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ケモミミ少女が救われる話  作者: 霜降り
その後の話
17/27

帰省する話(2)


 うちの地元、実は通の合間ではちょっと有名な場所だったりする。

 その理由となっているのがここ。


「わぁ〜〜」


 陽菜が見上げて感嘆の声漏らしたこの場所、商店街である。

 それも、結構大きめで日本の商店街のなかでも上位の大きさを誇っている。

 商店街のほうは地元の人達と食べ歩きに来た人達で活気だっててガヤガヤと騒がしくも楽しそうだ。


「私、初めてかも商店街きたの」

「そうなのか?」

「うん、家の周りはなかったから」


 言われてみれば陽菜の家はかなり都会にあったし、わざわざいかなければ商店街に足を踏み入れることがないのかもしれない。

 それならこの驚きようも納得だ。

 でも、それはそれで好都合。


「案内するよ。ここの食べ歩き、絶品だから」


 この商店街は地元民からすれば庭のようなもの。

 俺はこの商店街を知り尽くしていて、どこだって案内できる。

 だから陽菜の初めての商店街には丁度いい。


 そして、この商店街が通の合間で有名な理由は、食べ歩きが理由なのだ。

 つまり昼ご飯にも丁度いいってわけである。

 この商店街を楽しむならまさに今はぴったりだ。

 それを陽菜に告げると陽菜は目を輝かせた。


「美味しいの!?」

「ああ、俺が保証するよ」


 日常のように利用してきた場所だ。美味しい料理や、面白いお店やらだいたいは知り尽くしている。

 食いしん坊な陽菜も楽しめることだろう。


 二人で商店街に向けて歩き出す。

 さあ、地元観光と洒落込もう。





「コロッケ二つ」

「はいよ、四百円ね」


 財布を取り出して五百円玉を……あったあった。

 払おうとすると陽菜が焦ったように声を掛けてきた。


「あ、なつきちゃん私も払うよ」

「ああ、いい、いい。俺が出す」

「あ、う、うん」


 流石に大人として子供にお金を出させるのはな。

 と言っても俺が働いて得たわけじゃない金で言ってもという感じだが。

 大して高いものでもないし問題ない。


 肉屋のおじさんからお釣りとコロッケを受け取る。

 この人俺が子供の頃からいた人なのだが、全く変わってないな。

 逆に俺は滅茶苦茶変わってしまったわけだが。

 そんなことを考えながら、陽菜に熱々のコロッケを一つ渡す。

 タイミングが良かったらしく揚げたてだ。


「おおっ〜」

「熱いから気をつけろよ」


 陽菜は手渡されたコロッケにやけに興奮してるようだ。

 なんでそんな興奮してるのかと疑問を抱きつつ、俺はコロッケに息を吹きかけてできる限り冷ます。

 揚げたてが美味いんだが……今の俺だと多分舌を火傷するからな。

 残念だが仕方ない。


「こういうのアニメの中でしか見たことなかったから、なんかすごい、凄い」

「ああ、なるほど」


 陽菜の言葉に、陽菜がやけに興奮してる理由が分かり納得する。

 陽菜は商店街が初めてなわけだが、それは商店街を知らないわけじゃない。

 商店街がアニメに出てくることはよくあることだし、そこで商店街を知った陽菜からすればこの現実の商店街というのは"アニメの世界"なのだろう。

 その中でもコロッケなんて商店街のテンプレとすら言えるものなわけで。

 そりゃあ興奮するわけだ。


「おいし〜」


 サクッとした音ともにコロッケを食べた陽菜が美味しそうに目を細める。

 ……こっちもそろそろ大丈夫かな。

 食べても大丈夫そうな熱さになってきたコロッケを齧る。


「あっつ……」


 熱いが、まあ食べられないほどじゃない。

 口に広がるお肉と衣の味は、よく覚えているものだった。

 学校に通っていた帰り道、ときたま寄っていたある日のことを思い出す。


 ……本当に、ここは変わらないな。


 少し目を細めて、周りを見渡せば不思議と学生の頃の自分に戻っている気がした。

 もう、何もかも違うというのに。


 足を止めて目を閉じて、聞こえてくる喧騒に耳を傾ければ、なんて懐かしい。

 聞こえてくる雑踏も、掛け声も、話し声も、昔のある日を思い起こさせるには十分過ぎた。

 煩いのは嫌いなのに、不思議と落ち着いてしまう。


 やっぱり、変わらないんだな。

 俺が変わっても、ここは、変わらない。

 俺が家を出てから二年半、長いように見えてこの程度の時間ではこの場所は変わらない。

 逆に俺は色々変わったけれど、ここを懐かしむ心は変わってない。


 その事実にちょっと嬉しいような、寂しいような気持ちになった。

 足を止めた俺に陽菜が声を掛ける。


「なつきちゃん?」

「あ、ごめん」

 

