帰省する話(11)
綺麗な月の見える暗い公園。
夜の公園なんてのは怖いもののはずなのに、今日の月明かりはとても美しく、不思議と日常の一ページのはずの公園すらも幻想的なもののように見えた。
空を見上げれば、本当に綺麗なお月様。
もし、陽菜が犬の獣人ではなく狼人間なら狼になってたのだろうか?なんて変なことを考えてしまった。
遠くからはうるさいのに静かな祭りの喧騒だけが聞こえてくる。
そんな幻想的な公園の隅の方にある二つのブランコ。
全体的に錆びついていて、長い事子供を見守ってきたことがよくわかるブランコだった。
見てるだけで不思議と哀愁を感じさせてくれる、そんなブランコ。
そこに俺達は二人、座っていた。
陽菜は前後に軽く動かし、俺は静かに椅子代わりにしていた。
「昔は夕がよくこの公園で遊んでたんだ」
「知ってる。ママから聞いた」
俺の言葉に陽菜は小さく笑って言う。
そんな話、俺がいる時にしていなかったし、母さんと買い物に行った時にでも聞いたのだろう。
「なつきちゃんは全然なんだったってね」
「……外は嫌いだ」
「ふふ、子供の頃からなつきちゃんはなつきちゃんだね」
どうやら余計なことまで話していたらしい母さんに俺はほんの少し眉を下げる。
全く人のいない場所で勝手に盛り上がられても困る、俺がいる場でやられてもあれだが。
「一応言っておくけど」
「なに?」
「今は別にそんな嫌いじゃないから」
「そっか」
くすっ、と笑う陽菜。
今は外出するときはいつも陽菜がいる。だから、そんなに嫌いじゃない。
ふと空を見上げると、月が綺麗だった。
「月、綺麗だな」
「うん、私が狼人間なら狼になってたかも」
「ふっ、随分可愛い狼人間だな」
「もー」
同じく空を見上げた陽菜が今さっき俺が考えたことと全く同じことを言うもんだから笑ってしまう。
陽菜は不意打ち気味に可愛いと言われたからか、少し恥ずかしそうだった。
「私、結構お月様好きなんだ」
「お前は太陽のタイプだと思うが」
「あはは」
俺の言葉に陽菜は笑う。
「そもそも、お星さまが好きなのかも、宇宙の話ってさなんかでっかくて変な気分にならない?」
「ああ、わかる。異世界みたいな気分になる、同じ世界なのにな」
陽菜の言葉に同意する。
宇宙の話なんてのはネットで動画を漁ってると時たま流れてくるが、そのたびに見てしまうような魅力がある。
あまりにも膨大で未知の世界、もしかしたら異世界症候群という未知同士共感でもしてるのかもしれない。
「月って太陽の光を反射してるんだっけ?」
「ああ、今、月が見えるのも太陽のおかげだ」
「そっかぁ……」
そこまで言って陽菜は無言になる。
生ぬるい風の音がして、少しだけブランコが揺れた気がした。
「それで、話ってのはなんなんだ?」
迷って、俺は一歩踏みこんだ。
陽菜がさっきから言おうとして、また引くのを何回も見ていたから、こちらから踏み込んだ。
陽菜も俺に踏み込まれて、決心がついたのだろう、小さく喋り始めた。
「……えっと、あのね……なつきちゃん」
「おう」
「私、えっと……私、その、なつきちゃん」
陽菜は言葉を探り探り話そうとする。
俺はそんな彼女を静かに待った。
そんなに、言いづらい話なのだろうか。
少し俺の胸に不安が走る。
「なつきちゃん」
「……ああ」
「……なつきちゃんって、凄いよね」
「おう?」
陽菜の突然の言葉に俺の口から変な声が漏れた。
一体どうしたというのか。
凄い、なんて陽菜は言うが俺は自分のことを正直そんな言葉で褒められるほど凄い人間とは思わない。
というか俺なんて割と社不側の人間だ。
凄いというのなら、陽菜のほうがよっぽどだろう。
「料理もして家事もして勉強を教えてくれてなつきちゃん凄いって」
「それは、陽菜がいるから……」
俺が今頑張れているのは陽菜のためだ。
陽菜がいるから色々やろうと思えている、陽菜がいなければ多分全部サボってた。
それを言うと陽菜はなぜなのか悲しそうな顔をした。
「陽菜……?」
