ケモミミ少女と幸せになる話
陽菜と俺が本当の家族となって気がつけば一週間が経った。
ここ一週間は凄まじく忙しかった。
養子となるための手続きは小柳さん協力のもと大部分を終わらせていたため問題はなかったが、養子以外にも色々とやらなきゃいけないことがあったのだ。
その忙しさは長い一週間が一瞬で吹き飛ぶほど。
一週間の合間に何をやったかと言えば、単純にお金関係の手続きとか、陽菜の退院手続きとか、異世界症候群故のしがらみとか、あと不動産だとか……陽菜が、俺の家に引っ越すための準備だとか。
家族になったのだ。
ならば、同じ家に住むのは当然のことだった。
しかし、そうなると陽菜の元の家もどうにかしなければならないのも、当然だった。
陽菜が俺の家に来るのだ。
となれば陽菜の元の家は手放すしかない。
流石にその家をそのままにすることはできない。
陽菜の家族の思い出が詰まった家を手放すしかないのである。
「……ここが、陽菜の家、か」
「うん、ようこそなつきちゃん」
だから、その前に俺は陽菜の家に来ていた。
陽菜が一回来て欲しい、そう俺のことを誘ったのもあったし、俺も元から行くつもりだった。
陽菜に案内され入った陽菜の家は数ヶ月放置されていたから仕方ないが少し埃ぽかった。
「広いな」
「うん」
リビングを見渡して思わず呟いてしまったことに陽菜が同意する。
「……前はそんなことなかったんだけどな」
そして、小さくそう呟いた。
それはきっと体が小さくなったからじゃなくて、この家は三人で使っていたからなのだろう。
陽菜の顔を横から見る。
やはり、未練がないわけじゃないのだろう、どこか懐かしむような顔をしている。
けれど、その瞳は過去に向いていながら、どこか未来を見ているようにも感じた。
「ごめんね、何もないからおもてなしとかできないや」
「いらない。家族なんだから、おもてなしなんて」
「そっか」
流石に数ヶ月放置された場所にまともな食べ物はない。
あるとしたらきっと見ないほうがいいような状態だろう。
そんな状態でおもてなしなんてできるわけがない。
でも、別におもてなしなんていい。家族なんだから、そんな他人行儀なことする必要がないのだ。
陽菜はリビングをゆったりと歩く、それはそこに残っている残滓を追うようだった。
「ここでさぁ、お父さん本読んでたんだ」
「どんな本なんだ?」
「わかんない、小難しいやつ。教えてほしかったなぁ」
陽菜はソファやらなんやらを指差して、そのたびに色んな家族の思い出話をしてくれた。
それを俺は相槌を打ちながら静かに聞く。
「お母さんは料理が得意でさ、よく二人でキッチンに立って料理教えてもらってた」
「お前が料理できるのはそれが理由か」
「うん……て、いっても簡単なものしか教えてもらえなかったんだけどね。なつきちゃんは?料理上手だったよね?」
「一人暮らしだからやらないといけなかったんだよ」
陽菜の思い出話を聞いていると、その幸せだった在りし日が俺にも想像できた。
もはや生活感のなくなったこの家が、不思議と生活感が溢れてるように感じる。
俺ですらそう感じるのだ、陽菜からすればどれほどのものか。
近くにあった椅子を撫でる。
俺にとっては何でもないこの椅子も机もちょっとした小物も、陽菜からすればとても大事な家族の思い出なのだろう。
「……これ、捨てなきゃなんだよね」
「……ああ、流石に、置くスペースがない」
どれも陽菜からすれば大事でも、現実的に考えると全てを俺の家へと持ってくるのは不可能だ。
