二話
一週間というのは短い。
いつも通り適当にゲームなりしていれば気がつけば前回の検診から一週間だ。
こんな生活をしていると曜日感覚を失いがちなので、そういう意味では検診があるのはありがたい。
というわけで、あの日から一週間が経過して今日も検診である。
暑さも日に日に酷くなっている、空から照らす直射日光はさらに悪化しており、猫耳を隠すためとか抜きで帽子は必須アイテムだ。
クソの太陽め。
本格的に夏になったら、もう家から一歩出たくなくなりそうだ。
せめて週一なんてペースじゃなくて月一とかならマシなのだが。
異世界症候群というのがあまりにもレアなものであるため仕方ないのかもしれないがやはり週一検診というのは多いのではないかと俺は思う。
ちなみに検診を初めてもう数カ月なわけだが、異常らしい異常は未だ一度もない。
健康体も健康体、なんだったら男だった時のほうが不健康だったと思う。
そんなのなのに検査する意味があるのかやら。
今日はゲームのイベントという用事があるので尚更そう感じる。
まあ、異常なしと言っても、存在自体が異常と言われれば、その通りだが。
この検査だって半分以上は研究目的だそうだ。
「待てーーー!!」
「やーだーねー!」
途中、俺の横を少年少女が横切った。
検診の道すがらよくすれ違う奴らだ。
鬼ごっこでもしてるのだろうか?やんちゃな奴らである。この暑さのなか元気なことで。
というか道で遊ぶんじゃない。危ないだろう。
まあ、注意するのは面倒なのでしないが。
そんな子供らしい子供をみていると、あの子供っぽいあいつを思い出す。
今日は、あいつは居るのだろうか。
先週、別れる前に一緒にゲームをしようと約束したわけだが。
向こうはうたた寝状態だったわけで、そのことを覚えてるかなんて怪しいだろう。
それに、別に明確に会おうという約束をしたわけじゃない。
本気で会うつもりなら日時やら場所やら指定すべきであんな口約束というのすらおこがましい約束では約束たり得ない。
と、ならば居るか居ないかはかなり微妙なところであろう。
……まあ、どっちでもいいか。
いないならいないでいいし、いるならそれはそれで。
別に、どうってことないんだ。
俺は肌を伝う汗を軽くぬぐうと病院へと歩みを進めた。
病院についていつも通りの部屋に向かう。
扉を開ければ小柳さんが一人で座っていた。
何らかの書類に目を通しているようで、その表情はいつもの微笑みと違い、真剣でまるで何かを憂いてるかのようにも見えた。
大人っぽい彼女のその姿は一枚絵のようで中々カッコいい。
普段とはまた違うイメージ、というよりも彼女の素がこれなのかもしれない。
……一人か。
「あ、朝比奈さん。おはようございます」
「……おはようございます」
こちらに気づいた彼女が俺の方を向き軽く会釈をする。
その顔には先ほどまでの憂いはなくなっていていつもの微笑みが浮かんでいた。
いつもの席に座り向かい合う。お茶を受け取って口をつける。やはり、苦い。
「今週はどうでした?」
「変わらない」
相変わらず、俺の生活を心配しているらしい。
まさかさっきの憂いた表情も俺の生活のことじゃないだろうな。
正直俺の日常なんて、特に何もない。
不幸になるようなことも幸運になるようなことも特にないからどう?と聞かれても返答に困る。
こんなこと一々気にしなくてもいいのに。
そんな俺に小柳さんはやはりため息をついた。
「何度もいいますけど、社会と関わるのは大事ですからね。ずっと引きこもりっぱなしなんてことにならないでくださいよ?」
「買い物はしてる」
引きこもりという彼女にむっとして言い返す。
一応自炊はする方だ。
だからいつも検診の帰りにはスーパーで食材を買っている。
逆に言えば、これ以外で外に出ることはないということだが。
引きこもりと言われたら……まあ、否定はできないけど。