「でも、でもね、私は……」
陽菜は俯いたまま、何かを言おうとするものの尻すぼみになる。
「……ごめん。うじうじしちゃって」
「いい、ちゃんと待つよ」
陽菜が言おうとしていることはきっと言いにくいようなことなのだろう。
でも、だからこそ俺はしっかりと待ってその言葉を聞きたかった。
少し時間を置いて陽菜はぽつりぽつり語りだす。
「えっとね、あのね、なつきちゃんは凄い、凄いんだけど」
「もしかして、俺になにか不満があったか?」
「違うの、そうじゃない、そうじゃないの!」
俺に至らぬ点があったのだろうか。
俺なんて父さんに言わせてみれば大人初心者で、ミスを犯している可能性なんていくらでもある。
だから、そう言ってみれば陽菜は大声で否定した。
陽菜はなんだか、申し訳ないような辛いようなそんな表情を浮かべていた。
「私ね、なつきちゃんのことが好きで、だからえっと」
陽菜はやはり言葉を選ぶように話す。
「なつきちゃんはさ……」
「陽菜?大丈夫だよ」
俺はブランコから降りて陽菜の元に向かうと、陽菜の頭を優しく抱え込む。
こうすれば少しは落ち着くだろうか。
「ご、ごめん……また、迷惑かけて」
「迷惑じゃない。《《陽菜はまだ子供だからな》》」
少し涙目で苦しそうに謝る陽菜にそう注げる。
陽菜はまだ子供なのだ、何かの気持ちを言語化するが難しいのもよくわかる。
だから、ちゃんと時間をかけていいって陽菜に優しく言う。
「それっ」
その言葉に、陽菜は反応した。
彼女の眉が少し斜めっていて、なんだか不機嫌なように見えた。
「それを、やめてほしいの」
「えっ」
陽菜の言葉に俺は固まる。
「それって……?」
「子供だからってのを、やめてほしいの」
陽菜はそう言う。
子供扱いをやめてほしいということだろうか?
「でも、陽菜はまだ子供だろ?」
「そう、そうだけどさ、違う、違うんだよ」
「違うって、その……どういうことだ?」
陽菜の言う事がわからない。
陽菜は俺に何を言いたいんだ?
陽菜の気持ちを分かってやれないのが辛かった。
「私を、子供扱いするの辞めてほしいの」
「でも、陽菜は子供で──」
「そう、そうだけど!私もう高校生だよ!?」
陽菜は突如俺の言葉を遮り叫んだ。
それに俺は目を見開いた。
顔を赤くして、歯を食いしばり両目には少し涙が溢れている、いつもの膨れっ面じゃない怒ってる?
陽菜は明らかに、怒っていた。
「見た目通りの年齢じゃないんだよ?」
そうだ、陽菜は見た目の通りじゃない。
高校生だ。
けど、俺からすれば高校生なんてまだ子供だった。
「でも……」
「でもじゃないよ!」
陽菜がまた俺の言葉を遮った。
それで、本当に陽菜が怒っていることを再認識して、俺は一歩後ずさってしまった。
「私さ、十六歳なんだよ?」
陽菜の言葉に俺はもはや何も言えなかった。
ドクンドクンと嫌に疼く鼓動が不愉快だった。
陽菜が何かに怒ってることに圧倒されて、頭が良く回らなかった。
そして、陽菜が大きく口を開く。
「一人でも生きていける年齢なんだよ?」
「え……」
どくんっ!
その言葉に、心臓が強く跳ねた。
一人でも生きていける、その言葉が俺の脳の中で何度も何度も何度も何度も何度も繰り返される繰り返させる繰り返される。
俺はその場に固まり、呆然と陽菜を見つめる。
月を雲が覆い隠し、世界が暗くなる。
眼の前の陽菜が滲んでいく。
「ひ、陽菜……?」
「あ……ちがっ」
「それ、ど、どういう……」
「ちがっ、なつきちゃん待って!違う違うの、そういうことじゃない、そういうことじゃないの!」
陽菜は俺の顔を見て大声で何かを発する。
けれど閉じた自慢の耳にはそれが入ってこなかった。
「ごめ、ごめん……ごめん、もしかして俺陽菜に迷惑かけてたか?ごめん、ごめん」
「違う!なつきちゃん違うの!」
俺はただ無心で陽菜に謝り続けた。
まさか、今までずっと迷惑をかけていたのだろうか?そんな可能性が脳内に溢れて止まらない。
もし、そうだったら一ヶ月、一ヶ月ずっと?