ちょっとした小物や椅子はともかく、机やソファになってくると流石に全部が全部というわけにはいかなかった。
「そっ……かぁ」
俺の答えを聞いて、陽菜は虚しそうに一言呟くと俺が先ほど撫でた椅子を彼女も撫でた。
かなり使い古された椅子で、ところかしこに傷がついていた。
「これね、私が使ってた椅子」
「そうなのか」
「それで、こっちがお母さん、これがお父さん」
二つの椅子を陽菜が指す。
片方は陽菜のものとは対照的に綺麗な状態で、もう片方は陽菜と同じように傷が沢山ついていた。
そのちょっとした違いが、ここに住んでいた者の残滓を感じさせてくれる。
それを陽菜は静かに見つめる。
ただ、静かに、何も言わず、ぼーっと、ただ静かに。
そこには誰もいない。
何もない。
何も、残ってない。
何も
「っ……うう」
けれど、陽菜からすれば、見えているのだろう。
二人の家族の姿が。
楽しかったあの日常が。
もう戻ってこないあの日々が。
……ぽたり、陽菜の瞳から小さな水滴が地面に落ちた。
「陽菜」
「ご、ごめん……なつきちゃん」
陽菜は目を擦り、少しかすれた声で俺に謝る。
その瞳には涙が浮かんでいた。
「わかってる、わかってるの、乗り越えなきゃいけないって……未来を見るって、決めたんだから、乗り越えなきゃって」
陽菜は自分に言い聞かせるようにそう言う。
しかし、彼女の瞳からはぽたりぽたりと涙があふれ出ていた。
「でもね、でもねっ……やっぱり思い出しちゃうの……」
陽菜は目元を押さえて、涙を抑えようとする。
けれど、その程度で彼女の涙は止まることなく彼女の指を水滴が滴っていく。
陽菜は両親のことについてちゃんと向き合う事ができた。
けれど、それは乗り越えられたわけじゃない。
まだ、彼女は子供で大人のようにそう簡単に割り切るなんて事は出来ないのだ。
けど、陽菜は今、乗り越えようと頑張ってるんだ。
なら、家族としてそれをサポートしてやるのが俺の務めなのだろう。
俺はゆっくりと彼女を抱き寄せた。
「良いんだ陽菜、泣いて。泣くのは、悪いことじゃない」
「……そうだよねっ、お母さんっお父さんっ……うううう゛」
それから陽菜が泣き止むまで、陽菜の思い出話を聞いてあげた。
「……ごめん、なつきちゃん。もう、大丈夫」
陽菜が俺の体から離れる。
陽菜の目は泣き腫らし赤くなっていた、けれど確かに涙は止まっていて落ち着いた笑みを浮かべていた。
それを見て陽菜がしっかりと向き合えてることを俺は理解し安堵した。
時間はかかるかも知れない。
けど、いつか陽菜なら絶対に乗り越えられるだろう。
「ねえ、なつきちゃん。私の部屋に行こ?」
陽菜が提案する。
陽菜の部屋、それは少し……いやかなり気になるものだった。
「んふー、どうよなつきちゃん。ちゃんと物置いてあるでしょ?」
どうやら、陽菜は前に俺が言ったことを覚えていたらしい。
部屋に入って最初に言ったのはそれだった。
そして、その言葉通り陽菜の部屋は俺なんかと違ってしっかりと飾り付けされた可愛らしい部屋だった。
ベージュ色の布団に、前にも言っていた沢山置かれたぬいぐるみ。
使い古された勉強机には、色々と可愛らしい小物が置いてある。
壁には陽菜が着ていたのであろう高校の制服が立てかけてあった。
全体的に落ち着いた色合いながら、しっかりと可愛さを感じられる部屋。
まさに、女の子の部屋であった。
俺はその部屋に圧倒され、一歩後ずさった。
「感想は?なつきちゃん」
「お、おう」
「……なつきちゃん?どうしたの?」
