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ケモミミ少女が救われる話  作者: 霜降り
ケモミミ少女は救われる
14/27

小柳葵は医者である(2)


「はぁ……」


 仕事を終えて一息をつく。

 異世界症候群の担当となってから、仕事は減るだろうかと思っていたのだが結果的に言えば増えた。

 それも医者とは関係ないような仕事だ。

 今やってるような報告書はまだいい、カルテのようなものだ。

 だが、研究者やらなんやらそういったものは、人付き合いの仕事だ、正直に言えば好きじゃない。

 しかし、やらないわけにもいかない。

 仕事である以上、責務は果たす。

 けれど、異世界症候群である二人をまるで実験体のように扱おうとする研究者共と話すのは疲れがたまるものだった。

 マッド共の中には私に賄賂を渡そうとしてまで探りを入れてくるのだからムカつくものだ。

 そんな手段を取ってくることもだが、なによりもその程度の賄賂で私が患者を売るとでも思っているその精神がムカつくのだ。

 人を本気で殴りたくなったのは初めての経験だった。


 私としては、彼女達を実験体にするなど絶対に許す気はない。

 もちろん、研究自体が必要なことなのは理解している。

 しかし、それを免罪符に患者を利用することなど、なにがあろうと許してはならないのだ。

 その壁として、私は立ち続けなければならないだろう。

 

 彼女達は今頃、何をしているだろうか?

 朝比奈さん宅へお泊まり会をしにいった二人。

 もう太陽は私たちの下にいるような時間帯だ。

 彼女達は精神はともかく体の方は見た目通りなので、もう寝ているかもしれない。

 激務に追われてる身からすると、そんな彼女達が羨ましくないと言えば嘘になるが、医者として患者であることを喜ぶようなことは恥じるべきだろう。

 患者ではないのが、理想なのだ。


 あの二人は楽しめているだろうか?

 なんて思いつつもそこまで心配はしていなかった。

 朝比奈さんは、あれで面倒見は良いし、何か起きることはないだろう。

 あの二人の仲ならとても楽しめるに違いない。


 だから、私が考えるべきは彼女達が帰ってきたあと。


 恐らく、今日のお泊まり会で朝比奈さんは陽菜さんの家族について確信したと思う。

 そのくらいお泊まり会はヒントが多かった。

 元々私が彼女が気づくように仕組んだものだ。

 あとは彼女がそこを踏み込んでくれるかどうか。

 踏み込んでくれるかどうかは分からない。

 ものがものだ、踏み込まないのも一つの正解と言える。

 いや、むしろ大人ならば人死のことなんて踏み込むべきではないのだろう。

 彼女は陽菜さんの家族について踏み込んでくれるだろうか?そして、陽菜さんを救ってくれるだろうか?


「……はぁ」


 不安は付きない。

 それでも、私は彼女達が帰宅するのを静かに待つしかなかった。






 昼を過ぎたくらいの時間に二人は帰ってきた。

 二人ともそこそこの荷物を持っている、陽菜さんはわかるが朝比奈さんはどうしたのだろうか?


