表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ケモミミ少女が救われる話  作者: 霜降り
その後の話
29/29

買い物する話


「な……ちゃん、な……き……ん、なーつきちゃーん」

「ん……んん」


 体を揺すられる感触、それに俺はだんだんと意識が浮上していくのを感じた。

 暖かさに包まれた中で少し体を伸ばす。


「おきてー!なつきちゃーん!」


 ゆっくりと開いたまぶた、小さな影と目が合う。

 小さな影こと陽菜は俺が起きたことに気がついたのか、にぱっと笑った。


「おはよー、朝ごはん出来てるよ」

「ひな……」


 もう朝か……

 窓からは朝日が差し込んでいて少し眩しい。

 モゾモゾ、俺は深く被った布団からゆっくりと抜け出そうとする。

 瞬間、体を襲う冷気。

 ……寒い、眠い

 朝特有の気だるさと冬特有の寒さに襲われた俺は体を震わせる。


 ……起きたくねぇ


 俺は逆再生するが如く布団の中に戻り猫らしく体を丸める。

 ああ、あったかい……

 陽菜の尻尾のようにもこもこの布団の暖かさはそれはもう魔性と言えるほど魅力的でそれに惹きつけられてしまった俺の瞼はゆっくりと閉じてゆく。

 心地よさに襲われながら俺は陽菜に告げた


「後五分……」

「おりゃあーー!」

「にゃあっ!?」


 布団が吹っ飛んだ!







