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ケモミミ少女が救われる話  作者: 霜降り
その後の話
16/27

帰省する話(1)


「お、おはよなつきちゃん」

「おはよ」


 朝ごはんの用意をしていると、珍しく陽菜のやつが俺が起こす前に起きてきた。

 陽菜は朝が弱いようでいつも起きるのが遅い。

 俺が起こさなくていい日は……ちょっと前のとある日を除けば初である。

 そんな陽菜が、今日は早く起きてきた理由は想像がついていた。


「朝ご飯できてるぞ」

「うん……手伝いたかったのに」

「ならもっと早起きすることだな」


 まだ眠そうな陽菜が、ベーコン付きの目玉焼きに昨日の残り物の汁物、そしてご飯が置かれた席に座る。

 それに続いて俺も席に着き、二人でいただきますを言ったあと箸を手に持った。


「今日なんだよね……」


 ふと、陽菜がしみじみした声でそういう。

 そう、今日は陽菜が起きてしまうほどとても大切な用事があった。


 あの日から一ヶ月ほど経って、俺達も新しい生活に慣れてきた。

 他のことに視線を向ける余裕ができたのだ。

 それに時期的にも丁度《《お盆》》が始まる時。

 いつかはやらなきゃいけなかったそれをやるには、まさにぴったりなのだ。


「用意はちゃんとしたな?」

「うん、昨日の夜にちゃんと確認したよ!」


 陽菜が必要なものをちゃんと用意しているか確認する。

 陽菜は自信満々に頷いたけど、むしろ不安になったので俺が後で確認しておこう。

 さて、今日……否、今日から始まる、そんな用意が必要なもの


 そう、お盆といえばのもの


「なつきちゃんの実家かー」


 実家への帰省、である。







 我が実家は現在の俺の自宅から一つ県を跨いだところにある一軒家だ。

 そんなに田舎というわけでもない、かと言って都会でもない、そんな場所にある。

 今、俺が住んでる地域は交通網がいいので、電車を二回乗り換えれるだけでたどり着ける。

 とは言っても移動だけで数時間はかかるのでそう軽く行けるものでもないが。


 今日から四泊五日、そんな実家に滞在する予定だ。

 まあ、久々だし陽菜もいるからできる限り長めに取った。

 残念ながらこれ以上は週に一回の検診の都合不可能なのだ。


 さて、そんな実家に帰省する目的は二つ。

 一つは母さんからたまには家に帰ってこいとかなりせつかれていること。


「緊張する……」


 そしてもう一つが、今俺の隣を歩きながらそう呟いた陽菜と俺の両親との顔合わせだ。

 色々あって朝比奈家の養子になった陽菜だけど、実はまだ一度も俺の両親と出会っていない。

 まあ、養子縁組の準備をしていたときは彼女のために急いでいたから、両親と会う時間がなかったのだ。

 今思い返しても、会ったこともない相手を二つ返事で養子に取ってくれた母さんは結構やばいと思う。


 そんなわけで陽菜が凄く緊張してるのもそれが理由である。

 両親と顔合わせをしていないということは、当然陽菜も俺の両親を知らない。

 それどころか、実を言えば話したことすらない。

 やろうと思えば電話で話すことはできたし、俺も母さんに陽菜と話すのを勧めた。

 しかし、母さんは『初めては直接会いたいの』そう言ってそれを拒否したのである。

 とても母さんらしい意見だった。

 故に陽菜と両親は本当に完全なる初対面である。

 強いて言えばお互い写真では見たことあるくらいだ。


 そんな初対面、それもこれからは家族となる人間に会うのだ。

 陽菜が緊張するのも仕方ないだろう。

 とはいえ、だ。


「陽菜」

「な、なぁに?」

「緊張しすぎ」


 仕方ないが、陽菜は緊張しすぎである。

 歩き方が生まれたての小鹿かと言いたくなるほどぎこちなくなるレベルで緊張するのは、ちょっとやりすぎだ。

 まあ、そのくらい彼女からすれば新しい家族というのは大切なのだろうが。


「するにしても、家についてからな。今からそんな緊張してたら疲れるだろ?」

「うっ、確かにそうだね」


 今は必要なものの確認をして、駅に向かって家を出たばっか。

 実家まではまだまだこれからなのだ。

 それに、四泊五日ということで荷物もそこそこある。

 と言っても向こうである程度は用意してくれるらしいのでリュック一個で収まりはしたが、それでも俺達の体格からすればそこそこの大荷物。


