帰省する話(9)
「成月、陽菜、起きて」
「ふわぁ……母さん?……おはよ」
「ん……あ、ま……ママ?」
肩を揺さぶられ、それが鬱陶しくなって瞼を開く。
そして、視界に映るのは母さんの姿。
頭に学校という単語が一瞬浮かんですぐに消えた。
「二人とも、おはよう。ご飯もうできるから早くね?」
「「はーい……」」
「ふふ」
母さんは笑みを浮かべると部屋から出ていく。
ふと、隣を見れば陽菜が眠そうに目をこすっている。
なんだか昔のように母さんに起こされたのもあって、寝ぼけた頭では今が昔のように感じる。
それなのに陽菜が隣にいて、不思議な気分だった。
もし、俺と陽菜が最初から今のように姉妹であったのならこんな光景が日常であることもあり得たのだろうか。
「あれ……なつきちゃんも寝起き?」
「ああ……寝過ごしたっぽい」
俺の隣で俺と同じように布団から起きてくる陽菜が不思議そうに問いかけてくる。
昨日、変に夜中に父さんに付き合ってたせいか、思いっきり寝過ごしたようだ。
重い頭に抵抗しながら布団から抜け出すと陽菜も抜け出してくる。
「なんか、いつも以上になつきちゃんと家族って感じがする」
「ふっ、同じこと考えてた」
陽菜も俺と似たような事を考えてたようで少し笑ってしまう。
たまには、一緒に起きるのも悪くない。
「とっとと降りて顔洗うか。母さんが待ってる」
「そうだね」
実家に帰省して気がつけば四日目。
実家での生活も慣れてきたところだが、明日帰ることを考えると今日が事実上の最終日と言ってもいい日だ。
そして、そんな最後を飾るには相応しい夏祭りが今日はある。
まだ陽菜に話してないし、後で一緒に行く約束をしないとな。
「あ、そうだ、なつきちゃん、おはよ」
「おう、おはよ」
陽菜と並んで廊下へ出る。
ふふ、今日の夜が今から楽しみだ。
そして、朝昼、夕方
俺は未だ陽菜を誘えずにいた。
いや、そのだな。
言い訳するとさ、なんかこう改めて改まって改まると真正面から誘うという行為に恥ずかしくなってしまってだな?
普段から割と自然体で過ごしてるからこそ、こう誘うという行為のハードルが勝手に上がってしまって……わかる?誰に話してるんだろ俺。
「兄貴恋する乙女みたいなのするのやめてくれる?」
「うるさいっ!」
そんな俺を横でソファに寝転がりながら呆れた目を向ける妹に怒る。
誰が恋する乙女だ。
「てかなんでお前わかんの」
「見りゃ分かるよ。そんな分かりやすくソワソワしてたらさ、早く誘ってきなよ。もういい時間だよ陽菜ちゃんが兄貴の誘い断るわけないでしょ」
「うぐっ」
夕の言うことも全くもってその通り。
もう夕方でそろそろ家を出ないと帰るのが遅くなってしまう。
今の俺らの体で変に帰るのが遅くなると眠気が襲ってくるし、流石にもううじうじはしていられない。
陽菜は今母さんに家事を教わっている。
戻ってきたら、誘う!誘うんだ!
