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ケモミミ少女が救われる話  作者: 霜降り
ケモミミ少女は救われる
3/27

三話

「なつきちゃん!ご飯、外に食べに行こう!!」

「やだ」


 いつもの部屋。

 今日は何のゲームをするのかと思えば、開口一番小夜は突如そんな事を言ってきた。

 外食?

 速攻拒否である。にべなどない。

 そんな俺に小夜は驚いた顔をする。


「なんでー!?」

「嫌いなんだよ、外食」


 俺は外食が嫌いだ。

 当然、理由はある。

 まず、そもそもとして外に出かけるという行為が嫌いだ。

 面倒だし、疲れるし、今だと尻尾を隠さなきゃいけないのが特にめんどうくさい。

 そして、レストランという場所も好きじゃない。

 だって、人が多い。騒がしいし、鬱陶しい。

 食事は静かに食べたいんだ。それなのに周りが煩いから気になって仕方ない。

 それにレストランである以上、店員と会話しなきゃいけない。

 まあ、そこまで嫌がると社不がすぎると思うかもしれないが、これは嫌というよりも外食という行為のメリットよりも店員と話さなきゃいけないというデメリットのほうが俺的には大きいという話だ。

 つまり、俺は外食に言うほど価値を感じないのである。

 家でつくる自分の飯のほうが落ち着いて食べれるから、まだおいしく感じられる。


「コンビニでいいだろ、コンビニで」


 最近は小夜と夜まで遊ぶ都合上、昼ごはんは外で食べなきゃいけない。

 俺はそれをいつも病院に内蔵されているコンビニで済ませていた。

 安いし、コンビニのサンドイッチは雑に野菜を取りつつ片手間に食べれるからそれなりに気に入っている。

 量は、ちょっと物足りないが。


「いつも同じじゃん、飽きないの?」

「別に」


 自慢でもないが、俺は同じご飯を連続で食べれるタイプだ。

 週に一回ペースなら尚更飽きるなんてことにはならない。

 小夜のやつは違うらしく信じられないと言った目を向けられた。

 そんな目を向けられるほどのことを言ったつもりはないのだが。


「だから、外食にはいかない」

「え〜」


 俺がそう言うと小夜は不服そうだ。

 しかし、小夜がなんと言おうと俺は行く気はない。

 単純に今語った理由もあるが、なによりも尻尾を隠すのがめんどくさいというのが主な理由だ。


「お前一人で行けばいいだろ」

「小柳さんが保護者がいないと駄目って」


 ……十六歳って保護者が必要な年齢か?