「遊園地に遊びに行くとか、外食をするとかもたまには悪くないですよ?」
「……そういうのは、好きじゃない」
昔から外はあまり好きじゃない。
外という空間は自分のものじゃなくて他人のもので、そのアウェイ感がなんだか落ち着かず、外に言っても楽しいよりも疲れの方がくる。
それは今だともっと酷い。なにせ、猫耳と尻尾を隠さなきゃいけない。
猫耳は帽子をかぶればいいとして、尻尾は厄介だ。
こいつ、あまりコントロールが効かないのだ。
意識していれば抑えれるが、ふとした時に勝手に動いて、下手したらスカートごとめくれかねない。
それでバレたら面倒なことになる。最悪ネットに拡散されて、今後は顔すら隠さなきゃいけなくなるだろう。
どうにか無意識にでもコントロールしたいのだが、いくら頑張っても無理だった。
だから、外にいるときは尻尾に意識を向けなきゃいけなくて、昔の倍疲れるというわけだ。
それに猫耳抜きでも今の俺は周りから見れば幼女である。
一回、補導に捕まったときは本っ当に面倒だった。
そのため、年齢を証明するものは欠かせない。
そんなわけで、俺は外に行くのは億劫なのだ。
あと、遊園地とかは一人で行くものじゃないと思う。
「まあ、強制はしませんが、人間にとって外部からの刺激っていうのは思っているよりも大切です。気が向いたらでいいので外食くらいは試してみてください」
「……考えとく」
まあ、気が向いたらでいいなら行ってもいい。気が向くかは知らないが。
「さて、それじゃあ検査に移りますか」
雑談も終わり、小柳さんが立ち上がろうとする
…………
「……あの」
「はい、どうされました?」
小柳さんが立ち上がろうとしたのを止める。
なぜだか小柳さんはそうなることが分かってたかのように全く驚きもせず反応した。
それを不思議に思いながらも一応、一応聞いておく。
「今日はあいついないの?」
「ふふ、あいつ、とは?」
む
小柳さんは笑みを浮かべながらそう問いかけてくる。
彼女なら分かってるだろうに、わざとらしい。
「……小夜……陽菜…………さんです」
陽菜ちゃんはないとして、なんて呼ぶのか迷いに迷いながら言ったせいで謎にフルネームを言ってしまった。
そんな俺に小柳さんは満足そうに笑った。
「今日もいますよ。検査が終わったら会いますか?」
「…………」
先週のことを思い出す。
あの煩い奴と別に会う必要はない。
今日はゲームのイベントもあるわけで、別にやらなきゃいけないようなことでもないが先週と違ってそれは明確に自分にとって用事ではあった。
………………
まあ、いいや。
一日イベントをスルーしたところで別に詰んだりするわけじゃない。
それに、
「ゲームする、って約束しちゃったから……」
「ふふ、そうですか」
向こうは覚えてないだろうけど。
約束を破るのは好きじゃない。
「なーつーきーちゃーん!」
二度目はない。
扉をばんっ!と勢いよく開けてこちらに飛び込んできた犬耳少女を軽く身を翻すことで避ける。
俺の真横を茶色の毛玉が通り抜けてった。
わあっとと、と転ぶのを耐えた彼女は、避けないでよ〜と文句を言ってくるが、飛び込んでくるほうが悪いだろう。
「久しぶり!」
「"たった"一週間だろ」
「一週間"も"だよ!」
一週間なんて、対した時間でもないだろうに。
しかし、そんな俺と違って彼女は本当に嬉しいらしく尻尾がちぎれそうなほど振り回されている。
まあ、それを抜きにしても表情で丸わかりだが
わかりやすいやつ
「一週間すっごく暇だったの!!だから来てくれて嬉しい!」
彼女はそう言うとにぱっと太陽のような明るい笑みを浮かべた。
どうやら、本当に暇だったようだ。
小柳さん曰くこいつは異世界症候群のせいで人と話す機会がなかったらしい。
それで久々に話したのが俺だったわけで。
多分、この一週間も誰かと話す機会がなかったのではなかろうか。