「朝強いんだなーって思ってたけど、実はそうでもなかったり?」

「いや……あー、いや」


 リビングのテーブルで向かい合って朝食をつまみながら陽菜の質問に答える。

 朝強い、朝強いか……

 一人暮らししてた頃は問題なく起きれてた。

 陽菜が来てからも最初の方は起きれてた。


 けれど、最近はあまり起きれなくなった。


「朝ご飯担当のときは起きれてるよね」

「……うん」


 というか、正確に言えば陽菜が朝ご飯を作って起こしてくれる日に起きれなくなった。

 …………はあ

 まあ、つまり……そういうことなんだと思う。

 同じ結論に達したらしい陽菜がくすっと笑う。


「なつきちゃんってやっぱり甘えん坊だね」

「うるさいやい」


 少し拗ねながら陽菜作のスクランブルエッグを箸でつまむ。

 最初の方は料理にそこそこ失敗しがちな陽菜だったが、元々要領がいいのか気がつけば失敗をすることはなくなっていた。

 それでもう朝ご飯くらいは任せても平気だろうと陽菜の希望もあり、朝ご飯は俺と陽菜で担当の日を作ることにしたのだ。

 正直かなり助かってる。

 起きれると言っても眠いもんは眠いし、特に冬は……寒い。


「冬の合間は、朝ご飯私が作ってあげようか?」

「お前だって朝弱いくせに」


 弱点を見つけたと言わんばかりに軽口を叩く陽菜に俺は反論する。

 こいつもこいつで別に朝は強くない。

 人のこと言えた義理じゃないだろう。


「でも私、なつきちゃんと違って二度寝しないもん」

「むっ……」


 言葉を詰まらせる俺に陽菜は勝ち誇った笑みを浮かべた。

 実際こいつは俺が起こすとちゃんと起きてくる。

 くそ、ふつうに負けた。姉の威厳皆無である。

 でも仕方ないと思う、だって


「だって寒いじゃん……」

「気持ちは分かるけどね」


 俺の言葉に陽菜は強く頷く、やはりしないだけでしたくはあるらしい。

 二度寝って無性に引き付けられる魔力がある。

 なんか、気持ちいいんだよな。正直普通に寝るより二度寝のほうが好きだ。


「……今度二人で二度寝するか?」

「楽しそうだけど、なんか本末転倒な気がするよ」


 陽菜と起こしあって、二度寝する。

 悪くない、陽菜の言う通りなんだか本末転倒感はあるが予定がない日にやってもいいかもしれない。

 なんて想像してたせいかふわぁと小さな欠伸が出た。

 いかんいかん、普段ならともかく今日は二度寝をするわけにはいかないのだ。

 何故なら、そう、今日は予定があるから。


 ショッピングモールに陽菜と買い物に行くのである。








 ショッピングモールに何を買いに行くのかといえば、陽菜の冬服だ。

 陽菜が今の体になったのは、初夏ぐらいの時期なわけで当然冬服を持っていない。

 これから冬に本格的に入るのだ。陽菜の尻尾はもふもふだがそれで耐えるのは無茶というものだろう。

 そのため、冬服を買いにショッピングモールに行こうと、少し前から計画していた。

 しかし、問題が一つ。

 そう、俺達の見た目だ。

 頭の上の獣耳はまあ帽子なりフードでどうとでもなるからいいとして、やはり見た目が小学生なのは問題である。

 買い物はやりにくいし、下手すれば迷子扱い。

 迷子センターに連行されれば楽しいお出かけも台無しである。


 となるとその対策として、誰かしらの大人に付いてきてもらうのが手っ取り早い方法になるだろう。

 で、俺達が頼れる大人というのは限られてるもので


「おはようございます」

「おはようございます、小柳さん」


 家の前に止めた車から出てきた小柳さんがこちらに軽く会釈をする。

 彼女の乗っている車はスタイリッシュで、クールビューティーな彼女が車から出てくるだけでも凄く様になっていた。


 さて、そんなわけで

 今日のショッピングモールは小柳さんに引率してもらうことになった。


「平日だというのにわざわざ、ありがとうございます、本当に……」

「いえいえ。私も、楽しみにしてましたから」


 お礼を告げれば彼女はクスクスと笑ってそう言った。

 医者である小柳さんにはただでさえ世話になってるというのに、頼むのは申し訳なかったのだが、まあ彼女自身がいいというのでいいのだろう。

 本当にお人好しな人である。

 しかも持って帰るのが大変だろうからとわざわざ俺達のために車を出してくれたのである。

 本当に本当に足を向けて寝られない。二度寝なんてもっと駄目である。

 なんてことを思いつつ、外は寒いので早速車に乗り込む。俺達は当然後部座席。

 ……これジュニアシートじゃん、マジ?


「小柳さんの車格好いい〜」

「ふふっ、そうですか?」


 本格的に足を向けられねぇ……と俺が思ってると陽菜がシートベルトを付けながら呟く。

 ああ、そうか、俺もつけないとな。

 車に乗るなんて久々だから忘れてしまいそうだ。


「いい車ですね」


 陽菜は気づいてないようだが小柳さんが乗ってるこの車、普通に高級車だ。

 流石医者というべしなのか。ただ、小柳さんがこういう車に乗ってるのは少し意外だった。

 なんて思ってたのだが……


「免許を取った時に父からお祝いでプレゼントに貰いまして。私にはちょっと不釣り合いなんですが」

「はえ〜、お父さん太っ腹」

「ふふっ、親バカなだけですよ」

「プレゼント……?」


 この高級車を……?