 目を開けば、目の前に陽菜の顔があって、少し笑ってしまう。

 まあ、今は陽菜の案内をする時間だ、ノスタルジーに浸っている時間じゃない。


「次の場所に行こう、まだ食べ足りないだろ?」

「あ、うん」


 歩き出す俺に陽菜が慌ててついてくる。

 横に並んだ陽菜は、いつの間に食べきったのか片手に空になったコロッケの袋を持って言った。


「ここの思い出話聞かせてよ」

「……ふっ、そうだな」


 どうやら、バレてたらしい。






 騒がしい商店街を二人で並んで歩く。

 手にはコロッケに続いて買った唐揚げを持っていた。


「じゃあ、帰り道に寄ってたんだ」

「ああ」


 昔、学生時代は帰り道とこの商店街が重なっていた。

 そして学校からの帰り道なんてのはまさに小腹が空く時間帯なわけで。

 あのコロッケや唐揚げなど、色んなものを買い食いして小腹を満たしていたものだ。


「じゃあ詳しいのはそれが理由?」

「あとはたまに家族で来ることもあったからな」


 そんなことをしていれば自然と商店街に詳しくなるのも当然だろう。

 家族で外食する際もだいたいこの商店街だったから、普通の飲食店に関してもそれなりの知識がある。


「なるほどなー、なつきちゃん外出嫌いなのに商店街は詳しいのはそういうことか」

「ん、まあ、実際帰り道じゃなかったら全然知らなかったと思う」


 酷い言い方であるがその通りである。

 多分、帰り道じゃなかったら一切この商店街に寄ることはなかっただろう。

 改めて考えるとあまりに酷いが俺はそういう人間である。


「羨ましいなー、帰り道に買い食いできるの」

「お前はしたことなかったのか?」

「禁止されてたもん。やったら通報だよー」


 ふぅむ、地域差というやつか。

 まあ、確かに地元民の多いここと、色んな人がいる都会では色々違うか。

 向こうで買い食いするとコンビニですることになるってのもあるのだろうが。

 そうなると禁止になるのも仕方ない……ん、いや待てよ?