それならここまでの喜びようなのも納得できた。
「そんなにお話したかったのか?」
「え、違うよ?なつきちゃんと会いたかったから!」
…………ふぅん
「そ」
「あ、なつきちゃん照れてる?」
「……煩い」
別に、そんなことはない。
そんなことないから。
「……それで、今日もまた話すつもりなのか?」
「う〜ん、それもしたいけどぉ」
誤魔化すように話を逸らす。今日も先週のようにバカみたいに話しかけれるのだろうか、そう思うと少し憂鬱だ。
しかし、予想に反して彼女はそれに頷かなかった。
じゃあ、なんだと思えば彼女はバーン!と見せつけるようにあるものを取り出した。
「ゲーム、持ってきた!一緒にやろ!」
それは世界で最も有名と言っても過言ではないゲーム機だった。
……へぇ
「約束したもんね!」
……覚えてたんだ。
「一週間なつきちゃんと何やるか考えてんだー」
「……そんなに楽しみだったのか?」
「うん!」
カチャカチャと小夜がゲーム機をセットしていく。
かなり慣れた手つきなあたり結構やり込んでいるのだろう。
というか、ここ病院の一室なわけだけどゲームして良いのか?まあ、小柳さんがゲーム機を見た際何も言ってなかったあたり大丈夫だと思うけど。
そんな小柳さんは既にどこかに行ってしまった。
優秀な彼女は常に忙しいらしい。
用意が終わったのか小夜からコントローラーを手渡される。
昔はこのコントローラーは小さくて使いづらかったのだが、今だとちょうどいいくらいだった。
「それで、何をするんだ?」
「んー、二人で協力するやつ?」
「対戦系じゃないのか」
「こっちのほうが仲良くなれるかなって!」
てっきり対戦ゲームでもするのかと思ったら協力型のゲームをするらしい。
なぜだか自分の中で他の人とやるなら対戦ゲームのイメージがあったのだが、言われてみれば仲を深めるなら協力型のほうがいいのかもしれない。
別に、俺は深めたいわけじゃないけど。
約束したから、付き合ってるだけだ。
ゲームが始まる。
……ああ、知ってるゲームだ。急いで料理を作って運ぶやつ。動画で見たことある、やったことはない。
「なつきちゃんはこのゲームやったことある?」
「ない」
「そっか私もだから初見ってやつだね!」
「は?お前もやったことないのか?」
小夜の言葉に俺は驚く。
今、こいつ自分もやったことないって言ったのか?
じゃあなんでこのソフトがこいつのゲーム機に入ってるんだ?持ってるゲームならやったことはあるだろう。
もし、やってないと理由としてあり得るとしたら……
「うん!なつきちゃんとやるために小柳さんに頼んで買ってもらったの!」
「…………馬鹿」
はあ、とため息をつく。
小柳さんと言い、全く何をしてるんだか。
そんな俺の言葉に彼女はわかりやすくむっとした表情を見せる。
「むぅ、馬鹿ってなにさ」
「次いつ会えるかも分からないのに金を無駄遣いするな。それに、小柳さんにも迷惑かけてる」
「あう」
ぐうの音も出ないのか代わりに彼女の口から謎の言葉が漏れる。
「でもでも、小柳さんにはあくまで買うのを頼んだだけでお金は自分のだから!」
「……尚更馬鹿だ」
十六歳からすればソフト一本の値段なんて結構なものだろうに、本当に無駄遣いだ。
俺と彼女は別に会えると約束したわけじゃない。
たまたま予定が合わなければずっと会わなかったかもしれないし、今日だって俺が気まぐれで会うことを選ばなければ会ってないのだ。
それなのに、わざわざソフトにお金を使って。
改めて俺はため息を吐く。
「……そこまで気をつかわないでいい。わざわざ買わなくても一緒にやれるだけで……十分だろ」
「……な、なつきちゃん!」
「わっ!おま、なんでひっつく!」
何故か彼女は感極まったように俺の名前を呼ぶの突如飛びついてきた。
予想外すぎて、今度は避けれない。
彼女は密着して抱きしめてくる。本当に距離が違いったらありゃしない!