 いや、まあ目の前の彼女を見ていると必要な気はしてくるが、こいつは外れ値というやつだろう。

 こいつ一人の手によって女子高生の平均精神年齢が下がること請負だ。


「それに、なつきちゃんいなかったら意味ないもん」

「なんでだよ」

「小柳さんが、『朝比奈さんが食に興味なさげで心配なのでご飯に連れて行ってあげてくれませんか?』って」

「……はぁ」


 小夜のクソほども似てないモノマネに気を抜かれつつ、俺は小柳さんに呆れてしまう。

 流石医者というべきか、栄養バランスには厳しいらしい。

 あの人の仕事内容的にそこまで面倒見る必要はないだろうに、本当に優しい人である。

 あと勘違いされているが、俺は食に興味がないわけじゃない。

 自炊はそこそこ味に拘るし、栄養バランスだって、健康的とは行かないまでも偏らない程度には気にしている。

 ただ、外食に対してそこまでの体力を使う気になれないだけだ。

 なんて心のなかで言い訳じみたことを言っていると、小夜が口を開く。


「それに私、なつきちゃんと行きたいもん」


 真正面からこちらを見つめてそんなシンプルな好意を伝えてくる小夜。

 ……こいつというやつは

 羞恥心というものを何処かに捨て置いたのではないかと疑いたくなる。

 …………はあ

 俺は、またため息をつくとのっそりと椅子から立ち上がった。


「いきゃいいんだろ」

「ほんと!?」


 投げやりに言えば小夜が目を輝かせる。

 小夜の我儘なら拒否だが、小柳さんにこれ以上心配かけるのも嫌なのだ。

 外食程度なら、まあ、絶対行きたくないというほどでも無い。

 ならいいだろう。

 一人ならともかく、小夜も、いることだし。

 なんて思っていると小夜が俺の手を取った。


「じゃあ行こ!昼ごはんは待ってくれないよ!」

「昼ごはんは逃げない」


 そのまま小夜に引っ張られて病院を出ていく俺だった。






 暑い空。

 煩い太陽。

 やかましい小夜。


「なつきちゃん!なつきちゃん!何食べよう!?」

「前向け馬鹿」


 はしゃぐ彼女の声を耳から耳へと聞き流す。

 今は二人で飲食店が沢山あるエリアに移動しているところだ。

 外なので、当然俺も小夜の耳も尻尾も隠している。

 二人して帽子にワンピースだ、耳と尻尾の都合上仕方ないのだが、ワンピースの色まで被ったせいで周りからは双子コーデのように見られてるかもしれない。

 それはそれとして小夜のワンピースはよく見ると微妙に動いている。

 多分、中で尻尾が動きまくってるのだと思う。

 俺も同じ尻尾持ちのため、尻尾の制御が難しい事は理解しているがちょっとは隠そうとして欲しいものである。


「ファミレスでいいだろ」

「えー、折角だし美味しそうなお店探そうよ」


 いやだ。

 本格的に夏が近づいてきたこの季節、本音を言うなら外に一秒たりともいたくない。

 それなのに、外を歩く?嫌に決まってるだろう。

 とならばファミレスが正解である。ハズレはないからな。

 しかし、小夜はそれが嫌らしい。


「わざわざ外出たんだし、美味しいお店探さなーい?」

「食べれるなら何でもいい」


 わざわざ外に出たからとっとと帰りたいんだ。

 外食なんて最低限の味は基本的に保証されているわけだし、ぶっちゃけどこでも良い。

 そんな俺に小夜は少し笑った。


「そんなのだから小柳さんに心配されてるんじゃないの?」

「む……」


 それは、否定できない。

 さっきも言ったが別に、食に興味がないわけじゃないんだが。

 ただ、この暑さの中に食べに行きたいとは思わないだけで。


「それに私なつきちゃんといっぱい二人で歩きたいもん」

「……はあ、勝手にしろ」


 ……そこまで言うなら大人として譲歩してやる。

 俺は大人だからな、子供の意見を尊重するくらいは大人の責任としてしてやってもいいだろう。

 小柳さんにこれ以上心配かけるのも嫌だしな。

 なんて考えてたら、小夜のやつが足を止めた。


「あ、ね、ここは!?」


 彼女が指さした先にあるお店はラーメン屋だった。

 ……だいぶ、脂がマシマシな感じのやつ。

 考えるまでもない、駄目に決まっている。


「小夜、駄目」

「え、なんで?量はありそうだよ?」


 確かに、量はありそうだが……

 ちらりとそのラーメン屋の店内を見れば、サラリーマンだろうか?沢山の男性たちが麺を啜っている。

 ここに入れと?

 問題は俺達の見た目である。この手のラーメン屋に女性が入ることは現代ではもう珍しいことではないが、流石に小学生ほどの幼女は入らまい。

 いや俺達は全くもって小学生ではないのだが、見た目的には小学生な以上誤解はされる。

 それを解くのも面倒である。そもそも話を聞いてもらえるかすら怪しい。

 そして、解いたうえで滅茶苦茶注目されるのは間違いない。


「別のにしろ」

「ん〜、分かった!」


 これで小夜の頑固を発揮されたら面倒くさいなと思っていたがありがたいことに彼女は俺の言葉に従ってくれた。


「まだ歩き足りないもんね?」

「とっとと決めろ」


 こちらを見て笑う小夜に俺はため息を吐く。

 なんというか、危ういところがあるやつだ。

 小柳さんがこいつに保護者が必要だと思ったのは正しかったようである。






 商店街を無駄に歩き回り、結果的に入ることになったのは小さなパスタ屋だった。

 結構オシャレな雰囲気で、店内にいるお客さん達も何処かオシャレで居心地が悪い。

 しかし、店頭に置いてあるメニューのパスタはなかなか美味しそうだった。


「いらっ……いらっしゃいませ、二名様でよろしいでしょうか?」

「はい!」

 