「ははっ」
そんな俺を見て父さんは笑っていた。
このクソ親父……
なんてしていたら陽菜が母さんと共にリビングに戻ってくる。
俺は覚悟を決めて陽菜の前に立った。
「?なつきちゃん」
不思議そうな顔をする陽菜に俺は決意を固めてすぅと息を吸う。
「ひ、陽菜!今日夏祭り行かないか!」
「えっ……あ、そう言えば約束してなかった!」
「えっ」
そして、恥ずかしがる俺に陽菜はそう言った。
どういうことかと驚いてる俺に陽菜は理由を話す。
「夏祭りのことママに言われてなんかもう一緒に行くつもりだったかも……」
「え、ええ……」
どうやら誘うまでもなかったらしい。
陽菜がそう思っていたことに嬉しく思いつつ、今の俺の誘いが完全に恥ずかしがり損であったことに尚更俺は恥ずかしくなる。
「だから言ったじゃん」
夕は呆れた声で呟いた。
「花火も上がるんだよね!凄い楽しみ!」
「……そうだな」
恥ずかしさを押し込んで少し笑い頷く。そうだ、今日は陽菜と夏祭りに行けるのだ。その必要経費とでも思えばマシになる。
と、ここで横で静かにこちらを見ていた母さんが笑う。
「ふふ、いっぱい楽しむのよ」
「母さんは家?」
「どうしようかしらねぇ」
頬に手を当て少し考える素振りを見せる母さん。
やはり、年齢が年齢だからか夏祭りと言ってもそこまで引かれないらしい。
実際、母さんも父さんも夕が一人で祭りに行けるくらいの歳になってからはあまりお祭りに行かなくなっていた。
まあ、単純に子供に気を使ってたのかもしれないが。
「陽菜?」
「あ、えっと……なんでもない」
ふと、陽菜が何かを言いたげにしているのに気がついた。
けれど、彼女は誤魔化す。
俺は陽菜と目を合わせる。
……んまあ、受け売りだけど
「陽菜、言わなきゃ、伝わらないぞ」
「……そっか」
陽菜は俺の言葉に頷く。
「マ、ママ!」
「どうしたの?」
母さんは嬉しそうに答える。
そして、陽菜は自分の気持ちを正直に伝えた。
「私、家族と行きたい!」
「なら行きましょうか」
「おう、夕」
「ん……いーよ」
「ふえっ」
その陽菜の気持ちを朝比奈家は二つ返事で受け取った。
まさか、ここまですぐに返ってくるとは思わず陽菜は驚きの声をあげる。
「えっと、いいの?」
「俺達はどうせ暇だしな。付き添いも悪くない」
「もともと保護者として兄貴と陽菜ちゃんについてくつもりだったしー」
父さんも夕も陽菜を見てそういう。
ところで夕、保護者ってどういうことだ。保護者は俺だろ。
まあ、いいや、俺は陽菜に笑いかける。
「良かったな」
「うん!」
とても嬉しそうに陽菜は笑った。
暗い夜の中、そこらにオレンジ色の優しい光が灯る。
あたりは賑やかで、そこかしこから笑い声や足音など雑多な音が聞こえてきて、帽子の中の猫耳がピクピクと反応してしまう。
「あー二人に着物着せたかったなー」
「着物じゃ耳隠せないだろ」
「祭りならコスプレって思われるでしょ」
「どうだか」
夏祭り、正式名称はあったけどよく覚えていない。
地域一丸となって行われるこの地域最大の祭り。
人がごった煮するこの場に朝比奈家全員が揃っていた。
それなりの規模の祭りとなるとやはり人は多い。
「人多いねー」
「まぁなぁ」
「お祭り貸切とかできないかなー」
陽菜のぼそっと漏れた感想に頷けば、夕はなんか凄い想像をしていた。
言っちゃ悪いけど貸し切りのお祭りってそこまで面白くなさそうだ。
「懐かしいな」
「何年ぶりかしら?二年くらい?」
「もっとだろう」
母さんと父さんは二人で祭りの景色に懐かしそうに会話している。
「二人とも大丈夫?はぐれないでよ?」
「まあ、大丈夫だろ」
割とガチ目に心配してるっぽい夕にそう返す。
普通の女児であればこの人混みは危険なのだろうが、俺たちは獣人なわけで、この程度なら大して問題ない。
ま、そもそも全員スマホを持ってるので最悪連絡を取ればいい。
「そりゃそうだけどさぁ、でも、兄貴はともかく陽菜ちゃんが逸れるのはまずいっしょ」
「私?」
「陽菜ちゃん、ここらの土地勘ないでしょ?」