 陽菜は理解してないようだが、結構凄いことをなんてことのないように言う小柳さん。これを親バカのひと言で済ませていいのだろうか。

 と、思い出す。昔話してくれたのだが、そう言えばこの人数代にわたる由緒正しい医者家系の出である。

 つまりは、けっこうなお嬢様。

 俺達に良くしてくれてるけど、割と真面目に住む世界が違う人なんだなと思った。


「さあ、行きましょうか。シートベルト、大丈夫ですか?」

「大丈夫です」

「大丈夫!」

「そうですか……ふふっ」


 小柳さんが俺達の返答に嬉しそうに笑う。

 まあ、住む世界が違っても、それが友達なら以上でも以下でもないのだろう。

 俺も彼女に釣られて小さく笑った。







 元々徒歩でも行ける距離なだけあって、ショッピングモールにはすぐについた。


「やっぱりさー、なつきちゃんもかわいい服を着たほうがいいと思うの」

「今のも十分可愛いほうだろ」


 子供用の服も取り扱ってる有名ブランドのお店にて

 陽菜がポツリと俺に聞こえるように呟いた。

 どうもこいつ、自分の冬服ついでに俺に可愛い服を着せようとしてるらしい。

 しかし俺からすれば今着てる服だって可愛い部類なのだ。

 本音を言えばスボンを履きたいのだが、尻尾がそれを許してくれない。

 だから俺はせめてもの抵抗として基本的に落ち着いた大人しめな服を着ているのだ。


「いや、なつきちゃんのそれはちょっと素朴すぎる!なしじゃないけど勿体ない!」


 そんな服装はどうやら元現役JKである陽菜からすれば物足りないものらしい。

 まあ、俺も適当に買ったこの服をそんないいと思って着ているわけではないが。

 あとこいつやっぱり夕の影響受けてるな?