「おかえりなさい」

「ただいま!」


 陽菜さんは満面の笑みを浮かべていて、朝比奈さんも少し口角が上がっている。

 どうやら、楽しめたようだ。


 その時だった。


「…………」


 朝比奈さんが、明確にこちらを見て私と視線が交差する

 そして彼女は瞬きをした、まるで見せつけるように。


 ……なるほど


 私の祈りは届いたようだった。


 私は陽菜さんを部屋から出ていくように誘導する。

 今からする話を陽菜さんに聞かせるわけにはいかなかった。

 そして、この部屋に二人きり。

 ほんの少し無言の時間が流れる。

 先に口を開いたのは私だった。


「……朝比奈さん」

「今更だけど、名前でいい」


 彼女の言葉にほんの少し眉を上げながらも私は平穏を装う。


「では、成月さん。何を聞きたいんですか?」


 答えは分かっている。

 それでも、彼女が踏み込んでいるということに確信を持ちたくて、彼女が自分の意志で踏み込もうとしてることを確信したくてそう問いかけた。


 彼女は、一息置くと言った。


「陽菜の家族について、教えてください」





「……いつから、気がついていました?」


 手に持ったお茶を眺めながら問いかける。

 分かりやすくヒントは出してきたつもりだ、しかしそれがどれほど効果があったのかは少し気になった。


「違和感を明確に覚え始めたのは一ヶ月前くらいから……確信したのは昨日」


 そこから成月さんは見事な推理を披露していく。

 私がわざと残したものから、私も気づいていなかったことまで。

 彼女は様々なところからヒントを得て答えにたどり着いた。


「……陽菜の両親は、亡くなっている。違う?」

「……ええ」


 そう、陽菜さんの両親が亡くなっているという答えに。

 成月さんの答えを私は認める。

 彼女がちゃんと答えにたどり着いたことに、嬉しくもあり少し悲しく感じている自分もいた。

 成月さんは私の返事に少し眉をしかめる。

 成月さんはあの月のような陽菜さんを知らない。

 彼女からすれば、陽菜さんにそんな過去があるなど信じがたいことなのだろう。


「よく、わかりましたね」


 明確にヒントを与えていたとはいえ、それでも答えにたどり着いた彼女を褒める。

 しかし、彼女はその言葉を受け取らなかった。


「気づくように仕向けてた」

「……そんなことはありませんよ」


 ……バレていたか

 しかし、認めるわけにもいかず私は口だけはそれを否定する。

 全く、世の中上手くいかないものである。


「……話を聞かせて」

「本当は、駄目なんですよ。かなり個人的な話になりますから」


 そんなことを言いながらも、私は話すのを止める気などなかった。

 だから結局のとこ今の言葉はただの建前のようなものだ。

 医者という立場がある以上、いくら成月さん相手でも個人情報を話すわけにもいかないのだから。

 それでも、それが陽菜さん……否、患者のためならば。


 私は喜んで罪を犯そうと思う。







「これが、陽菜さんの身に起きたことです」

「陽菜に、そんなことが」

「……はい」


 陽菜さんを襲った出来事を私は成月さんに余すことなく話した。

 成月さんは、陽菜さんに起こったことを聞いて、ただやるせないような顔をした。


「陽菜は……そのことについては?」

「……なにも、一度も家族についても、その一週間についてもなにも喋っていません」

「っ」


 顔を歪める成月さんに、私は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 彼女からその言葉を引き出せなかったのは医者の敗北ということなのだから。


「それどころか、ずっと静かで口を開くこともなかったんです」

「陽菜が……」


 陽菜さんの明るい姿しか知らなかったであろう成月さんにとってその事実は受け入れがたいものだろう。


「私はカウンセラーでもありますので陽菜さんの心の治療も行いました。ですが、結果は芳しく無く……」


 彼女の心の治療

 私はそれに挑むことすらできず、敗れた。


「両親との別れに、異世界症候群、おそらく陽菜さんは酷い孤独感を味わったと考えられます」

「…………」


 成月さんは何も言わない。

 彼女は異世界症候群だ、きっとその孤独感に対して覚えがあるのだろう。


「私では、彼女に寄り添うことができませんでした」


 完全なる敗北宣言

 それを口にすれば悔しさが私の胸の中を巣食う。

 私がもっと優秀な人間ならば、彼女を救えたのだろうか?