圧倒されている俺に陽菜は不思議そうに首を傾げる。
何故、圧倒されているのかこれにはもちろん理由があった。
「いや、その……女の子の部屋に初めて入ったから……」
我ながら恥ずかしいにもほどがある話なのだが。
友達もいない人間が女性経験などあるわけもなく。
というか、男の部屋にすら入ったことないのだが。
初めて入る女子の部屋というものに圧倒されているのである。
なんというか、凄く場違いな場所にいるような気分だった。
それを聞いて陽菜は笑う。
「なつきちゃんも女の子でしょ?」
「……まあ、そうなんだけど」
昔はともかく、今の俺は女であるわけで、俺の家も女の子の部屋と言えばそうなのだが。
しかし、俺の家は知っての通り性別以前の何もない部屋である。
このぬいぐるみやら雰囲気やら女子力がありあまる部屋と比べるのもおこがましいほどだ。
「あれ?なつきちゃんって妹いるんじゃなかった?」
そのことを言えば陽菜は思い出したように妹のことを指摘した。
それに対して俺は反応に困る。
なにせ、妹も妹で女子力とか以前な部屋だったもんだから。
その、俺とは違って……汚部屋的な方向で。
あいつはなんというか典型的な天才肌な人間なのだ。
しかし、そのことを正直に告げるのもなんというか恥だし、それに妹に幻想を抱いてるっぽい陽菜にそんな夢をぶち壊すようなことを言うのも今更すぎるけどなんか嫌で
「……女子力がな」
結果的にそんな言葉で誤魔化すことになった。
「ぷっ、なにそれ」
「……まあ、俺と妹じゃ合わせてもお前の女子力に勝てないってことだ」
「ふーん?」
俺が陽菜に女子力で勝ることはないだろうな。
いや、別に勝つ気もないけどさ。
それを聞いて陽菜は興味深そうに俺に問いかける。
「女子力って意味なら料理が上手ななつきちゃんのほうがあるんじゃない?」
「男の料理と、女の料理は違うんだ」
男の料理とは煮る焼く炒めるで全てが完結するのである。
味よりも量と効率を求める料理である。女子力らしい可愛さとか家庭力とかとはは遠くかけ離れたものである。
「でも、カレー美味しかったよ?」
「そら、まあ、あんときは色々頑張ったし……お前と一緒だったし……」
あのときのカレーは素材含め相当奮発して、陽菜と一緒に作ったものだ。
でも、それでも俺の母の料理には及ばないし、陽菜のお母さんの料理にも届かないだろう。
不思議な話である、レシピ通りに作っているのだが、母の作る味は真似できないのだ。
「そんなもんかー……なつきちゃんも女子力磨いてみる?」
「なんでだよ」
陽菜の言葉に突っ込む。
なんでわざわざ女子力を鍛えなきゃいけないんだ。
何度もいうが今はこんな姿であろうと俺は男である。
そう、男だったのだ。なんか、最近忘れ気味な気がするけど、ならば女子力なんて必要ない。
「俺は男だぞ?」
「でも、今は女の子でしょ?やっぱりちょっと位はあったほうがいいと思うよ?」
「まあ、それは……確かに」
しかし、陽菜の言うことも一理ある。
体が女な以上、俺も女として生きる必要はあるわけで。
最低限の女子力というのは必要ではあるのだろう。
ファッションとか、女性だと化粧とか、まあ俺達の外見年齢ではまだそこまで気にしなくていいと思うが、エチケットとしてあまり非常識な形になってしまうのもよくないといえば、その通りだ。
「まずはさ、あの部屋をどうにかしようよ!なつきちゃんもこだわってみたら?」
「部屋か」
そんなわけで、気がつけば何故か俺の女子力を鍛える話になってきた、陽菜の部屋を見るという話から本当に何故?