「わざわざ心配してくれてありがと!」
「別にそういうわけじゃ……」
ただ、金の無駄遣いさせるのが嫌だっただけだ。
それに、俺に金を使われると申し訳なくなってくる。
そう言おうとする前に彼女が口を開く。
「でもね、別に私なつきちゃんに気をつかったわけじゃないの」
「え?」
その言葉の俺は驚く。
そんな俺を気にせず彼女は続けた。
「そのほうがなつきちゃんと楽しめると思ったからそうしたの!」
「…………」
にぱっ、と小夜は変わらず太陽のような笑みで笑う。
そんな彼女に俺は何も言えない。
それを見て不安になったのか彼女はちょっと焦りながら言葉を継ぎ足す。
「そ、それに、ほら!二人とも初めての方が楽しいを共有できるでしょ?」
「……本当に、馬鹿」
上がる口角に思わず手で口元を隠してしまった。
彼女は俺の言葉にあれ?となんだかぽかんとした顔を浮かべる。
ほんと、面白いやつである。
そんな彼女に俺はコントローラーを手渡した。
「ほら、早くやるぞ……楽しむんだろ?」
「え、あ……うん!頑張ろうね!」
「足を引っ張るなよ」
「そっちこそ!」
まあ、そんなに楽しんでほしいならほどほどに楽しんでやろうじゃないか。
「なつきちゃーんこれ切ってぇ!!」
「適当に!投げるな!もっと狙いをつけろ!」
明後日の方向にぶん投げられた食材を取りに画面の中のキャラクターが走る。
くそ、こいつ焦ると周りが見えなくなるタイプだ。
今やっているゲームは指定の食材を調理し、時間内に客に提供しなきゃいけないというもの。
なんて言うと簡単に聞こえるが、時間制限がかなり厳しい。
食材をぶん投げるのが正攻法になるくらいには厳しい。
そんなわけでともかく忙しいのだ。
そして、忙しいとミスは起きるもので。
「あ、やば」
「なつきちゃぁーん!?」
料理持ったまま奈落にダイブしてしまった。
その後も二人してミスを連発し、そうなれば当然
「失敗ぃ……」
ゲームの画面にはでかでかと失敗と表示されていた。
ちなみに、まだ序盤も序盤である。
こりゃ駄目だ。根本的に色々できてない。
はあ、とため息を吐く、その時だった。
「なつきちゃんが料理落としたからー」
「は?」
その言葉は頂けない。
確かに俺もミスはしたが、単純なミスの量なら向こうのほうが多かったはずだ。
つまり、つまりである。失敗したのはこいつが悪い。
「お前だって変な場所に食材投げてただろ!」
「それをカバーするのがチームワークってやつじゃん!」
それを指摘してやれば向こうが反論してきて、俺達は睨み合う。
いや、冷静に考えれば分かっているんだ。
どっちが悪いじゃなくて、どっちも悪いなのは。
でもそれを認めるのはなんだかむかつくというか……
「むぅ」
「むむむむ」
どちらも一切引く気はない。
そのまま数秒間同じ体勢で睨み合う。
彼女のオレンジの瞳と俺の黒の瞳が交差する。
そして同時にコントローラーを手に取った。
「もう一回!もう一回やるぞ!」
「次はミスらないでね!」
「こっちのセリフ!」
さっき以上に二人して目の前の画面を前のめりに睨む。
このままで終われるか!
それから、二時間ほど。
「なつきちゃん、パース!」
「ナイス!次、キャベツ!」
「りょーかいっ!」
俺達は明確に成長していた。
小夜は食材調達、俺は調理と二人で相談し決めて、連携する。
慣れてきたのか見当違いな方向に飛んでいた小夜のパスは正確にこちらに飛んでくるようになり、俺も細かなミスはなくなった。
声での連携もするように意識して、今は所謂一面のラスト。
やはりラストなだけあって手強い難易度で俺達はなんとここだけに一時間近くの苦戦を強いられていた。
けど、
けど、今回は……
「最後!なつきちゃん!」
「できた!……これで!」
指定された料理の最後の一品、それが今俺の手の中で出来上がる。
上がる口角、バクバクと弾ける心臓。
これを、提出!