 獣人の体力と言えど、今から緊張なんてしてたら体力が持たないだろう。

 それを指摘すれば陽菜も分かってはいるのか頷いた。

 しかし……


「う〜〜」


 陽菜の調子は変わらない。

 これは、言われて逆に意識するようになってしまったか。

 こういうときは、気の利いたジョークでも言って緊張を和らげるのがテンプレというものだろう。


 なんて、簡単にそんなジョークを言えたら苦労しない。


 口下手な俺にはまともなジョークすら吐けないのだ。

 かと言って、緊張してる陽菜を放置するのもあれだ。し……


 …………はぁ


「陽菜」

「な、なつきちゃん?」


 背に腹は代えられない……し

 いいよな?


「撫でていいよ」

「え!?」


 周りに人がいないのを確認して、帽子を外して歩きながら陽菜の方へ頭を差し出す。

 俺じゃジョークなんて気の利いた事出来ないし、かと言って、陽菜の緊張を放置するのもあれだ。

 まあ、こうすればちょっとは緊張は和らぐだろう。


「やった!」


 陽菜はよく俺のことを甘やかそうとする。

 もちろん、俺はそれを拒否してるのだが、だからこそ甘やかせるチャンスとなれば緊張なんてどこかに吹き飛ぶことだろう。

 ……別に俺が撫でられたかったわけじゃないよ。


 陽菜が俺の頭を撫でる。

 心地よくて、少し落ち着く。

 喉が鳴っていないか少し不安になった。


「ありがとね、なつきちゃん」

「……ん」


 陽菜もこれの目的は分かっているのかお礼を言ってくる。

 その声は震えてなくて、どうやら緊張は晴れたようだ。

 なら、良かった。

 と、その時だった。


「あ、人来ちゃったなつきちゃん!」


 結構遠くにこちらに向かい合うように歩いてくる人影が見えた。

 それを確認した陽菜は俺の頭から手を離す。

 俺も耳を隠すために再度帽子被る。

 俺達の横を、主婦の人だろうか?若い女性がすれ違う。

 

「ふぅ、危なかったね」

「……うん」


 まあ、バレなかったのは良かったのだけど。


 ……不完全燃焼


 もっと、撫でられたかったな……

 なんて、本音を口に出すことはしなかった。






 家から一番近い地下鉄の駅にたどり着いた。

 実を言えば、初めて使う駅である。

 なにせ、あの家に住むようになってから外出する用事がなかったのだ。

 陽菜と会ってからは外出するときも増えたが、電車を利用するほどの長距離の移動はしてこなかった。

 さて、そんな駅の階段を降りて改札に……の前に。


 きっぷを買わなければならない。


 俺も陽菜も交通系ICカードを持っていない。

 というか、持ってたけど使うことができない。

 いや、使うことはできるのだけど、下手にそれで面倒なことになるのも困る。

 異世界症候群がこんなところで刺してきやがったのだ。

 だから、きっぷを買わなきゃいけないわけだが……


「……わ、わからん」


 悲しいかな、現代っ子。

 きっぷを買った経験など全くないのである。

 俺の一つ上の世代あたりは買ったことあるのだろうけど、俺の世代はもうICカードが主流になってたからな……

 本当に子供の頃、両親が買ってたのを見たことはあるが、流石に朧気な記憶だった。

 あと(物理的に)高いよ券売機!子供体型に優しくない!


「だ、大丈夫?」

「た、多分……えっと、この駅までなら、これで……いいのか?」


 陽菜が不安にそうに聞いてくるが、その不安を取り除くことは俺にはできそうになかった。

 多分あってると思うのだが、初めてのせいで確信ができない。

 購入のボタンを押すのを躊躇っているその時だった。


「君たち大丈夫?」


 見かねた駅員さんがこちらを助けに来てくれた。

 駅員さんは若い男性で、好青年って感じだ。

 威圧感を与えないためか、膝を折って俺達に視線の高さを合わせてくれている。

 完全に子供扱い……いや、仕方ないけど。

 それはそれとして、流石に頼らせてもらおう。これで失敗したら目も当てられないし。


「えっと、ここからこの駅まで行きたくて」

「……結構遠いね。えーと、君達の保護者さんはいないのかな?」


 うっ

 優しい声で問い詰めてくる駅員さんに俺は言葉を詰まらせる。

 そりゃそうだよな、俺たちの見た目は小学生、小学生だけで県を跨ぐ移動は危ないし心配するよな。

 けどその優しさは今見せつけなくて良かった!


