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ケモミミ少女が救われる話  作者: 霜降り
その後の話
22/29

帰省する話(7)


「ごめんなさいね、楽しんでるところに水を差しちゃって」

「ううん、大丈夫だよ!」


 陽菜の元気いっぱいな返事に、彼女の母である鈴音(すずね)はくすっと笑う。

 ファッションショーも終わったところを見計らい、鈴音は陽菜を買い出しに誘った。

 そうして、今はスーパーへ向かう道中である。


「ファッションショーは楽しかった?」

「うん!可愛いお洋服沢山着れた!」


 ニッコリと笑う陽菜に引っ張れたのか美鈴が笑う。


「どんなのを着たの?」

「えっとね、メイド服とか魔法少女みたいなやつとか、あとロリィタ服とか」

「へぇ……」


 陽菜の話に鈴音は興味深そうに頷く。


「それ、成月も来たのかしら?」

「うん!お揃いの服着たの!」

「ふふっ、それはよかったわね」


 鈴音が成月も着たという話に少し意地悪な笑みを浮かべる。

 まあ、もともと成人男性だった息子がメイド服やら魔法少女みたいな服を着たと聞けばそれもさもありなんというものだろう。


「夕からの写真が楽しみね」

「うん!楽しかったなぁ」


 写真が心底楽しみになった鈴音であった。

 もちろん、彼女に成月をいじってやろうなんて考えはない。

 ただ、成月がそんなことをするようになったという事実が嬉しかったのだ。


「そういえば、何買うの?」

「昨日奮発しちゃったから色々ないのよ、少しだけでいいから、荷物持ちお願いしても良い?」

「任せて!私力持ちだから!」


 陽菜が力こぶを作るのを見て、鈴音は愛おしいそうに小さく微笑みを浮かべる。

 陽菜が本当に成人男性顔負けの力持ちであることをこのときの鈴音はまだ知らない。


 鈴音にとって陽菜は間違いなく娘の一人だった。

 息子、もしくは娘というべしか、成月が突如として養子にとって欲しいとお願いしてきた娘。

 その時鈴音は驚いたものだった。

 それは養子ではなく、成月がそんな提案をしてきた事が、である。

 鈴音の知っている成月はとてもじゃないがそういうことをするタイプじゃなかった。

 そして、だからこそ鈴音は陽菜を養子に取ることを決めた。

 あの成月(息子)がそこまで言うのだ。

 それを、鈴音という"母"が応援しないわけがなかったのである。


 そうして、家族になった陽菜を鈴音は自分の実の娘として扱うと決めていた。

 養子として取ったからには、家族の一人として扱うのが筋である。

 鈴音はそんな母親であった。


 だから、家族として扱う、つまりは遠慮しない。

 この買い出しも、その一環の一つだった。

 まあ、それはそれとして荷物持ちが欲しかったのは事実であり、荷物持ちとしてはもう一人の娘である夕があまりにも頼りにならないという事情もあったが。


「普段は買い物するの?」

「うん、なつきちゃんと一緒に行く!」


 陽菜と成月は仲が良い。

 それはまるで産まれてからずっと一緒の双子のような仲の良さだ。

 年齢も、元は性別も、何もかも違うというのにここまで仲良くなれたのは、やはり異世界症候群故なのだろうか。

 そこまで考えて鈴音は違うなと思った。

 単純にこの二人の相性が良かったのだろう。

 異世界症候群はきっかけになっただけ。

 その方が鈴音は納得できた。


 親として成月にそんな関係の人間が出来たことは嬉しいことだった。

 成月は昔から、一歩引く性格でこういう関係の人間ができることはなかったのだから。

 そんな彼と陽菜が姉妹のような関係になれたのは、やはり陽菜のその性格ゆえか。


「なつきちゃん、いつも沢山プリン買うんだよ」

「あら、相変わらず甘党ね」