「む、それもそうか」
夕の懸念は一理あった。
俺達にとってはこのお祭りの会場はもはや見慣れたものだが、陽菜からすれば初見の場所だ。
確かにはぐれたら連絡を取れても合流するのは大変かもしれない。
「どうしたもんかな……」
「じゃあ、なつきちゃん、はい!」
どうしたもんかと思えば陽菜がこちらに手を差し出してきた。
えっ
「手、つなご!それなら大丈夫でしょ?」
「……お、おう。そうだな」
いい笑顔でそういう陽菜に俺は頷く。
うん、まあ、確かにいい解決方法ではあるよな。
陽菜とこうやって明確に手を繋ぐのはなんやかんや初めてだけど……
いや、気にするものじゃない家族なんだから、そのくらいおかしくない。
俺は陽菜の差し出されたその小さな手に俺の手をかぶせる。
柔らかい感触、温かい体温、そして力が入り掴まれる。
「にひひ」
陽菜は手を握っただけだというのに恥ずかしがる俺の顔を見て、何故か歯をだして嬉しそうに笑う。
「あ、兄貴ずるーい。陽菜ちゃん私とも握ろう?」
「いいよー!」
それを見ていた夕は羨ましかったのか俺の反対側に行くと陽菜と手を繋いだ。
陽菜は両手とも塞がったのにとても嬉しそうだ。
姉二人してそんな陽菜に笑みが浮かぶ。
この四日間でずいぶん末っ子ムーブが板についたものだ。
まあ、それだけ陽菜が魅力的ということだろう。
「私達も繋ぐ?」
「勘弁してくれよ……」
後ろの方では父さんが母さんから目を逸らしていた。
「お、射的だ」
俺達二人は背の関係上、人混みのせいで全くどこに何があるのか分からないので夕に教えてもらっている。
そうやって歩いていると、夕は射的を見つけたらしい。
「やってく?」
「やる!」
やはり祭りと言えば射的なのか、陽菜はとてもやりたさそうだ。
もちろん、その要望を受け俺達全員が射的屋に向かう。
的にはお菓子に始まりおもちゃや、絶対に落ちないだろと言った感じのゲーム機などまであった。
「十回分で四百円ね」
「はーい」
「私もやろーと」
陽菜とついでに夕がやることにしたようだ。
残りの大人三人組みは俺含めそこまで興味はないのかあまりはしゃぐ気がないのか雑談でもしながら後ろで見守ることになった。
「射的と言えば母さんはめちゃくちゃ上手いぞ」
「そうなの?」
「そこまでよ」
父さんの軽口に母さんは謙遜こそすれど否定はしない。
これ、ガチで上手いやつだなと思いつつ、その合間に二人はコルクの装丁を終わらせたらしい。
あれ結構力いるんだよな。とはいえ獣人にはなんてことないものだったらしい。
二人が同時に銃を構える。
夕は慣れを感じる肩も使った綺麗な構えだが、陽菜はあまり慣れてないのか少々不格好だ。
しかし、二人とも目は真剣そのもので変わらない。
こうやって静かに集中していると夕からは母さんの面影を感じた。
そして、二人同時に引き金を引く。
「むっ」
「外れちゃった」
夕が放った弾丸は景品に当たるもののあたりどころが悪かったのか倒れずにその場に残る。
射的の厄介なところは当てるだけじゃ駄目で落とさなければいけないところだ。
陽菜の方はといえばやはり構えのせいかあまりうまく狙えておらず、狙ったであろう場所よりかなりズレていた場所に飛んでいた。
それから数回挑戦するが……
「よしっ!」
「むー……」
夕の方は狙ってたお菓子をゲットしたものの、陽菜の方は中々上手くいかなかった。
少し不満げな陽菜。
大丈夫かなー、と見守っていると母さんが動いた。
「陽菜、お手本を見せてあげる」
「えっ、ほんと?」
陽菜の手の中の銃を受け取った母さんは手慣れた手つきでコルクをリロードする。
「成月、よく見とけ、面白いもんが見れるぞ」
「ん」
ニヤニヤを抑えきれていない父さんに呆れつつ、父さんが上手いという評する母さんの腕前が気になるので俺もしっかりと見る。
「まず、こうやってしっかりを脇を締めるのが大事。頬をつけて、銃身を固定するの」
陽菜の前で母さんは銃の構え方を説明する。
それを真摯に聞く陽菜。