「はいはい、まずは陽菜のやつ買ってからな」

「……はーい」


 まあ、あいつと違って素直ではあるからいいかと息を吐く。

 あいつならこのままゴリ押しで本来の目的から数キロ先に着地することになるだろうし。


「どうしよっかなー」


 陽菜は飾られた子供服を手に取りながら見て回る。

 俺と小柳さんは大人しくそれを後ろから眺めていた。


「最近の子供服はお洒落ですね」


 小柳さんが軽くハンガーに掛けられた服を見て呟く。

 実際かざられた子供服達はどれも子供用とは思えないくらいお洒落だ。

 別に昔の子供服に詳しい訳では無いが、昔はそこまでお洒落では無かった気がする。


「時代、ですかね」

「なのでしょうね。ふふ、少し羨ましくなります」


 笑みを浮かべ冗談交じりに言う小柳さんだったが、彼女は言い終わったあとに少し目を細めた。

 冗談半分……案外本気でそう思ってるのかもしれない。


「あ、これかわいい~」

「……小柳さんはファッションとかはどうなんですか?」


 楽しそうな陽菜を大人二人組で後ろから見守りながら、気になって聞いてみる。

 小柳さんは俺の言葉に少し考える素振りを見せた。


「嫌いではないですよ。まあ、あまり楽しむ余裕はないのですが」


 小柳さんの言葉にあーと俺は頷く。

 流石というかなんというか、やはり多忙な彼女ではそういうことを楽しむ余裕はあまりないらしい。

 尚更今日来てもらったのが申し訳なくなる……


「今日は本当にありがとうございます……」

「お気になさらず。患者の生活のサポートは医者の仕事ですから」


 彼女は軽くそう言うが、その言葉には彼女の責任感が強く乗っかっている。

 これ以上は失礼だなと俺は口を閉じた。

 ふと、小柳さんが笑みを浮かべて呟く。


「それに友達と買い物って、少し憧れていたんですよ」

「!」


 その笑みは小柳さんにしては珍しい、等身大の笑みだった。

 友達、友達か、小柳さん側からも俺達のことを"友達"と言ってくれるのは素直に嬉しかった。


「小柳さんなら、俺と違って友達いそうですけど」

「いないわけじゃないのですが……まあ、子供と違って大人の世界はは少し汚いんですよ」


 彼女はそう言うと目を細めて優しく帽子越しに俺の頭をぽんぽんと撫でた。

 まあ撫でられるのは心地よいからいいんだけど。

 取り敢えず一つ言わせてほしい。


「あの、俺、大人です……」

「あ」


 小柳さんはすっとこちらから目をそらした。


 …………


 なんとも微妙な沈黙が流れる。

 この人からも子供扱いされ始めると本格的に俺を成人扱いする人いなくなるから勘弁してほしい。

 もう手遅れかもしれないが。


 まあでも、なんとなく事情は分かった。

 小柳さんはお嬢様で、お金持ちゆえの人間関係があるわけだ。

 そういう世界には色々なしがらみとかがあるのは、創作などでよく見ること。

 ぶっちゃけ俺みたいな小庶民には理解できない世界だし実際そういうのがどのくらいあるのかは分からない。

 だが、そういう世界を生きてきた小柳さんにとってあまり気を許せる友人というのは少ないのかもしれない。

 なら、せめて俺達のことくらいは信頼してもらいたいものだ。


「なつきちゃーん、どっちがいいと思う?」


 と、その時は片手ずつに服を持った陽菜がこちらを向いて意見を求めてくる。

 シンプルめなものと、可愛いを強調したもの、流石元現役JK 、おしゃれでどちらも陽菜には似合うことだろう。

 そうだな、折角だし……


「小柳さんはどう思います?」

「!わ、私ですか?」

「小柳さんの意見も聞きたい!」


 俺は小柳さんに話を振る。

 まさか自分に飛んでくると思っていなかったらしい小柳さんは少し驚いた顔を見せるが、陽菜の追撃に手を顎において考え始めた。


「む、難しいですね……」


 小柳さんが本当に小さく呟くが獣人の耳は聞き逃さない。

 いつもはクールな小柳さんがたじたじになっているのは傍から見ると少し面白い。

 陽菜も同意見のようで、あいつの顔も期待半分ニヤつき半分といったところだ。


「左、ですかね」


 そうして小柳さんは左のシンプルな方を指さした。


「よし、じゃあこっちにしよ!」

「その、いいんですか?」


 意見を聞いて直ぐ様決定する陽菜に小柳さんの瞳が不安に揺れる。


「うん!折角小柳さんが選んでくれたんだから、これにする!」

「そう、ですか……ふふ」


 しかし、そんな不安は陽菜の太陽のような笑みで吹き飛ばされた。

 陽菜の笑みに釣れられて、小柳さんも優しい笑みを浮かべる。

 俺も、彼女のその笑みに救われたからよくわかる。陽菜の笑顔にはやっぱりそういう力がある。

 姉としてたても誇らしい。


「なつきちゃん何その顔」

「いや、姉として誇らしくなっただけ」


 陽菜はよくわからないと言いたげに首を傾げたが、突っ込まないことに決めたのか特に何も言わなかった。

 陽菜が選ばなかった方をハンガーに戻そうとする。

 と、俺はそれにストップをかけた。


「なつきちゃん?」


 不思議そうにこちらを見る陽菜。

 俺は彼女の片手の洋服を手に取る。


「それ着てるとこ俺が見たいから買うぞ」

「ふふ、なつきちゃんはしょうがないねぇ」


 陽菜がニヤニヤと笑う。

 なんだその顔、いいだろ、別に


「お揃いする?」

「……ん」


 まあ新しい服買うこと自体は反対してないし?

 ちょっと可愛すぎるけど……悪くない。


 そんな俺達に小柳さんがくすっと後ろで笑った。










 女性の買い物は長い。

 昔、妹の買い物につき合わされたときはそれはもう暇で暇で、かと言って保護者として逃げ出すわけにもいかないので苦痛だったのだが。

 陽菜との買い物は楽しくて長い時間が一瞬で時間が過ぎていった。

 これは陽菜だからなのか、それとも俺も女になったからなのか。


『ぐぅ〜』


 そんな疑問は、腹の音ともに何処かへ飛んでいった。


「あ、なつきちゃんお腹空いてるんだ〜」

「……うるさい」


 洋服を買い終えて、店から出た瞬間俺のお腹が鳴らした音に陽菜が反応し、俺は少し頬を染める。


「仕方ないだろ、もう昼過ぎてるんだから」

「まあそうだけどね〜」


 先ほどスマホで確認した時間は十二を軽く越していた。

 それだけ買い物に夢中になっていたわけだが、こんな時間になればお腹が鳴っても仕方ないだろう。

 だから俺は悪くない。


「どこか食べに行きますか。お二人とも希望はありますか?」


 後ろから見守っていた小柳さんがこちらに歩み寄り聞いてくる。

 ここはショッピングモール、当然飲食店は沢山あるし選択肢は豊富だ。フードコートという手もある。


「何でもいいよ〜。小柳さんは?」

「お二人に任せますよ」


 しかし、二人は特に希望はないようだ。

 それは良い。ならば俺が決めてしまっても構わないということだろう?


