表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ケモミミ少女が救われる話  作者: 霜降り
ケモミミ少女は救われる
13/29

小柳葵は医者である(1)


 私の名前は小柳葵


 医者だ。


 私はとある医者の家系に産まれた。


 祖父、父ともに医者であり、そんな親に育てられた私が医者を志すのは当然のこととすら言えるだろう。


 だから、勉強も惜しまず、小中高どれもそれなりに優秀と言えるであろう成績を残し、医学部へと入学した。

 血筋のおかげなのか私は才能と呼べるものを持っており特に躓くこともなく、そのまま医者となった。


 その際に父から言われた言葉は、よく覚えている。


『医者であることに責任と誇りを持ちなさい』


 最初にその言葉を聞いたときは、よく分かっていなかった。

 しかし、医者として働き始め理解した。


 何度人を救えただろうか?

 そして、何度人を救えなかっただろうか?


 世界は無情だ。


 医者として治すことができる病気もあれば、絶対に治らない病気も存在する。

 そして、救えないことは当たり前のようにあるのだ。


 それを、医者の怠慢と言わずに何という?


 医者とは、人を治す仕事である。

 医者とは、人の命を背負う仕事である。


 人を救うことが、医者の責任だ


 それが、医者だ。

 それが医者の責任なのだ。


 どれだけ世界が無情でも、医者としての責任は絶対果たさなければならないのだ。


 そして、だからこそ医者は誇りを失ってはならない。

 誇りのないものに命を預けられるだろうか?

 そんなことはない、医者は絶対に信頼されなければならない。

 例え、どれだけ無理難題であろうと、私なら救えると確信して挑まねばならない。


 そのためには、誇りを持たなければならない。


 医者として、人を救うことに誇りを持たねばならないのだ。


 そう、


 私の名前は小柳葵


 人を救う、医者である。

 