 タラレバの話で考えても仕方ないことだと分かっているが考えずにはいられなかった。

 私では彼女に寄り添えなかった。


「……でも、だからといって放置するわけにはいかない。だから、彼女に寄り添える可能性のある人と会わせたら、そう考えたんです」

「それが、俺」

「はい。成月さんと会わせてみようって思ったんです」


 だから、私は成月さんに賭けた。

 それが解決の糸口となると信じて


「成月さんはこの日本で唯一陽菜さんと同じ異世界症候群です。外見的にも親しみやすいでしょうし、彼女の孤独感を払うのに試してみる価値はあると思ったんです」

「……なるほど」


 私の言葉に成月さんは頷く。


「まさか、ここまでうまくいくとは思いませんでしたが……」

「……まあ、うん」


 成月さんが苦笑いを浮かべる。

 最初の方は友人にでもなってくれれば、陽菜さんの心が少しでも回復すれば、そんな思いだった。

 そんな予想を彼女達は軽く超えていった。

 結果的には彼女達はお泊まり会をするほどの仲になり、陽菜さんは元の明るい性格を取り戻すほどに回復した。

 ……しかし

 陽菜さんは未だ、傷が残っている。


「成月さん」


 私に名前を呼ばれて、成月さんと私の視線が交わる。


「医者として本当に不甲斐ない限りですが、私の力では陽菜さんを救うことは出来ませんでした」

「…………」


 私では陽菜さんを救うことはできなかった。

 悔しいが、認めるしかないのだ。それが現実なのだから

 私では彼女を救うことはできない。


 でも、それでも


「でも、あなたなら救えます」

「!」


 あなたなら救えるんだ。


「陽菜さんは、成月さんと会ってから変わりました。私とも話してくれるようになって間違いなく彼女の心は回復に向かっています」

「………」


 陽菜さんは成月さんのおかげで間違いなく回復に向かっている。

 それは、私にはできなかったこと。


「あなたは、私ではできなかったことをやってみせたんです」

「それは……」


 成月さんにしか出来なかったことなのだ。

 それを告げると成月さんは少し複雑そうな顔を浮かべる。


「ですが、彼女の心の奥深くにはまだ傷が残っています」

「傷……」


 けれど、陽菜さんはまだ傷を隠している。

 その傷をどうにかしなければ、彼女は何処までいっても救われない。

 私では無理なのだ。

 私では彼女を治そうとすることすらできなかった。


 けれど、成月さんなら、あなたならできる!


「陽菜さんと同じ、唯一の異世界症候群である、成月さん、あなたなら陽菜さんを救える。私はそう思っています」


 私に出来なかったことをやってみせた成月さんなら

 その傷を治せるはずだ。

 彼女を救うことができるのだ!


 そこまで告げて、ただ悔しさが湧いてくる。

 今、私がやっていることは医者としてのプライドを捨てているに等しい。


 悔しい、ああ、悔しいとも


 私が治したかった、私が救いたかった。


 医者の責任と誇りがあった。


 だが、それがなんになる?


 プライドなんかで人は救えない。

 悔しがっても、人は救えない。

 ならばそんなもの、全部無駄だ。


 私は医者だ。


 人を救う医者だ。


 そのためなら、()()()()()()()()()()()()()()()


 私は、人を救うのだ。


 頭を下げる。


 深く、深く、深く、深く、深く、深く、ともかく深く。


 私の想いを彼女に託すために、私は頭を下げる。


「どうか、お願いします。陽菜さんを救ってください」


 陽菜さんを救えるのはあなたしかいないのだ。


 だから、どうか、私の頼みを、私の想いを受け取って欲しい。


 どうか、陽菜さんを救って欲しい。


 私は頭を下げたまま成月さんの返答を待つ。


「頭、あげて」

「……はい」


 頭を持ち上げる。果たして彼女を頷いてくれるだろうか?

 そう思って彼女を見ると、彼女はとても呆れた顔をしていた。


「別に、言われなくても最初からそのつもりだった」

「……!ということは」

「俺は陽菜に救われた、だから今度は俺の番」


 彼女は心外だと言いたげに頷いた。

 ……確かに、これは信じきれなかった私が悪い、か

 この人なら断らないことくらい十分知っていたはずなのに。

 ……まだまだなんだな、私も。


「お願いがある」

「はい、できる限りは手伝わせていただきます」


 思わず笑みを浮かべる私に彼女は頼みがあると言ってきた。

 当然、手伝うに決まっている。患者のためならこの身だって投げだすつもりなのだから。

 それにしても、頼みとは何なのだろうか?