「はい、希望あります!」


 特に希望のない二人に対して俺はバッと手を挙げる。

 そんな俺に当然二人の視線が飛んできた。

 その視線に答えて俺は実はずっと考えていたことを口にした。


「パンケーキ!」








 服を買うにあたってこのショッピングモールにあるお店を調べたのだが、最近有名なパンケーキの専門店ができたらしい。

 ふわとろのパンケーキの生地に、様々なトッピング、完成度の高い非常に美味しそうなパンケーキを提供してくれるお店だ。

 前々から気になっていたお店だったのだが、そこそこ遠く、その存在を知ったのがこの姿になってから。

 今の姿だと一人で遠出に加え飲食店というのは中々難しいこともあり、俺は諦めるしかなかった。


 し、か、し、である!

 なんと比較的近所なこのショッピングモールに来てくれたのだ!

 パンケーキのお店が、パンケーキのお店がである!

 これはもう神様が俺にパンケーキを食べろというお告げをお告げしてくれたに違いない!

 そして今は陽菜に加えて小柳(保護者)さんまでいる。

 つまり俺の姿の問題はないと言っていい。

 パンケーキまでの道を塞ぐ障害は全てもう存在しないのだ。

 ここまでお膳立てされてパンケーキを食べない選択肢はあるか?いいや、ない!

 こんな好条件が揃った今パンケーキを食べないというのは、パンケーキに対して非常に無礼で失礼とすら言えるだろう。


「テンション高いねー」

「だってだってずっと食べたかったんだもん!」


 その存在を知ってから今日までの合間ずっと考えていた。

 楽しみにしていたのだ、この日を、今日を!

 それがついに目の前にあるのだ。テンションが高くなるに決まってる。

 ああ、尻尾が暴れてしまいそうだ。


 そしてそんな俺の希望に二人とも反対はせず、ついてきてくれた。

 そんなわけで、パンケーキ専門店の前である。

 スマホ越しに見ていたお店が目の前にあることを俺は噛み締める。


「成月さんが甘党なのは聞いてましたが……ここまでですか」

「可愛いよねー」


 背後で小柳さんと陽菜が何か話しているが、今の俺の三角耳には入らない。

 それよりもパンケーキである。

 今日は平日なのもあってお店の中はそこまで混んでおらず、待ち時間なしで入店することができた。

 俺が最初に席につくと小柳さんは対面に座り、最後に陽菜が小柳さんの隣に座った。

 こっちじゃないのか、まあいいや。俺は早速とメニューを手に取り開く。


「こっちでいいんですか?」

「うん、なつきちゃんの可愛い顔見れるから」

「なるほど……」


 メニューには沢山のパンケーキが乗っている。

 シンプルなプレーン、中にチーズが入ったもの、上にいちごと生クリームのついているもの、メープルシロップにチョコバナナ。

 どれもこれも魅力的で美味しそうだ。

 やはりここは王道であるプレーン?しかし、折角来たのにプレーンというのは勿体なさを感じなくもない。もちろんそれはそれで1つの味で否定しているわけではないが、やはりここは何かしらを乗せるなりしたいところ。

 それならば、いちごと生クリームが安定か?

 だが、メープルシロップの甘さもまた魅力的。チョコバナナも絶対に美味い。

 いや、中に仕込むチーズも絶対美味しいよな?


 くそ、なんて難しい問題だ。

 このなかから一つ選ばなきゃ駄目なのか?なんて悲しい話なんだ……俺は全部を愛しているのに……


「うー……どれにすっかなぁ……」

「ね、ね、なつきちゃん。シェアしようよ」

「それだ!」


 陽菜の提案に俺は手を叩く。

 そうだ、その手があった。

 今の俺は一人じゃないんだ!