「や、やったー!!」
「よし!!」
画面にでかでかと表示されるの間違いなくクリアの文字。
のべ一時間に渡る激闘、俺達はやり遂げたのだ。。
達成感を胸に俺達はぎゅーと抱き合い二人で喜びをかみしめる。
本当に、本っ当に長い道のりだった。
けど……ちょっと
「疲れた……」
「あはは、確かにね」
体を離し、椅子に倒れ込む。
流石に二時間もずっとゲーム、しかも忙しいタイプのゲームというのは疲労が貯まる。
あの元気いっぱいの小夜でも体力に来たようでその表情は賑やかながら疲れが滲んでいる。
「ふふ、楽しかったねなつきちゃん」
「…………まあ」
認めないことはできなかった。
ここまで感情が動いたのは、久々だった。
いつも一人で過ごしていたから、いつもいつも通りのことしかしなかったから。
何も起きていないのに、感情を動かせるだろうか?
別にその生活がどうこうとは思ってない。
そういった生活で満足できる人間だったし、自分から望んでそういう生活をした。
色々と刺激の多い生活は疲れるから。
けど、まあ
「……そう、だな。楽しかった」
疲れたけど、楽しかった。
たまになら、こういうのも悪くない……いや、良いんじゃないかって、そう思った。
それを聞いて小夜はほっ、としたように息を吐いた。
「良かったぁ〜。ちょっと不安だったんだ」
「お前不安になることあるのか?」
「酷くない!?」
小夜は俺の言いざまに尻尾を立てて憤る。
いや……だって、毎日が楽しいみたいな感じだから、不安とかなさそうで。
「そんなことないよー、……色々、不安なことあるもん」
「……ふぅん」
小夜の性格にしてはどこか、含みのある言い方だった。
まあ、こいつにも色々あるのだろう。
異世界症候群は別に死ぬような病気ではないが、それはそれとして世界をひっくり返させるのには十分すぎるものだ。
それ特有の悩みは彼女とて、あってもおかしくない。
「だから、なつきちゃんが楽しんでくれてよかった!ありがとうね!」
「……別に、感謝されるようなことじゃない」
結局俺のやったことは楽しんだだけだ。それを考えればむしろ俺が礼をする側ではあるべしなのだろう。
……それに、正直に言ってしまえば。
「……お前、となら、なんでも楽しんでたと思う」
小声でそう彼女に伝える。
息が合うというか、相性がいいというか、引き気味な俺からすれば押し気味な彼女は不愉快でありながら心地よさもあって。
不思議な感覚だけど。
……多分このゲームを小夜以外のやつとやってもここまでは楽しめなかった、と思う。
なんて、気恥ずかしくて小夜の方を見ず自身の黒色の尻尾を弄りながら俺は彼女に伝えた。
「な、なつきちゃん」
……既視感らもしくはデジャヴ。
さっきみたぞ、これ。
俺はするりと椅子に座ったまま体を逸らす。
「なつきちゃぁぁぁぁぁあ!?!?」
そこに抱きつこうとした茶色の毛玉が人懐っこい大型犬のように飛び込んでいった。
……だから、二度目はないと言った。
言っては、ないけど。
「避けないでよ!!!!」
「……ふん」
怒る彼女を俺は鼻で笑う。
こいつといて心地よいのは認めるけど、抱きつくのまでは許可してない。
そんな俺に彼女は叫ぶ。
「さっきはなつきちゃんから抱きついてくれたのに!」
「は?……あ」
そんなことした覚えは……と思って思い出す。
あのクリアした瞬間、俺は達成感で胸がいっぱいになって勢いで……何をした?