 家族として成月の嗜好はよく知っている鈴音としてはその話は納得しかない。

 昔から成月の甘党は中々のもので、沢山食べていた。

 昔の鈴音があれで太らないことにほんの少し嫉妬したことがあるほどである。

 そんな娘だ、プリンを買い漁るのも納得だろう。

 とはいえ異世界症候群により甘党が悪化した結果、まさか、週に十個以上買ってるとは想像出来なかった鈴音である。


 そうこうしていれば、目的地であるスーパーに辿り着いた。

 このスーパーは値段で言えば最安値というほどではないが、品揃えがよく鈴音はいつもここで買い物をしていた。

 鈴音が慣れた手つきでかごを手に取る。


「あ、私持つよ!」


 陽菜はそれを笑顔で持つと言った。

 鈴音はその提案に迷いの表情を浮かべる。

 今日はたくさん買うものがある予定で、このかごも重くなるつもりだった。

 それを流石に小学生の体つきである陽菜に持たせるのは抵抗があった。


「大丈夫よ。今日は沢山買うつもりだし、陽菜じゃ大変だろうから」

「じゃあ、尚更だよ!さっきも言ったけど、私力持ちだから!」

「……じゃあ、お願いしようかしら」


 しかし陽菜は自信満々でそう言う。

 そこまで言うなら持たせても良いかと鈴音はそのかごを陽菜に渡した。

 陽菜が持てなくなったときに私が持てばいいだけだ、そんな考えである。

 まあ、陽菜が力持ちなのは事実なのでそんな時は来ないのだが。

 

「陽菜は夜ご飯何が食べたい?」


 せっかく娘と来たのだ。

 娘のリクエストに応えてあげようと、鈴音は陽菜に夜ご飯を尋ねる。

 陽菜は少し悩んだあと、言った。


「ママのオリジナル料理!」

「あら?」


 まさか、具体名ではなくそんなリクエストをされる思っておらず鈴音の口から意外な声が漏れる。


「なつきちゃんはママは料理上手って言ってたから、ママの料理を食べたいの!」

「……ふふっ、嬉しいことを言ってくれるわね」


 褒め上手な子達である。

 鈴音は少し上機嫌になりながら陽菜の頭を優しく撫でた。






 ご近所付き合いというのはあるもので、鈴音と陽菜がスーパーを歩いていると鈴音に話しかけてくる人がいた。


「あら、朝比奈さん。こんにちは」

「ああ、武田さん。こんにちは」


 少し顔にシワのある壮年期の女性、彼女は成月と同学年の息子を持っていて、その関係で鈴音と知り合った所謂ママ友と言うやつであった。


「最近は暑いですねぇ。クーラーつけてると電気代嵩んじゃって、やになっちゃう」

「そうですねぇ、この暑さだとつけないわけにもいきませんし」


 二人はその場で軽い世間話をする。

 ママ友の友好関係を持っている以上、互いにあまり興味はなくてもしなくてはいけないのだ。

 そんな中、陽菜は居心地悪そうに鈴音の裏に隠れていた。

 ふと、武田さんと呼ばれた女性が陽菜のことに気がつく。


「朝比奈さん、その子は?」

「っ!」


 純粋に興味で聞いてきたのであろう質問に陽菜がビクッとする。

 そんな彼女を優しく、手で支えつつ鈴音は迷いなく答えた。


「《《娘》》です」

「えっ、でも朝比奈さんは……」

「娘ですよ」


 ママ友という関係上、やはり家族構成については把握されているのだろう、鈴音の言葉に彼女は怪訝そうな顔をする。

 当然と言えば当然だろう。突如としてそこそこの歳の家族が現れるなどそうあることではない。

 なにかがあった、その程度は簡単に察せられる。

 それにこの地域はご近所付き合いというのが盛んだ。

 鈴音はこの街の色んな人と関係を作っており、こうして外で言おうものならきっとこの話はすぐに広がっていくだろう。


 そのことを理解した上で、鈴音は迷いなく陽菜を娘と言いきった。

 何故なら、陽菜は娘だからだ。

 鈴音にとって陽菜は自分の娘なのだ。

 嘘を付く理由などどこにあろうというのか?