陽菜はまず俺の無趣味な部屋をどうにかしようと言う。
まあ、確かに俺もあの部屋はどうかと思うので頷くことにした。
「ほら、ぬいぐるみとかどう?」
陽菜がベッドに置いてあるぬいぐるみを指さした。
好きなのか、ぬいぐるみは凄い量がある。どれも動物系のもので犬猫に始まりハムスターやらモグラやら沢山の種類が揃っていた。
「お前はこういうのが好きなのか?」
「うん!沢山コレクションしてたんだー、あ、ここ以外にもあるよ!ちょっと待ってて!」
陽菜はそういうと俺が止める暇もなくクローゼットを漁りだした。
……いや、俺はぬいぐるみとか興味ないんだけど。
まあ、折角陽菜に言われたのだからと一つずつ見てみることにする。
どれもこれも可愛らしくデフォルメされていて、中々俺から見ても可愛らしい。
どのぬいぐるみも放置されていたというのに綺麗で陽菜が丁寧に扱ってるのがよく分かった。
抱き心地も……結構良さそう。
そんなぬいぐるみたちを見てるとふと思う。
……結構、可愛い、かも。
……悪くない、のか?
なんだかんだいいながらそこそこ楽しんでぬいぐるみを見ていく。
そんな中、ふと、一つのぬいぐるみに目を囚われた。
明るい茶色の、犬のぬいぐるみだ。
手に持って持ち上げる。
触り心地はもふもふで、抱きしめたりしたら心地よさそうだ。
このぬいぐるみに引かれたのにはしっかりと理由がある。
「似てる……」
どことなく楽しそうな明るい顔に、なんだか人懐っこい雰囲気。
まさに陽菜だ。陽菜にそっくりである。
犬耳に尻尾まで形が似てるんだから、もう気づいてしまうと陽菜にしか見えなかった。
そんな陽菜のぬいぐるみを手に持ち見つめ合う。
「なつきちゃん?それ、気に入ったの?」
「ん……いや」
クローゼットを漁っていた陽菜が帰ってくる。
俺の手の中のぬいぐるみを見て陽菜が聞いてくるが、流石に陽菜に似てるからというのは言いにくくて適当に誤魔化した。
ぬいぐるみから視線を外して、陽菜の方を向く。
陽菜はその手に黒猫のぬいぐるみを持っていた。
「ねぇねぇ!これ見て、なつきちゃんにそっくり!」
「ぷっ」
陽菜の言葉に思わず吹き出してしまう。
考えることは同じだったらしい。
陽菜の手の中にある黒猫は、半目で、どこかジトッとした目つきの悪い猫だ。
しかし、そんな表情も猫がやってると可愛いくなるものでしっかりと可愛いらしいぬいぐるみだった。
……ううむ
「似てる……」
「でしょ?」
確かに目つきだとか耳だとかここまで同じだと否定することはできない。
とは言ってもこのぬいぐるみほど俺は可愛くないけど。
まあいいや、陽菜が先に言ったんだし俺もこの犬のぬいぐるみを話す。
「俺も、これがお前に似てると思ってたんだ」
「ほんとだ!」
俺の持つぬいぐるみを見て陽菜が驚く。
陽菜の横にぬいぐるみを持って言ってみると陽菜がぬいぐるみの表情を真似するものだからつい笑ってしまう。
並べると本当にそっくりだ。
それにしてもこのぬいぐるみ……いいな。
「なつきちゃん、もしかして気に入った?」
「……そんなことない」
ぬいぐるみを見つめていると陽菜がそんな事を言ってきた。
……そんなことない、男の俺はぬいぐるみなんて興味ないのだ。
むにっ、なんとなくぬいぐるみを押し込んでみる。
「あげよっか?それ」
「いいのか!?」
「ぷっ、そんなに欲しいの?」
「あ、いや……」
俺の反応に陽菜が思わずと言った感じで笑う。
「いいよ。沢山あってクローゼットにしまわなきゃいけない子もあったし、プレゼント」
「……まあ、プレゼントなら受け取ってやる」
ぬいぐるみには興味ないけど、陽菜からもらった始めてのプレゼントだ。
それなら、貰ってやってもいい。
陽菜からもらったプレゼントを見つめる。
可愛いな……
俺はぬいぐるみを身に寄せて抱きしめる。もふもふしていて心地よい。
「気に入ったようで良かった」
「……いや、これは陽菜から貰ったものだから」
「そっかー」
陽菜がなんだか温かい目を向けてくる。
それに何だその笑い混じりの言い方は。
酷いと思わないか、なあ、ぬい陽菜?