こいつと抱き合った。
それは喜びをかみしめたからであってそんなつもりは一切なかった。
けど、こいつを自分から抱きしめたのは間違いなく事実で……
テ、テンションが上がったからって俺はなんてことを!
ぼんっ!俺の顔が熱くなる、尻尾がドタバタと制御を外れて暴れ出す。
「あ、顔赤くなってるー、照れてるのー?」
にやにや、そんな擬音が聞こえてきそうな顔で小夜のオレンジの瞳が俺の顔を射抜く。
う、うう……
「う」
「う?」
「うるさいうるさいうるさいうるさぁい!」
ぷいっと小夜に背中を向ける。
知らない!知らない!知らないもん!
「ご、ごめんってなつきちゃん〜」
俺の背中に飛んでくる小夜の謝罪の言葉を聞き流す
まだ少し、顔が熱い。
けど、思い出せ、俺は二十歳、そう大人だ。そう大人なんだ。
大人が子供相手に拗ねるのは普通に考えて駄目だろう。
俺は小夜のもとにばっと振り返る。
「ゲーム!ゲームするぞ!今度は対戦ゲーム!」
これ以上この話を続けたくなくて強引に話を逸らす。
そんな俺に彼女は喜びの笑みを浮かべた。
「いいの!?じゃあ、早くやろ!」
コントローラーを手に取り、操作する彼女。
今度は協力じゃない、対戦だ。
そう、勝負。ここで、勝つ、そうすればさっきのも全部なかったことにできる。
「負けないからね!」
「ボコボコにしてやるよ」
俺達は互いに挑発しあい、さっきとは違い睨み合った。
絶対に勝ってやる!
「勝ったー!!」
負けました。
隣で尻尾まで使って喜ぶを顕にするうるさい小夜。
俺はそれをスルーして画面に映るリザルトを見る。
……言い訳じゃないけど、ボロ負けしたわけじゃない。
むしろ、ものすごい接戦だった。
延長に延長を重ねた、大接戦も大接戦。
その勝敗は俺のほんのちょっとしたミスで決まった。
俺は手に持つコントローラーに力を籠もる。
俺の後ろでは黒の尻尾がプルプルと震えていた。
「いい勝負だったね!」
「…………」
「なつきちゃん?」
小夜のやつがこちらに手を伸ばしてくる。
だが、俺はそれに反応する余裕はなかった。
負けた、負けた、負けた。
負けた……
こいつに負けた。
そのことを考えると、俺の心の臓が暴れ出す。
俺は小夜の手を弾く。
「えっ?」
驚く小夜。
それを無視して、宣言した。
「もう一回!もう一回やるぞ!」
「な、なつきちゃん?」
「次は、俺が勝つから!」
負けっぱなしなんて納得できるか!
まだ時間はある、もう一回勝負するくらいならできる!
そう思って小夜の方を見るとなんというか、凄い温かい目をしていた。
「……なつきちゃんってさぁ」
「……なんだ?」
「やっぱり子供っぽいね!」
「は?」
子供っぽい?子供?二十歳の俺が?成人済の俺が?
そんなわけあるか。
子供っぽいのはそうやって尻尾をぶん回して感情を外に出しまくってる目の前のお前だ。
「なつきちゃん可愛いね」
「かわっ……ああ、もう!」
ふざけたことを抜かす小夜を睨見つける。
「早くコントローラーを握れ!!その生意気な口閉じさせる!」
「……ふふ、仕方ないなぁ」
なんだその上から目線!むかつく!