 店に入ってきた俺達を見て若いショートの女性の店員が一瞬硬直するが、すぐさま立て直した。

 プロである。俺達の見た目だと客かどうか怪しいだろうに。

 まあ、その対策として俺がわかりやすい位置に財布を持っていたわけだが。

 それでも若干困惑した様子の店員に連れられて席に着く。


「…………」


 店員は無言だが、どうもこちらを警戒してるような様子。

 多分、俺達を断るか迷っているのだろう。

 まあ、気持ちはわかる。俺だって店員側の立場だったらどうするか凄く悩んでいたことだろう。


 仕方ないので席に着くと同時に店員に俺の身分証明書を見せておく、異世界症候群になってから更新したやつで、なんと猫耳が隠された写真である。

 本来証明写真に加工など許されるわけがないのだが、本当に特例として許可されたものだ。

 国としても異世界症候群患者が目立つのはよくないと思ってるらしい。ありがたいことだ。

 ちなみに、猫耳付きのも持っているし、市役所みたいなちゃんとした場所だと猫耳付きじゃないと使えない。


「!こちら、メニューです」


 それを見て店員は安心したように一息ついた。

 これだから、外食はしたくなかったんだ。

 小柳さんが保護者同伴を小夜に求めていたのもおそらく一番の理由はこれである。

 小夜はまだ十六歳、こういった身分を簡単に証明できるものはあまり持ってないだろう。


 それはそれとして、また別の方向の視線を向けられている気がする。

 まあ、この身長の成人済み女性が気になるのはわかるけどさ。


「何にしようかな〜」


 帽子は脱がずに小夜がメニューを開き、俺もそれに続く。

 帽子を脱がないのはマナーが悪いと思われるかもしれないが、仕方あるまい。

 ま、今被っている帽子は大きくないし、ここは別に格式高いレストランというわけでもないのでそのくらいは許してもらうことにしよう。


 メニューに乗っているパスタはどれも美味しそうで、なかなかに選び難い。


「ナポリタンにしようかな」

「じゃあ、俺はカルボナーラで。サラダ一緒に食べるか?」

「食べる!」


 小夜と被せるのもあれなので別のパスタにする。

 ついでにサラダも頼むことにした、一人だと多そうなので二人で分けるのが想定のものだろう。


 先ほどの店員を呼んで、注文する。

 二人して体格に似合わないほど食べるのでサイズは一番大きいものを選ぶ、あとはドリンクとしてオレンジジュース。

 他にもコーヒーやらなんやらあったけど、まあ今日はカッコつけなくていいだろう。

 相変わらずこちらが気になるのかチラチラ見てくる店員が注文を受け取れば、料理が来るまでは暇時間だ。


 軽くスマホを取り出して、なにか来ていないか確認すると小柳さんから『小夜さんをよろしくお願いします』と来ていた。

 心配性な人である。まあ、今日の小夜の動きを見ているとその気持ちは分かるが。


『ん』


 適当に返信して、スマホをしまうと小夜がこちらを見ていた。


「何?」

「なつきちゃんってスマホの操作手慣れてるなって」

「そりゃ、まあな」


 俺のスマホを見ながら小夜が感心したように言う。

 そりゃあまあ、このスマホとも長い付き合いだし、というかスマホの操作に手慣れてるなんて現代人なら当然だろ。

 それを言うと小夜は苦笑いをした。


「私よく落としちゃうんだ」

「ああ、そういうことか」


 小夜は俺の性能重視なスマホとは違う、有名ブランドのスマホを取り出して理由を話す。

 スマホをよく落とすなんて、普通ならドジなだけな話だが、俺達(異世界症候群)は違う。

 なにせ、手が小さくなるのだ。今までの感覚では使えない。

 それに、感覚がずれるだけじゃなく、小学生並の体格の手では普通のスマホは結構デカいのだ。

 故に、手から簡単に滑り落ちる。

 俺も、最初の頃はよく落として、そのたびに画面が割れてないかとヒヤヒヤしたものだ。