気がつけばさらに日付が経過して……
「なつきちゃーん手伝ってよー」
「多すぎだ!馬鹿!」
「だってえー」
今日はついに陽菜が俺の家に引っ越す日。
と言っても、陽菜は数日前に退院してからこの家に泊まってたのだけど。
今日は陽菜の家から俺の家に陽菜の私物が来て、完全に引っ越しが終わる日なのである。
陽菜は俺の家の空き部屋に住むことになった。
陽菜は俺と同室を希望してたが、まあ仕方ない。俺もそうしたかったけど俺の部屋は俺の部屋でもう完成されてる以上陽菜のものを入れるのは難しいのだ。
ま、普段過ごすリビングは共有だからいいだろう。
トラックから運ばれてきた大量の段ボールに陽菜が悲鳴を上げる。
全く、持ってくるものはちゃんと厳選しろと言ったのに。
「これでもちゃんと厳選したよー」
「……はあ、仕方ないなぁ」
陽菜からすれば大切な思い出だ。致し方ない部分はあるのだろう。
とはいえ量が多いので、まずは陽菜が普段使いするものだけを開けることにする。
他のものは一旦後回しだ。
そうして、厳選したものから厳選したものを二人で協力して開けていく。
「お前、教科書とかも持ってきたのか?」
「うん。学校はいけないけど勉強はしたかったから」
「ふぅん……」
段ボールから出てきた教科書たちに少し驚く。
異世界症候群の都合上、学校には現状通うことはできない。
例え通えたとしても普通に学校生活とはいかないだろうし、それならば通わないほうがマシである。
事実、俺はこうなってから大学を辞めた。
元々就活のためだけだったからモチベーションがなかったのはあるが、この体で大学に行って起きることを考えれば大学なんかに行く気にはなれなかった。
それは陽菜も同じで、陽菜も通っている高校を辞めている、というか辞めざるを得なかった。
陽菜みたいな人間からすれば学校は楽しい場なのだろう。そのことに陽菜は残念そうにしていた。
そんなわけで、俺達は学校に通わない。
学校に通わないなら、わざわざ勉強する必要はないだろうにどうやら陽菜はちゃんと勉強するつもりのようだ。
全く偉いやつである。俺なんて最後に勉強したのは半年前だ。
「勉強、見てやろうか?ある程度までなら教えれるはずだ」
「ほんと!?」
大学生と高校生、家庭教師のバイトのようなものだ。さすがに実際の教員ほどいい指導はできないだろうが、多少勉強を教える程度なら問題なくできる。
それを伝えたら陽菜は嬉しそうだった。
……ううむ、言ったあとだけど自信がない。
大学に通ってたのは半年も前だ。高校の範囲の記憶なんてだいぶ怪しいぞ。
かといって陽菜の期待を裏切るのも嫌だ。
……隠れて俺も勉強しよ。
俺はそう内心で決心した。
それからも段ボールの開封は続く。
小物以外にも、陽菜は机なども持ってきたらしい。
解体されていたものを二人で組み立てていく。
その中にはベッドもあった。
…………むぅ
「なつきちゃん?どうしたの?」
「……あ、いや、なんでもない」
「あ、誤魔化した。もー、何言おうとしたの?」
ベッドを用意する陽菜が不思議そうにこちらを見てくる。
それで思わず誤魔化すが、流石にバレてしまう。
……いや、その、だな
我ながら女々しいことを言おうとしてるから言い淀む。
しかし、流石に隠し通す事はできない、それに……まあ、これで言わずにそうならなかったら、嫌だし……
俺は小さく、陽菜に言い淀んだことを告げる。
「……その、一緒に、寝ない、か?」
「え?」
我ながら本当にどうかと思うのだが、折角陽菜と一緒に住むのだから一緒に寝たいという気持ちがあって。
ここ数日陽菜と一緒に寝ていたわけだが、それは陽菜のベッドがないからだ。
しかし、今陽菜はベッドの用意をしてるわけで、そうなると一緒に寝れない。
……それは、嫌だ。
顔を赤くしながら陽菜にそのことを伝えると陽菜は不思議そうな顔を浮かべた。
「元からそのつもりだよ?」
「え、じゃあなんでベッドを……」
「ぬいぐるみ床に直接置くの嫌だったから置き場所にしたかったし、あと寝転ぶ場所欲しいなぁ〜ってだけだよ?」
……つまり、俺の、早とちり?
