫だな?」

「え!?あるの!?」

「ああ」


 福神漬の名を聞いた瞬間、陽菜の尻尾が嬉しそうにぶんぶん振られる

 実は常備しているのである

 何故かと言えば結構な頻度でカレーを作るからだ

 まあ、一人暮らしの自炊事情ってやつだ。めんどくさがり的には作れば適当に食材をぶっこめて明日の昼ごはんにもなるカレーは便利なものである。

 そんなふうにそこそこの頻度でカレーを作れば味にもこだわるもので、福神漬は常備していた。


「福神漬、結構好き」

「まあ、わかる」


 なくてもいいけど、あったら超嬉しい、まさにそんな立ち位置である。

 そんな福神漬を仕上げとして端に乗せて、完成だ。

 完成形を見て口角があがる、これは中々食欲を刺激させる。

 陽菜の分を陽菜に手渡して、俺の分もしっかりと盛り付ける。

 鍋にはまだカレーは残っている。これは明日の昼ごはんだな。


 お皿を片手にリビングに向かえば陽菜がカレーを見つめながら待っていた。

 耳をピクピクさせ尻尾をぶんぶんしながらカレーを見つめるさまはまさに犬の待てである。

 わざわざ俺のことを待ってくれているのだろう。

 少しこのままどこまで待てるのか試してみたくなったが俺もとっとと食べたいのでやめた。


「いただきまーす!」

「いただきます」


 俺が席が付けば待ってましたと言わんばかりに彼女がいただきますと宣言する。

 俺も続いていただきますと言うとスプーンを手に取った。


「んっ……!おいしいっ!なつきちゃんこれすっごくおいしい」

「語彙力」


 陽菜はそこまで言うと何も言わずにガツガツとカレーを食べ進める。そんなに美味しいのか。

 俺もスプーンでご飯とカレーをすくって、口に運ぶ。


「……いつもよりおいしい」


 完璧な仕上がりだ。しっかり煮込まれた柔らかいお肉に、口に入れたら溶けるジャガイモ、ニンジンもいい感じの柔らかさで、どれもしっかり味が溶け込んでいる。

 濃厚な味わいでコクもいい。

 別に、少し食材を奮発しただけでいつも通りの作り方なのに不思議なものだ。

 今まで沢山カレーを作ってきたが最高傑作と言っても過言じゃないほどだ。


「ふふふふふ、なつきちゃん、それはゲームと一緒だよ」

「は?」


 なんて思っていたら陽菜のやつが怪しげな笑みを浮かべてた。

 なんで、ゲーム?そんな俺の疑問に彼女は笑顔で答えた。


「"二人"だからだよ!」

「…………ふっ、そうだな」


 それは、確かにゲームと同じだ。


「じゃあ私おかわり!」

「え……はやっ!?」


 陽菜の手の中にあるお皿の上はいつの間にかなくなっていた。

 嘘だろ、こいつのこの一瞬で全部食べきったのか?


「いつものご飯より美味しいだもん!」

「はあ……俺の分も残しとけよ。俺も、もうちょっと食べたい」


 これは、明日の昼ごはんにはできなさそうだ。





 お腹がいっぱいだと、動くきになれない。

 二人であのカレーを食べてお腹を膨らませて、俺達は何をするでもなくソファの上でだらだらとしていた。

 そんな中、聴き慣れたメロディーが流れる。


「……お風呂沸いたぞ」


 お風呂のやつである。

 ご飯を食べ終わってから沸かしていたのだが、ようやく沸いたようだ。

 ならば客人である陽菜にはとっととシャワーを浴びてもらおう。

 そう思って、陽菜の方を向けばなんだか、ソワソワしていた。

 ……嫌な予感


「なつきちゃん!一緒に入ろ!!!」

「やだ」


 はぁ……そんな気はしてた。


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