「…………」


 そんな答えを聞いて武田と呼ばれた女性は何を考えたのか、少し手を口に当てた。

 けれど、最終的には笑みを浮かべた。

 彼女は、少し腰を下ろし、陽菜に視線を合わせる。


「ねえ、おばさんに名前を教えてくれないかしら?」

「えっ……あ、ひ、陽菜です!」


 陽菜はまさか話しかけられると思っていなかったのか驚きながらも名前を名乗る。

 そこに彼女は質問を重ねる。


「いい名前ね、何歳?」

「え、あ……は、はち、です」


 一瞬、本当の年齢を答えるのが迷ったのか沈黙があったが、結局陽菜は偽の年齢を名乗ることにした。

 それを聞いて彼女は少し迷いの表情を浮かべる。けれど、それを振り払うと意を決したように陽菜に質問した。


「……今、楽しい?」


 その質問に陽菜は目を見開いた。

 けれど、すぐに口は開いた。


「は、はい!楽しいです!」


 そんな陽菜の顔には焦りながらも笑みが浮かんでいる。

 それを見て、武田と呼ばれた彼女も毒気が抜かれたように釣られて笑った。


「朝比奈さん。ごめんなさいね」

「いいえ、大丈夫ですよ」

「じゃあ、私はこれで」


 お節介な彼女はそう言って二人から離れる。

 それを少し目で追ったあと、鈴音は陽菜を見た。

 彼女はとても不安そうな顔をしていた。


「えっと……そのぉ、大丈夫、なの?」


 その言葉に、鈴音はやはり見た目は小学生でも高校生なんだなと思う。

 今の会話を理解しているのだから。

 自分のせいで迷惑をかけたと不安なのだろう、少し俯く陽菜に鈴音はまたも頭を撫でた。


「誰が何と言おうとあなたは私の娘よ。それは絶対に変わらないの」

「ママ……」


 ふふっと笑う鈴音に陽菜は胸が打たれたように鈴音を呼ぶ。

 それに鈴音は笑いながら言う。


「だから、もっと甘えてくれていいのよ?」


 陽菜はそれに少し気恥ずかしそうに笑った。







「本当に大丈夫なの?」

「もー!大丈夫だって!」


 沢山の物が積まれたかごを持つ陽菜に鈴音は困惑しながらも尋ねる。

 かごには結構な量が積まれており、小学生に持ち上げるには酷なはずだが、陽菜は全く動じずにそれを持ち上げていた。

 それも当然、陽菜は獣人なのだから。


「本当に力持ちなのね」

「凄いでしょっ!」


 本当になんてことないのだろう、軽くかごを持ち上げる陽菜に鈴音は感嘆の声を漏らす。

 そして、自分の読みが浅かったことに鈴音は少し後悔した。


「……ごめんなさいね」

「えっ」


 そして、陽菜の手の中のかごを取り上げた。

 ずしり、鈴音の手に力が籠もる。

 これをあんな簡単に持ち上げていたのかと鈴音は改めて驚いた。


「気持ちは嬉しいんだけど、周りの目が、ね?」


 いくら陽菜が余裕で持てるとは言え、事情を知らない人から見れば下手すれば虐待である。

 別に自身が虐待してるなどと誤解される分には鈴音は気にしないが、それが娘達にまで及んでしまうのは駄目だ。

 だから、かごを自分で待つことにしたのだ。


「あ、そっか……ごめんなさい」

「謝らなくていいわ。その気持ちを大切にして」


 謝る陽菜に鈴音は笑いかける。

 彼女の純粋無垢な好意を断ったのは鈴音で悪いのは全面的に鈴音だった。

 だから、こんなことで娘が萎縮してほしくなかった。


「荷物持ってくれたお礼に、おやつ買って上げる。陽菜の好きなもの買っていいわよ」

「え、ほんと!?」


 鈴音の言葉に陽菜が目を輝かせる。

 懐かしい目つきだと鈴音は思った。

 昔の成月も、同じことを言われて静かに目を輝かせていたものだ。

 何事にも興味を持たない息子が数少ない目を輝かせるものだったので、よく記憶に残っている。

 菓子類が売っている場所に移動して、陽菜を待つ。