「あら、また寝ちゃいましたか」
ガチャリ、扉を開けて入ってきた小柳さんがこちらを見て苦笑い気味に言う。
彼女の言う通り小夜のやつソファで横になりすやすやと眠っていた。
相変わらず、幸せそうな寝顔だった。
「今日も楽しめたみたいですね」
「……そう、だな。楽しかった」
二人でずっと、ゲームをしてただけだけど、うん、楽しかった。
いつも何処か冷えていた心がなんだか温かいような……
「朝比奈さんに友達ができてよかったです」
「……友達じゃない」
小柳さんが笑いながらそう言う
友達、友達
それは、違う。
俺は友達なんて作る気はない。
「……友達、じゃ」
「……?朝比奈さん?」
「あ」
小柳さんが俺のことを不思議そうに覗き込む。
はっ、とそれで意識が覚醒した。なんだか、さっきからどうも意識が安定しない感じがある。
そのせいで小柳さんに変なことを言ってしまった。
「なんでもない」
「そう、ですか」
小柳さんは少し怪訝な顔をしたあと、お茶を一口のんだ。
それにしても、本当にさっきからなんだか思考がはっきりしない。
まるで、頭の中にモヤがかかったような感じ。
「……陽菜さんはどうですか?」
「あいつは……面白くて……うん、好きだ」
頭が重い。
自分が何を考えてるのか、何を喋っているのよくわからなくなってくる。
あれ?
「……?朝比奈さん今日はなんだか素直ですね?」
「ん……んー?」
小柳さんが何か言っている。
言っているのはわかるけど、なんて言っているのかよくわからない。
……なんだろうか、頭がよく回らない。
調子が悪い?とも違うような気がするけれど。
ともかく、早く、帰ろう。
「……帰、る」
「……もしかして、眠いんですか?」
小柳さんが心配そうに聞いてくる。
眠い?そんなこと……そんなこと……
あるかも?瞼が少し重くて、思考に靄がかかる感じ、確かにこれは眠気というものだった。
最近はここまで強く感じる前に寝ていたから、久々の感触だ。
なら、早く帰って寝ないとな。
「ふわぁ……なら、早く、帰らないと」
「……はあ、そんな調子じゃ帰せられませんよ。時間が経ったら起こしますから、軽く仮眠してください」
それは流石に申し訳ない、と遠慮しようとした瞬間、一気に眠気が来た。
あ、やばっ……これダメなヤツ。
もうこの体で数カ月過ごしたから知っている。
この眠気は耐えられないやつだ。
いくら精神が成熟していても、体は子供、眠気に耐えるなんて器用なことはできない。
「ほら、こっちですよ」
小柳さんに連れられ覚束ない足取りで陽菜の隣、ソファに寝転がる。
瞼が落ちていく。
ああ、駄目だもう耐えきれない。
でも、その前に彼女のお礼を……
「……小柳さん、ありがと」
「!、ふふっ、どういたしまして」
…………
「寝ちゃいましたか。……ふふ、普段からこのくらい素直になればいいのに」
「「すぅー……すぅー……」」
「……こう見ると、姉妹みたいですね?」
どうやら、寝てしまったらしい。
小柳さんに起こされて初めてその事実の気がついた。
まさか、遊び疲れて寝てしまうとは……子供かよ。
はあ、寝る直前の記憶がまるでない、変なこと言ってないだろうか?
気分的には初めて酒を飲んで記憶を飛ばした時に近かった。
暗くなる空を眺めながら帰り道を歩む、眠いからかなんだか足取りが重い。
「ただいま」
そうして、自宅。
相変わらず返事はない。いつものことで特に気にすることでもないのに少し寂しく感じた。
「ふわぁ……」
一歩踏み出すと大きな欠伸が出た。
数時間程度の睡眠じゃこの体は足りないらしく、寝かせろと体が訴えかけてくる。
でも、その前に手洗いと着替えくらいはしないと。
少し重い足取りで洗面所に辿り着く。
洗面所の鏡には笑顔の猫耳少女が映っていた。
「……」
その顔で俺は小夜のことを思い出した。
一杯ゲームして、子供みたいに馬鹿みたいにはしゃいで、挙句の果てに遊びつけれて寝落ちだ。
全く、今日の俺は成人済みだと言うのに童心に帰りすぎである。
ま、でも。
……今日は楽しかったな。
次会えるのは、一週間後、だろうか。
そう思って思わず呟いた。
「一週間は……長いな」