 そんな私はある日、突如として"上"に呼び出された。

 何故、"上"と抽象的に表現するのかと言えば、その" 上"がどれ程"上"の人間なのかわからないからだ。

 そして、告げられたのが異世界症候群の専属になって欲しいという要請だった。


 異世界症候群。

 その名は医者として、当然知っていた。

 人が人ならざるものになる、あり得ない病気。

 あまりにも信じがたい、フェイクではないかと疑いたくなるような病気。

 しかし、実在する病気だ。

 海外で数人存在していることは知っていたが、ついに日本にも発症者が現れたらしい。

 存在は認知していたが、まさか私が担当することになるとは思わなかった。

 なにせ、世界に複数人しかいないのだからそれも全然だろう。


 もちろん、その要請を私は受けた。

 私は医者である。

 患者を選り好みするなんて、医者としての誇りが許せなかった。


 私が数ある医者の中から選定されたのはしっかりと理由があった。


 私が女性であったこと。

 そして、血筋がはっきりしていること。


 選定理由は十分納得のいくものだった。

 特に血筋はかなり重視されたのだと思う。

 異世界症候群の研究価値は高い。

 なにせ、その特異性。もし人為的に再現できれば世界は大きく変わる。

 故にどの国も我先にその謎を解き明かそうとしているのだ。

 いわば昔の宇宙開発競争じみたことが異世界症候群によって起きているということである。

 だから、父祖父ともに医者であり血筋がはっきりしている私が選ばれたわけだ。全く、大人の世界とは醜いものである。


 もう一つ、性別も患者の情報をみれば納得がいった。


 元男性の、女性

 それも見た目的には幼女と言って差し支えないような姿。

 なるほど、確かにこれは女性じゃないとよろしくない。

 突如女性になったのなら女性としての知識も足りてないだろうし、下手な男性医者では威圧感を与えかねない。

 しかし、成人男性がこんな姿になってしまうなんて

 患者の情報として渡された写真を見て思う。

 写真の男性は少し気怠そうな顔をした何処にでもいるような男だ

 それが、今やこの猫耳の生やした美少女だという。

 恐ろしいを超えて理解すらできない。

 この病気は私の手に、いいや世界に余るのではないか、ふとそう思ってしまった。






 そんな患者である朝比奈成月(あさひななつき)さんとの初めての顔合わせは病室だった。

 病院の中でもかなり奥にある病室で、どうやら周りの病室にいた患者は移動されたらしい。

 やりすぎではないかと感じるほど厳重だが、同時に異世界症候群がどれほど危険視とともに期待させられているのかを理解させられる扱いである。


 コンコン、扉をノックする。


「……どうぞ」


 中からは扉越しだからか少しくぐもった、あどけなさの残る幼い少女の声で返事が返ってきた。


「失礼します」


 扉を開けて、まずベッドに座る彼女、もしくは彼と目が合った。

 その時の衝撃はよく覚えている。

 なにせ、その見た目。

 事前に写真でその姿は知っていた。


 しかし、写真というものがどれだけ実物に劣るものなのかをよく理解させられた。


 小さな体に、長い黒髪、黒の瞳孔は懐疑の色とともに私に向けられている。

 可愛らしい外見だ、写真と実物ではやはり違う、一目見ただけで庇護欲を抱かせるほどだ。


 だが、()()()()()()()()()()()()()