「陽菜の病室に泊まりたい」

「……なるほど、こちらで許可を取りましょう」


 言われて、彼女が持っていたやけに多い荷物がなんなのか理解した。

 本当に彼女は最初から陽菜さんを救うつもりだったのだ。

 あの無気力な人だった成月さんがここまでになるとは……世の中何が起きるのか分からないものだった。

 お泊まりに関しては問題ない。

 その程度の許可なら私の権限でも問題なく取れる、事後承諾でも大丈夫なほどだ。

 後ですぐに取ることにしよう。


「お願いはそれだけですか?」

「……考えてたことがある」


 お願いはそれだけかと聞くと成月さんは少し迷いながら言う。

 私は何も言わず続きの言葉を促す。

 そして、彼女はあまりにも予想外のことを言った。


「陽菜を、養子に取ろうと思ってる」

「なっ!ほ、本気ですか?」


 流石にその発言に驚きを隠すことはできなかった。

 養子、それは法律上親子として扱われ、実子と同じ権利義務。

 分かりやすく言えば、"家族"になるということ。

 その条件は未成年であることで、確かに陽菜さんは条件を満たしている。

 それに、両親を亡くした陽菜さんにとって成月さんの家に入るというのは選択肢として十分有りに思えた。

 しかし、


「そう、簡単に決めれることではないのでは?」


 それは簡単に決めれることじゃない。

 下手すれば遺産問題などセンシティブな問題に発展しかねないようなものだ。


「成月さんが取るつもりで?」

「……できれば、うちの親に取って欲しいって思ってる。その……陽菜とは、姉妹、だから」

「……かなり、大変だと思いますよ」


 どうやら、お泊まり会で何かあったようだ。

 だが、それはかなり難しいのではないだろうか。

 成月さんが取るのなら個人の問題で済むかもしれないが、成月さんの親に取ってもらうとなれば家族の問題になる。

 つまり、親を説得しなければいけないのだ。

 そう簡単に頷けるものではないだろう。

 上手くいくにしても、年単位の時間がかかりかねない。


「分かってる……でも、それが陽菜のためだと思うから、それと最悪俺が取る」


 もちろん、成月さんもそのことはよく理解しているようだ。

 成月さんの瞳を見れば、彼女の決意はよく伝わった。

 数ヶ月前まであんなつまらなさそうな目をしていた彼女が今、陽菜さんのためにここまで決意を募らせている。


 ……ならば、協力しよう。


「わかりました。それで、私に何をしてほしいのですか?」


 私の言葉を聞いて成月さんはホッとしたように息を吐くと感謝の言葉を伝えてくる。

 伝えたいのは、私の方なのだけど。


「小柳さんには陽菜のための書類とかをお願いしたい。その、陽菜って凄く微妙な立場だと思うから」

「なるほど」


 彼女の言う通り陽菜さんは現在とても微妙な立場にいる。

 異世界症候群は新しい上に特異すぎて法律的な部分はかなり甘いのだ。

 だから、彼女を養子に取ろうというのならかなり特例の措置が必要になる。

 その準備は、私のような大人がやるべきだろう。


「任せてください。絶対にやってみせます」


 今まで不甲斐ないところばっか見せてしまったのだ。

 これくらいは完璧にこなして見せなければ私に何の価値があるというのか。

 社会で身につけたコネを活かすチャンスである。


「お願いはこれで全部ですかね?」

「うん、あと……お礼」

「はい?」


 成月さんの突然の言葉に私は困惑する。

 それを見て成月さんは少し笑う。


「陽菜を救おうとしてくれていた、そのことのお礼」

「……私は何もできませんでした。受け取れません」


 成月さんが私にお礼をいいたいというが、私は断る。

 結局私は何もできず、成月さんに頼ることしかできなかった。

 私は医者としての仕事を果たせなかったのだ。

 それなのに、お礼なんて受け取れない。


「違う」


 そう思っていた私を成月さんは食い気味に否定した。


「陽菜と会わせてくれた。それは小柳さんがやったこと」

「…………」

「それは、誇って欲しい」

「そう、でしょうか」


 そうなのだろうか。

 私は、彼女達のために何かできたのだろうか?