ボンッ、俺の顔が爆発した。
っ〜〜〜やらかしたやらかしたやらかした。
陽菜はニヤニヤとした笑みをこちらに向ける。
「そんなに私と一緒に寝たかったの〜?」
「う、うるさいっ!」
穴があったら入りたい。穴を掘りたい。
陽菜からぷいっと視線をそらす。
「やっぱりなつきちゃんはお姉ちゃんよりも妹かもな〜」
「……うう」
陽菜が俺の頭を撫でる。
振り払おうとしたけど、それが心地よくて俺は受け入れてしまった。
なんでだ、なんで俺のほうが妹扱いなんだ。
俺の方が年上なのに!年上なのに!
異世界症候群の影響で精神が幼くなってるとは言われていた。
けど、最近はなんか、特に陽菜と家族になってからさらに酷くなってるような……
「なつきちゃん喉ゴロゴロ言ってる〜」
「にゃぁっ!?」
言われて俺の喉がゴロゴロと音を鳴らしてるのに気がついた。
え、俺の喉ってこんな機能ついてたの?知らないんだけど。
猫じゃん、それはもう完全に猫じゃん。
「そんなにナデナデが気持ちよかったの?可愛いなぁ〜なつきちゃんは」
「っ〜〜〜〜もういいっ!」
陽菜の腕を振り払う。
もういい、もういい、いくら否定しても妹年下扱い。
そのことで陽菜からイジられるのももう散々だ。
だから……
俺は陽菜に飛びついた。
「わっ!?なつきちゃん?」
「お前が妹扱いするなら、こっちから甘えてやる!」
「え、やったぁ!」
開き直りである。
そしたら何故か陽菜は喜んだ。
なんか、本格的に俺が妹側になってるような。
……まあ、いいか。
こうすればイジられることはないし……
……大好きなお姉ちゃんに甘えられる……しぃ?
陽菜の部屋の引っ越しもあと少し。
ほとんどの物を開封し終わった今、この部屋はあの前の陽菜の部屋にそっくりになっていた。
けれど、一箇所。
前の陽菜の部屋になかったものがあった。
「お母さん、お父さん……」
それは、仏壇だった。
陽菜の部屋の片隅に、陽菜の両親のための仏壇が置かれていた。
仏壇には、陽菜の二人の家族の遺影が飾られている。
今の陽菜は、本来の陽菜と姿が違う。それなのにその遺影に映る姿は不思議と今の陽菜とも血縁を感じさせるものだった。
二人で彼らに線香を立てる。
「…………」
「…………」
線香特有の匂いがする中俺達は無言で仏壇と向き合った。
瞳を閉じて、合掌する。
彼らに俺は話しかける。
『陽菜は俺が幸せにします』
陽菜の両親に伝える。
果たして、この思いは伝わっているのだろうか。
せめて、彼らには空の上で安心していてほしかった。
ゆっくり、目を開けると陽菜は先に目を開けていたのかぼーっと仏壇いや、遺影を見つめていた。
線香の煙が辺りを舞う。
陽菜は、二人のことをただ見つめていた。
色々とまだ思うことがあるのだろう。
少し、一人してやったほうがいい。そう思って俺は陽菜の部屋から出ようとした。
