パイソンカマムシ割り
コロンさま主催の「酒祭り」と「パイソンカマムシって何?」を合わせた作品です。
よろしくお願いします。
1
今日は土曜日。
4月も半ばを過ぎ、だんだんと暑くなってくる。
私の土曜の過ごし方はほぼ決まっている。
まず午前中は一週間分の買い物だ。
トイレットペーパーとかティッシュペーパーとかいろいろとかさばるやつ。
また酒の補充で、ビールの350mlの24本入りケースとか、あとは焼酎の1800mlのパックを2つとか。
自転車で近所の店に行っては、自宅のアパートへ買ったものを帰るのを繰り返す。
なぜなら、スーパーマーケットのA店では同じメーカーのビールが一番安いから。
ドラッグストアのB店ではトイレットペーパーが一番安いから。
店によって何が安いかバラバラなのだ。
このように一番安く売っている店とアパートの行き来で、私の午前中はつぶれる。
「ふぅ、もう13時近くか。汗もかいたし、腹も減ったから、行くか!」
私は土日は13時からやっている、昼呑みができる近所の焼き鳥屋へと徒歩で進む。
「マスター、やってる~」
13時まで数分前。
入り口には「準備中」の表札があるが、私は構わず入る。
「あ~、ちょっと待ってね~。いや~暑くなったね~」
「ホントですよ。つい一カ月前は雪降ってたのに」
バイトの若い女の子がおしぼりを差し出しながら、「生ビールですか?」と聞いてくる。
「はい、生おねがいしま~す」
私の住んでいるところからの最寄駅。その近くにある小さな焼き鳥屋。
カウンターは一列で8席。年季の入った一枚板の木のテーブル。
カウンターの後は4人が会食できるテーブル席が2つある。
もちろん私はカウンターに座り、バイトの子が生ビールとお通しを出す。
バイトの子は動きやすい普段着の上にエプロンをしているだけ。
マスターも動きやすい普段着。
それがこの店の家庭感を出してて心地いい。
カウンターの対面の調理場の奥にはキープされた焼酎が並んでいるが、移動式の壁掛けテレビがある。
もっぱらグリーンチャンネルから競馬関係を流している。それがこの店のBGM。
ときおりマスターの手が止まり、テレビにくぎ付けなのはご愛嬌。
「ありがとうございます」
出されたお通しは茹でた手羽先にカレーがかけられたもの。
カレーのスパイシーな香りと暑さで、生ビールはあっという間になくなる。
2
「マスター、焼き鳥おまかせ10本おねがいします。あと焼酎も」
「味付けは全部塩だよね。焼酎は『パイソンカマムシ割り』?」
「はい、『パイソンカマムシ割り』でおねがいしま~す!」
すると、入り口から「ガラッ」と音がして馴染みの客がやってきた。
「早いね~、大野さん。もう『パイソンカマムシ』?」
この店で知り合ったAさんだ。
Aさんも「暑い暑い」言いながら、カウンターに座り生ビールを頼む。
風貌は某孤独のグルメの原作者の方に似ていて、帽子は被ったままだ。(いいじゃないか、被ったままでも)
一方、私の目の前にはキープした焼酎のボトルと冷えたジョッキと炭酸水と氷がたっぷり入ったアイスペール、そして「パイソンカマムシ」が置かれた。
「ミギィアァァ……」
小さなうめき声を発する小皿に盛られた「パイソンカマムシ」を私はつまんでジョッキの中に入れ、焼酎をジョッキの半分ほどまで流し込む。
生きたままの「パイソンカマムシ」を投入すると、その持っている山椒成分が絶妙に抽出され、得も言われぬスパイシーな味わいとなるのだ。
「そろそろだな」
氷と炭酸水を入れ、マドラーで軽くかき混ぜる。
「では、乾杯! 今週もお疲れさまでした~!」
ビールジョッキを持つAさんとジョッキを「カチン」と合わせ、私は「パイソンカマムシ割り」をあおった。
「はいっ、おまちどう! 焼き鳥10本ね」
マスターから横広の皿に入った焼き鳥10本を渡される。
おまかせの10本が1200円台って良心的じゃない?