 陽菜は何を買うのか決まっているようで、迷っていると言うよりもどこにあるのかを探しているかのように歩いていた。


「あ、あった!」


 そして、見つけたのか陽菜はそこに駆けると探し物を手に持って帰ってきた。


「ママ!これ!」


 差し出されたその手には三個入りのプリンだった。

 成月がよく買っていたものだった。


「あら?プリンにするの?」

「うん!なつきちゃんが食べたいだろうから!」

「…………」


 その答えを聞いて、鈴音は少しだけ眉間に眉を寄せた。

 あれ?と不思議そうな顔を浮かべる陽菜に、鈴音は腰を下ろして視線を合わせた。


「ねえ、陽菜、私はね、あなたの好きなものを買っていいって言ったの」

「えっ、う、うん」


 びくっ、と陽菜の体が震える。

 怒られると思ったのだろう、そうではないことを鈴音は目を合わせ、彼女の頭に優しく掌を乗せることで伝えた。


「私はね、成月のじゃなくて、あなたの好きなものが知りたいの」

「私の……?」


 優しく語りかける。

 その言葉によくわからないように陽菜が呟く。


「私はあなたのお母さんなんだから、あなたのことなんでも知りたいのよ」


 鈴音は陽菜に目を合わせ、見つめる。

 自分が本気で言っているとき、鈴音は目を合わせるようにしている。

 そうすれば、自ずとその意思は伝わるものだから。


「陽菜、あなたが好きなものを教えて?」

「……私は……分かった」


 陽菜は小さく頷くと、また菓子類のコーナーを歩き回る。

 先程と違って、悩んでいるのだろう。首は色んな方向に向いていた。

 果たして、何を持ってくるか鈴音は楽しみに待つ。


 けれど、陽菜は結局何も持ってこなかった。


「陽菜?」

「やっぱり、それにする」

「……理由を教えてくれる?」


 理由を聞かないのは違うだろう。

 そう思って鈴音は陽菜に理由を問いかける。

 陽菜はポツリと理由を言う。


「私ね、あんまり一番好きってものはないんだけど……」

「けど?」

「三人で食べるならそれがちょうどいいかなって」

「……ふふっ、そう」


 その答えに少し鈴音は呆気に囚われた顔を浮かべ、納得して、思わず笑みを漏らした。

 だって、何が好きなのという問いに彼女はちゃんと答えていたのだから。


「陽菜は、家族が好きなのね」

「うん!」


 にっこりと笑う陽菜に釣られて鈴音も笑う。

 そして、改めて成月を褒めたくなった。

 こんないい子をあの子は救ってくれたのだから。

 鈴音はひとしきり笑ったあと、もう一つその三個入りのプリンをかごに入れた。


「ママ?」

「私も食べくなっちゃったのよ」


 いたずらっ子のようにくすっと笑う鈴音。

 そんな彼女に陽菜はまた、笑みを浮かべた。


「ママも甘いもの好きなの?」

「ええ、もちろん。ちなみに、お父さんはもっと好きよ」

「じゃあ、なつきちゃんが甘党なのも?」

「あの人の遺伝かしらねぇ?」


 そこまで言って二人はクスクスと笑う。

 レジへと談笑しながら向かう二人は、仲の良い母娘のようにしか見えなかった。







 買い物を終えた二人は帰り道を並んで歩く。

 二人ともビニール袋を手に持っていた。

 陽菜のほうが小さいものの、重いものを重点的に詰め込んだそのビニール袋は見た目以上の重さを誇る。

 それを軽く持ち上げる陽菜はなんだか騒がしい場所があるのに気がついた。


「あれは……」

「ああ、屋台の準備をしてるのね」


 陽菜の視線に気がついた鈴音が騒がしいものの正体を語る。

 屋台、その言葉に陽菜は反応した。

 屋台、屋台と言えばなんだろうか、そこまで考えて彼女は叫ぶ。


「お祭り!?」

「ええ、結構大規模なのよ?」


 この地域ではお盆の合間にとある神社を中心として夏祭りが行われる。