 その少女がいくら美少女でもそれよりも注目してしまう点があった。


 耳と、尻尾。

 彼女の頭の上からは三角の猫のような耳が、そして彼女の後ろには真っ黒な細長い尻尾が

 確かに、存在している。

 断じてコスプレじゃない、見ればわかる、あれは本物だ。あれを見て偽物だと思うものはいない。

 後ろに反らした耳も、少し膨らんだ尻尾も、ほんの少し見ただけで疑う余地もなく本物だと分からされた。


 私は今、()()と対峙している、そう分からさせられた。


 これが、異世界症候群

 この名称を考えた人はセンスがいいとしか言いようがない。

 なにせ、一目見ただけで彼女が私たちの世界と違う世界に生きているとわかるのだから。

 まさに、異世界なのだ。

 彼女は異世界の住民なのだ。


 私は思わず身震いした。

 本当に理解すらできないものだった。

 今まで沢山の怪我も病気も見てきたがここまで"異質"に感じたのは初めてだ。

 これは、私の手に余る、そう思った。


 けれど、患者であることに変わりない。


「本日より朝比奈さんの担当をさせていただく医者の小柳葵(こやなぎあおい)です。よろしくお願いします」


 猫のようにこちらを警戒する彼女に視線を合わせ、私は自身の名を名乗った。






 そんな彼、もしくは彼女、朝比奈さんは私からあまりよい精神状態には見えなかった。

 つまらなさそうな、光のない目。

 達観したような目といえば聞こえはいいが、実際は何事にも興味を持っていない、そんな目だ。

 人にも物にも自身にも対して執着を抱いていないそんな人間の目。

 こういった人間は今まで診てきた患者の中にも存在した。

 どの人も生きているから生きている、そんな人達だった。

 そういった人達は、死を簡単に受け入れる。

 彼女がこのような目になった理由が異世界症候群なのかは分からない。もしかしたらただの生まれつきなのかもしれない。

 しかし、私は、その生き方を認めたくなかった。


 だから、私は異世界症候群よりも彼女の目を、彼女の生き方を治療することにした。

 そもそも、異世界症候群は悔しいが現状治療法など明らかになっていない不知の病だ。

 となれば、私の仕事は彼女のメンタルの管理であるのも自明であった。


「おはようございます。朝比奈さん」

「…………」


 だから、私は彼女に話しかけることにした。

 検査がある日は当然として、検査がない日も食事を運ぶときなどに必ず、少しでもいいから話すようにした。

 ともかく、愚直に、例え朝比奈さんが返事をしてくれなくても。

 彼女の瞳に光を宿させるために私は彼女と話す。


「何か不便なことがあったら教えてくださいね。できる限りは対応しますから」

「…………」


 何度も


「今日の血液検査は少し大変かもしれませんが、頑張ってくださいね」

「…………」


 何度も


「ご飯はどうですか?苦手なものは残してもいいですからね」

「…………」


 何度も

 毎日少しでも朝比奈さんと話すようにした。

 彼女はそれに答えることはなく、いつも野良猫のようにこちらを警戒して、ご飯だけを受け取っていた。


 それで、一週間ほど続けただろうか。


「…………量、増やして……足りない」

「!分かりました。お願いしておきますね」


 素っ気ないものだったが朝比奈さんが初めて口を開いた。

 初めてちゃんと聞く彼女の声は想像していたよりもはるかに可愛らしく、正直に言えばほんの少しその声に癒されてしまったほどだ。

 それからは、素っ気ない返事ながらも朝比奈さんは私と言葉の応酬をしてくれるようになった。


 そんな中気がついたのだが、どうやら朝比奈さんの尻尾は彼女の感情がよく出るらしい。

 私といるときはほんの少しゆったりと尻尾が揺れている。

 彼女の尻尾が猫と同じ理論で動くならそれはリラックスしている証拠だ。

 朝比奈さんが私を認めてくれているのがよくわかりとても嬉しかった。


 そうして、朝比奈さんが入院して一ヶ月ほど経っただろうか、朝比奈さんの退院のめどが立った。

 検査の結果、異世界症候群による健康的な問題は見つからなかったため、わざわざ入院している理由がなくなったのだ。

 もちろん、異世界症候群の特性上彼女が通院を続けるのは絶対だが、患者が退院するのは医者としては喜ぶべきだろう。


 この頃になれば朝比奈さんからたまに話しかけてくれることもあった。


「部屋を探してるから、相談したい」

「分かりました。どこを考えてますか?」


 週に一回の通院ということで部屋を探してる朝比奈さんから相談を受けたときは頼られて嬉しかったものだ。

 まあ、彼女がアパートに住もうとしていたので全力で止めることになったが。

 仕方ないことかもしれないが、彼女は自分が客観的にどう見えるのか自覚がなかったらしい。


 私からすれば彼女はその特徴的すぎる猫耳と尻尾を除けば小学生ほどの幼児にしか見えない。

 凄く正直に言ってしまうと、彼女の頭を撫でてみたいと思ったことが幾度となくある。

 まあ、その、私は結構子供と動物が好きで、それが合わさった朝比奈さんに魅力を感じてしまうのも仕方ないというか……


 ともかく、そのくらい、彼女は可愛らしいのだ。

 そんな彼女をアパートに住まわせるのは私が許せなかった、それを抜きにしても流石にアパートはどうかと思うが。


 そんなこともありつつ、朝比奈さんが退院し、それからは週に一回診察のたびに会うことになった。

 

 そのたびに彼女とは話すようにしており、ちゃんと言葉の応酬はしてくれる。

 それ自体は喜ばしいことだ。


 しかし、彼女の目は変わらなかった。


 彼女は私に気を許してはくれている。

 だが、その程度で彼女は変わらなかったのだ。

 彼女のその生き方は、彼女の中で油汚れのようにこびりついて、そう簡単に剥がれないようになってしまっているのだ。


 できれば、彼女には友人を作ってほしい、そう思っている。

 彼女に必要なのは生きる理由なのだと思う。

 毎日を"楽しい"そう思わせられるような何かが必要なのだ。

 そして、私はそれが友人だと考えている。


 私では駄目だ。私では何処まで言っても医者と患者という関係から逃れることができない。


 もっとフラットな関係の友人を作ってほしい。

 しかし、それを邪魔するのが異世界症候群だ。

 その特性上どうしても他人とは関わりづらくなる。


 朝比奈さんも診察を除けばほとんど引きこもっているようだ。

 心配だが、理由が理由なので無理やり外に出させるのも難しい。


「友達はできましたか?」


 結局、私はそう質問する以上に彼女に踏み込むことができなかった。


「…………」


 その質問に彼女は答えてくれない。

 そんな朝比奈さんを心配をして毎日を過ごしていたとき


 二人目の異世界症候群が現れた。






 小夜陽菜(さやひな)

 十六歳 高校生

 両親が交通事故により死亡、その後一週間後に保護、それと同時に異世界症候群であることが発覚


 新たな異世界症候群患者である小夜さんの情報に目を通した際、私はそこに書いてあることが信じられず目元を抑えた。

 なんだこれは?

 あまりにも不幸が重なっている。

 異世界症候群だけでも人の心を壊しえるものだというのに、そこに両親の死。

 それも、彼女はまだ子供だというのに。


 果たして、彼女の心は無事なのだろうか?