 もし、できたというのなら……少しは救われるのだろうか。


「そう、だからお礼」


 成月さんは椅子から立ち上がるとこちらに向かって歩いてくる。

 そして、頭を差し出した。


「……撫でていいよ」


 その言葉に私は目を見開いた。

 ずっと撫でてみたいと、思っていたその頭。

 彼女がそれをついに撫でていいと、それも自分から言ってくれた。


「い、いいんですか?」

「うん」


 成月さんが頷いたのを見て、私は恐る恐る彼女の頭へと手を乗せた。

 ふわり、彼女の長い黒髪が揺らめく。

 とても柔らかい髪質だ、子供らしいその髪質は少し羨ましい。

 ゆっくり、その手を動かす。

 とても良い撫で心地だった。

 猫とも、人とも違う感触、綺麗な髪に、柔らかい猫耳、撫でてるだけで心が癒される。

 これは、たまらない。


 それから、少しの合間撫で続けて私は満足して手を離す。


「……ありがとうございました。とても、良かったです」

「…………」

「成月さん……?」


 私のお礼に成月さんは答えず何故か私の手を見ていた。

 あれ?もしかして気に障るようなことをしてしまっただろうか?

 そう不安がる私の手を成月さんは突如として取った。

 驚く私に成月さんはその手を彼女の頭へと持っていく。


「もっと」

「え」

「もっと撫でて」

「!?」


 え?