その時だった。
「待って、なつきちゃん」
「……陽菜?」
陽菜が俺のことを呼び止めた。
そして、彼女は言った。
「聞いてて欲しいの」
何が、それを問いかけるよりも早く陽菜は叫んだ。
「お母さん!お父さん!」
「!」
陽菜は目の前の仏壇に向けて
いいや、自身の両親へ向けて目一杯に叫ぶ。
「二人がいなくなってからいっぱい、いっぱい時間が経ちました!」
その言葉で俺は理解する。
彼女が何をしようとしているのか。
彼女は今、乗り越えようとしているのだ。
それは、最後の挨拶。
陽菜の両親との、別れの挨拶だ。
「寂しかったよ!辛かったよ!」
陽菜は大声で自身の思いを両親へ向けて吐露していく。
俺は、そんな陽菜を静かに見つめる。
彼女は今、乗り越えようとしている。
ならば、家族としてそれを見届けなければならない。
「でもね、新しい家族ができたの!」
「!」
陽菜が一瞬、こちらを見る。
ほんの少し目が合う、彼女は泣くでもなく笑っていた。
とてもいい、笑顔だった。
「だからね、もう平気!私はもう、平気だよ!寂しくもないし!辛くもないもん!」
陽菜は笑って、両親へ自分はもう大丈夫だ、そう伝える。
そして、
「今、私は、私は!私はっ!!」
陽菜は少しずつ声を張り上げていく。
そのまま大きく深呼吸すると、今まで一番大きな声で、空にも届くような大声で。
太陽のような笑みを浮かべて宣言した。
「幸せだよ!!!!」
陽菜が放った言葉に俺は目を見開き息を呑んだ。
陽菜は幸せだと、そう言った。
彼女が心の底から、本心からそう言ってくれた。
そうか
俺は、彼女を幸せにできたのか。
それが、何よりも喜ばしくて俺は胸が一杯になる。
「お母さん、お父さん、今までありがとう!」
陽菜が両親へ、最後の感謝の挨拶を伝える。
この言葉が、どうか陽菜の両親へ届いてますように、俺はそう祈って少し仏壇の方に視線を向けた。
その時、その時だった。
「え……」
目の前で起きた出来事に呆然とした声が俺の口から漏れた。
いた
間違いなく、そこにいた。
見えない、見えないけど、何かがそこに。
陽菜の目の前に、二人、間違いなく二人いる。
俺はそれをただ見つめることしかできなかった。
あれは、一体何だ?
そう思って、ふと、前に陽菜が言っていたとある話を思い出した。
お泊まり会、ホラーゲームをやる前に言っていたことだ。
猫は幽霊が見える。
何もない空間をみているとき猫は幽霊を見ている。
そんな、都市伝説じみた噂、けれどそれが真実だとしたら?
まさか、本当に?
ありえない、そう否定したい。けれど、それを否定できないくらい、そこには二人、陽菜の、陽菜の家族がいるのだ。
「私を産んでくれてありがとう!」
陽菜は、変わらず両親へ感謝を伝えている。
陽菜は、気づいていない?
一体どうなって……?