 彼女と出会う前から私は不安になったものだ。


 そして、その不安は現実のものとなった。


 前は朝比奈さんが使っていた病室。

 その病室をノックしても返事はない。

 しかし、帰るわけにもいかないので私は失礼しますと告げてドアを開けた。


「っ!」


 そこには、《《月のような》》少女がいた。

 彼女はベッドの上でこちらに視線を一切向けず、ただ静かに外を眺めていた。

 明るい茶の髪に、やはり本物にしか見えない犬耳と尻尾。

 けれど、そんなことはどうでも良かった。

 そのくらい、彼女は闇を纏っていた。

 暗い闇を、月のような闇を、彼女は纏っていた。

 静かに、ただ、静かに

 彼女は何も喋らない。


 そして、私は思ってしまった。


 ()()()()


 私では彼女を救えない


 彼女は"異物"だ。

 獣医師は人を診れないように、この世界のものではない彼女を、そんな存在を救うすべを、私は持っていないと私は思ってしまった。


(ふざけるな!)


 その一瞬の思考をした私の頭を殴りたくなった。

 私には医者の誇りと責任がある。

 患者を救えないなどと、決めつけることなど医者の誇りを投げ捨てるような行為。

 何があっても許してたまるものか。

 私は医者である。

 ならばこそ、救うことを諦めてはならない。

 例えそれが、どれだけ無理難題だろうと。

 諦めては、ならないのだ。


「本日より小夜さんの担当をさせていただく医者の小柳葵です。よろしくお願いします」


 その言葉には強い力が籠もっていた。






 しかし、その決意と裏腹に私は彼女に治療を行うことすらできていなかった。

 心の傷の治し方は知っている。治したこともある。

 しかし、見えない。

 彼女のどこにメスを入れればいいのか私には分からない。

 異世界症候群がノイズとなっていた。

 未知の生物の中身がわからないように、"人外"である彼女の傷が何処にあるのか分からないのだ。

 だから、せめて話すべきだと思った。

 話して、理解を深めるべきだと思った。


「おはようございます、小夜さん」

「…………」


 私が語りかけても彼女は一切喋らない。

 なにも、一言も、反応すら示さない。

 喋らないのは昔の朝比奈さんを思い出すが、朝比奈さんは警戒してる故の無言だったのに対して、彼女はその三角の耳が聞こえてないかのような無反応だった。


 不幸中の幸いは彼女に生きる意思はまだ残っていたことか、食事だけはしっかり食べてくれた。

 しかし、植物状態であることを救えたなどという妄言を吐く気には到底なれない。

 いつか、彼女が口を開くことを祈って会話を続けた。


 もちろん、それと並行して朝比奈さんの診察もしていた。

 小夜さんと比べれば朝比奈さんでも饒舌なように思えてくる。

 しかし、こちらもあまりよろしくない。。

 なんというか、やはりというか彼女は引きこもって外界との接触を減らしている。

 故に彼女には友人と言えるような仲の人間ができない。

 彼女の瞳を未だつまらなさそうだった。


 そんな中々辛い現実に、さらに追い打ちをかけるよう『裏』では面倒なことが起きていた。


 異世界症候群はその特異性を解き明かすため、科学者の合間で当然研究されている。

 そんな科学者達の中で倫理を超えるような実験を望む声が出てきたのだ。

 科学者というのは厄介なもので知的好奇心のためなら倫理を捨てようとするやつがそこそこいるのだ。

 流石に現代日本でアニメのマッドサイエンティストのようなことをする者はいないが、ラインギリギリくらいまでは当たり前のように狙ってくる。

 もちろん私とて研究の必要性は理解しているが、そんなことは認められない。

 彼らとの戦いも水面下で始まっていた。


 そんな、何も上手くいかない現実に少しナイーブになっていたからだろうか。


 ……私は朝比奈さんにかなり酷いやらかしをした。


 それは、とある朝比奈さんの診察の日のことだ。

 私はその日、非常に疲れていた。書類、人間関係、目異世界症候群、様々なものに板挟みになっていた私は思考の回りが普段と変わってしまうほど疲れていた。