俺何やってるんだ?何をやったんだ俺は?
陽菜が何に怒ったのかも理解できなくて、理解したくて、俺はごめんごめんと喉を詰まらせながら口にした。
「なつきちゃん、違う!違うの!」
「いい!否定しないで!俺が改善するから!」
必死に何かを言おうとする陽菜が、俺を見ようとしてきて、俺は目をそらす。
もしずっと迷惑をかけていたというのなら、俺は陽菜を直視することすら出来なかった。
その時だった。
「なつきちゃん!!」
陽菜が俺の肩を掴んだ。
そして無理やり俺の顔を陽菜の方へと向けさせた
「陽菜……!?」
「私の、私の目を見て!」
陽菜と目が合う。
至近距離で真っ直ぐに、陽菜の綺麗な目が目の前にあった。
少し涙が浮かんでいる、歯を食いしばった彼女はコチラを見ていて。
そこに、怒りの色はない。
怒って、ない……?俺はその目を見て少し落ち着きを取り戻す。
陽菜は小さく口を開いた。
「ごめん、ごめんね!怒鳴っちゃって……そんなつもりなかったのに……うう、言われてたのに私ってほんとに駄目だ……」
「あ、いや……ごめん、俺もなんか、焦ってた」
陽菜が怒っていないことに気がついて、俺はようやく頭を冷やした。
とても、取り乱してしまった。
陽菜の言葉が耳に入らないほど、まるで子供が癇癪を起こしたかのように取り乱してしまった。
全く、ダサいったらありゃしない。俺の方が大人なのにあんなの、よくないだろう。
陽菜と目が合う。
とても綺麗な瞳だった。
「なつきちゃん、話をしたいの。だから、目をそらさないで、私の目を見ててほしい」
「……うん」
「今度はちゃんと、話すから、お願い」
「うん」
陽菜の言葉にゆっくり頷く。
「私の、私の想いをちゃんと伝えるから、聞いて欲しいの」
「……分かった」
俺は陽菜に目を合わせて、陽菜の言葉を待った。
さっきは二人して取り乱してちゃんと話せていなかった。
どちらも感情のままに動いてしまっていた。
だから、今度はしっかり目を合わせて話そう。
「あのね」
陽菜が口を開く。
「私ね、なつきちゃんのことが好き」
「…………おう」
「とっても好き!大好きなの!」
「そ、そうか」
真正面から目を合わせた状態でそんな事を言われれば流石に恥ずかしくなってくる。
しかし、目をそらすことなんて出来ず、俺はただほんの少し顔を赤くした。
「だからね、だからこそね」
陽菜は言葉を溜め込むように息を呑み、そしてきっと今まで溜め込んでいた感情を吐き出した。
「なつきちゃんに甘えっぱなしは嫌なの!」
「!」
陽菜は真っ直ぐ俺のことを見る。
その目を見てようやく、俺は彼女が何を言いたかったのを理解した。
理解すれば、なんて簡単なことだった。
「料理も家事も勉強も嬉しいよ!?けどさ、それじゃあ私なつきちゃんに甘えてばっかじゃん……」
陽菜は少し怒ったように語る。
けど、気がついた。
彼女の怒りは俺に対してなんかじゃなかったんだ。
全部、陽菜自身への怒りだったんだ。
さっきからずっと陽菜は自身に対して怒ってた。
「それは嫌なの、私受け取った分は返したいの」
俺は陽菜のためを思って頑張ってきていた。
しかし、それはある種の侮辱とすら言える行為だったのかもしれない。
何でもかんでもやるというのは、逆に相手に何もできない、そう暗に伝えていることになるのだから。
俺だって、もし何かされるだけだったら、申し訳なさやらなんやら耐えられない。
それを、俺はやってしまっていた。
「……私さ、なつきちゃんの言う通り子供なんだと思う。それはよく分かってる。さっきも自分の感情制御できてなかったし」
「…………」
「でも、私高校生だもん。もう、大人に近くてさ、何でもかんでもやってもらう年齢じゃない、甘えてばっかの年齢じゃないだもん」