そして、母さんが実際に構えてみせた。
「……!」
銃を構え、綺麗な姿勢で息を止めて集中を始める母さん。
思わず息を呑んだ。
母さんの構えは手慣れてるなんてのを超えていた。
それは、構えだけで人を魅了する、熟練の技術。
無駄という無駄を削ぎ落とし、銃で撃つことだけに最適化されたもはや芸術のような構え。
その手に握るのはただのコルク銃だというのに、何故かまるで本物のライフルを持ってるかのように感じる。
このお祭りの場が戦場に見えた気がした。
母さんが目を細め、狙いを定める。
風が吹き、母さんの髪がたなびく。
その立ち姿はもはや、戦場を支配するスナイパーにしか見えなかった。
そして、引き金に指をかけ
引く
一ミリもぶれないコルク銃から静かに弾が放たれる。
発射されたコルクは景品の一つのお菓子を貫き……いや、命中し吹き飛ばす。
「ふう、こんな感じよ」
気がつけば母さんはあのスナイパーの雰囲気から、いつものおっとりした雰囲気に戻り、お祭りの喧騒が耳に入ってきた。
しかし、陽菜も、夕も、そして俺も何も言えなかった。
「く、くく……」
唯一父さんだけは笑いを堪えていた。
そんな俺達を見て母さんは不思議そうに首を傾げる。
「あら?」
「ママ、凄い」
「お母さんってさぁ……割とやんちゃだよね」
俺もそう思う。
「俺達はここで待ってるから、三人で遊んできなさい」
お祭り用に用意された休憩スペースに母さんと父さんは腰を下ろすとそう言った。
やはり、年齢的にこの人混みを歩き回るのは辛いらしい。
と、あんなものを見せられた後に直接言う気にはなれないが。
ともかく、ここからは三人で祭りを回ることとなった。
「夕、二人をお願いね」
「はーい」
「ん?」
「どこ行くー?」
そこ普通最年長の俺じゃね?
という俺の気持ちは夕によって遮られた。
まあ、いいや、今はお祭りのほうが大事である。
「何あるの?」
「取り敢えず歩き回ろう」
「そだねー」
本当に軽い相談をして歩き始める。
そこそこでかい祭りなだけあって、屋台は定番のものからちょっとした変わり種もある。
見ていけばなにか面白いものもあるだろう。
しかし、やはりというか俺達の身長ではどこに何があるのか見づらいったらありゃしない。
「むぅ……せっかく来たのに」
これには流石の陽菜も不満げだ。
どうにかこうにかしたいものだが、身長の問題などそう簡単に解決できるものでもない。
どうしたものかと俺が悩んでいると夕が突如として陽菜の後ろに潜り込んだ。
「よし!お姉ちゃんに任せなさい!」
「えっ、わっ、わわ!?」
そして、そのまま肩に乗せると持ち上げた。
つまり、肩車の形だ。突如やられた陽菜は大きく上がる視界に驚く。
「お前なぁ」
「どう?見える?」
「凄い凄い!あ、型抜きだって!」
はしゃぐ二人に、危ないことをすると思わず呆れる。
陽菜が身体能力の高い獣人でなければ迷いなく降ろしてたところだ。
陽菜はきゃっきゃっと楽しそうだが、夕は後で説教だなこれは。
「型抜きかぁ……どっち?」
「あっち!」
「よし、じゃあ出発!」
「あ、待て置いてくな!」
まあ、楽しそうだし、そこに水を差すほどではない、お叱りはあとでいいだろう。
人混みを掻き分ける二人に俺は後ろからついていく。
肩車の二人とはぶつかりたくないのか割と道を開けてくれるのは助かった。
そうやって人混みをかき分けている時だった。
人混みの中から三人の女子高生が現れた。
全員おしゃれな服を着ていて、スマホ片手に持つ姿は都会に憧れるおしゃれな女子高校生って感じだ。
……げぇっ
「あれ、夕じゃん」
「おー、おひさー。ごめんねー陽菜ちゃんちょっとおろすよ」
「あ、うん」
その三人は仲良さげに夕に話しかけ、夕も少し嬉しそうに笑う。
……そりゃ、地元だからいるよなぁ。
「夕も祭りー?」
「祭り以外なくない?」
「そりゃそうかー」
何が楽しいのか笑う集団に気圧されたのか陽菜がこっちに寄ってくる。
女子のああいうとこ苦手なんだよな……
「あれって……」