 ミスった、最終的な目的地じゃなくて乗り換えの駅を言うべきだった。

 しかし、ここで俺の本当の年齢、つまり二十歳、成人済みであることを言うのは凄く恥ずかしい!

 というか、信用してもらえるか怪しい。

 俺がなんというか迷ってる時、俺の横にいた陽菜が口を開いた。


「あの、私達こう見えて高校生なんです」

「え?本当に?」


 駅員さんは陽菜の言葉に疑惑の目を向ける。

 当然だろう、俺達は本当に小学生にしか見えないのだが。

 しかし、陽菜はそれも読んでいたようでバッグからとあるものを取り出した。


「ほら、これ見てください」


 陽菜が取り出したのは身分証明書だった。

 朝比奈家に入るにあたって、陽菜も身分を証明できるものを作った。

 そして、そこには当然生年月日も書かれていて、それを見れば俺等が小学生ではないことの証明になった。


「あ、本当だ。ごめんね、見た目から小学生かと。高校生なんだ」

「あはは、よく言われるから大丈夫です。ね、なつきちゃん」

「あ、ああ……」


 いや、まあ、俺は高校生どころじゃないんだけど……

 それはそれとして陽菜の行動には本当に感謝だ。俺だったら間違いなく恥をかいていた。

 こういうとこ、本当に陽菜は凄いよな。

 駅員さんはそれを見て納得したのかきっぷの買い方を丁寧に教えてくれた。


「はい、これで買えるよ。分かった?」

「あ、ありがとうございます」


 一応高校生ってことになってるけど子供扱いなの変わらないな、と思いつつ、駅員さんの説明を聞いてようやく理解する。

 これなら乗り換え先でも大丈夫だろう。


「それじゃあ、お出かけ楽しんでね」

「はい!ありがとうございました!」

「ど、どうも」


 陽菜が大きく頭を下げ、俺は小さく会釈する。

 駅員さんは明るい笑顔で俺達を見送ってくれた。

 いい人だったな……

 教えてもらったきっぷを改札に差し込む。

 これをやるの凄い久々だ。


「良かったね、買えて」

「ああ……」


 ホームまでのエスカレーターで会話する。

 本当に、あの人が見つけてくれて助かった。

 それに……


「その、ありがとな、陽菜」

「んふふ、どーいたしまして」


 陽菜には凄い助けられた。

 そう思ってお礼を言うと、陽菜はやけに上機嫌になるのだった。






 やってきた電車に乗り込む。

 時間帯に加えて、まだお盆は始まる前だ。

 電車の中は空いていて二人並んで座ることができた。


「電車乗るの久々だなー」

「俺もだ……」


 具体的に言うと一年ぶりくらい。

 なにせ男の頃から最低限の外出で済ませてたものだから、電車を使ってなかったのだ。

 それを言うと陽菜はくすっと笑う。


「なつきちゃんのそれは筋金入りだね」

「うるさいな……」


 否定はできないが。

 昔から俺はミノムシのように引きこもりだったのだ。