 それなら最低三つ……獣人の胃袋の力があれば四つくらいまではいける!


「小柳さんはシェア大丈夫な人?」

「大丈夫ですよ」

「よし!」


 小柳さんの同意も得られたので、俺達はどれを注文するのか相談する。

 そうして最終的に、チーズ、いちご、メープルシロップ、チョコバナナが選ばれた。

 店員に注文すれば、あとは待つだけ。

 ふふふ、今から楽しみだ……


「成月さん、本当に甘いものが好きなんですね」

「だ、だって、美味しいし」


 優しい微笑みを浮かべこちらを見る小柳さん。

 なんだか小っ恥ずかしくなって俺は少し目をそらす。


「小柳さんはどーなの?」

「そこそこ、ですかね」


 陽菜の質問に小柳さんは少し苦笑いを答える。

 あれ?もしかして苦手だったりしたのだろうか?少し不安になる俺に小柳さんは恥ずかしそうに言った。


「まあ、その……少しカロリーが気になると言いますか……」

「わかる!」


 声をすぼませた小柳さんに突如陽菜が大きな声で同意する。

 あまりに突然大声を出すものだから俺の尻尾がびくっと跳ねた。


「美味しそうだけどやっぱり気になっちゃうよね……」


 少し憂鬱とした表情を陽菜は浮かべる。

 やはり女性としてはカロリー面はかなり気になるところらしい。

 軽くメニューに目を向けて、掲載されているパンケーキ達を見れば、これは確かに結構なカロリーがありそうだ。

 俺は正直、そんな気にしたことないんだけど。


「今の陽菜さんなら気にしなくてもいいと思いますよ?」

「それはそうなんだけど、やっぱり気になっちゃうのー!」


 今の俺達は体的には子供な上燃費の悪い獣人、むしろカロリーはガンガン摂ってかなければならないのだが、陽菜的にはまだ慣れないらしい。

 やはり長年染み付いた感覚というのはそう簡単には覆らない。

 俺もまだ女であることに慣れきったかと言われればそんなことはないし。


「なつきちゃんは全然気にしないよねー」

「俺元々食っても太らないタイプだったし」


 男の頃から俺は代謝が良いのか食べてもあまり太らないタイプの人間だった。

 それを言えば陽菜はじーとジト目をこちらに向けてきた。

 珍しい陽菜のジト目である。可愛い。


「…………ずるい」

「お前だって今はそうだろ」

「そうだけどさー!」


 ぶーたれる陽菜はやっぱり可愛らしかった。







 ナイフとフォークを使い、パンケーキを切り分ける。

 そのうえに生クリームといちごを乗せて……一口!