「夕の小学校からの友達、だったはず」
たまに家に遊びに来ていたし、夕の兄として時たま関わっていたから少し怪しいものの覚えている。
夕の話し方からしても間違いないだろう。
その事実に俺はまずいなぁと心のなかで独りごちる。
「なつきちゃん?なんで私の後ろに隠れてるの?」
「あの三人俺のこと知ってんだよ……」
そう、問題がある。
あの集団は夕の友達だ。
となると自然的に夕の兄である俺のことを知っているのである。
なにせ、家に遊びに来るのだ。他にも夕がまだ小さかった頃は俺が保護者役として駆り出されていたこともあるし、ほぼ間違いなく認知されてる。
「……多分見てもなつきちゃんってわからないんじゃない?」
「最近見破ってきた人いたし……ていうか、前の姿を知っている人はなんか気まずいんだよ」
「それはわかるけどね」
俺の言葉に陽菜は苦笑いを浮かべる。
そんな俺達を放置して女子高生四人の会話は盛り上がっていた。
「そっちどうなん?」
「たのしいよー」
「いいなー、寮生活。最近化粧がどうこう親がうるさくってさぁ」
「時間かかりそうだし先に型抜きいこう早く離れよう」
「あ、うん」
夕の会話は時間かかりそうなので陽菜の手を取り先に型抜きに行かさせてもらう。
別に顔を知ってる相手から逃げたいわけじゃない。
「てかさー、夕、ドタキャンしたのになんで祭りこれてんの?」
「えっ」
しかし、陽菜は集団から聞こえてきた言葉に足を止めた。
手を握っていた俺も釣られて足を止める。
「いったじゃん家族と行くからって……ほら、二人ともこっち来てよ」
「え、何この子可愛い」
流石に呼ばれてしまうと逃げるわけにもいかず。
二人でおずおずと夕の前に出る。
今まで見下げていたはずの三人の視線が一斉にこっちに来て、俺は思わず一歩後ずさり、陽菜の影に隠れた。
うう……女性に、じろじろと見られるとなんとも気まずい気持ちになる。
「うちの妹、可愛いっしょ」
「えーめっちゃ可愛い!ねぇ、何歳?」
「こっちが八歳で、こっちが七」
「!」
ナチュラルに七歳児扱いされて俺は思わず夕を見る。
いや、もちろん年齢について嘘をつかなきゃいけないのは分かってるが、七ってお前、しかも陽菜より年下じゃねぇか!
俺が陽菜より小さいからなのか?
視線で無言の抗議を送ると、夕は俺が抵抗できないのをいいことに勝ち誇った笑みを浮かべる。
こいつぅ……!
「お名前なんて言うの?」
「ひ、陽菜です!」
「…………な、なつ……る」
「可愛い〜」
名前を聞かれ本名を名乗りそうになるがギリギリで誤魔化す。
あ、危なかった、この三人は俺の名前を知っててもおかしくない。
流石に妹と兄の名前が被るのはおかしいだろう。
そんな俺達に三人はきゃーっと何故か黄色い歓声をあげる。
うう……本当にこいつらは苦手だ。このテンションが理解できない。
「手繋いでるけど仲いいの?」
「は、はい!ね、なつ、るちゃん!」
「ひ、陽菜……」
「ふふ、仲いいんだぁ」
そんな無理して対応しなくていい。
夕のやつに全部放り投げておけばいいから。
俺達を見て三人は可愛い可愛いと盛り上がる、なんだこの、なんだ……屈辱?
「いーなー、私の妹くっそ生意気だからこんな可愛ければな」
「いいでしょ」
ニヤニヤとした笑みを隠しもせず、もはや見せつけるように会話する夕。
こいつ、あとで、殴る!
「あれ?でもそういや夕って妹いたっけ?」
「いるよぉ、話してなかっただけ」
「ふぅん……ま、いっか」
とはいえ、流石に正体を話したりするつもりはないようだ。
そこらへんのラインはちゃんと分かってるやつである。分かってるからこそムカつくのだが。
「妹といえばさ、夕の大好きなお兄ちゃんは?あの人いないの?」
「!」
そんな中三人の中の一人が俺のことを話題に出す。
流石に俺も気になってしまい、帽子の中の耳を立てた。
てか今大好きなお兄ちゃんって言った?
「あー、兄貴さぁ今年帰ってこなかったんだよ信じられなくない?」
「えー、マジ?」
なんと夕のやつ思いっきり嘘をつきやがった!