 そんななか、いつも通り朝比奈さんは訪れる。

 最初はいつも通り動こうとしていたのだが……やはり、疲労が酷く朝比奈さんですら私の疲れに勘づいた。


「……だ、大丈夫?」


 朝比奈さんが私を心配する。

 この人が心配してくるあたり、多分その時の私は本当に酷かったのだと思う。

 患者に心配されるなど、全く医者として失格である。

 そして、私はやらかした。


「朝比奈さん」

「うん」

「……頭を撫でさせてくれないでしょうか?」

「えっ」


 その、言い訳をすると本当に疲れていたのだと思う。

 慣れない仕事に上手くいかない現実、私の思考は普段よりも酷いものになっていた。


 結果、私は癒しを求めてしまった。


 ……そう、猫耳少女である朝比奈さんに癒しを求めてしまった。


 目を見開き驚く朝比奈さんを見て、私はようやく正気に戻り、自分の言った言葉を理解した。


「すすすすすすすす、すみません!わ、忘れてください!」

「え、あ、う、うん?」


 多分、今までの人生の中で一番焦ったと思う。

 慌てて訂正する私に朝比奈さんは困惑を隠せていない。

 本当に何をやっているんだと、私は自分の頭を殴りたくなった。


「その、す、すみません。つ、疲れてるみたいです」

「……えっと、撫でたいの?」

「……はい」


 朝比奈さんは不思議そうにこちらに問いかける。

 あ、あれ?これもしかしたらいけたりする?なんてやっぱり疲れてるからどこかおかしい思考を私は回し、それを認めた。


「…………」


 朝比奈さんはほんの少し悩んだあと。


「……駄目」


 やっぱり許可はしなかった。

 ただ、その時押し続ければいつか撫でさせたくなるんじゃないかと私は思ってしまい、朝比奈さんとの頭を巡る攻防が始まるのだった。







 上手くいかない現実の中でもやはり、早急に解決しなければならないのは小夜さんのことだった。

 彼女の心は早くどうにかしなければ、まずいことになりかねない。

 次点で朝比奈さんである。

 彼女はまだ落ち着きがあるからマシだが、やはり良いとはいえない。

 そこで、私はあることを思いついた。


 この二人を会わせてみたらどうだろうか?


 朝比奈さんに必要なのは友人だ。

 そして、彼女に友人ができない原因は異世界症候群であることだ。

 だが、同じ異世界症候群ならその問題は関係なくなる。


 そして、なによりも小夜さんだ。

 今の彼女に残る傷にはほぼ確実に異世界症候群が関わっている。

 ならば、同じ異世界症候群である朝比奈さんならもしかしたらどうにかできるかもしれない。

 そして、そこから彼女を救う治療の糸口を見つけられるかもしれない。


 試す価値は十分あると思った。


 なので、まずは動かすのが難しいであろう小夜さんに朝比奈さんに興味があるか確かめた。


 ベッドの上、静かに外を眺める彼女に声をかける。 


「小夜さん。同じ異世界症候群の方に興味はありませんか?」

「……!」


 その時、初めて小夜さんが私の言葉に明確な反応を示した。

 高揚したものだ。なにせ、一カ月も彷徨った暗闇の迷路に一筋の光が見えたのだから

 その光に走り込むのは当然だった。


「週に一回、診察に来ているんです。会ってみますか?」

「…………」


 たたみかける私の言葉に、彼女は少し迷いながらも頷いた。






 朝比奈さんにはわざと猶予を与えなかった。

 流石にそこそこの付き合いでこの人の人格は把握していて、この人は逃げ道を残すと逃げるタイプの人だから、逃げる猶予を与えないようにしたのだ。


 そうして、この二人が会うことが決まり、私は小夜さんとともに朝比奈さんがいる部屋へと向かっていた。

 その時は医学生のとき初めてオペを見学したとき以上に緊張していたものだ。


 この二人を合わせるというのは賭けだった。

 下手すればこの出会いが新たな傷になる可能性もあったのだから、緊張するななんて土台無理な話だった。

 静かに私の横を歩く小夜さんを見る。

 果たして、こんな静かな彼女があの引っ込み思案な朝比奈さんとちゃんと話せるだろうか?

 あの二人は仲良くすることができるだろうか?