「うまー!」


 モグモグと口の中に広がる甘さを堪能していると帽子の中で耳がピンッと立ち自然に口が緩む。

 ふわとろのパンケーキの生地に、いちごと生クリームの相性はそれはもう抜群。

 流石は専門店、そこらとはレベルが違う。

 このパンケーキの生地、どうやってここまでふわとろにしているのだろうか。

 凄い気になる。案外レシピをネットに公開してないだろうか。

 そんなことを考えながら、さらにもう一口。


 ああ……美味しい……


「凄い幸せそうですね」

「可愛いよねー。写真撮って夕ちゃんに送っちゃお」

「成月さんがあんな表情を浮かべるとは……」


 俺の前で二人が何か話しているが、そんなことより口の中にある甘味を味わうことのほうが大事だった。

 ああ……こんなの無限に食べられちゃうよ……


「なつきちゃんはね。甘いもの食べてる時隙だらけになるんだよ」

「そうなんですか?」

「うん、なつきちゃんなつきちゃん」

「んー?」


 名前を呼ばれ陽菜の方を見れば、陽菜はフォークにパンケーキを刺していた。

 そしてこちらに差し出してくる。


「はい、あ〜ん」

「はむっ……チーズか!」


 差し出されたものを口で受け止めれば、口のなかでチーズが広がる。

 これも良い。ふわとろな生地に中のチーズの感触、先ほどより甘さは控えめだが、また別の甘さがあって非常に満足感のある仕上がりだ。


「ね?」

「確かに普段の成月さんならやらなさそうですね」

「小柳さんもやってみよ!」

「え、私ですか」

「今のなつきちゃんならいけるから!」


 さて次はチョコバナナかメープルシロップか……


「な、成月さん。あ、あ〜ん」

「あむっ、メープルシロップもいい……!」


 目の前に差し出されたパンケーキを本能的に口に放り込み咀嚼する。

 メープルシロップ、はちみつとはまた違うそれは高級感のある甘さでふわとろな生地を上品に仕立て上げる。

 これいい!かなり好みだ、もう一口食べたい!

 そう思って俺はメープルシロップのパンケーキの方を見て


 二人が生温かい目で俺を見ていることにようやく気がついた。


 …………


 すー……


 ……あー


 ………………やらかした。


「…………殺してくれ」


 俺は顔を手で覆う。顔が、熱い。


「可愛かったよ?」

「うーるーさーいっ!」


 ニマニマ笑う陽菜に、俺は熱い頬を誤魔化すように声を張り上げる。

 待ちわびたパンケーキを食べれるからって完全に浮かれていた。

 恥ずかしい姿を見せてしまった!