「そういや、俺の学校も禁止されてた気が……」

「ええっ!?」


 薄い記憶を辿ってみるが、確か俺の学校も買い食いするのは禁止されてた気がするな……


「そ、それって大丈夫なの?」

「んまぁ……みんなやってたし、なんなら先生と商店街で会っても何も言われなかったし、形骸化してたのかな」


 今思えば学校側としては駄目としか言えないけど、あまりにもみんなやってるからわざわざ注意するのもあれだと、注意はしないという形で黙認されてたのかもしれない。

 う〜む、大人の事情。


「まあ、問題あっても時効だ時効」

「ええ……」


 陽菜は呆れたように言うが、まあ世の中こんなもんである。

 案外適当に回っているのだ。

 そういうことは父さんが教えてくれた。

 本当にふざけた人だったが、あれはあれで世の中に対するハードルを低くしてくれたものである。


「それに、そのおかげで今楽しめてるからな」

「ん……それもそっか」


 俺が笑っていうと陽菜が釣られて笑う。

 と、そろそろ次のお店が見えてくるな。


「次はあそこ行こう、焼き鳥が美味いんだ」

「焼き鳥!」


 既にいい匂いを漂わせる焼き鳥のお店を指差す。

 しかし、食べ歩きでお腹を埋めると肉ばっかになってしまうな……次は野菜にするか。


 肉ばっかだというのに陽菜は焼き鳥と聞いて盛り上がっている。

 最近、俺の家で病院食以外を食べるようになってから気づいたらしいのだが陽菜は昔より肉が好きになっているらしい。

 やはり犬だからなのだろうか。


「あらぁ、可愛い子達」


 焼き鳥のお店の前に着くと少しふくよかな店員のおばあさんが話しかけてきた。

 ……懐かしい。お節介な人で、誰にでも話しかけてくるんだよな。

 男の時も話しかけてきて、正直苦手だった。

 それでもここの焼き鳥は美味しかったからたまに買ってたんだけど。


「初めて見る子よね?ここには観光?」

「いや、なつきちゃっ!?」

「はい、そうです!」


 失言しかかった陽菜の口を無理やり塞ぎ観光と嘘を付く。


「なつきちゃん?」

「……ここの人達は子供のこと大体覚えてるから変なことになる」


 小声で何故と尋ねてきた陽菜に理由を答える。

 なんというか、田舎よりなここらへんは都会と比べて他人同士の距離が近い。

 実例で言えば、今まで寄ってきたお店全員俺の母さんと顔見知りだ、もちろん目の前のおばあさん含め。

 故に変に地元と言うと面倒くさいことになりかねないのだ。

 そんな俺達を見ておばあさんは軽く笑う。


「そうなの、ここには美味しいものがいっぱいあるから、たくさん楽しんでね?」

「はい!」

「あらあら、本当に可愛い子」


 おばあさんは元気いっぱいな陽菜に笑みを浮かべる。

 ううむ、コミュ力の差を実感せざるを得ない。

 俺がこのお店に来たときは全く会話できなかったんだがなぁ。


「どれにする?一本百円だよ」

「オススメってありますか?」

「そうだねぇ……」


 おばあさんは少し考える仕草を見せたあと、二つの焼き鳥を指さした。


「やっぱりもも肉かしら、あとはささみとかは油が少なくいからあなたみたいな子にはいいと思うわ」

「む、どっちにしようかな……」


 陽菜は唸りながらどっちを買うか迷う。

 ふふ、まあ気持ちはわかる。どっちも美味しそうだからな。

 そんなふうに陽菜を見ていると、おばあさんはこちらにも話しかけてきた。


「あなたはどれにするの?」

「皮で」

「あら、もう決まってたの」


 個人的に焼き鳥は皮が一番美味いからな。

 昔から今まで、そこは変わらない。

 ちなみに、次点で皮の隣りにあるねぎまだ。


「決めた!ももにする!」


 と、俺が選ぶと同時陽菜も決めたらしい。

 どうやらももを選んだようだ。

 じゃあ……


「ももと、ささみと、皮。一つずつで」

「えっ!」


 陽菜が俺の注文に驚き、俺は思わず笑みを浮かべる。


「別に一つだけじゃなくてもいいからな」

「あ、確かに」


 悩んでたけど、別に焼き鳥なんて二本買ってもなんも問題ないのだ。

 それを指定されて陽菜はあっ、と納得する。


「もう、早く言ってよ!無駄に迷っちゃったじゃん」

「ごめんごめん、悩んでる陽菜が面白くて」


 俺の頭をぽかぽかと優しく殴る陽菜を笑いながらあしらいつつ、おばあさんに三百円を渡す。

 おばあさんは俺達を見て笑みを浮かべていた。


「ふふ、面白い子たちね」


 おばあさんは手慣れた様子で焼き鳥をパックにしまってゴムで締める。

 俺が子供の頃から店の前に立っているだけはあり、貫禄の手つきだった。

 あとはお節介さえなければ本当に完璧なんだけど。


 そして、そのパックに入ってるの焼き鳥は……四本


「え?」

「おまけ、子供はいっぱい食べないとでしょ?」


 …………………………本当にお節介な人である。


「わ、ありがとうございます!」

「………………ありがとうございます」

「ふふ、観光楽しんでね」


 元気いっぱいにお礼を言う陽菜と、対照的になんとかお礼を口からひねり出した俺。

 おばあさんに見送られながら俺達を店から出ていく。


「やったね、なつきちゃん!」

「う、うん……」


 陽菜はおまけに純粋に喜んでるようだけど俺は素直に喜べない。


「なつきちゃん?」

「なんか、騙してる感が……」


 説明があまりにも面倒だし、もうパックにいれられちゃったから諦めたけど、俺は子供じゃないわけで。

 なんだか騙してるようで少しだけ罪悪感のようなものがあった。


「まあ、いいんじゃない?役得くらいに思っておこうよ」

「そうかなぁ……」


 いや、まあ気にしすぎと言われたらその通りかも知れないが。

 ……んまあ、子供扱いされて困ることは多々あるしこのぐらいの恩恵なら許してもらうか。


「なつきちゃんもさっき世の中は案外適当だって言ってたじゃん?」

「……確かにな」


 それを言われてしまえば納得するしかない。

 俺は片手に持ったパックを開ける。てか、おまけでついてきたのねぎまだ。

 まさか、一瞬視線を向けただけなのに俺がねぎま好きなことに気がついていたのか?