 ドアを開けるまで不安は絶えなかった。

 それでも、彼女達に不安を抱かせないため普段通りの表情を貫いた。


 そんな不安はいい意味で裏切られた。

 なにせ、小夜さんは朝比奈さんのことを視認すると同時、止めるまもなく朝比奈さんに飛びついたのだから。

 あまりの突拍子のない行動に一瞬動けなかったものである。


「わぁ〜、これ本物!?私と同じだよねっ」


 なによりも驚いたのは小夜さんの喋り方。

 私はてっきり彼女は物静かな人間なのだと思っていた。

 だって、ずっと喋っていなかったのだから。

 しかし、今目の前の彼女は全く真逆、明るく騒がしい人間のように見えた。

 朝比奈さんと喋るからそういう演技をしているわけでもなさそうだ。

 つまり、今までは彼女はそんな素を出すことすらできなかったのだろう。

 しかし、今はとても楽しそうに喋っている。


 私との会話では全く見せなかったその姿を、朝比奈さんの前ではおしみなく見せてくる。

 やはり、彼女にとって同じ異世界症候群ということは大きな意味を持つということなのだろう。

 あの彼女がここまで饒舌になってくれるのは嬉しかった。


「なんでー!?友達なろうよっ!」

「ひ、ひっつくなっ!初対面時だぞ!?」


 朝比奈さんは小夜さんに纏わりつかれてこちらに助けを視線で求めてくる。

 しかし、これはチャンスだ。

 小夜さんがここまで心を開いてるのだ、その邪魔をしたくない。

 それに、小夜さんのことを朝比奈さんは口では嫌がっているが、そこまで嫌がってないように見える。

 つまり、彼女達は十分友人関係になれると思った。


「……それじゃあしばらくしたら戻りますのでお二人で楽しんでください」


 故に私は迷いながら、その場から立ち去るという選択肢をとった。

 それがこの二人を救うことになると信じて。






 そして、部屋に戻ってきたとき小夜さんは朝比奈さんに乗りかかって眠っていた。

 朝比奈さんはそれを優しく、まるで妹を溺愛する姉のように優しく受け止めていた。

 その光景には思わず笑みが浮かんだものだ。


 そして、次の日


「その、小柳さん……今まで無視しててごめんなさい」

「……いいんですよ」


 小夜さんが私にも口を開いたとき私は静かに涙をこらえた。






 私の想像を超えるほど彼女達はすぐさま仲良くなっていった。

 同じ異世界症候群患者同士、やはり何か通じ合うものがあったのかもしれない。

 そのおかげもあってか二人とも明確に変わり始めた。

 朝比奈さんは明確に目が変わり、光が宿るようになった。

 これなら彼女はもう大丈夫。

 そして、小夜さんも元の明るい性格が私相手にもでてくるようになり、彼女から下の名前で呼ぶ権利も貰った

 一安心と言えるだろう。


 しかし、まだ、一安心だった。


 私は気づいていた。


 陽菜さんには、まだ傷が残っていることを。

 朝比奈さんのおかげで小夜さんは間違いなく回復へと向かっている。

 だが、まだ、彼女には大きな傷が残っている。

 特に私が彼女と話していると分かりやすい。

 彼女は私と会話しているとき笑みを浮かべる、とても《《わざとらしい》》笑みを。

 朝比奈さんには決して見せない。まるで大人のような笑み。

 その笑い方には見覚えがあった。

 それは奥にある何かを隠そうとしている笑みだった。


 それが、彼女の傷だ。


 ならば、それを治し、救うのが医者の務めである。


 だが、


 私には、治せなかった。


 せっかく朝比奈さんが解決の糸口を見つけてくれたのに

 ようやく、陽菜さんが喋ってくれて理解が進んだのに。


 それなのに、


 私には治せなかった。


 当たり前だった。

 彼女を"異物"として認識している私が多少の理解程度で彼女の治療などできるはずもなかったのだ。

 心の傷の治療には寄り添うことがとても大切だ。

 しかし、異世界の住民に寄り添うことなど私にはできなかった。

 私は治そうとすることすら出来なかったのだ。


 その時私は、ついに負けを認めた、認めてしまった。


 私では、彼女を救えないと。


 けれど、諦めきれなかった。

 救えないから、彼女の傷を諦めるのかと。


 だから、私はその傷に朝比奈さんが気づくように仕向けた。

 陽菜さんの家族についてだ。

 やろうと思えば、こんな回りくどいことをしなくても私から彼女に対して話すこともできる。

 しかし、陽菜さんの過去を知ってしまえば、朝比奈さんに知ってしまった責任がつきまとってしまう。

 こちらから強制的に教えて、勝手に責任を押し付けるのは違うだろう。

 だから、朝比奈さんが気づき、自分から踏み込む形になるようにした。

 

 それが唯一、彼女を救うことにつながると信じて


 しかし、その決断は完全なる医者の敗北であり、私の自尊心を傷つけるには十分すぎた。

 今まで積み上げてきた経験が、全て崩れ落ちた気がした。

 医者の誇りが、責任が崩れ去った。

 その事実は私が想像したよりも強く心にのしかかった

 今までは例え、治療方法が見つからない病でも全力を賭してきた。

 そのうえでの敗北なら、まだ割り切ろうとすることができた。

 しかし、今回は、挑むことすら、私はできなかった。


 それで、何が医者の誇りだとかいうのか。

 挑めない人間の誇りなど、それはもう誇りですらない。


 朝比奈さんも、小夜さんも結局私と関係ないところで救われていく。


 治せない医者に価値などあるだろうか?