「いずれ慣れる」

「そんなもんかー」


 とはいえ人間適応するもので、俺は使ってるうちにこの手に合わせた持ち方というのを覚えた。

 小夜も使っていれば勝手に身につくことだろう。

 そのことを伝えると小夜はスマホを弄りながら納得した。その手つきが危なっかしくて少し怖い。

 そんななか、ふと小夜がスマホからこちらに視線を向けた。


「あ、そうだ!連絡先交換しようよ!」


 小夜の提案、それは連絡先の交換だった。


 …………


 やだ……


「うわっ!?凄く嫌そうな顔!なんで!?」


 嫌な気持ちがどうやら表情にまで溢れ出ていたらしく小夜が理由を聞いてくる。

 もちろん、俺は理由なしで嫌がるような人間ではない。

 いや、だってさぁ


「お前、連絡先知ったら四六時中送ってくるだろ」

「……そんなことないよ?」

「こっちを向け」


 お喋り好きなこいつに連絡先を知られようものなら、常になにかが来そうなのだ。

 それは普通に嫌である。

 無視すればいいだけの話ではあるが、通知のマークが常についているのは好きじゃないタイプなのだ俺は。

 それを言ってやれば小夜は目を逸らした。するつもりだったのだろう。


「で、でもでも、なつきちゃんといっぱい話たいことあるんだもん!」


 小夜は言い訳するが、それは理由になってない。

 あと、俺と話したいなら別にメッセージ上でする必要はない。


「……会った時に話せばいいだろ」

「それは、確かに!」


 わざわざ端末の中で話さなくても、週一で会えるんだから。

 それを言えば小夜は確かに!と納得した。馬鹿


 こいつと連絡先交換ねえ……

 俺の連絡先なんて父母妹小柳さんしかないから静かなものなのだが、こいつがいたら騒がしくなりそうだ。

 とはいえ、小夜は素直なやつだしちゃんと言った以上変に送ってくることはないか。

 ……ま、それに連絡取れたほうが会いやすい。


「最低限に済ませるならしてもいい」

「分かった!」


 小夜が大きく頷く。……大丈夫なのだろうか?人を不安にさせることにおいては天才的なやつである。

 そうして、連絡先を交換しあう。

 小夜のアイコンは可愛らしいぬいぐるみだった。


『よろしく!』


 目の前にいるというのに、小夜は犬のスタンプでわざわざ言ってくる。

 それに乗ってやって俺も返すと、小夜はわざわざ目の前にいるというのにメッセージで話始めた。

 小夜の方を見ればニコニコとしていて楽しそうだ。

 ……ま、いいか、今だけなら付き合ってやろう。

 頼んだ品が来るまで、俺も乗ってやることにした。






 店員によって注文した品が届けられる。


「わ〜、美味しそう!」


 俺がサラダを取り分けていると、小夜は自身の目の前のナポリタンを見てよだれを垂らしていた。

 俺も目の前のカルボナーラを見れば艷やかで、メニュー通りどころか、メニューよりもよっぽど美味しそうに見えた。


「「いただきます」」


 二人で食べる前の儀式をしたら、早速フォークを手に取りパスタへと向ける……直前小夜がそれを止めた。


「ね、ね、一口分けてよ」

「……一口な」


 あまり、そういうのは好きじゃないんだが……まあ、こいつなら良いか。

 それにナポリタンの味も気になるし。


「そっちのもよこせ」

「そりゃ当然っ」


 等価交換と伝えれば、小夜もそのつもりだったようですぐに頷いた。

 皿を交換し、小夜が頼んだナポリタンに口をつける。

 ……美味いな


「美味し〜〜」


 内心で静かに味わう俺とは対照的に小夜のやつはオーバー気味なリアクションだ。

 でも、このナポリタンの味をみる限り、美味しいのは事実なのだろう。


「そっちはどう?」

美味(うま)い」


 端的に感想を伝えて皿を戻す。