「陽菜……」
「子供扱いされる、年齢じゃないんだもん……」
俺は子供扱いされるのを嫌っていた。
けれど、そんな俺も陽菜に同じ事をしてしまっていたのだ。
陽菜を、子供扱いしてしまっていたのだ。
彼女はもう高校生。
子供であれど、それはもう大人に近いのだ。
もう、大人になっていく年齢なのだ。
俺はそれを彼女の外見に惑わされて忘れていた。
同じ、異世界症候群だというのに。
「だからね、私ね、あのね」
陽菜が息を吸い込む。
「私はなつきちゃんと対等でいたいの!」
「!」
対等
そうだった。
俺は陽菜の姉であり、妹でもあるんだ。
上とか下とか、大人とか子供とか、そんなので収まる関係じゃないんだ。
「だってさ、私となつきちゃん家族じゃん、大人とか子供とか以前に、家族じゃん!それなのに私だけ甘えてたら駄目じゃん!」
陽菜は叫ぶ。
そうだ、その通りだった。
俺達は家族なんだ。
俺達は家族で、甘やかすのと甘やかせるだけの関係じゃない。
どちらも、手を取り合う関係なのだ。
対等な関係なのだ。
それなのに、俺はその対等を崩していた。
「だからね、なつきちゃん、私も私も頑張りたいの」
陽菜はこちらを見て真っ直ぐに告げる。
「なつきちゃんと隣にいたいの」
「……そっか」
その言葉に俺は小さく笑った。
俺も陽菜とは隣という関係が一番良かったから。
「だからね、えっとね、なつきちゃんに頑張らないで欲しいって、言い方したらあれ、なんだけど……」
「だけど……?」
「なつきちゃんも私に甘えていいよ」
「えっ」
陽菜の言葉に、俺は固まる。
「私はまだまだ未熟でさ、なつきちゃんを頼るし、甘えるから」
「…………」
「なつきちゃんも私に甘えていいよ、だってさ」
陽菜は優しい笑みを浮かべた。
「家族なんだから甘えていいんだよ」
「あ……」
それは俺が前に陽菜に言ったことだった。
そうだよ……家族相手なら甘えてよかったんだ。
それを勝手に大人だからなんで言い訳で封じ込めていた。
まるで、あの時の陽菜のように。
大人は甘えられるのが仕事だけど。
別に甘えちゃいけないわけじゃないのに。
あー、あー結局言葉が自分に返ってきてやんの……
ほんとに俺は馬鹿だったみたいだ。
「お願いはしないよ。そしたら意味ないから」
変わらぬ笑みで陽菜はそう言う。
「なつきちゃんの意思で私に甘えてほしいの」
「陽菜……」
陽菜は俺の返答を笑みを浮かべて待つ。
陽菜がここまで自分の心を話して、伝えてくれたんだ。
なら、今度は俺の番だった。
「ごめん、俺ずっと、大人だからって変に責任感じちゃってた」
陽菜と共に住む。
そうなってくれば当然成人済みである俺に保護者としての責任は発生する。
それは間違ってはいない、そこは断言する。
俺は陽菜の保護者ではあるし、そこの責任を持つのは大人としての責務なのだ。
しかし、俺はその責任を持ちすぎてしまった。
「それが陽菜のためになるって思ってたから」
それが大人の責任なんだと思って、それが陽菜のためなんだ、そう思って
けれど、それは違った。
「でも、俺陽菜のこと見えてなかったんだな……」
俺は責任を果たすことに躍起になって、陽菜の心を考えていなかった。
さっきだって、そうだ。
俺は自分が責任を取れていないと思い込んで、陽菜の真意に耳を傾けることすらできていなかった。
それは、もはや責任を取れていないのだ。
父さんは言っていた。
《《子供を育てるのが大人の責任だ》》、と
俺は、陽菜の心を考えることも出来ず、陽菜の成長の機会すらも奪っていたのだ。
「ごめんな陽菜」
「謝らなくていいよ、だってこれはなつきちゃんの優しさだもん」
「それでも、謝らせほしいんだ。自分が失敗したことを、ちゃんと言葉にしたいんだ」
