11遠いカダス
馬車は独特の揺れがあり、最初にうとうとし始めたのはガイスンだった。
やがてジーンもリアも眠り始め、気がつくと僕は、商人さんと御者席に並んで座っていた。
「馬の扱いって難しいんでしょうね?」
僕が聞くと、
「おや、勇者様は黒馬に乗ってられませんでしたか?」
僕は、ハハハと笑い、
「あれは影の魔法で出した馬なんです。
だから馬に乗れなくとも、座っていれば勝手に走ってくれるんですよ」
ほう、と商人、カルシンバさんは感心し、
「さすが魔法戦士ですな。
中々、その年で魔法も剣も極めるのは並大抵ではないでしょう」
僕の剣の腕はジーンどころかガイスンにも軽くあしらわれ、リアから基本を習う程度だったが、それは言うな、と皆に、言われた。
なんせ銅の勇者なのだ。
なんかブリキの兵隊さん、みたいで弱そうだが、武名は武名なので、落としてはいけないらしい。
「剣は、まだまだなんですよ。
魔法は師匠に才はある、とは言われていますが、まだ未熟なのです」
「何を言うのですか。
あの鳥たちを蹴散らした火炎魔法、あんな大魔法を軽々と使え、隠れた敵を魔法で燃やし、木の魔法で縛り上げるなんて、鮮やかな魔術師ではないですか。
それに影の魔法にまで精通していらっしゃる。
これでもわたしは、故郷を追われて二十年、様々なつわものを見てきましたが、あれ程の手際の方は貴方が初めてですよ」
この世界に来て四日目です、とはとても言えない。
僕は話を変え、
「カダスは遠いのですか?」
「遠いですね。
違う大陸ですから」
あれ、ジーンたちはあの調子だから、この世界に別大陸への渡航技術なんてあるとは思っていなかった。
「世界には幾つ大陸があるんですか?」
「さあてね。
わたしは、このパン大陸と南のゲアン大陸しか知りません。
もっと別の大陸もあるのですかねぇ」
ここで宇賀神様が、後三つ大陸があると教えてくれた。
だがパン大陸の人間は誰もそれを知らない、とのことだった。
「僕の生まれた日本というのは島国でして、武士が治める国だったのです」
おそらく中世と、今の時代を推理し、だったら鎌倉以降江戸より以前ぐらいかな、と想像した。
中世はコロンブスなどの新大陸発見に沸いていた時代なのだから、まだ遠い大陸は発見していない、ヨーロッパとアフリカ、ぐらいの感じなのかな、と想像した。
南の国、というのもそんな感じだし。
「僕は大陸を渡ったことはないんですが、大きな船で行くのでしょうね」
さあ、とカルシンバは笑い、樽に入って密航したのですよ、と教えた。
「え、それで見つからなかったのですか?」
「いや、途中で沈没しました。
わたしは樽に入っていたので、なんとかパン大陸に流れ着いたのです」
それは大変な幸運でしたね、と驚き。
「でも往来はあるんですよね?」
「ええ。
フェミローズでは無理でしょうが、もっと南のアルバンまで行けば、海の向こうにうっすらと見えるんですよ。
ゲアン大陸は多くの国が乱立する、戦争の絶えないところでした。
わたしの故郷のカダスは、隣国との戦いに敗れ、私達はパン大陸に逃げようと急いだのですが、一人欠け、二人欠け、樽に入った時はヘトヘトで死にそうになっていたのです」
いやー、大変重い話を引き出しちゃったな。
肉親に死に別れるなんて辛いんだろうけど、語る言葉を僕は知らなかった。
幸運なんて言ったら失礼な気がするし、お気の毒、なんて軽すぎる。
とう言えば良いのか、とか考えていたら、ガイスンが鼻を鳴らして、
「おい、どうやら大型の獣が狙ってるぞ」
カルシンバは、
「もしかするとイオテかもしれませんな。
一匹で私たちを襲うとすると」
宇賀神様がイメージを送ってくれた。
どうもサーベルタイガーみたいな、獰猛な生き物らしい。
緑が、先の茂みだ、と教えてくれ、宇賀神様が口笛を吹け、と謎のメッセージをくれた。
僕は困ったが、お婆ちゃん子の僕はひばりちゃんの悲しき口笛、を吹いてみた。
道に、黒い獣が地響きとともに現れた。
サーベルタイガーというか、大きさはサイとしか思えない。
この黒い化け物は、僕を睨んでグオォォォ、と唸っていたが、どうも僕は、猫がゴロゴロ言ってるように感じられた。
口笛を吹きながらイオテに近づき、妖精魔法の獣言葉で語りかけた。
「どうした、一人なのか?」
イオテは、
「私は群れから追われてしまった……」
涙は無いが、イオテは泣いていたのだ。
僕は、しばらく僕たちと来るか、と聞くとイオテは喜んだので、
「平気です。
親離れで、群れから追い出されたオスのイオテでした」
と巨大な頭をわしゃわしゃ撫でた。
ベロン、とイオテの舌は、ぼくの顔より大きかった。
「君の名前は?」
「ウォグリだ」
「この子の名はウォグリ。
仲良くなれば力強い仲間だから仲良くしてね」
馬車のカルシンバ、ガイスン、それに起きてきたジーンとリアは、皆、ほぼ目をまん丸にして僕とウォグリが話すのを見ていた。
「あ、あのシンタロー?
それはイオテと話しているの?」
リアが驚愕している。
「あの本にあったでしょ、妖精魔法。
獣言葉とか虫言葉とか、妖精言葉とか」
「わ、私は知らないわ……」
今朝、出発するときタニアさんは僕に本を持っていくよう言った。
「え、こんな大切なものを持ち出して良いんですか?」
と、聞くとタニアさんは、
「あたしゃこれ以上、レベルなんて上がらないからね。
あんたは日を追うごとに力は高まるはずさ。
だから毎日、新しい文字が現れないか見るんだよ」
そんな訳で、皆が寝る前は、僕は本を読んていて、緑に言われて、妖精魔法を覚えていたのだ。
「さ、さずがに銅の勇者ね。
妖精魔法まで覚えたら、この旅も安泰よ」
宇賀神様によると、中々妖精魔法のできる人間は限られているらしい。
妖怪や妖精と心を通わせた人間や、そのハーフなどが使える場合があるのだという。
あー、僕は第三の目関係で、そうなったのか。
あれは秘密だから、可能ならピータパンの妖精みたいな奴とかが仲間になると分かりやすいな、
と考えたが、まあ、緑は皆知ってるし、それなら不思議でもないはずだ。
僕はヴォグリを連れて馬車に戻り、皆の警戒を解くため、ヴォクリに乗って、馬車に並んだ。
「驚いたわ、大人しいのね」
流石のジーンも、女言葉になるぐらいには緊張していた。
「ヴォグリは仲間には危害は加えないよ。
そうだ、妖精魔法の友情の印、をつけよう」
これには、まず自分の印が、ちょうど日本の家紋みたいなのが必要なのだが、宇賀神様が北条家のミツウロコの紋を教えてくれたので、ヴォグリの額にそれを光らせた。
皆にもつけると、だいたいの感じで、意思疎通が出来る。
つまり、ペットの気分が分かる程度には互いに気持ちが通じるのだ。
このおかげで、皆はやっと落ち着いた。
やがて昨日の川を渡った。
無論、立派な石の橋を通ってだ。
僕らは、廃都へ向かって進んでいた。