しかも、俺の印象が悪くなるような言い方で
明らかに楽しそうな夕に俺は怒りを覚える。
こいつぅ……!!
俺が今何も言えないからって好きに言いやがってぇ……!
「結構顔良かったから気になってたんだけどなぁ」
「マジで言ってる?兄貴は絶対ないよ」
「そりゃ妹だからでしょ」
三人の中の一人の言葉にえっ、と俺はその言葉に固まる。
あと、夕、本当お前、本当、本当
「でもあの人付き合ったらつまらなさそうじゃない?人に興味なさそう」
「あー、分かるぅ。記念日とかめっちゃ忘れてそう」
「ちょっとやめてよ、確かにやりそうだけど」
「あはははっ!兄貴なら絶対やるわ」
一人を除きまさか本人がこの場にいるとは思っていないのか好き勝手に俺のことを話す。
その言葉は俺の胸にグサッ!と突き刺さった。
何が辛いって否定できない。
的外れなら好き勝手言われればいいが、特に人に興味なそうという言葉は俺の胸を滅多刺しにしてきた。
そんな俺を哀れに思ったのか陽菜が優しく背中を撫でてくれる。
「大丈夫だよ。今のなつきちゃんは可愛いから」
「陽菜、擁護できてない。まさかお前も似たようなこと思ってないよな?」
「なつきちゃんは面白いよ?」
「それ以外は?」
陽菜が目をそらす。お前も思ってたのかよ。
「じゃあ私そろそろ行くわー、二人の面倒見なきゃいけないし」
「おー、頑張ってなー」
ようやっと夕が三人組から離れる。
やけに疲れる時間だった。
「ういー、待たせてごめんね」
「他に謝ることがあるだろ」
「えー、なんのこと?あなたは七歳児のなつるちゃんでしょ?」
「夕」
俺は端的に夕の名前を呼ぶ。
びくっ、と夕は体を震わせた。
まあ、別に気にしてないっちゃ気にしてないのだ。
こいつが俺に全く遠慮しないのは、俺への信頼ありきで俺に甘えてるだけなのは分かってる。
言われたことだって否定できないことだからそこに文句を言うつもりはない。
それは、それとしてだ
「最近、お前、調子乗りすぎ。別にいいけど、これ以上エスカレートしたらちゃんと叱るからな」
「…………ごめんなさい」
夕はしょぼんとして謝る。
はあ、全く、手のかかる妹だよほんと。陽菜を見習ってほしい
そんなときである。
「ね、ねえ……夕ちゃん、その、ごめん!」
何故か、突如陽菜が夕に謝った。
ん?と俺達二人が固まる。
「何が?」
「さっき、ドタキャンしたって……その私が我儘言ったから、だよね?」
どうやら、陽菜は自身の我儘で夕にドタキャンさせてしまったことを申し訳なく思ったらしい。
けれど、夕はその言葉を聞いた上できょとんとした。
「んー?あーー、気にしなくていいって言うか、別にあれ陽菜ちゃんの言葉でやったわけじゃないからいいよ?元からそのつもりだったから」
「でも……」
夕に擁護されても、気になってしまうのか申し訳なさそうな陽菜。
自分の我儘が迷惑になってしまったと、相当気にしているようだ。
少し元気付けてやるか、そう俺が動こうとしたときだ。
夕が突如としてがばっと陽菜を抱きしめた。
「もー、陽菜ちゃんはほんといい子だなぁ!」
「ふえっ!?」
驚く陽菜を夕はそのまま持ち上げ、頬ずりする夕。
陽菜は驚きで固まって動けず、抵抗もせずそれを受け入れた。
困惑が強いのか陽菜の先ほどまでの暗い雰囲気は吹き飛んでいる。
「大好きだよ〜陽菜ちゃん!」
「え、あ、う、うん!私も夕ちゃんのこと好き!」
……ふん、ちゃんとお姉ちゃんできるじゃないか。
俺は妹がちゃんとお姉ちゃんしていることに軽く息をつく。
それは、それとして、だ。
「陽菜を離せ」
「え〜?こんな抱き心地のいい子離したくないなぁ」
「ふしゃー!」
「な、なつきちゃん」
陽菜を独り占めするのは許さないからな!