 本当に歴戦なんだなあの人……


「はい」

「わぁー」


 陽菜がももを受け取り、俺もねぎまを手に取る。

 そういえば猫はネギが駄目らしい、が俺は検査の結果特に問題ないことが発覚している。

 陽菜も同じで犬が駄目なものも全然食べられるそうだ。

 これに関しては本当に助かった。これで犬猫が食べれないもの食べれませんってなったら俺達の食生活は凄い寂しいことになっていただろう。

 特に、甘味が食べれないのは嫌だ。


「ね、一口交換しよっ」

「ん、そうだな」


 俺も久々にももを食べたいし頂くとしよう。

 じゃあ一旦俺のねぎまを陽菜の方に、と思ったら陽菜がにやりと口角を持ち上げた。

 あ、なんか変なこと思いついたなこいつ。

 俺が嫌な予感を感じてると、陽菜はこちらにももを差し出してきた。


「あ〜ん、だよなつきちゃん」

「……はぁ」


 全くこいつは……

 ニマニマとした笑みを浮かべながらももを口元に差し出す陽菜に思わずため息を吐く。


「いいじゃん、そっちのほうが効率的だし」

「はいはい」


 まあ、いいか。わざわざ持ち変えるのが面倒なのはその通りだし。

 パクっと、頭を寄せて口でもも肉を受け取る。

 うん、やっぱり美味い。ちょっと焦げ付いてるのがいい風味を醸し出してる。

 さて……


「お前もだ。あーん」

「えっ、あ、あ〜ん」


 陽菜は一瞬困惑したあとパクっとねぎまの一番上のお肉を食べた。

 ……ねぎまって一口に向いてないな。

 俺が好きなのはネギだからいいけどさ。


「……これ案外恥ずかしいかも」

「はあ、お前なぁ」


 陽菜は普段は恥ずかしいという感情をどこかに捨て置いた感じなのだが、不意打ちには弱い。

 ほんのり頬を赤くした陽菜に少し呆れる。

 それにしても生温かい視線を感じる。

 ここらへん、お年寄りが多いからか子供に大して全体的にお節介なところがある。そのせいで滅茶苦茶見られてるようだ。


「でも、美味しいね」

「だろ?焼き鳥のなかでもここが一番うまい」


 まあ、言うほど他で焼き鳥を食べてきてるわけでもないが、ここの焼き鳥は本当に美味しい。

 あのベテランのおばあさんの焼き加減が本当に絶妙なのだ。


「……なつきちゃんってさぁ」


 ふと、陽菜が口を開く。


「無趣味、なんだよね?」

「……ん、まあそうだけど。急にどうした?」

「ちょっと思ったんだけどさ」


 突然の質問に俺は困惑しながらも答える。

 俺は無趣味な人間だ。

 趣味らしい趣味はなく、暇つぶしにゲームや本を読んだりはするが、それも趣味と言えるほどやり込んでるわけじゃない。

 そんな俺に陽菜は言った。


「もしかして料理が趣味なんじゃない?」

「えっ」


 その言葉は本当に意外な言葉だった。

 料理が……趣味?

 いや、そんなことないと思うが。

 自炊してた頃も基本的に適当に作ってたし、外食もめんどくさがってたし、とてもじゃないが料理が趣味とは言えないと思うのだが。


「でもさ、適当な中でも結構味に拘ってたし、外食だって最近はお店ちょっと拘るようになってきたでしょ?」


 む、むぅ……

 言われてみると確かに、適当に作ってはいたが適当の範囲では結構味を凝っていたし、陽菜と行くようになってからは外食に拘るようになった。


「商店街もさ、なつきちゃんの性格的にわざわざ色んなお店試さなくない?それでも試したってことは好きだからなんじゃない?」

「た、確かに」


 自覚はなかったが、確かに俺の性格でわざわざ色んなお店に行っているのは違和感がある。

 それは、料理が好きだったから、なのか。


「それにね。最近のなつきちゃん料理してるとき楽しそうだよ?」

「…………む」


 陽菜が家に来てからは俺は料理に力を入れるようになった。

 それは、陽菜にいいものを食べてほしかったからなのだが、実際思い返せば作ってる時、新しい料理の知識を入れることに楽しさを感じていた気がする。

 ……え?俺って料理が趣味だったのか?