「なら、受け取ってあげる」
陽菜は仕方なさそうに笑う。
釣られて俺も少し笑った。
それから、もっと大切なことを話そう。
「陽菜、今度は俺の話を聞いてくれるか?」
「……うん」
陽菜に目を合わせる。
陽菜は小さく頷いた。
「……父さんに言われたんだ、お前はまだ大人初心者だって」
「大人初心者?」
父さんは言っていた、
俺を大人初心者だと。
全くその通りだ。ここまで大失敗して、初心者としか言いようがない。
「俺さ、まだまだ大人になったばかりでさ、わからないことだらけなんだ」
俺はまだ大人になったばかりで、子供であることが抜けきらない。
陽菜が大人に近い子供のように。
俺は子供に近い大人なのだ。
きっとこれからも失敗する。
沢山いっぱい失敗する。
だから、
「だから、陽菜……助けて。俺がちゃんと大人になれるように……隣りで助けて欲しい」
どうかその時俺の隣で陽菜が支えて欲しかった。
初心者である俺が、いつか初心者を抜け出せるように。
そして、抜け出した時。
その時、陽菜が隣りにいて欲しい。
俺は陽菜に手を伸ばす。
「家族として、協力してくれないか」
「もちろん!」
「あ……」
陽菜は《《太陽のような笑み》》を浮かべ、俺の手を取ってくれた。
それを見て今更気づく。
「その笑い方……久々に見た」
「えっ?」
「太陽みたいな笑い方」
「ど、どういうこと?」
太陽のような笑い方、陽菜の月を照らす笑い方。
……ああ、本当に俺陽菜のこと見てなかったんだ。
そのことに気がついて俺はどんっ!と自分の頭を叩いた。
「なつきちゃん!?」
陽菜が驚いて、声を荒げる。
「な、なにしてるの!?」
「あはは……ちょっと、今自分を許せなかったんだ」
大好きなこの笑みを見られなくなっていたのに気づかないなんて、ああ、ほんとバカタレだ。
俺は自分の怒りとその笑みを見れた喜びで、ただ笑う。
そんな俺に陽菜は困惑していた。
「お前の、太陽みたいな笑い、好きなんだ」
「えっと……?」
「俺、お前の笑ってるとこが大好きなんだ」
「……?私もなつきちゃんの笑顔好きだよ?」
「ふふ、ありがとな」
俺の言ってることを理解して無さそうな陽菜に笑う。
まあ、陽菜はそれでいい。
そういう陽菜が俺は好きなんだ。
俺は小さくふっ、と笑った。
あと、それと……
「あと……そのさ」
「なぁに?」
言いづらそうにしている俺に陽菜が不思議そうな顔でこちらを見る。
これ、言うの凄まじく恥ずかしいんだけど……
でも、言わないと伝わらない、から
「お前に……甘えていいか?」
陽菜は俺に甘えていいって言ってくれた
その、俺は大人としての責任がどうとかで、全然甘えることが出来てなくて、でも陽菜は甘えてくれていいと言ってくれた
なら、陽菜に甘えたかった
「もちろんもちろんもちろん!いっぱい甘えていいよ!」
そしたら陽菜はブンブンと頭を縦に振って、いいよと言ってくれる。
それどころか、いっぱい甘えてくれていいって言う。
「い、いいのか?その、いっぱい甘えても……」
「いいよ!」
大丈夫なのか再度聞けば陽菜も再度いい笑顔でいいよという。
実を言えば陽菜に甘えないようにしていた理由は大人の責任だからどうこう以外にもあるのだ。
……その、どうも俺結構甘えん坊みたいで
「その、俺、多分、甘え始めたら結構、その、止まらない、かも……しれない」
正直、陽菜に自分から甘え始めたらどんどんと妹のほうへと堕ちていく気がする。
そしたら陽菜にも迷惑がかかるだろう。
そんな自制心の働きもあって甘えてこなかったんだ。
「全然いいよ!」
けれど、陽菜は全然気にしてなさそうにそう言った。
じゃあ、いいかな……
陽菜に甘えて、いいかな?