 外に出かけるなんて面倒この上ない、徒歩以上の距離となれば尚更である。


「今度一緒にどこかに行こうよ」

「……そうだな」


 まあ、別に陽菜が行くなら俺も行くけど。

 陽菜とならどこでも楽しめるだろうし。

 そうだな、水族館とかいいかもしれない。この体になってから魚はちょっと好きになったし。

 もちろん、食べる事が、だが


「ところでさ」

「なんだ?」


 そんなことを考えていると陽菜が話を変える。


「なつきちゃんの家族ってどんな人なの?」

「んあ、言ってなかったっけ?」

「きいてないよー!」


 冗談っぽく怒る陽菜に言われて気がつく。

 そういえば俺の家族がどんな人なのか陽菜にほとんど話してない。

 多少は話していたが、それもちょっとしたことでそれじゃ人となりを図ることもできないだろう。


「まだ乗り換えまで時間あるし、今のうちに教えてよ」

「そうだな」


 乗り換えまではまだまだ先だ。

 時間を潰すネタには丁度いいだろう。


「えーと、じゃあまず母さんから」

「うん」


 陽菜が期待の目でこちらを見てくるが、俺は少し言葉に詰まる。

 家族を言語化するのって難しいな……

 俺は探り探り言葉を紡いでいく。


「母さん……あれだ。強い人」

「強い?」

「そう、強い」


 俺が母さんを一言で表すなら"強い"である。

 もちろん、物理的な話ではなく精神的な話だ。

 母は昔から強い人間だった。なんて言えばいいのだろうか?ともかく強いのだ。


「筋の通ってないことが大嫌いでさ、父さんは尻に敷かれてる」


 そんな母さんによってうちの父さんは尻に敷かれている。

 俺が知ってる限り父さんが母さんに逆らっているのを見たことがない。

 体格的だけみれば母さんは小さくて、父さんに逆らうなんて出来なさそうなのだが、実際に見ると父さんが母さんに勝てるビジョンが浮かばないのだから不思議な話である。


「まあ、女傑って感じの人なんだよな」

「こ、怖い?」

「いや、見た目はおっとりしてる」


 女傑という言葉に反応する陽菜に少し笑う。

 そんなに緊張しなくても、母は見た目だけみればかなり落ち着いた雰囲気の人だし、普段の様子も怖いとは懸け離れている。

 本当に見た目だけはだけど。


「怒らせなければ、怖くないよ」

「……怒らせたら?」


 陽菜の恐る恐るの質問に俺は肩をすくめた。

 語るまでもないということだ。

 俺はあまり怒らせたことはないが、妹が結構怒らせたもんで。

 その時の記憶は思い出したくない。


「あとは……底が知れないんだよな」

「ええ?」

「母さんの前で嘘は全部バレるからやめたほうがいい」


 基本的に母さんに嘘は通用しない。

 改めて考えると母さんはほんとうに何者なのだろうか。

 ただの専業主婦とは思えない人である。

 まさか、異世界症候群だったりしませんよね?