 その規模は結構大きく、その準備となればこうも騒がしくなるのは当然のことだった。


「花火もやってるわ」

「凄い!行ってみたい!」

「ふふ、明日成月と行ってきなさい」

「うん!」


 頷く陽菜は今から夏祭りが楽しみらしく上機嫌そうな歩きだった。

 何だったらそのワンピースの下で何かが蠢いていて、それに気づいた鈴音は少し笑ってしまっていた。

 そのまま歩き続け、騒がしさからも離れ、公園が見えてきたとき。


「ねえ、陽菜私ちょっと疲れちゃった」

「えっ」


 鈴音が軽くそう言った。

 疲れている、そういった割に彼女の口ぶりは全く疲れてるとは思えない口ぶりで陽菜は違和感を抱く。

 そんな陽菜に鈴音は公園を指さして提案をした。


「少し、あの公園で休憩しない?」

「う、うん」


 陽菜は困惑を隠しきれないながらもそれに頷いた。






 公園のベンチに二人が腰掛ける。

 少し離れた滑り台の方に何人か楽しそうにはしゃぎまわる子供達がいた。


「懐かしいわねぇ、夕はよくこの公園ではしゃぎまわってたわ」

「なつきちゃんは?」

「あの子は昔からあんな感じだったのよね。たまに、夕に連れ出されてはいたけど」


 ふふ、と陽菜はなんだか納得できる成月の過去に笑う。


「さてと、陽菜」

「うん」


 陽菜は常に明るい人間ではあるが馬鹿ではない。

 流石に鈴音が疲れたなんてのが嘘なのは分かってるし、彼女が何か話したいことがあるのかも分かっていた。

 彼女は陽菜を見て言った。


()()()()()()()()()()?」

「えっ……」


 その言葉は陽菜に昨日の夜の成月との会話を思い出させるには十分すぎた。

 陽菜の目に、鈴音と成月が重なる。

 陽菜はこの数日で何度か似たような経験していた。

 成月と鈴音の顔がピッタリ重なるという経験を。

 それは当然のことだった、鈴音は成月の母なのだから。


「教えてくれる?少しくらいなら協力できるかもしれないわ」

「……なんで」


 成月の時と違って陽菜は誤魔化すことはしなかった。

 成月が嘘が通じないと語る鈴音相手に誤魔化すだけ無駄だと思ってしまったからだ。

 だから、なんで悩んでいることが分かったのかを尋ねた。

 鈴音はそれに笑い、当たり前のように言う。


「あなたのお母さんだから」

「…………」


 それは、とても理由になっていないはずなのに。

 不思議と陽菜はすとんと腑に落ちてしまった。


「その悩みは私に話せるかしら?」

「……うん」


 そして、このママになら悩みを話しても良い、そう思った陽菜はゆっくり口を開いた。


「……最近、私何も出来てないなって」

「何も?」


 聞き返す鈴音にこくりと陽菜は頷く。

 それは、陽菜が成月の家に住むようになってから思うことだった。


「なつきちゃんは私のために凄く頑張ってくれてるの、だけど私、なつきちゃんのために何も出来てない」

「…………」


 成月は陽菜のために頑張っている。

 陽菜より早く起きて、朝ご飯を作り、陽菜に料理の仕方を教えて、家事もして、夜遅くまで起きて何をやってるのかは陽菜は知らないがそれでも成月が陽菜のために努力していることは気づいた。


 だが、それに比べて、どうだ?


 陽菜は何もしていない。


 鈴音は陽菜の悩みに神妙な顔つきをしながら無言で続きを促す。


「私、なつきちゃんに甘やかされてばっか」


 陽菜は自嘲気味にそう言った。

 陽菜は成月に甘えていた。

 子供だから、そんな理由で甘えていた。


「私、何でもかんでもしてもらってる」


 今の陽菜は何も出来ていない。


「私のためになつきちゃんは頑張ってる、夕ちゃんはファッションのセンスが良くて賞も取ってる」


 じゃあ、陽菜は?