 戻ってきたカルボナーラに口をつければ、なるほど確かにオーバー気味なリアクションをするのもわかる味だった。


「当たりの店だな」

「だね〜」


 サラダも口にしてれば、チーズとドレッシングの組み合わせが絶妙でこちらもなかなか。

 こうなってくると、頼まなかった他のパスタも気になってくるところだった。


「ね、ね、なつきちゃん」

「なんだ?」


 俺が静かに味に舌を打っていると小夜が話しかけてきた。

 視線を向けると、ナポリタンはすでに半分近くが減っている。こいつ、食べるの速いんだよな。

 俺の方はまだ三分の一も食べてないのに。

 それは置いておいて、話しかけてきた小夜のほうに視線を向ければ、彼女は太陽のような笑みを浮かべる。

 しかしその口元にはナポリタンの赤色がくっきりとついていた。


「久々の外食の感想は?」


 彼女はこちらの回答に期待しているのか少しソワソワしている。

 ……はあ


「口元についてるぞ」

「ふぇっ!ど、どこ!?」


 俺の指摘に小夜は驚き困惑しながら首を振る。

 そんな面白い彼女の反応に笑いそうになるがどうにか堪えた。

 全く急いで食べるからだ。昼食は逃げないというのに。


「左」

「どっちから!?」

「お前からだよ」


 小夜がナプキンを手に取り自身の口元に当てる。

 擦って取ろうとするが、微妙に位置がズレているせいで、取れていない。

 けれど小夜は取れたと思ったのかナプキンを降ろした。


「これでよし」

「ぷっ、取れてないぞ」

「えぇ!?」


 取れていないのに安堵する滑稽な小夜。

 これには流石に笑みを隠しきれなかった。

 驚く小夜にほんの少し口角があがる。

 小夜は再度ナプキンで口元を拭こうとする、今度はちゃんと汚れを捉えているが、焦りからか中途半端に拭ってしまいまだ残っていた。


「こ、これで大丈夫だよね?」

「はあ、俺がやってやるよ」


 全く世話の焼けるやつである。

 小夜にこっちに顔を寄せてもらい拭き取ってやる。


「取れた?」

「ああ」


 安心したように小夜は息を吐く。

 どうやら、もうさっきの質問は覚えていないらしい。

 ま、たまになら……悪くない。

 そんな本音は結局口にしなかった。





 飲食店を出て、帰り道。


「美味しかったねー」

「ああ」


 外食嫌いの俺ではあるが、それはそれとして行くならば楽しむ気概はある。

 あのパスタは美味かったし、それなりに満足していた。

 他のやつも食べてみたいのだが……


「また……」

「行くの!?」

「……いや」


 考えてみたが、やっぱり尻尾を隠さないことやら注目を浴びることやらなんやら考えると外食は億劫になる。

 それを聞いて小夜が残念そうにする。

 なんでお前まで俺の食生活を心配しているんだ。


「えー、もっと外食楽しもうよ」

「なんでそんなに外食させたがる」

「だって、なつきちゃんが外食に慣れたら、なつきちゃんと外食以外にも行けるようになるかも知れないじゃん」

「そんなに俺と行きたいのか?」


 俺が問いかければ、小夜は自信満々に頷いた。

 全く、俺みたいなやつのどこにそんな魅力があるというのか。

 不思議だった。こいつが考えてることがよく分からない。

 俺とこいつの共通点なんて異世界症候群ぐらいだろうに。

 もしくは、それがそれほど大事なのか。


「ねー、行かないの?」

「……別に、行かないとまでは言ってないだろ」

「え?」


 小夜が俺の言葉に物怪顔を浮かべる。

 外食に行くのは、好きじゃない。それは俺からするとメリットデメリットが釣り合わないからで、別に外食が嫌なわけじゃない。

 だから、メリットがデメリットを超えれるなら別に行ってもいい。


「……お前と一緒なら、行ってやる」


 小夜との外食は、なんやかんや楽しかったし。

 一人だったら、行く気にはなれないけど……小夜となら、悪くない。