「俺って料理好きなのかな?」

「ぷっ、私に聞かないでよー」


 思わず陽菜に聞いて陽菜が吹き出す。

 まじか、まじかぁ……


「俺って料理が趣味だったのか……」

「なんで残念そうなの」

「……いや、なんか、こう無趣味を貫きすぎて若干アイデンティティみたいになってて」


 ダサい話ではあるが、てっきり自分は無趣味だと自認してたものだから、自分に趣味があったと知ってしまうとなんとも言い難い気分になる。

 そっかぁ、俺って趣味あったんだ……


「ふふ、でも良いことじゃない?」

「……ん、まあ、それもそうだな」


 とはいえ

 陽菜に出会って、色々と考え方も変わって

 俺も趣味らしい趣味を見つけようとしていたところだ。

 その手間がなくなったと思えば……まあ、悪くない。

 手に持ったねぎまを一齧りする。

 うん、美味いな。


「……焼き鳥って家でどうやって作るんだろ」

「なつきちゃんって割と一直線だよね」


 いや、なんか料理が趣味って思ったら今まで以上に力を入れる気になれてな。

 あと甘味を自家製でいつか作りたい。


 なんてことを考えていたら、突如陽菜が足を止めた。


「ん、何あれ?」


 陽菜がとある方向を指差す。

 そこには、所謂顔ハメパネルがあった。


「顔ハメパネルだろ」

「いや、そうじゃなくて……これなに?」


 しかし、陽菜が言ってたのは顔ハメパネルのことじゃなく、正確には顔ハメパネルに描かれたキャラのことだったらしい。

 ああ、こいつなんか久々に見たな。


「この商店街の……ゆるキャラ?」


 結構昔からいるんだよなこいつ。

 多分、昔流行ったゆるキャラと言うやつで広報とかによく使われるやつだ。

 しかし、この商店街のゆるキャラ、かなりの問題児であり


「その、これなんなの?犬……?猫……?タヌキ……?熊……?いや、ライオン……?」


 そう、とても独特な見た目をしており果たして元が何の生物なのか全くわからないのだ。

 それがどれだけのものなのかは陽菜の言葉から推して然るべしだろう。

 かろうじて、動物系っぽいことはわかるのだが、それ以外はよくわからない。

 その独特すぎる見た目から一部の界隈に人気はあったりする。


「本当になんなのこれ?」

「さあ?俺も知らない」


 なにせ、生まれたのが結構昔らしく、こいつがなんなのかは地元民の俺ですら知らない。

 本当になんなんだろうこいつ。


「…………撮るか?」

「……いい」


 一応顔ハメパネルなので位置付け的には記念撮影用の場所だ。

 が、陽菜と言えどこれはなんか嫌だったらしい。

 まあ俺もそう思う。

 ぶっちゃけ、ここの顔ハメパネル使われてること一度も見たことない。


「じゃあ、いいか」

「うん」


 顔ハメパネルを視界から外し、止めていた歩みをまた進める。

 そんな中陽菜が言った。


「またいつでも来れるでしょ?」

「確かにな」


 確かに、その通りだ。

 ここには、観光じゃなくて帰省に来たのだから。





 そうやって、食べ歩いていれば気がつけば終点だ。

 それなりの長さがある商店街なのだが、陽菜となら一瞬だったな。

 色々食べたものだから結構お腹は膨れている。

 最後に買ったアイスクリームを食べきって俺は陽菜の方を見た。


「楽しめたか?」

「うん!楽しかったし美味しかった!」


 お腹を撫でて笑う陽菜に俺は安心する。

 ちゃんと案内できたし、陽菜はこの商店街を気に入ってくれたようだ。


「何ていうのかな、こう昔ぽい感じ」