 成月のように陽菜を養うことも出来てなければ、夕立のように賞を取るという輝かしい功績もない。


 なにも、ない。


 なにも、返せてない。


「……それは、嫌なの」


 陽菜は俯いて拳を強く握る。

 その瞳からポツリと水滴がたれた。

 それは、無力感と劣等感に押しつぶされた悔し涙だった。


「私だって、何かしたい。なつきちゃんのために何かしてあげたい」


 成月は陽菜に家族なのだから甘えていいと言ってくれた。

 けど、けれど

 陽菜だって、何かしたいのだ。

 何かを成し遂げたいのだ。

 何でも良い、成月のために何かしてあげたいのだ。


 しかし、その事を陽菜は正直に言えなかった。

 成月を信じられなかったわけじゃない。

 それは、成月を思ったからこそだった。


「でも、正直に言ったら、なつきちゃんの頑張りを無駄にしちゃう、から」


 例えば、努力しているときに横から頑張らないで欲しいなんて言われたらどう思うだろうか。

 それも、努力する理由になった人間に言われたら。

 怒るだろう、お前のために努力してやってるのだから、そう怒るだろう。


 頑張らなくていいよ、なんて酷い言い方じゃないだろうか。

 手伝わないでくれ、なんて身勝手な言い方じゃないだろうか。

 そも、この悩みはある意味陽菜は子供扱いされたくないという身勝手なものだ。

 自分の身勝手で、成月の頑張りに傷つけるのは陽菜は絶対に嫌だった。


 だから、陽菜は昨日成月に悩みを聞かれたときあんなふうに答えた。

 『なつきちゃんがお姉ちゃんと呼んでくれない』

 それは、嘘でもあり本当でもあった。

 これは本当の悩みではない、けれど密接に関わることだったのだから

 

 つまり、陽菜は


「……私は、なつきちゃんに甘えてほしいんだと思う」


 成月に甘えてほしいのだ。


 だがそれを、陽菜の願いにしてはいけない。


 成月自身の意志で甘えて欲しいのだ。


 だから、言えない。


 あの時のように成月にその事を言っても成月は陽菜が甘やかしたいんだと思い、仕方なさそうに陽菜の甘やかしを受け入れる。

 でも、それは本質的に甘えてるのは陽菜なのだ。


 それを伝えたい


 しかし、どうすればいいのかわからない。


 言えば成月を怒らせるかもし知れない、そもそも成月にちゃんと伝えられるかもわからない。

 そう思うと、陽菜の胸はキュッとなって苦しくなる。


「私は、どうすればいいのか……よく、わかんない」


 子供の陽菜には分からなかった。

 自分がどうすればいいのか、分からなかった。

 それを聞いて鈴音は


「ふふっ」


 小さく笑った。


 えっ、と陽菜は思わず鈴音を見る。


「あ、ごめんなさい。あなたの悩みを笑ったわけじゃないの」


 鈴音は口を抑えめ、笑いを引っ込めたあとその笑いの意味を説明する。


「あなたもやっぱり私の娘なのねって思ったらつい」

「……?それって」


 その説明がよくわからず陽菜が不思議そうに問いかける。


「私も似たような経験があるの」

「……ママも?」


 少し懐かしむように言う鈴音に陽菜は少し驚いた。

 陽菜からすれば鈴音は強い人というイメージが強く、悩みだとか失敗だとかそんなものには無縁なものだと思っていたから。


「昔話をしましょう」


 そう言って鈴音は語り始める。


「昔はね、お父さん真面目だったのよ」

「え!?」


 鈴音から発されたその言葉は陽菜に今日一の衝撃を与えた。

 あのパパが真面目?