 それを聞いて小夜が目を見開きながらこちらを見てきて、俺は首ごと視線を逸らした。


「なつきちゃんっ!」

「歩きにくい!離れろ!」


 小夜が抱きついてくるのを突き放す。

 ああ、くそ、見えないけどこいつ絶対ニヤニヤしてる。


「行くときは誘ってよ?」

「……お前がいないなら行かないって言っただろ」


 言ったことをわざわざもう一度言わせないで欲しい。

 そんな会話をしながら道を歩いていくと、あっ、と小夜が当然声を上げた。

 なんか変なことじゃないよな、と小夜の方を見れば彼女はある一点を指差していた。


「みて!猫!猫居るよ!」


 そこにいたのは、塀の上でくつろぐ野良猫だった。

 ふわぁと欠伸をして、ご機嫌に尻尾を揺らしている。


「茶トラか」

「かーわーいー」


 小夜はその猫にメロメロなようだ。

 逃げられない程度に遠くから、目を輝かせて観察している。

 ……なんか、むかつく


「そう言えば、なつきちゃんって猫と喋れる?」

「……ん、あ、ああ。意思疎通ぐらいならできる」


 突然こちらを振り向いた小夜の質問に少し遅れながらも答える。

 猫の獣人だからなのか、俺は猫が何を言っているか理解することができる。

 と言ってもそんなに便利じゃない。

 猫の鳴き声のニュアンスがわかる程度で、細かく何を喋っているのかまではわからないし、こちらからもニュアンスを伝えるのが限界だ。

 それを小夜に伝えれば、小夜が期待の籠もった目をこちらに向けてきた。


 ……仕方ないなぁ、小夜がそこまでやって欲しいならやってやろう。


 くつろぐ茶トラに一歩近づく。


「んんっ……にゃー、にゃ、にゃー?」


 今のを人間の言葉に直すなら『ちょっといい?』だ。

 不思議な話なのだけど、何を鳴けばどんな意味になるのかは本能的に理解していた。

 茶トラは俺の鳴き声に反応してこちらを振り向く。


『にゃー?』


 なぁに?と茶トラは言っている。

 反応からして、どうやら見た目通りのほほんとした子のようだ。

 良かった、気性が荒い子だと話しかけられただけで喧嘩を売られたと引っ掻いてこようしてくるのだ。


「にゃ、にゃー、にゃー」

『にゃーー』


 撫でて良いかを聞けば、良いよーと緩い返答が返ってきた。

 茶トラは塀を飛び降りると、こちらに歩いてくる。

 そして目の前に来てゴロンと寝転がった。


『にゃ、にゃーにゃ……にゃー』

「撫でていいってさ、でも尻尾は駄目って」

「おー!」


 茶トラの言葉を翻訳すれば小夜が恐る恐る茶トラのお腹に手を伸ばす。

 それに続いて俺も茶トラへと手を伸ばした。


「わ、わぁっ、良い撫で心地……」

「良い毛並みだな」


 柔らかい毛並みはとても良い撫で心地で小夜はほおを緩ませている。

 野良にしては綺麗だし、気性を良いし、もしかしたらどこかで世話されてる子なのかもしれない。


「にゃーにゃーにゃー?」

『にゃぁーーー』


 気分を聞いてみれば、良い良いという返答が返ってきた。

 それは嘘ではないらしく目を細めて、本当に心地よさそうだ。

 なかなか愛いやつである。

 なんて思っていると、小夜のやつが手を止めてこちらを見ていることに気がついた。


「何だ?」

「いや、にゃーにゃー言ってるなつきちゃん可愛いなって」

「……お前がお願いしたことだろ」


 確かに傍から見れば、にゃーにゃー言ってるのは猫の真似をしているみたいで可愛いのかもしれないが、こっちは真面目だ。

 それに、お前からお願いしてきたのになんだその言い草は


「にゃーにゃー」

『にゃー?』


 酷いよな、と茶トラに言ってみれば何が?と返ってきた。そりゃそうである小夜との会話は茶トラには伝わらないのだから。

 それを見てまた小夜がふざけたことを言う。


「ふふ、やっぱり可愛いよ、なつきちゃん」

「うるせー()()