型抜きの屋台の中。
用意されている椅子を寄せ合い肩を並べて二人で型抜きに没頭する。
その時陽菜が小さく声を漏らした。
「あっ」
型抜き用に用意された机の上でパキッという音ともに陽菜の手の中の型抜きが真っ二つに割れる。
「はは、陽菜は下手くそだな」
「むうう、もう一回!」
「その前に砕けたの食べとけ」
これ結構美味しいんだよな。
なんというか、陽菜の性格的に得意ではないだろうなと思っていたが、案の定陽菜は型抜きが下手だった。
割れ方からして多分力の入れすぎだろう。
既に三回割っている、どうやらムキになってしまっているみたいで、尚更上手くいかないようだ。
「はむ……なつきちゃんはどう?」
「あとちょっと……」
そんな陽菜と比べて俺は逆にこういう精密さが求められる単純作業は結構好きだ。
何も考えずに集中できるからな。
ちなみに、夕のやつも性格通り駄目駄目で、ムキになった結果貯金を全て浪費し、父さんに泣きつくということをしていた。
そんなトラウマのせいか型抜きをやりたくすらないようで今は後で戻ってくると言って何処かにふらっと消えた。
ようやく陽菜と二人きりになれたのが少し嬉しい。
手元にある魚の型抜きを丁寧に抜いていく。
コツはやはり、力の加減だろう。
入れ過ぎたら割れてしまうし、入れなさ過ぎでは意味がない。
この感覚を掴むまでは俺も陽菜のように何回も割ったものだ。
「あとちょっとじゃん!凄い!流石なつきちゃん!」
「ひ、陽菜褒められると手が狂う……」
「あ、えと……ごめん?」
恥ずかしさに震える腕を片方の手で掴み固定する。
そのまま、俺はどんどんと魚を抜いていく。
陽菜は新しいものに挑戦するより俺を観察することに決めたらしい。
嬉しくありつつも、常に視線があるというのはそれはそれで緊張するものだった。
「頑張れっ、頑張れっ」
「耳元で囁くのやめて!」
周りに気を使った純粋無垢な応援なのだろうが、帽子の中の耳の近くでやられると吐息も相まって、なんだか背筋がゾクゾクする。
そんなことがありつつも、まるで化石のように魚は掘り出されていき……
「よし」
「おーー!」
最後に残った部分を抜き取って、完成だ。
型抜き用の机の上には、綺麗に抜かれた魚と激戦の跡のピンクの型抜きの残り物があった。
長く苦しい戦いだった……
「これいくら?」
「四百だったかな、結構もらえる」
これで四百なのだから、物理的にも金銭的にもおいしいものである。
まあ陽菜の分合わせるとトントンなのだが。
「凄い上手だけど、なつきちゃんってお祭りもよく行ってたの?」
「んー……いや、そんなだな、夕の付き添いでは行ってたけど」
「ふぅん、なつきちゃんって結構お兄ちゃんしてるよね」
「してるというか、させられてただけだよ」
なにせ夕の性格があれなので俺はきっちりしないといけなかったのだ。
「私もお兄ちゃん一度経験してみたかったなぁ」
「いるだろ、ここに」
「あはは、私的にはなつきちゃんはお姉ちゃんかなあ、もしくは妹?」
むう、納得できない。
俺は一応男のはずなのだがな。
まあ、お姉ちゃんと呼ばれるのも板についてきたしいいけど。
「もう一枚やるか?」
「やろう!」
陽菜と二人で立ち上がり、交換ついでにもう一枚型抜きを買おうとする。
その時だった。
「おーい、二人とも!」
どこに行ってたのやら、夕が帰ってきた。
……帰ってこなくていいのに。
そんな夕は何故かとても楽しそうな笑みをしていて、俺はため息を吐きたくなった。
そう、何かがある時の笑みだ。
「たこ焼き買ってきた!三人で食べよ!」
「たこ焼き!」
夕の手には確かにたこ焼きの入ったパックがあった。
食い意地のある陽菜はたこ焼きという言葉に釣られたらしく型抜きはもうどうでもよさそうだ。
全く、まあいいか。型抜き程度じゃお腹は埋まらない。
ところで、夕
なんでそのたこ焼きのパックに激辛って書いてあるんだ?