 それから、成月さんは陽菜さんをしっかりと救ってみせた。

 安堵する気持ちと、やはり悔しい気持ちがあって


 私は家で一人、泣いた。







 陽菜さんの用紙に関する書類は想定よりかはスムーズに終わった。

 そして、驚くことに成月さんの親の説得も一瞬で終わった。

 これには私よりも成月さんが驚いていたようだった。

 けど、私は少し納得していた。。

 彼女が陽菜さんを養子に取るという選択を思いつけたのはそういう人達に育てられたからなのだろう、と


 そして、私は今、成月さんの家の前にいる。

 私が選んだ家を見上げ、チャイムの前で少し迷う。

 実を言えば、あまり人に家に行くという経験がない。

 学生の頃はずっと勉強一筋だったものだから。

 しかし、寄り道をしたせいで予定よりも既に遅刻気味で、流石にこれ以上またせるわけにもいかないと、私は覚悟を決めてそのチャイムを鳴らした。


 少し待てば足音とともにドアが開く。

 そこには成月さんと驚いた表情の陽菜さんがいた。


 その後、リビングに案内され私はテーブルの前に正座で座る。

 成月さんサイズだからかテーブルはちょっと小さかった。


「小柳さん、どうしてここに来たの?」

「俺が呼んだ」


 不思議そうな顔の陽菜さんに、成月さんが答えになってない答えを答える。


「それは分かってるよー」


 微妙な顔でそういう陽菜さんに私は少し笑ってしまった。


「小柳さんには頼みごとをしてたんだ」

「頼みごと?」

「ええ……なかなか骨の折れるものでしたよ」


 これ以上茶番を入れる気もないようで成月さんが真面目な話に入る。

 骨が折れるものだったのは事実だ。

 想像以上にスムーズにいったとはいえ、元々想像の時点で苦戦を前提にしていたから、大変ではあったのだ。

 もちろん、そんなこと気にしていないが。

 成月さんがお礼を言ってくるが、二人のためならこの程度なんてことない。


「頼みごとって、なんの?」

「……お前のためのことさ」

「も、もしかして……サプライズ的な?」

「ああ……とっておきのサプライズだ」


 陽菜さんの質問に成月さんはわざとずらした答えを言う。

 陽菜さんは一体何なのかとワクワクしてるようだ。

 凄く尻尾にでている、とても楽しそうだ。


 そして、成月さんがこちらを見る。

 それに私は頷きバッグからその書類を取り出した。


「……紙?」


 私が取り出した一枚の紙に陽菜さんは困惑する。

 それはそうだ、こんな紙切れ、普通はプレゼントにもならない。

 困惑する陽菜さんに成月さんはこの紙の正体を答えた。


「これは、養子縁組届だ」






「ここに、陽菜が、お前の名前を書けば……俺とお前は家族になれる」


 成月さんが困惑していた陽菜さんにこれまでの経緯を話した。

 家族の説得に、養子縁組の準備、成月さんは本当によく頑張った。


「なつきちゃんと……家族、本当の家族」


 陽菜さんはその話を聞いて呆然としながらもその事実をゆっくり飲み込んでいた。

 横から見ても嬉しそうにしているのがわかる。

 けれど、話はそう簡単じゃなかった。


「ごめん、陽菜一つだけ言わなきゃいけないことがあるんだ」

「言わなきゃいけないこと?」

「その……陽菜の苗字は変わっちゃう」

「っ!」


 陽菜さんの表情が変わる。

 そう、養子はその仕組み上、苗字は変わってしまうことになる。

 つまり陽菜さんは小夜という苗字を捨てなければならないのだ。

 彼女にとってその苗字は亡き家族との繋がりであり、そう簡単に捨てられるものではない。

 だから成月さんとそこは最初に決めていた。


「陽菜、断っていい。その……俺達は陽菜に幸せになってほしいんだ。だから、陽菜が望まないことをしないで欲しい」

「はい、私達のことなんて気にせず、自分のことだけを考えてください」


 陽菜さんが断るならきっぱりと諦める。

 二人で話し合い、それは絶対だと決めた。

 私達が望むのは陽菜さんの幸せで、そこに彼女の意思を入れないなんてのはあってはならないのだ。


「そのうえで……いいというのなら、俺と家族になって欲しい」


 成月さんは陽菜さんをしっかり見てそう宣言する。

 陽菜さんはやはり迷っているようだ。

 果たしてどうなるだろうか、当人でもないのに私も緊張が絶えない。

 誰も何も喋らない静寂の時間。

 それを崩したのは、成月さんだった。


「……ごめん、陽菜、嘘、ついた」

「え?」


 突如成月さんがそんな事を言った。

 陽菜さんは驚き、私も予定になかったその言葉に驚いた。

 嘘とは一体なんなのか?そう思うと同時に成月さんは言った。


「陽菜、俺はお前が好きだ」

「な、なつきちゃん!?」


 陽菜さんが目を見開く。

 かくいう私も驚いていた。

 発言よりも、あの成月さんがこんなストレートに言うことに驚いていた。

