8遠征
部屋に帰ってからも、僕は空気の壁、とか森の癒し、などを練習した。
どんどん出来るって面白い。
本のページをめくって、さらに読めるものはないか探した。
と、
「お前って真面目くんだなぁ……」
急に声が聞こえる。
へ、と見ると僕の手の甲から緑の蛇、緑が顔を出していた。
「あれ、緑、三首蛇の所に帰らなかったの?」
「まー、しばらくはお前にコーチしてやるよ」
緑は請け合い、
「新しく読めるようになったのは、こことここと、ここだぜ」
木の魔法や水の魔法、火の魔法以外にも、空気の魔法や石の魔法でも読めるものが増えていた。
「魔法は相互交換の法則ってのがあってだな、例えば火の魔法と木の魔法が全て使えるのなら、石の魔力を直接は持ってなくても合わせて石の魔法になるものなんだぜ」
僕は藁の布団に座って、
「へー!
それで石の魔法や空気の魔法も読めるようになったのか。
召喚術や光や影の魔法も読めるのは、そんな感じ?」
「ああ。
お前は、読めてもまだ実践はしていない魔法が多いから、全て実践すれば、また読める部分は増えるぜ」
それは楽しみだし、もっと練習したかったが今日はやめておけ、と緑。
「魔法も体力を使うんだよ。
急に大量に使うと気絶したりするぜ」
それは困るので僕は寝ることにした。
その前に体を洗う。
僕ははしごを降りて、浮遊の術でタライを借り、井戸に行って水を汲み、水をこぼさないように浮かせて外の窓からタライを部屋に運び、服を脱いで体を洗った。
火の魔法があるから、手をいれるだけで水を適温まで温められる。
「あ、そうだ、ねぇ緑?」
なんだよ、と緑は僕の膝に出た。
「あの、リアには聞きづらかったんだけど僕の世界の石鹸を作る魔法とか無いかな?」
水でこすっても洗った気がしないんだよな。
「んー、待て待て、お前の頭を見て探ってやる、石鹸ねぇ?」
緑が探してるのは、僕にも分かった。
転生前の風呂場の風景や僕が図書館に行って本を調べる風景が見えたからだ。
残念ながら、自分の顔は分からなかった。
自分の目線だからだ。
図書館で本を読むと苛性ソーダと油、水があれば出来るらしい。
「うん、これなら水の魔法でできるぜ」
魔法の本には載っていないオリジナル魔法で石鹸が出来た。
「やった、凄いよ緑!」
僕は喜んだが、
「もう一つ欲しいものがあるんだけどな」
「言ってみ?」
「えーと、言いにくいんだけど、こーゆう毛を溶かす薬は作れないかな?」
僕は足を触った。
実は僕の腕や足には、結構ボーボーに毛があるのだ。
金髪だから目立たないけど。
元日本人の僕としては、気になって仕方ない。
「お前、女みたいな事言うな」
「いや、昔の僕の世界じゃ常識だったんだよ」
僕は慌てて説明した。
「女性はアラクラサイコの木の樹液を使うんだぜ」
木の魔法で簡単に出来た。
使用感は、まさに脱毛剤だった。
「あと、火の魔法で抜く、っていうのもあるぜ」
え、と僕は脇の下で試してみた。
どちらかと言うと美容魔法なので別の項目に出ていたのだが、ワックスで抜くのではなく温めて、毛穴にオイルを馴染ませてゆっくりやるから痛くない!