「え?」


 ばっ、と口を押さえる。

 やら、やらかした。

 さっきから猫語と日本語を往復してたせいでつい混ざってしまった。

 小夜は突然の出来事に目を見開いて固まっている。

 顔が熱い、なんでこんな簡単なミスをしたんだ俺っ


「なつきちゃん!今のすっごく可愛い!」

「う、うるさいうるさいうるさい!とっとと忘れろ!」


 笑みを浮かべる小夜の頭をぽかぽか殴る。

 くそっ、記憶って後頭部とかか?そうすれば忘れてくれるのか?

 我ながらとんでもないことを考えていると小夜はニヤニヤと笑みを浮かべこちらから揶揄してくる。


「もっかいやってよ〜」

「っ〜〜!」


 ぷいっと小夜から視線を外す。

 もう、もういい、その茶トラでも撫でてればいい。

 すると小夜も流石にこれ以上は駄目かと思ったのか素直に謝ってきた。


「わ〜、ごめん、ごめんっ!ごめんって……」


 ……はあ

 悲しそうな顔を浮かべる小夜にため息を吐く。

 別にそんな怒ってないし、そんな反応されるとこっちが悪いみたいになるじゃないか。


「誰にも話すなよ」

「分かった、二人だけの秘密だねっ」


 それは違う気がするが。

 あー、くそ思い出したらまた顔が熱くなってきた、なんであんなことを言ってしまったんだ俺は。

 なんだか、最近油断というか、気が抜けている気がする。

 原因は明白だが、それを認めるのもなんかいやだ。

 ……くそ、忘れたいのにさっきの記憶が消えない!

 気を紛らわせるように小夜と茶トラのほうを見る。


「お、ここ?ここがいいの?」


 小夜は茶トラのお腹を夢中になって撫でている。茶トラの方も心地よさそうだ。

 そんな、そんな夢中になるほど良い毛並みだろうか。

 茶トラ撫でる小夜を見てそう思う。

 確かに、俺が撫でたときは結構心地よくてなかなかいい撫で心地だったけど、言ってもそれは野良にしてはで、それはちゃんと手入れされた毛並みには敵わないわけで、撫で心地的には例えばちゃんと手入れした俺の尻尾とかのほうが良いし撫でるなら──


「なつきちゃん」

「?なんだ?」

「尻尾、でてるよ?」


 言われて気づく、俺の尻尾がワンピースから抜け出して、なぜか小夜の前に出てきていた。

 ……あれ

 ふと、冷静になってさっきまでの思考を思い出す。

 俺もしかして、猫に嫉妬してた?

 小夜に撫でてもらってるの、羨ましいって思ってた?


「もしかして〜撫でてほしいの?」


 小夜が揶揄うように聞いてくる。

 そんなこと……そんなこと……ない、と言おうとして、小夜の茶トラを撫でる手が目に入った。

 ……いいなぁ


「……………………うん」

「え」


 気がつけば、俺は認めていた。

 小夜が茶トラを撫でる手を止めて心の底から驚いたような表情でこちらを見てくる。

 数秒無言の時が流れる、その合間に茶トラは何かを感じ取ったのか何も言わず立ち上がって塀の奥に消えた。

 俺は尻尾をワンピースの中に引っ込める。


「…………やっぱいい」

「いや!撫でる!撫でるよ!なつきちゃん!」

「いいったらいい!」


 茶トラもいなくなったし帰る、帰るったら帰る。

 俺は小夜から視線を外して病院に向けて足を進めた。


 今日はなんか駄目だ!!

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