「もしかしてあの日みたいになるの?」
「……あの日……以上かも」
「えっ、ほんと!?」
あの日
あの日俺がなんであんな事になったのかと言えば、多分陽菜に甘えることが出来なかったことに限界が来てたのだと思う。
……そして、まあ、そんな俺が自分の意志で本気で甘えると多分あれ以上になるというか……
そのことを言えば陽菜はむしろ嬉しそうにした。
なんで?そんなに甘やかしたいのか俺を?
「じゃあ、えっと……いいか?」
「うん、ほらこっち来てよ」
陽菜が自身の膝を指す。
……もう、我慢なんてしなくていんだよな。
俺は陽菜の膝にすっぽりと入り込んだ。
その勢いで、少しブランコが揺れる。
帽子を外す。
小さな猫耳が姿現すが、まあ人通りも少ないし暗い今なら俺の真っ黒な猫耳はあまり目立たないだろう。
……だから
「撫でて、欲しい」
「分かった」
陽菜の手が俺の頭に触れる。
柔らかい感触に少し落ち着く、とっても心地よくて……撫でられるのは好きなんだ。
ゴロゴロゴロゴロ
喉が鳴っている、いつもなら抑えるんだけど今後はもう抑えなくていいかなって思う。
「なつきちゃん撫でられるの好き?」
「うん、その、たぶん、お前が思ってる以上に好き」
いつもなら否定していた質問を、素直に認める。
何なんだろうか、この体の本能なのか撫でられるのが凄い好きなのだ。
というかなんというか、どうもスキンシップ関係に関しては特に本能が強いというか。
今もなんか無意識で凄い陽菜にすりすりしちゃってるし。
「私とどっちが好き?」
「陽菜」
「私もなつきちゃんが好きー」
陽菜が後ろから抱きついてくる。
そんな会話を仲良くしながら、二人で空を見上げる。
「実を言うとさ……」
「うん」
「陽菜には甘えてるつもりだったんだ」
「えっ」
陽菜の手が止まる。
それを俺はつついて撫でるのを再開させた。
「俺さ、陽菜のこと好きなんだよ」
「う、うん」
「だから、お前が近くにいるだけで充分だったんだ」
陽菜が近くにいる。
それだけで、俺としては陽菜に十分すぎるくらい甘えてるつもりだったんだ。
陽菜からすれば違うのだろうが
「そうだったんだ……」
「ってのは嘘なんだけど」
「ええっ!?」
どうやらかなり驚いたらしい陽菜に笑う。
まあ、今語ったのは嘘なのだ。
陽菜といるだけで充分だとか、全然嘘である。
……自分に向けた、嘘なのだ。
「そう思い込んでさ、陽菜に甘えないようにしてた」
「なつきちゃん……」
「……本当はさ、結構陽菜に甘えたかったんだよ」
俺は陽菜に撫でられながら自分の本当の気持ちを吐露していく。
正直に言えば、大人であることなんて忘れて陽菜にいっぱい甘えたかった。
でも、大人の責任だとかに囚われて出来なかった。
それを言うと少し笑って陽菜は言った。
「知ってる」
「え?」
「なつきちゃんいつも凄いでてたよ?撫でて欲しいオーラ」
「ふにゃっ!?」
え?う、嘘でしょ。俺気取られないように頑張って隠してたのにバレバレだったの?
顔が熱い、そんな……嘘だ。
「……まじ?」
「まじ」
「……うう」
「もしかして隠してるつもりだったの?」
「そんなに!?」
そんなにバレバレだったのか!?
それを言えば陽菜はふふっと笑った、そんなにだったらしい。
まじか……まじかぁ……
「でも、もう隠さなくていいからね?」
「……おう、いっぱい撫でろ……頭以外も撫でろよ」
尻尾を出して、陽菜の空いた手にくるんっと巻きつけておねだりすれば陽菜はすぐに尻尾も撫でてくれた。
まあ、なんだ、どうやらバレバレだったらしいが、でも、もう隠す必要はない。
いっぱい陽菜に甘えていいんだ。
そんな事を少し恥ずかしがりながら言えば、陽菜が笑いながら言う。
「撫でられたいときは言ってね?」
「やだ」
「えっ!?」
だって、恥ずかしいし。
甘えていいって決めても恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
おねだりとかもっと無理!