 三日間付き合って、辛辣な扱いをされてるのが納得だった人の真面目な姿、そんなもの陽菜には全く想像できなかった。

 そんな陽菜に鈴音は微笑む。


「ふふ、と言っても素はあれよ?結婚する際にね、家族を支えるために真面目に生きるって宣言して、真面目になったのよ」

「真面目に……」


 その話に陽菜は成月の顔を思い浮かべた。

 成月は宣言した訳ではないが、成月も陽菜という家族を支えるために真面目になってるというのは同じだろう。


「最初はね、私も応援してたのよ。けれど、途中から段々……ズレてきたの」


 鈴音のその言葉にはどこか後悔が混じっていたのを陽菜は察した。


「考えてみれば当たり前なのよ。私が惚れたのは真面目なあの人じゃなかったんだから」

「…………」

「本当はそのことを早く言うべきだったんでしょうね」


 無言で鈴音の言葉に耳を傾ける陽菜に鈴音は自嘲気味に語る。


「でも、私も陽菜と同じで言えなかった。だって、真面目に生きないで、なんてお願いできるわけないもの」

「……」


 それは、理由は少し違えど、今の陽菜と似た状況だった。

 陽菜は理解する。今しているのは鈴音の失敗談であることを。

 そして、今の陽菜がいずれ迎える未来であることも。


「そして、歯車の噛み合わせが悪ければいつか壊れるように、私にも……私達にも限界が来た」

「それで……どうなったの?」


 共感してしまった故か、他人事のはずなのに陽菜は少し心が苦しくなりながら続きを促した。

 いずれ、自身と成月との合間に起きかねないこと、気になるのは当然だった。

 それに、鈴音はあっけらかんに笑う。


「そりゃあもうひっどい大喧嘩よ。お皿が何枚割れたか覚えてないわ」

「え、ええ……」


 その軽い口調に反してその内容は、陽菜が顔を引き攣らせてしまうには十分すぎた。

 お皿が何枚割れたって……

 陽菜は成月が母さんは怒ると怖いと語っていたのを思い出した。


 しかし、そんな出来事があったのに今の鈴音は良好な夫婦関係を結んでいる。

 正直に言えば、陽菜には二人が喧嘩してるところを想像できなかった。


「……でも、どうにかなかったんだよね」

「そうね、怒りをぶつけ合った後、二人で腹を割って話し合うことにした」

「話し合う……」

「それでまあ……色々あって今があるの」


 話し合いの内容までは鈴音は語ってくれなかった。

 しかし、その表情から、その話し合いで二人が一歩進んだことはよく理解できた。


「ママは凄いね……ちゃんと言えたんだ」


 その話を聞いて陽菜は鈴音を尊敬する。

 喧嘩して、ちゃんと話せた。

 それは、今の陽菜には出来ないことだった。

 仲が裂かれるのを恐れ、何もできない陽菜には出来ないことだった。

 そんな、陽菜の口から漏れた尊敬な声を


「……凄くないわよ、私なんて」


 それを鈴音は受け取らなかった。


「喧嘩して話し合えたからギリギリ最悪じゃないってところね」


 冷静に自嘲するように鈴音は自身の過去をそう評価する。


「私のやり方なんて真似しないほうがいいわ。反面教師にしなさい」

「……じゃあ、どうすれば」


 そう纏めた鈴音に陽菜は困惑する。

 てっきり話した内容を参考にしろということだと思っていたのに。

 結局、私はどうすればいいのだろうか。

 そんな陽菜に鈴音は笑う。


「雨降って地固まるなんて言うけどね、私はあの言葉好きじゃないの」


 鈴音は笑みを浮かべ、あることわざを嫌いと言い放つ。


「一番いいのは雨なんか関係なしに地面を二人で踏みしめることよ」

「……!」

「私達は喧嘩して話し合って何とかなった。でも、考えてみて?これ、喧嘩する必要なんてあったかしら?」


 鈴音の言葉に陽菜は納得する

 それは、そうだった。

 喧嘩して仲が良くなる。それはいいことだろう。

 でも、仲良くなるのに、喧嘩なんて必要だろうか?


「喧嘩もせずに本音で話し合えたら、それって最高だと思わない?」


 そんなもの必要ない。

 仲良くなるのに必要なのは話し合いであって、喧嘩ではない。

 ならば、喧嘩なんて必要ないのだ。


「陽菜、あなたには私みたいな及第点みたいなのじゃなくて、最高を目指して欲しいの」


 鈴音はそう言うとベンチから立ち上がり、陽菜の前に来ると腰を下ろした。


「だから陽菜、あなたにとっても大切なことを教えてあげる」


 鈴音が陽菜に目を合わせる。

 その目は不思議と陽菜の心を落ち着かせてくれた。


()()()()()()()()()()()