 いや、陽菜はもう今更だからいいんだけど。小柳さんに見られたのがもう本当に恥ずかしい。

 しかも、あ〜んである。

 小柳さんにあ〜んしてもらったのである。

 改めて考えると頬が熱くて仕方ない。

 小柳さんの方に視線を向けると彼女は苦笑いを浮かべた。


「可愛かったですよ?」

「マジでやめてください……」


 微笑む小柳さんの目は完全に子供に向けるものになっていた。さもありなん。

 ともかく恥ずかしい。頭の上から湯気が出てきそうだった。穴があったら今すぐダイブしたい。


「そんなことしてないで、陽菜も小柳さんも食べてよ!」


 俺をからかってる暇があったら、目の前のとっても美味しいパンケーキを食べるべしだ。

 恥ずかしさ誤魔化しながら俺がそう声を張り上げれば、二人もようやく手を付け始めた。


「んー、おいし!なつきちゃんがああなるのもわかるね」

「……お前」

「えへへ、そっちのちょーだい?」

「……はぁ、はいはい」


 俺の怒りにはどこ吹く風な陽菜に俺も怒る気力はなくなる。

 一息ついてから、いちごと生クリームを乗せて切り取ったパンケーキを陽菜の前に差し出してやった


「ほれ、あーん」

「あ〜ん……あま~い、んふふ」


 当然、陽菜が恥ずかしがるわけもなく。

 俺のあーんを嬉しそうに受け取り、可愛らしい笑顔で感想を言うのだった。

 全く、本当にずるいやつである。

 お前だって可愛いくせに。


「小柳さんは食べたいのある?」


 パンケーキを飲み込んだ陽菜は小柳さんの方を向く。

 小柳さんはこちらを見守るだけでまだパンケーキに口をつけていなかった。

 カロリーを気にしてる、というよりも多分俺達のために遠慮してくれているのだろう。


「私はどれでも構いませんよ」


 任せる、そう告げた小柳さん。

 それに陽菜は少し不満げに唸った。


「んー……」

「陽菜さん?」


 小柳さんのそれは多分優しさなのだろうけど……でも陽菜はそれが不満なようだ。そしてその気持ちは俺もわかる。

 小柳さんだけ陽菜の反応がよくわかってないようで困惑した様子を見せる、そんな彼女に陽菜は言った。


「ねぇね、小柳さん。下の名前で呼んでもいい?」

「えっ」


 小柳さんは脈絡のない陽菜の発言に、驚いた表情を浮かべた。

 ……んまあ、ここは陽菜に任せるか。

 俺は二人を静かに見守ることにした。


「今まではさ、凄いお世話になってるからそう呼んでたんだけど、やっぱり下の名前で呼びたいなって」

「きゅ、急ですね」


 優しい笑みでそう言う陽菜に、小柳さんは少し困惑した様子だ。

 まあ全く脈略もなかったし、その反応は仕方ない。

 そんな彼女に、陽菜はにぱっと太陽のように笑うとなんてことのないように言った。



「だってさ、友達でしょ?」



 こいつやっぱりあの会話聞いてたか。

 そんな陽菜を見て俺は内心確信する。

 洋服屋での会話、小柳さんが俺達のことを友達と言ってくれたあの会話。

 小さな声で話していたが、まあ獣人の耳なら余裕で聞き取れていたことだろう。


「だから、遠慮とかやめよ?」

「あ……」


 小柳さんは、彼女の言葉にはっとした表情を浮かべる。

 こういうのできるの、本当に陽菜は凄いよなぁと俺は思う。

 不安とか色々、マイナスなものを全て消し飛ばすような太陽のような笑み。

 その笑みがあれば簡単に距離を詰められる。


 小柳さんは少し俯いて考える素振りを見せたあと、改めて陽菜の笑顔を見た。

 そして、くすっと色々どうでもよくなったように清々しく笑った。


「ぜひ、(あおい)と呼んでください」

「やった!」


 それから、下の名前で呼ぶことを許可した。


「俺も下の名前でいいですか?」

「ええ勿論」


 俺も乗っかれば、葵さんは嬉しそうに頷く。

 下の名前で呼ぶ、たったそれだけなのにぐんと距離が縮まった気がした。


「それで、葵さんはどれ食べたい?」

「では、チーズを貰って良いですか?」


 葵さんは陽菜の問いに当然遠慮することなく自身の希望を答えてくれた。

 その言葉に陽菜はニヤリ、とイタズラっ子な表情を浮かべる。

 切り分けられたチーズのパンケーキ。

 陽菜はフォークに刺さったそれを小柳さんの前に差し出した。


「ほら、葵さん。あ〜ん」

「え、あ、あ〜ん?」


 普段クールな葵さんのたじたじな姿は、やっぱり中々可愛らしかった。







 その後は小物とか陽菜の趣味のぬいぐるみとかを軽く見たりした。

 軽くと言っても、空が暗くなるくらいには色々やってたのだけど。

 今は葵さんの車に乗り家に帰る道中だ。


「んー……ねむ……」


 陽菜は寝てはいないが、はしゃいだせいか結構眠気がきてるらしく相当眠そうだ。

 そんな可愛らしい姿に頭を撫でてやればんー?と声を漏らすものだから少し笑ってしまう。やっぱりこいつは妹だな。

 ふと車が止まる。赤信号だ。


「改めて、今日はありがとうございました」

「いえ、私も、楽しめましたから。むしろ誘ってくれたことにこちらから礼を言いたいくらいです」


 葵さんは本当に軽くそう言ってくれた。

 そのことに俺は喜びながら、スマホで軽く時間を確認する。

 ……うん、この時間なら丁度いいかな。


「葵さん。今日これから予定とか、明日早かったりとかします?」

「?いえ、特に」


 葵さんの返答に俺は内心でガッツポーズをした。


「何か?」


 葵さんが不思議そうにこちらを振り向く。


「今日のお礼に夜ご飯、ご馳走させてください」


 今日一日、とても世話になったし、今日以外もずっと世話になり続けているのだ。

 その恩は出来るときに返していかなければいけないだろう。

 だから夜ご飯、葵さんのために作らせてほしい。

 それでちょっとだけでも、あなたと対等にも近づきたいのだ。


「どうですか?」

「いいので……いや、それじゃあご馳走させていただきましょうか」


 葵さんはそれに、嬉しそうに頷いてくれた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