「な、なんか怖くなってきた……」


 そんな母の話を聞いて陽菜は体を震わせる。

 ちょっと、ビビらせすぎたかな。

 今聞いた人と家族になると言われたら確かに怖いだろう。

 でも、まあ俺は心配していない。


「大丈夫だよ。母さんならお前と絶対家族になれるから」

「な、なんで?」


 安心させるように陽菜に言うと、陽菜は不思議そうに聞いてくる。

 一体どこに根拠があるのか不思議なのだろう。

 俺はその理由を説明するため、あの時のことを話す。


「お前を、養子にするって決めたときさ、母さんに相談したんだ」

「そういえば、言ってたね」


 あのときは恥ずかしくてあまり詳しい話をしなかったが、まあ思い出話としてなら全然話すことができる。


「そしたら、母さん"二つ返事で"頷いたんだよ」

「え?ほ、本当に?」


 陽菜が驚く。

 それも当然だろう。見たことない養子を取ることだけでも十分おかしいというのに、二つ返事だ。

 二つ返事で頷くなんて改めて考えてもイカれてる。

 でも、母さんはそういう人なのだ。

 強い人、なのだ。


「母さんはそういう人なんだよ、それが正しいと思ったら迷いがない」

「す、凄いね……」

「だからさ、母さんはお前を家族として認めてるよ」


 母は陽菜を家族にすることに当たり前のように頷いたのだ。

 そんな人が、まだ見たことないからなんて理由で陽菜を家族として認めてないわけがないのだ。

 認めてなかったら、それは筋が通ってない。


「お前はもう、家族なんだよ陽菜」

「なつきちゃん……」

「だから、母さんにあったら家族らしくしてあげてくれ。そのほうが母さんも喜ぶ」


 陽菜の頭を帽子の上から撫でる。

 母さんなら間違いなく陽菜と家族になれる。

 だから、大丈夫だ。

 それを告げれば陽菜は笑って「分かった!」と言った。





「じゃあ、次は父さんか」

「お父さんの話、全然聞いてなかったから凄い気になる!」


 確かに、陽菜に父さんのことはちょっとすら話してなかった気がするな。

 興味しんしんな感じの陽菜に苦笑いしつつ、俺は父さんについて語り始める。


「父さんは……まあ、ふざけた人だよ」

「ふざけた?」

「そ、母さんとは真逆だな」


 母さんに対して父さんはかなりふざけたところのある人物だ。

 ちゃらけてふざけたことを常に言うし、ちょっと悪いこと(もちろん犯罪ではない)を平然とやる人である。


「学校のサボりを肯定するような人だった」

「ええ……」


 信じられないと言いたげな陽菜に俺はちょっと笑ってしまう。

 だが、事実なのだ。

 父さんは学校のサボりに対して笑って許すどころか、サボりたいならサボれとすら言う人だった。

 本当にふざけた人なのだ。


「そんな人なのにお母さんと結婚できたの?」

「それな、ま、二人にしか分からないことがあるんだと思う」


 正反対な二人だが、夫婦仲は良好だ。

 不思議なものである、子供から見ても相性は悪そうなのだが、あれで二人とも信頼しあってるのだから。

 やっぱり夫婦となれば何か通じ合うような物があるのだろう。


「ふぅん……それってなんだか素敵だね」

「ん、まあ、そうだな」


 陽菜の言葉に頷く。

 確かにそんな一見通じ合わさなそうな二人が通じ合うほどの仲なんて関係。

 そんな関係は素敵な関係と言えるのだろう。

 陽菜が、にやりと笑いこちらを見る。


「なつきちゃんともそういう関係になれるかな?」

「時間で作るものだろ、こういうのは」

「んふふ、じゃあ絶対できちゃうね」


 ……ふむ、一理ある。

 その時を楽しみにしておこう。


「じゃあ、次に妹」

「お、待ってました!」


 妹と聞いて陽菜は今まで一番興味深そうにする。

 やっぱり妹という存在には引かれるものがあるのだろうか。


「あいつは、まあ天才肌な人間だ」

「天才?凄いの?」

「ああ」


 なんというか、妹は昔から才覚溢れるやつだった。

 なんでも卒なくこなすような、まさに天才という人間。

 が、しかし妹の天才性はそれだけじゃない。


「ただな、それだけじゃすまない」


 聞いたことがないだろうか?

 バカと天才は紙一重と。

 これは天才というのはバカの側面を持つという意味の言葉だ。

 そう、天才というのはその天才性の代償を払っている人間が多い。


 そして、妹も悪い意味で天才という言葉が似合うやつだった。


「天才性の代わりに、色んなものを捨てている」

「え?」

「まず、家事が壊滅的にできないだろ?性格も悪いし、料理は俺の母さんが教えるのを諦めたくらいだ。人の言う事全く聞けないし学校はサボリ魔だった、あいつは天才性の代わりに色んなもの捨ててる。特に女子力」