「レトロ?」

「そう、それ!」


 都会っ子の陽菜にとってこの商店街のレトロチックな雰囲気は新鮮だったらしい。

 最近は再開発によってこういう光景はどんどんと減っていっている。

 悲しいことではあるが、仕方ない。

 特に家が都会にある陽菜からすればこういう場はレトロであれど何もかも新鮮なのだろう。


「こういうのもいいね」

「そうだな……ふむ」


 俺はスマホを取り出して時間を確認する。

 食べ歩いたから結構時間は経っている……が、まあちょっとくらいならいいだろう。


「陽菜、ちょっと寄り道しないか?」

「えっ」

「もっと、レトロな場所に連れてってやる」


 せっかくだ。

 都会っ子の陽菜にもっとレトロな場所を案内してやろう。





「どこ行くの?」

「着いてからのお楽しみ」


 商店街から外れ、今歩いているのは住宅街の道路。

 ここらへんになってくると商店街の活気もさすがに届かず静かなものだ。

 そして、この先を進めばあるのが……


「えっ、わっ!」


 もっとレトロな場所、駄菓子屋である。

 ボロついた木造のちょっと暗いお店で、少し不安になるが、しかしそこには地元で百何年と親しまれているだけの貫禄があった。


「す、凄い!初めてみた!」

「やっぱりか」


 都会っ子な陽菜なら十分ありえると思ったが、やはり駄菓子屋は初めて見たらしい。

 今日一番の興奮を見せる陽菜に少し口角が上がる。


「ここは商店街からちょっと離れてるから地元民しか来ないんだ」

「なつきちゃんは?」

「たまに来てたな」


 この駄菓子屋は立地的に観光客が訪れにくく、地元民と詳しい人くらいしか来ない。

 だからこそ、この昔ながらの駄菓子屋の姿がここには残っていた。


「入ろう。中はもっと面白いぞ」

「うん!」


 俺が先導して駄菓子屋の中へと入り、陽菜はキョロキョロと色んなところに視界を奪われながら俺のあとに続いた。

 と、その時である。


「あ゛ぁん!?」

「ぴえっ!?」


 店の奥から男性の怒号が聞こえてくる。

 突然の怒声に驚いたのか、陽菜がびくっとして俺の背に隠れた。


 あの人、本当に変わらないなぁ……


 店の奥から影がこちらに来る。

 その影の正体は坊主頭の強面なおじいさんだった。


「見ねぇ顔だな。どこの娘だ?」


 強面のおじいさんはこちらを見下し尋問のように質問する。

 もちろん、この人は犯罪者だったりやからだったりするわけではない。

 顔が怖いということに定評があるだけのこの店の店主である。

 ……今の俺の体だとさらに怖く感じるな。


「……観光」

「かんこ〜?商店街を見たほうがいいだろう」

「もう見た、から」


 まあ、別に悪い人じゃない。

 ちょっと気難しいところはあるが子供には基本的に優しい人である。


「陽菜が駄菓子屋初めてだから」

「ほぉ?」

「!」


 陽菜を指さすと、店主が視線を陽菜に向ける。

 陽菜はやはり顔が怖いのか俺の背に隠れた。

 店主は陽菜をまじまじと見つめる。そういうことするから怖いって言われるんだぞ。


「……ふん、好きにしろ」


 そして、そう言って陽菜から視線を外す。

 ふぅ、と一息ついて怖がる陽菜を連れてこの場から離れようとする。

 その時、店主が呼び止めた。


「ちょっとまて」

「……なに?」

「……お前、見たことある気がするな……朝比奈のとこの息子に似てるような……」

「!?」


 はあ!?!?!?

 え、ええ、怖い、なんでわかるの?