 私は、医者としての誇りと責任を、全て失った。






 そんな失意に沈む中、ある日、陽菜さんが朝比奈さんの家にお泊りしてみたいと相談してきた。

 もちろん、その相談には乗り、陽菜さんのお泊り計画は始まった。

 そして、その作戦を決行する日


「おはようございます朝比奈さん。遅かったですね?」

「……寝坊しただけ」


 多分、嘘だな。

 朝比奈さんの言葉に私は察する。

 朝比奈さんの性格からして本当に寝坊したなら隠すだろうから、別の理由があるのだろう。しかし、プライベートな話なので大人として踏み込むことはしなかった。


「今日も、陽菜さんですね?」

「うん」


 彼女は私の言葉に素直に頷く。

 そんな彼女の顔にはほんの少し笑みが浮かんでいた。

 それを見て、思う。


「朝比奈さん」

「?なに……?」

「変わりましたね」


 彼女は変わった。

 二ヶ月前、何もかもつまらなさそうに見ていた彼女

 しかし、今は目に光が宿り、どことなく楽しそうな雰囲気を纏うようになった。

 その変化は歓迎するべきだろう。

 そして、その変化に陽菜さんが大きく関わっているのは自明だった。


「陽菜さんのおかげですね」

「そう、だな」


 それは、朝比奈さんも思っているらしく彼女は少し恥ずかしそうにしながらも頷いた。


「結構、心配してたんですよ」


 そんな彼女を見て私は思わずそう口にしていた。

 今思うと、それを吐いてしまったのはやはり私が弱っていたということなのかもしれない


「あのときの朝比奈さんは毎日どこかつまらなさそうで……正直に言うといつか消えちゃうんじゃないかって思ってました」

「それは、流石に……」

「笑い事でも、ないんですよ」


 そう、笑い事じゃない。


「職業柄、様々な人を見てきましたから……」


 今まで診てきた人の中に朝比奈さんのような人は何人かいた

 そのうちの何人かは、まるで風のように消えた

 朝比奈さんも何かが違えばそうなっていたかもしれなかった。


「だから、本当に、安心したんです。よかったって」


 だからこそ、彼女が変わっていく様は見ていて嬉しかった。

 患者が治っていく姿を見て医者が喜ばないわけがない。

 ……例え、私が何もできなかったとしても


「朝比奈さん、最近はどうですか?」

「……楽しい」


 私の質問に、朝比奈さんは視線を少し逸らして答えた。

 陽菜さんのことを思い出したのだろうか?彼女の口角は上がっていて、その言葉に嘘の色は見えなかった。


「本当に、陽菜さんには感謝しないとですね」


 私は少し俯いて呟いた。

 朝比奈さんがここまで変われたのは、やはり陽菜さんが彼女に臆せず距離を詰めたからだ。

 それは私にはできなかった。

 どうしても大人である私には一定以上の距離を詰めることはできなかった。

 そのことに私はほんの少し悔しさが湧いてくる。


 本来は医者である私が、治さなければならなかったのに。

 だから、この言葉は自分に向けた自戒のようなものだった。


「……それは、違う」

「え?」


 しかし、そんな独り言は朝比奈さんのその猫耳に届いていたらしい。

 まさか聞かれていると思わず、私は驚く。


「違う、とは?」


 彼女は私の独り言を否定した。

 しかし、彼女の変化に陽菜さんが強く関係してるのは彼女も認めていること、何が違うというのだろうか。

 そんな私の疑問に彼女は少し恥ずかしそうに答えた。


「俺と、陽菜のやつが会えたのは小柳さんのおかげ、だから」

「…………」

「多分、小柳さんじゃなかったら俺は陽菜と会わなかったと思う」


 ……どうやら、彼女は思っていた以上に私に心を許してくれていたようだ。

 そう思えば、あの時話しかけたのも無駄じゃなかったのだろうか。


「だから、その……俺が変われたのは小柳さんのおかげでもあって……」

「……朝比奈さん?」


 彼女の声が途切れ途切れに小さくなっていき尻切れトンボになる。

 彼女の顔はとても赤くなっている。

 限界そうな彼女だが、それでも彼女は言ってくれた。


「えっと、その……ありがと、う」

「……!朝比奈さん!」


 『ありがとう』


 その言葉は、その感謝は強く私の胸に響いた。