「!」


 その言葉に陽菜は目を見開く。

 分かっていたことではあった。言わないと伝わらないなんて、陽菜だって分かっていた。

 けれど、それでも言えない感情の問題があった。


「あなたの気持ちも、あなたの優しさも、あなたの想いも、あなたの怒りも、なにもかも、結局、言わないと伝わらないの」


 鈴音は優しく、まるで言い聞かせるように陽菜の頭を撫でる。


「それが難しいのは私もよく知ってる、私だってそうだった。けどね、結局言葉にしないと伝わらない」


 鈴音はそこまで言って一息ついた。


「だから、伝えなさい。自分の心を」

「…………」


 陽菜は静かに鈴音という母の助言に耳を傾ける。


「抱えたって何も始まらないわ、あなたの想いを伝えないといけないの」

「でも……怖いよ」


 陽菜の口から泣き言が漏れる。

 陽菜とて、よくわかってるのだ。

 言わなければいけないなんてこと。

 言わなければ伝わらないということを

 けれど、それを簡単にできたら苦労しない。

 それに鈴音は頷いた。


「そうね。それは、怖いことかもしれない」


 陽菜は成月を怒らせるのが怖い。


「それは、恐ろしいかもしれない」


 陽菜は成月に嫌われるのが恐ろしい。


「でも、大丈夫よ」

「そんな……適当だよ」


 けれど、鈴音は優しく大丈夫だと言い聞かせる。

 しかし、陽菜は思わずそう反論する。

 大丈夫な根拠なんてどこにもない。

 それなのに、大丈夫と言われるのは嫌だった。


 そのことを思わず口にしてしまい、陽菜はあっ、と思う。

 その言葉は意地悪な言葉だと理解していたからだ。

 だって人の心に根拠なんてあるようなものじゃないんだ。

 せっかく元気づけてくれているのにそれを仇で返すことになる。

 そう思ったのに、鈴音は変わらず笑顔だった。


「根拠ならあるわ」

「えっ」

「だって二人は、()()でしょう?」

「あ……」


 そうだ。

 陽菜と成月は家族なのだ。

 そこには間違いなく、目の前の夫婦のように陽菜と成月にしか伝わらない確かな信頼がある。


「私達はね、家族なのに自分達が家族であることを信じきれなかったの」

「ママ……」

「だから、あなたは家族であることを信じて欲しい」


 鈴音は少し後悔するようにそう言った。

 陽菜は成月がどんな人間なのか、よく知っていた。

 話をしたらちゃんと聞いてくれる人だと分かっていた。

 成月と陽菜は家族であることをよく理解していた。

 母に背中を押され、陽菜は少しだけ自信が湧いてくる。

 なつきちゃんとなら、大丈夫、そう思えた。


「大丈夫よ。あなたたちは家族なんだから」

「…………うん」


 陽菜は小さく頷く。

 なんだか、頭のもやが晴れた気がした。

 成月にこの気持ちを伝えよう、そう思えた。

 でも、やっぱり不安はちょっと残ってて


「ちゃんと、伝えられるかな……」

「そうねぇ」


 思わず漏れた弱音をきっちり鈴音は拾う。

 彼女は少し笑って陽菜に再度目を合わせる。


「いいことを教えてあげる」


 ほほ笑みを浮かべた彼女は陽菜に伝える。


「よく目を見て話すの、しっかりとね。そうすれば真意なんて簡単に伝わるのよ」

「目を合わせる……」


 目を見て、話す。

 そんなの当たり前のことだ、けれどそれが当たり前となったのは、それに強い意味があるからだ。

 ならばこそ、意識的に目を合わせるようにすればその意味はもっとでかくなる。

 鈴音は陽菜に目を合わせて言う。


「私は、あなたが大好きよ」


 鈴音と陽菜の目線が交差する。

 陽菜の目に鈴音の目が反射する。

 不思議と、陽菜は彼女の言葉に強く愛を感じた。


「こんなふうにね?……ほら、やってみて」


 鈴音は笑い、陽菜にもやってみるように促す。


「私も、ママが好き」

「ふふっ、そうなの」

「……えへへ」


 鈴音が笑い、陽菜は涙目のまま堪えきれずに溶けるように破顔する。

 その愛は、しっかりと伝わっていた。


 あとは、成月に同じ事をするだけだ。



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