そう思ったとき陽菜の家族が、一歩陽菜の前に進む
そして、陽菜を抱きしめた。
「私を育ててくれてありがとう!」
優しい抱擁だった。
叫ぶ陽菜を包み込むような
ぎゅーっと、子どもが喜びそうな
家族のような、優しい抱擁。
何も、何も言わず、ただ陽菜の体温を感じるように二人が陽菜を抱きしめる。
「私と、一緒にいてくれてありがとう!」
静かに、静かに抱きしめる。
静かだった。
静かだったのに、彼らの惜しむような、悔やむような心を感じた。
そこに彼らの、愛を感じた。
親として、娘に向ける強い愛を
陽菜も何かを感じたのだろうか、陽菜の瞳から一筋の涙が頬を伝った。
彼らが、その抱擁をゆっくりと解く。
そして陽菜の頭を撫でる、片方は優しい手つきで、もう片方はとても力強い手つきだった。
その後、少しこちらを見た。
いない、いないはずの何かと目が合う。
そして、彼らは俺を見ると安心したように笑った。
それから、何かを言った……わからない、わからない
けれど、
彼らが俺を信じてくれていることだけはよく分かった。
「お母さん、お父さん」
陽菜が二人を呼ぶ。
呼ばれた二人が、陽菜の前に静かに夫婦らしく並び立つ。
その目はとても、穏やかだった。
まるで一人の娘が、家を出る門出を祝うような、そんな優しい表情をしていた。
ああ
それを見て理解する。
きっと彼らがこの場にいられるのはここまでなんだって
陽菜が彼らの死を乗り越えた時、彼らは本当の意味で陽菜と別れるのだ。
きっと、彼等がここにいるのは許されないことなのだろう。
でも、彼らは現れた。
陽菜が自分達の手から羽ばたいていくのを見届けるために
娘が、空を飛ぶのを見るために
親として、最後の仕事をこなすために
「ずっと……ずっと……」
陽菜がラストスパートを駆けるように、息を大きく吸い込む。
そして、
「大好きだよ!!」
羽ばたく
陽菜は両親の手から羽ばたいた。
はあ、はあ、と大声を出して疲れたのだろう陽菜が息を荒くする。
それを聞いた、その羽ばたきを見届けた陽菜の両親は、安心したかのような、満足したかのように笑う。
それは、太陽のような笑みだった
そして、ふわぁっとまるで最初からいなかったように……否、いなかったのに、そこからいなくなった。
「今のは……」
「……ねぇ、なつきちゃん」
目の前で起きた信じられない光景に圧倒される俺に陽菜が話しかけてくる。
彼女はほんの少し瞳に涙を浮かべながらも、太陽のような笑みを浮かべていた。
「……伝わったかな?」
「……ああ、確かに伝わったよ」
絶対に
俺が確信を込めてそう言うと陽菜は安心したようにそっか、と呟いた。
二人でそのまま無言で佇む。
「なあ、陽菜」
「なぁに?」
「俺も今、幸せだよ」
陽菜と出会えて、俺も今幸せだ。
俺のその言葉に陽菜は、太陽のように笑い、俺も釣られて似たように笑った。
ふと、そこでどっちのお腹か、空腹を訴える音を鳴らした。
「……お昼ご飯食べよっか?」
「……そうだな」
キッチンへ向かうために俺達はその仏壇から背を向ける。
だってもう、別れは済ませたのだから。
彼らに任されたのだから、彼らは安心したのだから、未来を向かないと。
「オムライスとかどうだ?」
「オムライスっ!?食べたい!!」
オムライスと聞いて尻尾を振る陽菜に笑みを浮かべる。
「ねぇねぇ、作り方教えてよ!」
「そうだな……卵やってみるか?」
「やってみたい!」
二人で姉妹のように楽しく話しながら廊下を歩く。
これからも、こんな毎日が続いていくんだ。
だって家族は、ずっと一緒なんだから。
これにて、『ケモミミ少女が救われる話』はおしまいとなります。
全12話、約12万字、ここまで読んでくださりありがとうございました。
『救われる話』はこれで終わりました。
ですが、彼女達のお話はまだ続きます。だって、家族はずっと一緒ですからね。
私もそんな彼女達の話を見たいですから、今後も不定期で『その後のお話』や他者視点の番外編などを書きたいと思っています。
というわけで明日明後日にかけて小柳さん視点のお話をあげようと思いますのでよろしくお願いします。
最後に改めて、この小説を読んでくださった皆様方、最後まで付き合っていただき、ありがとうございました!