 失いかけていた誇りに責任が燃え上がるようにまた形を取り出してきた気がした。


 その時、私は思い出した。

 私は、医者だ。

 人を救う医者なのだ。

 なに、自信を失っている。

 誇りに責任、もちろん大事なことだ。

 けれど、人が救われたのなら、何であろうといいじゃないか。

 そう、医者なのだから。


「……嬉しいです。私がやってきたことにしっかり意味があったんだって知れて、とっても」

「そ……」


 無力感に押しつぶされていた私にとって、私がやってきたことに意味があったといってくれたことはあまりにも嬉しかった。

 それを告げると朝比奈さんは恥ずかしそうにする。


 そんな中、こちらを見た朝比奈さんが驚いた顔した。

 それを見て、私は今更自分が涙を零していることに気がついた。


「!?こ、小柳さん?」

「え、あ……す、すみません、本当に嬉しくて……」


 私が出来なかったことを簡単にやってしまった朝比奈さんを見て、私がやってきたことに意味があったのか、分からなくなっていた。

 救えない医者に存在価値があるのかと思っていた。


「……医者は全知全能というわけじゃありません。今まで何度も、何度も救えなかった人を見てきています」


 医者として、人を看取った経験など幾度となくある。

 この手からこぼれ落ちる命など、何度も見てきた。

 けれど、救えないと思ったことはなかった。

 私なら救えるそう思って。戦ってきた。

 しかし、救えないと思ってしまった。


「……実を言うと、最近自信を喪失してまして」

「え?」


 朝比奈さんが意外そうにこちらを見る。

 我ながら何を言ってるのだろうと思った。

 こんなこと、患者相手に話すことではない。

 もしかしたら、朝比奈さん以上に、私が彼女に心を許しているのかもしれないと思った。


「……私じゃ救えない、そう思ってしまった人がいるんです」

「…………」


 あの病室の陽菜さんを思い出す。

 まるで自身の罪を責め立てるように頭痛がした。


 私は陽菜さんのことを救えないと思ってしまった。

 そう思ってしまった私は医者としての仕事を成せなかった。

 今まで積み上げた誇りと、責任が崩れ去っていた。

 その事実は私に重くのしかかっていて


「だから、自分がちゃんとあなたを救えたことが、嬉しい。あなたが救われたことに私は救われました」


 だから、その言葉が強く響いた。

 私が医者の仕事を成せていたのかはわからない。

 けれど、『ありがとう』、そう言ってくれて私に存在価値があったことを教えてくれた。

 その事実に私は、救われたのだ。

 ……それにしても、涙を流すのは我ながらあれだが。

 全く、医者が患者に弱いところを見せるなどあってはならないだろうに。

 でも、今は胸を張って言おう。


「医者として、あなたを救えたことを《《誇り》》に思います」

「……そっか」


 それを聞いて朝比奈さんはほんの少し笑みを浮かべた。

 

「小柳さんは、かっこいい」


 言われた言葉に少し驚く。

 そう、なのだろうか?私からすれば医者が患者から救われるなんて頼りないことこの上ないと思うのだが。

 しかし、こちらに尊敬のような目を向ける彼女を否定することはできなかった。



 ……今ならもしかして行けないだろうか?



 こんな話をしたあとならいけるんじゃないだろうか

 今なら彼女を撫でられるのではないだろうか


「あのぉ……撫でていいですか?」


 私の言葉に彼女は初めて悩む素振りを見せた。

 そして、一秒二秒と時間が進み……


 ぺしっ


 彼女の柔らかい尻尾で私の手は弾かれた。


「あ」

「…………駄目」

「ほんのちょっとだけ!」

「駄目ったら駄目!」


 食い下がる私に、彼女はぷいっと拗ねる子供のように視線を逸らし拒絶した。

 やはり、駄目なのか……

 そう思った時だった。


「……もっと仲良くなってから」


 ……なるほど

 医者と患者以上の関係になれないなどと言って諦めるのはもうやめたほうがいいのかもしれない。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