 そこからまくしたてるように成月さんは陽菜さんへの思いを口にする。


「お前の笑顔が、お前の性格が、お前のことが好きだ」


 それは成月さんの純粋たる思い。


「お前がいいなら、なんて嘘なんだ」


 それに私は圧倒されて、ただ呆然と見ることしかできなかった。



「断られたくない」



 その言葉に私は目を見開く。


「俺は陽菜と家族になりたい!」


 ……ああ、なるほど


「陽菜と、ずっと一緒にいたい!」


 その正直な思いは彼女の感情が強く籠もっていた。


 その思いの吐露に私は少し納得していた。

 私達が考えた計画は、成月さんにしてはあまり陽菜さんの意思を考えてないなと思っていた。

 そこらへんは彼女達の仲だし、通じ合うものがあるのだろう、そう思っていたのだが……

 結局、なによりも彼女が陽菜さんと家族になりたかったからなのだろう。


「俺と、家族になってくれ、陽菜」


 その成月さんの一世一代の告白。

 果たして陽菜さんは頷いてくれるのだろうか。

 横から見ているだけだというのに、私は先ほどよりもずっと緊張していた。


 そして、陽菜さんの顔が動く。


 その顔に浮かぶのは、笑顔だった。


「笑うな……」

「だ、だって、なつきちゃんらしくなかったから」


 そう言って笑う彼女は、その後軽い仕草で養子縁組届にその名前を書いた。


 それから、陽菜さんは自身の思いを語る。

 家族に対しての思い、成月さんのおかげでちゃんと向き合えたこと。


 そして、彼女の意思。


「なつきちゃんとの未来を見たいんだ」


 その言葉を聞いて、抱き合う二人を見て私は安堵した。


 ああ、もう大丈夫なんだ。


 彼女達は救われたのだ。


 医者の仕事はもう、なくなったんだ。


 二人の患者は医者の手から離れたんだって、やっと理解した。

 少しだけ胸に巣食う寂しさを抑えながら、私は彼女達を静かに祝福した。


 抱き合う二人は、本当に幸せそうだった。






 さて、そんな二人の門出

 盛大に祝ってあげないといけないだろう、そう思っていた。


「せっかくの門出ですから、こんな物を買ってきたんですよ」

「ケーキだ!」


 そう、わざわざ寄り道してまで買ってきたのだ。

 とある人気店のイチゴのショートケーキである。


「あ、あの人気店の?」

「ええ、折角ですので」


 成月さんが、まさかと見てくるのに私は笑みを浮かべる。

 あの日の会話、あれを私は聞いていたのだ。

 そして、実を言えば私は彼女達なら家族になれると確信していた。

 それでも実際に見るまでは不安ではあったが。


 だから、あらかじめ買っておいたのだ。

 人気店のケーキ、想像してたよりも高かったが、まあとてもいいものを見れたからそのお礼だ。


「ふふ、めでたい日は美味しものを食べるんですよ」


 彼女達に笑いかける。

 ぜひとも二人で楽しんで欲しい。

 そう思っていると、成月さんは何故か決心するかのような顔をした。


「陽菜」

「どうしたのなつきちゃん?」

「小柳さんにごちそうするぞ」

「え?」

「わかった!」


 何故か、私をご馳走する流れになっていた。

 な、なんでこんなことに?

 せっかく二人の門出なんだ、私のことなんて気にしなくていいのだけど。


「え、あの、別にいいんですよ……?」

「ねえ、小柳さん」


 そう遠慮する私に陽菜さんが言う。


「私さ、小柳さんがいたからここまで来れたんだよ……あなたにも()()()()んだよ。だから、お礼させてよ」

「俺も、あなたには()()()()。だから受取っぱなしは、いや」


 陽菜さんに続いて、成月さんも私にそう言った。


 ……ああ、そうか


「……陽菜さん、成月さん」


 彼女達は言ってくれた。

 私に救われた、と


 ああ、そうなのか


 私は、二人を救えていたのか


 私じゃ駄目だったと思ってた。


 私じゃ救えないと思っていた。


 ……そんなことはなかったのかもしれない


 私は、医者であれたのかもしれない


 医者の責任と誇りは、この手の中にまだ残っていたのかもしれない


 私は目元を抑える。


 涙を流しちゃ、駄目だ。


 祝いの空気に涙は似合わないだろうから。


「じゃあ、よろしくお願いしますね」

「あ、小柳さん苦手なものある?」

「……ふふ、ないですよ」


 相談しながらキッチンへ向かう二人を見て私は小さく笑みを浮かべる。


 だって、だって、この光景は、彼女達が笑う姿は


 私が彼女達を救えたから見れたのだ。

 私の努力が実を結んだ形だったのだから。


 それが、心の底から、嬉しかった。






 改めて自己紹介をしておこう。


 私の名前は、小柳葵


 人を救う、医者である。


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