「だから、お前が好きなときに撫でてほしい……できれば一日三回、いや、四回くらい」
正直、俺が陽菜に撫でられていやな瞬間とかないし……
だったらもう陽菜が好きなタイミングで撫でてくれればそれでよかった。
できれば、まあ、一日に四回くらい撫でられるのを所望する。
「え、私もっと撫でたい」
「……好きにしろ」
そしたら陽菜は足りなかったらしい。
お前そんな俺を甘やかしたいの?嬉しいからいいけど。
「だってなつきちゃんは妹だもんねー」
「むぅ、お姉ちゃんでもあるからな」
「それは分かってるよ……私もなつきちゃんに甘えたいし」
「ふふ、そうか」
俺は手を伸ばし、陽菜の頭を撫で返してやる。
陽菜は嬉しそうに笑った。
そうだ、俺達は甘え合う関係なのだ。
俺が甘えるなら陽菜だって甘えないとな。
「でも今は私が甘やかす番だからね、ねぇなつきちゃん他にしてほしいことある?」
してほしいことか。
それはまあ、実を言えばある。
試すならまさに今が丁度いいかもしれない。
「じゃあ、こう喉を撫でて……ほしい」
「え?」
「ほら、猫にやるみたいにさ……」
猫の喉を撫でるってのは結構よくあるやつで。
でも、人にはやらないことだ。
だから、その、言ってこなかったんだけど。
結構撫でられてみたかった場所なのだ。
折角……いや、これからはいっぱい甘えられるんだから。
今、試してみたかった。
「えっとじゃあいくよ?」
「うん」
陽菜が頭から手を離し、俺の喉元へと手を置く。
そして、撫でる。
「!」
「な、なつきちゃん?」
「続けてぇ」
これ、凄い。頭を撫でれるよりもとっても落ち着く。
まるで全てを投げ出したかのようにとても気持ちが落ち着いてリラックスできる。
擽ったいとも違う、この感じ……良い。
「なぁ〜〜〜」
「わあ、気持ちよさそう」
首をふりこのように振って口から猫の鳴き声が出てくるのも気にせず俺はその心地よさを堪能していた。
例えるなら温泉上がりのマッサージチェアのような……いや、それでもまだこの気持ちよさを表現するには物足りない。
「これ気に入った?」
「にゃ」
「そっか、じゃあ毎日やってあげる」
「にゃっ!」
これを……毎日!?
なんて最高な毎日だろうか、薔薇色である。
そんな事をしていた時だった。
ひゅ〜〜〜、そんな音が聞こえた。
「あっ!今の」
「ん……時間か」
いろいろあって忘れていたがそろそろ花火の時間だったのだ。
そりゃこんなことしてれば打ち上がるよな。
暗い空に月を目指して一筋の光が打ち上がる。
そして、
ぱぁんっ!
花開く
「わああっ……!」
「……綺麗だな」
お月様をバックにまるで祝福するかのように花開いた花火は太陽が如く辺りを照らし、幻想的な花を咲かせた。
そして、それに続くようにひゅ〜〜という音が鳴り響く。
その姿がこのブランコからはよく見えた。
「実はさ、この公園に陽菜を呼んだの二人きりになりたかっただけじゃないんだ」
「もしかして……」
「この秘密の場所を共有したかったんだ」
昔、花火の人だかりが嫌すぎて家族から抜け出して一人でこの公園で過ごしていたことがあった。
そのとき、この公園が隠れた最高の花火スポットであることに気がついたのだ。
これを知るものは俺の知ってる限りいない。
母さんと父さんにも話していない秘密だった。
「でも、陽菜には教えてあげたかったんだ」
でも、陽菜なら
この俺だけが知る空間に一緒にいてもよかった。
いや……
俺の知ってるこの空間に陽菜もいて欲しかったんだ。
バアンっ!バアンっ!
炸裂音とともに夜空に沢山の花が現れる。
「綺麗だろ?」
「うん!」
陽菜はそれに見入っていた。
俺は花火から視線を逸らし、陽菜の顔を見る。
そこには花火の光を映した陽菜の笑顔があった。
太陽のような笑み。
それは、花火にも負けないほど綺麗で
これを見れたのだからここに招待した価値もあったものだろう。
陽菜と通じあえて、陽菜に甘えられるようになって、陽菜の太陽のような笑みも見れた。
今日はなんて最高の一日なのだろう。
それがただただ嬉しくて、俺は笑った。
「あ、なつきちゃん分かったよ私!」
「んえ?」
その時、陽菜がこっちを見た。
分かったって何が?