鏡も作って、僕はせっせとムダ毛を処理した。
美容魔法では制汗とか匂い消しとかもあったので、僕は全身を綺麗にして、髪の艶出しもして、タライの水を浮遊の魔法でドブに捨てた。
いやー冷静になってみると、鎧の下は貫頭衣だし、脇の下丸出しで、金髪だから目立たないけど、お年頃なのでヒョロヒョロ生えてるのとか、下半身はほぼ、トランクスから脛の半分ぐらいまで丸出しの素足だからムダ毛が気になってたのだ。
毛唐の体って結構毛深いんだもん。
スッキリして僕は眠って、翌日。
朝ご飯を食べていると、ジーンたちがやってきた。
「なー、そろそろあたしたちも遠征に行かないか?」
あー、RPGで隣町まで行く、とかだね。
「装備は傀儡で出来るけど、どこに行くの?」
リアが聞くと、
「メデューサの森の東にオランド平原があるだろ。
その先に廃都があるじゃないか。
あの辺まで行って、まあ経験を積む、って奴だよ」
タニアが、
「オランド平原にはワームがいるだろう。
結構過酷だと思うよ」
と助言した。
「だから探り探り、さ。
少しずつ経験したほうが良いだろ」
タニアは難しい顔をしたが、僕とリアに、
「生物探知の呪文は覚えてるね」
「水の魔法ですよね。
練習はしましたけど、実践しないと分からないですね」
「あたしは何度も使ってるわ。
それは大丈夫よ」
タニアは考え。
いきなり廃都はやめときな。
途中に川があるから、その辺まで行ってテントで一泊して帰ってくるんだ」
まー遠足みたいな感じだけど、僕は怪物退治よりは、そんな楽しいピクニックが好ましい。
「まー最初はそれでいいよ」
ジーンも折れて、僕らはオランド平原へ向かうことになった。
傀儡師のリアがいるから、僕らは特別、装備はしないで城を出た。
メデューサの森を右目に見つつ歩いていくと、森が草原に変わる。
この辺からがオランド平原だ。
道は石が敷かれていて、荷馬車なんかも通っている。
ここでもモンスターが出ることはあるのだが、被害の度に討伐隊が出て駆除してるので、オランド平原では一番安全な場所だ。
ここらを歩けば、ほんとのピクニックなのだが、僕らは冒険者なので道を逸れて草むらに入っていく。
毒蛇だっているから、普通は取らないルートだ。
草を掻き分け、進むと低湿地があったり、丘があったり、石がゴロゴロしていたりして、アドベンチャー感がたっぷり出てくる。
ウサギや小鳥、地上歩行型の、柴犬くらいある鳥なんかもいて、割と人が来ても逃げないのでサファリパークみたいだ。
やがて野生の馬の群れや、牛や鹿なんかも現れた。
「わー、野生って感じだね!」
僕は喜ぶが。
「普通だろ、こんなの」
と僕に冷たいガイスン。
「ここら辺で牛の一匹も仕留めときたいね」
ジーンは言った。
心は日本人の僕としては、モンスターや襲ってくる敵は倒しても心も痛まないが、のどかに草を喰む牛さんを殺すのは気が進まない。
だがコンビニもない世界では、お腹が空いたら殺すしか方法はない。
「どうやる?」
僕が聞くと、
「俺はこの弓で射る。
姉貴は、弱ったら仕留める。
リアは援助をする」
「あーつまり……」
僕が言うと、兄弟は頷いて。
「近づいて、こっちにおびき寄せるんだ」
こいつら……、と思ったけど、まー、たまたま僕も魔法を使いたいところだったから。
「分かった」
言って、何を試そうかな、と考える。
近づいてヨーヨーで殴れば怒りそうな気もするが、魔法でやる、となると。
影魔法に、影の犬、というのがある。
数匹の実体のない犬を出し、吠えたり、噛みついたりさせる魔法だ。
犬以外にも色々な動物が出せるが、狩りと言ったら犬だろう。
「影召喚!」
本当は召喚術じゃないが、手を広げて犬を五匹、作り上げた。
ハスキー似の影の犬たちは大声で吠えながら牛さんに飛びかかり、噛みつく。
影なので、傷はすぐ消えるが痛みは本物なので、牛さんは叫び、走り出した。
初めは間違えて僕らから遠ざかるルートを取ってしまうが、僕が巧みに犬を操り、みんなの待つ方に誘導する。
昨日までは実は脇があんまり見えないようにしていたのだが、今は毛根から抜いているから、むしろ見せびらかすように犬を操る。
ガイスンが弓を当て、ジーンが飛びかかって剣で切る。
が、牛はタフだった。
リアの方に向かっていく。
僕はヨーヨーを取り出して、牛の頭に撃ち込んだ。
が、牛はへでもないようだ。
「しょうがないな」
緑が言った。
叫べ!
「グリーンスネーク、カモン!」
僕の左腕が一本の緑のヘビとなり、牛の喉笛に噛み付いた。
がっ!
牛は叫び、倒れた。