 そう、妹も天才性の代償を大量に払っているのだ。

 特に顕著なのが女子力。

 あいつは本当に家事ができない、掃除をさせればむしろ部屋が汚くなるし、洗濯をさせれば服が縮む、皿洗いをさせればシンクはガラスの破片でいっぱいになることだろう。

 料理に関しては本当に駄目だ。

 母さんが妹に料理をさせたらいつか家が燃えると物理的にさじを投げた程である。


「す、凄いね……」


 陽菜はそんな妹に圧倒されて一言ひねり出したであろう感想を呟く。


「……まあ、そのぶん本当に天才ではある」

「そうなの?」

「ファッション系が好きでな、当たり前のように賞を取ってたよ」


 そんな妹が好きなものは、ファッション系、特に服のデザインなんかを好いている。

 そして、好きなものこそ上手なれ、その理論に乗っ取り、妹の才能はそこに一点集中した。

 結果、妹は高校生ながら賞をいくつか受賞しており、既に業界で注目されているらしい。

 本当に、とんでもないやつである。


「……悔しいけど、凄いやつではあるよ」


 ぼそっと小さく呟いた。

 それはその才能が、じゃない。

 俺があいつのことを凄いと思っているのはその夢に一直線の姿勢だった。

 子供の頃から夢らしい夢を持ってなかった俺にとって、妹のそういうとこだけは眩しく、明確に凄いところだと思っていた。

 俺の妹への感情の中に羨望のような感情があるのは、否定できなかった。

 それを聞いた陽菜はふふっと笑う。


「なつきちゃん、結構妹さんのこと好きでしょ」

「んなわけないだろ」

「んふふ」


 否定する俺に陽菜は笑う。

 なんともめんどくさい反応だった。


「そういえばさ、私と妹さんってどっちが妹?」

「ややこしいな」


 ふと、陽菜が聞いてくる。

 そういえば、年齢すら言ってなかったっけ。

 それはそれとして妹のことを妹と呼ぶせいでわかりにくくなっている。

 先に妹の名前を教えておこう。


「あいつは夕立(ゆうだち)って名前だよ」

「ゆうだち?」


 朝比奈夕立、それが妹の名前だ。

 周りからは『ゆー』だとか『夕』みたいに略されて呼ばれてることが多い。

 かくいう俺も夕、と呼んでいる。


「それで、夕立さんとはどっちが妹なの?」

「あいつは十七だから、あいつのほうが一歳年上で、姉になるな」

「お姉ちゃんかー」


 感慨深そうに陽菜は言う。

 ていうか、そうか……あいつ陽菜の姉になるのか。


 え


 すっっっっっっっっげぇ嫌


 陽菜のお姉ちゃんは俺だけでいいのに


 あいつが陽菜より年下で妹なら……いや、それも嫌だな


 陽菜の妹は俺だけでいいのに


 じゃあ双子……もっと嫌だ!


 なんて馬鹿みたいなことを考えてると陽菜がぼそっと呟いた。


「じゃあなつきちゃんが末っ子かな」

「おいまてコラ」


 流石にその発言は見逃せず俺は陽菜の肩を掴んだ。

 おかしいな?俺この中じゃ一番年上だよな?

 果たして陽菜の脳内でどういう処理がなされてたのか、納得がいかず俺は抗議する。

 しかし陽菜は怒る俺を見て笑う。


「だってなつきちゃんは私の妹だもん、そしたら夕立さんが一番上で、その次が私でなつきちゃんが一番下でしょ?」

「いや俺は陽菜の姉だろ」

「妹だもん」

「姉だ」

「妹だよ」

「姉だよ!」

「妹だもん!」


 陽菜はちょっと拗ねたふうにそう言う。

 なんかやけに強情だ。いったいどうしたのだろうか?

 だが、やはり俺にその家系図は受け入れられない。

 せめて、せめてである。


「せめて、夕は妹にしてくれ」

「そこ?」


 陽菜の妹はまだいい、というか全然いい。

 それはそれで悪い気はしないし。

 けど、あいつの妹は、あいつの、夕の妹だけは嫌だ。

 あいつをお姉ちゃんなんて呼ぼうものなら俺の精神が真っ二つになって崩壊する。

 だから、せめて夕は妹であって欲しかった

 それなら、まだ受け入れることができた。


「じゃあ私が長女で、なつきちゃんが次女、夕立さんが末っ子?」

「それならいい」


 その組み合わせならまあ構わない。

 そんな俺に陽菜が呟く。


「……十六歳の長女、二十歳の次女、十七歳の末っ子」

「……複雑な家庭なんだろ」


 冷静に考えると意味不明な家系図に俺はぼそっと突っ込む。

 他人事みたいに言ったけど、俺の家のことなんだよな……






 その後は他愛のない話をして、乗り換えて、また話して、乗り換えて、気がつけば俺の地元にたどり着いていた。

 電車から降りれば見覚えしかない駅に懐かしさが湧いてくる。


「うう……緊張するぅ」


 そして、家が近くなると陽菜の緊張もぶり返してきた。

 ん、まあ……実を言えばまだ実家には行かないのだけど。


「え、そうなの?」


 意外そうな顔をする陽菜。

 実家には昼以降に着くと伝えてあるからまだ時間はあるのだ。

 だから……


「その前に昼ご飯食べよう。俺の地元案内するよ」


 せっかくだから陽菜に俺の地元を案内しよう。


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