そう思った俺に陽菜は言った。
「太陽みたいな笑いって今のなつきちゃんみたいな笑い方なんだね!」
「えっ……?」
その言葉はあまりにも予想外すぎて俺は固まる。
しかし、そんなことを花火は気にするわけもなく、またそれへと打ち上がる。
「ね、なつきちゃん、写真撮ろ?」
「お、おう」
陽菜が帽子を取ってスマホを手に取る。
花火をバックに俺達は横に並んで、自分の姿を陽菜が構えるスマホに収める。
陽菜は息を吸い込む。
「せーのっ」
その時ばあんっ!と花火が花開いた。
「ピース!」
「ピース!」
カシャッ
シャッター音が鳴り響く。
「上手く撮れたかな?」
「……ああ」
……なるほど
スマホを見て確認すれば、
そこには花火に負けないほど眩しい、太陽のような笑みを浮かべる、《《二人》》の少女がいた。
「あ、いたぁ!もー心配したんだかんね!」
花火も終わって、俺達は皆の場所に戻った。
俺達の姿を見つけた夕が叫ぶ、どうやら心配していたようで申し訳ないことをしてしまった。
「……なにしてんの?」
怪訝そうな顔で夕が問いかけてくる。
まあ、それはそうだろう俺が今めちゃくちゃ陽菜にスリスリしているのだから。
何をしているのかと言われれば、そうだな。
「陽菜に、甘えてる」
「いや、そんなことでかっこつけんな」
「あはは」
夕が呆れた顔で言い、陽菜が笑う。
まあ、その通りである。
「私がなつきちゃんに甘えていいって言ったの」
「ふぅん?まあ、陽菜ちゃんがいいならいいけど」
夕は陽菜の言葉に追求することをやめたらしい。
代わりに少し羨ましそうにこちらを見てくる、
「いいなー、陽菜ちゃんに甘えられるの」
「お前が言うには俺は七歳児らしいな、陽菜ー頭撫でてー」
「はいはい」
陽菜は少し呆れながらも頭を撫でてくれる。
やっぱこれだね。
「ゴロゴロ言ってる……猫じゃん」
「猫だが?」
今の俺は猫耳少女である。
故に猫と言われても特に否定する理由がないのである。
「いいや、じゃあ私は陽菜ちゃんの頭撫でよ」
「やったー!」
夕が俺の頭を撫でる陽菜の頭を撫でる。
なんだこれ
「ぷっ、お前ら面白いことになってんな」
そこに片手にいか焼きを持った父さんが現れた。
こちらを見て面白そうに笑う。
「ちゃんと頼れたようだな?」
「…………うっさい」
ニヤケ顔の父さんにはあ、とため息を吐く。
まあ、なんだ、この人は最初からこうなることを分かっていたということだろう。
小柳さんといい、うちの両親といいなんで俺の周りの大人はこうも俺への解像度が高いのか。
「そろそろ帰りましょう?もういい時間よ」
父さんに続いて母さんも現れた。
花火も終わってもういい時間だ。
そろそろ帰るべしだろう。
てなわけで……
俺は父さんの方に向かって歩く。
「父さん、ごめん……限界」
「は?っておい!?」
「ママ……私も」
父さんに近づいた俺は父さんに寄りかかる。
同じように陽菜は母さんの方に向かっていた。
三人と合流するまで耐えていたが、実は限界だ。
あまり夜更かしできない体に加えて、陽菜との会話もあって疲れが溜まっている。
端的に言うと、二人して凄い眠い。
「「おやすみ……」」
「あらあら」
「ちょっ!?待てお前……はあ、夕、いか焼き持っててくれ」
「うわ、まじで寝てんじゃん」
微睡む脳内で三人の会話が耳に入る。
それがなんだか心地よくて。
「これは、おんぶかしらねぇ……」
「ったく、手のかかる娘どもめ、まだ寝るな寝るな、背中乗ってからにしろ」
父さんの背中はベッドよりも狭かったけど。
少し広く感じた。