ちょっと前までは1000円台だったんだけど……。
午前中の買い物と言い、まったく嫌な世の中だよ。
「パイソンカマムシ割り」を飲んでないとやってられないな。
3
焼き鳥をほおばりながら、「パイソンカマムシ割り」をキュッと一口飲む。
焼き鳥のジューシーさと「パイソンカマムシ」の爽やかな辛味が口内で混ざり合う。
「ミギィィ……」
ジョッキは空になりかけた。まだ「パイソンカマムシ」は健在だ。
私は再び焼酎をジョッキの半ばまで注ぎ、しばらくたってから炭酸と氷を投入し、マドラーでかき混ぜる。
「とまらんね。『パイソンカマムシ割り』最高!」
Aさんはおまかせ5本と砂肝のネギ塩だれを頼み、飲み物は「パイソンカマムシ入りハイボール」。
マスターがテレビを地上波に変えた。
どうも今日は戦果が芳しくない模様。
バラエティ番組で、最近、というかかなり前から流れる訪日外国人がインタビューされているコーナーだ。
日本語の大袈裟なアテレコが耳に届く。
インタビューされているのは、オーストラリアから来たカップルである。
「やっぱり日本に来たら『パイソンカマムシ割り』だね! 私は3杯も飲んじゃったよ!」
「私は粉末状にされた『パイソンカマムシ』がかけられたアイスを食べたわ! すっごくピリリとして美味しかったわ!」
「『パイソンカマムシ』。もうすっかり世界中で人気だねぇ」
マスターが笑う。
4
そう、「パイソンカマムシ」は世界中でほぼ分布しているのだが、食用としていたのは日本くらいで、日本食ブームの関連から世界中に「パイソンカマムシ」食は広まった。
なぜか日本で採れる「パイソンカマムシ」が美味とされるので、訪日外国人はまず日本の「パイソンカマムシ」を目指すらしい。
「私の国でも『パイソンカマムシ』は採れるけど、とても食べられるものじゃない。なぜ日本の『パイソンカマムシ』が美味いのか。これは謎だよ!」
くだんのオーストラリア人(の声を当てているナレーター)が大げさに言っている。
焼き鳥を食べ終わり、私はバイトの子に注文をする。
「え~っと、もずくと冷ややっこおねがいしま~す」
そのころジョッキの中の「パイソンカマムシ」は文字通り虫の息だった。
「ミ……ミギャ……!」
私はジョッキの中の「パイソンカマムシ」をつまみ、口の中に放り込み、ぼりぼりと食べる。
尾の赤い部分が辛さでツーンとくる。
「『パイソンカマムシ』の追加おねがいしま~す」
ちょっとバイトの子を働かせすぎちゃったかな。
追加された「パイソンカマムシ」で再び「パイソンカマムシ割り」を作る。
そして、石垣島のもずくをめんつゆとおろしショウガで、冷ややっこをしょうゆとネギとおろしショウガで……。
「……しまった。ショウガかぶりだ!」
だが、「パイソンカマムシ割り」はそんな私の失敗をすぐに忘れさせてくれる。
私にとって「パイソンカマムシ割り」はただのアルコール飲料ではない。
このように時にはそっと寄り添ってくれる存在だ。
〆にかけラーメンを頼む。
かけラーメンが出来上がるまで、私は2匹目の「パイソンカマムシ」をぼりぼりと食べる。
かけラーメンが来た。
「パイソンカマムシ割り」でだいぶ体はひんやりしている。
ラーメンを食べ終わった私は、お会計をして店を出る。
「Aさん、お先に~。では、ごちそうさまでした~」
「おつかれさんス。また来週もよろしく~」
「ありがとうございます。気をつけて」
「パイソンカマムシ割り」でほろ酔い気分の私は、まだ日が高いが、やや涼しさを感じる中、アパートを目指してのんびりと帰宅するのであった。
パイソンカマムシ割り おわり
おまけ。
AIで作った「パイソンカマムシ割り」のイメージ画像です。
AIっておもしろいね!
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