6蛇の願い
水が粘るように持ち上がり、ザザアと流れながら沼に落ちていく。
とてつもなく巨大な蛇だ。
頭は多分、足を組んで丸く体育座りをした慎太郎程はある。
三つの首はまだ大人の男の胴体程だったが、三つが繋がった先は、慎太郎たち4人が手を広げて輪を作ったほどもある。
その意味では、やや胴体の太い珍しい特徴を持ってもいた。
蛇は大木程も水から伸び上がり、三つの、巨大な頭で慎太郎たちを見た。
慎太郎は、ジーンの言葉を受け。
「あの……。
人違いでなければ、僕を呼びました?」
努めて丁寧に、聞いた。
「左様」
真ん中の蛇が語る。
「我らは、困っているのだ」
なるほど……。
三本首の蛇様が本当の依頼者だったようだ。
「何があったんだい?」
あまり言葉使いとか気にしないジーン。
「どうも人間が、この沼に獰猛な魚を放流してしまったようなのだ」
三本首の蛇様も、あまり言葉使いを気にしないようだ。
「獰猛な魚?」
「うむ。
獣のような牙の生えた巨大な口に、鎧のようなウロコを備えている。
沼の魚を、亀やカニまで噛み砕いて食べてしまう。
なんとかできるのはお前たちだけだ、と聞いた」
僕は、リアを振り向いた。
「何とかできるの?」
リアは金髪のロングヘアをさらりと掻き上げて。
「水中行動の魔法はかけられるわ。
ただ、この広い沼の中から、その魚を見つけるのは難問ね」
そーだよなー、と慎太郎も沼を見渡す。沼は山を囲むように広がり、また周囲に沼の何倍もの湿地を抱えて広がっている。
息継ぎ不要とか、そんな問題では無い。
「それは心配ない」
と三つ首蛇さん。
「これを案内に付ける」
言うと、三つ首蛇三の右の頭がヌーと下がってきて、岸にいる慎太郎たちの前まで来た。
と、口の中からチョロリ、と緑色の可愛らしい蛇が舌先を滑るように出てくると、砂地に軽やかに着地した。
「オイラ緑と呼んでくれ」
「へー、緑、よろしく」
慎太郎は蛇に挨拶をした。
緑は、
「こっちだよ」
と泳ぎ出す。
リアは慌てて、
「水中呼吸の術をかけるわ」
言うと短く呪文を唱えた。
そして、出にした杖で、慎太郎たちの頭に触れる。
「ん、これで泳げるの?」
慎太郎が聞くとガイスンがケケケと笑い。
「水の中でも息は出来るが、泳ぎまでは出来ねーよ。
自分で泳ぐんだな」
「えー、僕、二五メートル泳ぐのがやっとだよ」
慎太郎はボヤく。
「泳げなければ、歩いてもいいの。
とにかく、やってみて」
とリアは慎太郎を励ます。
ちら、とガイスンは白い視線を慎太郎に向けた。
ジーンは、こうするんだ、とばかりに、靴のままバチャバチャと沼に入っていく。
「えー、服脱がないの?」
驚く慎太郎だが、ガイスンが。
「あのな、俺たち戦いに行くんだぜ。
防具を外してどうするよ」
そう言えばそうか。
考えてみれば、慎太郎もニュースで、鎧武者が鎧のまま泳ぐのを見たことがある。
確かに、戦うのなら、それしか無いか。
慎太郎はブーツで沼に入った。
変な感じだが、思うより違和感は少ない。
鎧の下は貫頭衣なので下着はトランクスのようなものだ。
肩まで浸かると、マントが浮かんだ。
何かの革らしい、としか思わなかったが、水没すると、どうやら浮力があるらしく、慎太郎はウエットスーツを着ているように、水中行動ができた。
息はできる。
口の周囲で水が止まり、そこから空気だけが慎太郎の肺に運ばれるようだ。
鼻も、水の内側になっていたから、水を飲んで溺れる心配は皆無だった。
沼とは言うが、水中はかなり澄んでいて、のどかに魚が泳ぐ姿も、あちこちに見えている。
緑は、慎太郎たちを待ちながら、沼の奥へ進んでいく。
陽光は湖底にたゆたい、岩や水草が様々な景観を作るので、プールのように単調でもない。
どのくらい泳いだのか、水中が微かに薄暗くなる。
おそらく上に木の枝が広がっているのだろう。
緑が慎太郎の鎧に滑り込んだ。
(そろそろだよ。
気を付けて)
緑は囁く。
岸辺は複雑な岩場になっており、沢蟹がウジャウジャ歩いている。
至るところに暗い穴があり、どこかの穴に、あの魚が隠れているらしい。
多分ヨーヨーは使えないよなー、と慎太郎は考えていた。
と、するとエウリュアレ女神に貰った剣か……。
剣道などやったこともないが、ジーンのような大剣ではないので、水中でも使い回しは良さそうだ。
慎太郎は剣を抜き、周りに視線を走らせた。
剣は片刃の直刀で、厚みがある。
日本刀に似たツバがあり、柄も両手で持てるような長さだが、長さは脇差し、と言ったところで、鉄より軽い金属で作られた刃と柄が一体のものだ。
ジーンやガイスンは近くにいるが、リアは少し離れた岩陰にいた。
敵はどこだ……?
緊張して周りを見ていた慎太郎の肩に、ガツンと衝撃がある。
水中でよろけた慎太郎だが、魚は瞬間、光にウロコを輝かせ、消えた。
え、見えない!
水中で慎太郎たちは遅くなり、魚は矢のように速かった。
とても見れはしない。
また、沼は透明度は高かったが、薄暗いこともあり、五メートルも離れたら全てはシルエットになってしまう。
水の中では、とても勝てなかった。
慎太郎は、ジーンに、上に上がる、とゼスチャーした。
水面に出ると、ジーンが。
「どうした?
やられたかい?」
慎太郎は肩を触ったが、鎧の肩パッドに当たったらしく無傷だった。
リアも浮上して、
「危ないわ!
足をやられるわよ!」
叫んだ。
慎太郎は、
「リア、その箱、何でも出せるんだっけ?」
聞くとリアは頷く。
「船も出せる?」
リアはブツブツと呪文を唱え、手を水中にいれると、オモチャの船を取り出した。
ジーンが何か言う前に、船は一瞬で十メートル近いボートになった。
慎太郎たちは船に上がる。
「あの速さじゃ、水中じゃ勝てないよ!」
言うがガイスンは冷笑して、
「どうする?
釣るのか?」
「リア、網も出せる?
あの、周りに重しが付いた投網が良いんだけど?」
リアは首から下げた箱に手を突っ込んで呪文を唱える。
だが……。
どん、と船底に魚がぶつかった。
「おい見ろよ!」
ガイスンが、愕然と言った。
水面に顔をだした魚は、ボートとほぼ同じ大きさだった……。