 今の俺なんて昔の姿と全く違うぞ。

 陽菜は昔の俺の写真を見てすぐに俺とわかったらしいが、それは陽菜とそれだけ関わってきたからだろう、しかし、この人と俺はほとんど話したことすらない。

 嘘だろと震える俺をよそに、店主はさっきの陽菜の時のように俺の顔をじーっと見つめる。

 そして、ふいっと興味をなくしたように視線を外した。


「いや、気のせいか」


 そしてそのまま店の奥へと消えていった。


「ねぇなつきちゃん……ここ、怖いんだけど」

「奇遇だな……俺も怖くなってきた」


 この街のご老人はなんだかトンデモな人が多い。






 怖いとはいえ、やはり陽菜にとって初めての駄菓子屋はとても興奮するものらしく。


「見たことないお菓子がいっぱいある……!」


 気がつけばあの恐怖も忘れて店の中の至る所に目を奪われているようだった。

 ここにある駄菓子はスーパーだと売ってないことも多いものばっかだ、陽菜からすればそりゃあ目移りしてしまうのも当然だろう。

 せっかくだし俺もいくつか買うことにしようかな。

 ……うわ、これ懐かしい。


「ね、ね、これなに!?」


 陽菜が、一つ手にとって持ってくる。

 小さな平たい四角のやつがマス目上に何個も並んでるやつだった。う〜む、とても久々に見た。

 これ、都会で売ってるの見たことないな。


「つまようじで刺して食べるんだよ」

「へー、どんな味?」

「んー、グミ……というよりかはゼリーかな」


 説明を聞いて、もっと興味が湧いてきたのか手に持った駄菓子を見つめる陽菜。


「安いから好きなだけ買っていいぞ」

「ホント!?」


 駄菓子の魅力と言えばやはりその安さだろう。

 だからどれを買うかなんて悩まず、いくらでも買っていい。

 馬鹿みたいに買われると流石にあれだが、陽菜はそういう事するタイプじゃないしな。

 それを言うと陽菜は嬉しそうだ。服の中で分かりやすく尻尾が揺れている。

 最近は外出を増やすのに合わせて抑える特訓したんだがなぁ……ま、仕方ないか。


「ん、なつきちゃんのそれは?」

「ああ、これか」


 そんなことを思っていると、俺が懐かしんでいた駄菓子に気がついたのか陽菜が指差して聞いてくる。


「細長いラムネ的なやつでさ、好きだったんだよ」

「なんだかタバコみたい」

「お、正解だ」


 箱に入ったそれを見て陽菜が例えたものに俺はくすっと笑う。

 まさにタバコなのだこれは


「これを口にくわえて、タバコみたいにして遊ぶんだ」

「へー!」


 口の前に二本指を置いて、タバコを吸うジェスチャーをする。

 多分男の子の多くが通った道だと思う。

 それを抜きにしても味が好きでよく食べていた。


「そういえば、なつきちゃんってタバコ吸ったことあるの?」

「ない、酒はあるけど」


 ふと、思い出したように聞いてくる陽菜に答える。

 成人済な俺だが、タバコは一回も吸ったことがない。

 一回くらい経験しとくべきだったかもしれないが、まあそれでハマってもあれだし別にいいだろう。

 なにせ、酒もタバコも小柳さんからドクターストップを食らっているのだから。

 俺たちの体は中身が何であれ、小学生ほどの子供なのである。


「……お酒ってさぁ美味しいの?」


 陽菜が、興味深そうに聞いてくる。

 ……そういえば、お父さんと一緒にお酒を飲むという約束をしてたんだっけか。

 そんな彼女にとって、お酒というのは大事な意味を持つのかもしれない。


「あんまだな、慣れれば違うらしいけど」


 お酒は苦くて、甘党な俺にはあまり会わなかった。

 多分、陽菜もそうだと思う。。

 彼女がお酒を飲めるのはあと十数年後くらいだろうか。


「いつかなつきちゃんと一緒に乾杯したいな」

「ふ、そうだな」


 あと十数年。

 長いようで、陽菜と一緒なら直ぐな気がした。

 まあ、でも別に乾杯するなら今すぐだってできるのだ。

 俺は、駄菓子の中から一つのタブレット状の物を取り出す。


「それまではこれで我慢しよう」

「なにそれ?」

「水に溶かすとビールみたいになる。これでも乾杯はできるぞ」

「えっ、そんなのあるの!」


 あっちゃうのだ。

 駄菓子とは面白いものである。





 その後、買った駄菓子を歩きながら開けて陽菜と楽しみつつ、ついにたどり着いた。


 朝比奈と書かれた表札のある家。


 つまり、俺の実家に


「ここが、なつきちゃんの……」


 そびえ立つ一軒家を見上げ、陽菜は呟く。

 ついに目の前となってあの緊張がぶり返してきたようだ。

 彼女からすればこの家は魔王城のように見えてるのかもしれない。


「いくぞ」

「う、うん!」


 そんな陽菜に声を掛けて、俺はインターホンを鳴らす。

 少し待つと、扉の向こうから足音が聞こえ……


 ガチャッ、ぎいっ……と 


 こすれるような音ともに扉が開かれた。




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